学院会
マギア王立学院高等部は、大きく二つの権力に分けられる。
一つは教師陣である学院権力。
もう一つ。
「さて、我々学院会が集まったのは他でもない」
一人の少女が、お誕生日席のような上座で手を組んでいる。縦長のテーブルには、彼女に視線を集める十数人の役員たちがいる。
「諸君らは《オーラシー》の魔術師、を知っているかな?」
「それは何者ですか?」
役員たちは大体「知らない」という表情を浮かべている。
「実は前々から一部で知られていた者でね。他人のステータスをオーラで見られるという、たいへん稀有なスキル》持ち主なのだよ!」
「おお」とどよめきが起こる。スキルホルダーは人類総数に対して、それなりに数が少ないのだ。
「そして、その人物は《オズのオーラ占い》という占い屋の店主だということ、この学院の生徒だということが分かった!」
「では……」
「ん、ちょっとまて、オズ?」
役員の一人が首を捻る。
「まさか、リュート・オズという名前では?」
「よくわかったな、書記。そうだ、私は彼が欲しい!」
滾る情熱を握りしめるが如く、リーダー然とした少女が熱弁を振るう。
「馬鹿な、彼はとんでもない不良生徒ですよ!」
「だが成績はいたって普通で、魔法技術に関しては平均より上だぞ~?」
「ですが会長……」
渋るのは会長と呼ばれた少女のすぐ横、副会長の席に座った青年だった。
「ですが、は聞かないよ。これは僕の独断で行う勧誘だ」
「そんな横暴な!」
副会長の青年だけじゃなく、他の役員も納得がいかずにざわめきだす。
「なら試験を設けよう。君たちも文句はないだろう?」
「……条件は俺たちから出しますよ」
「いいよ」
学院会会長の少女は自信を崩さない。
「リュート・オズの勧誘試験と行こうか。きっとがっかりはしないと思うよ?」
*
「ぶえっくしょい!」
「汚いくしゃみね」
アシェリィは無遠慮にリュートから距離を取った。
ずるる、と鼻水を啜る。
「昨日は少し冷えたんだよ」
「遅くまで占いしていたんですね……リュートさん」
エリーナの心配してくれている視線が刺さる。
「そうだなあ……まあ、客がいない間は風にさらされてるだけだからな」
「雑草みたいね」
「言っとけ、こちとら天下の平民様だぞ」
偉くはないけどなっ、と鼻を鳴らす。
「ちなみに今日は赤だ」
その発言に、女子二人が疑問を浮かべる。
「アシェリィのパンツの」
「し・ね!」
リュートは見事なハイキックを貰った。
「ガッ!?」
「きゃあ!?」
可愛らしい悲鳴だ。そんなことを思う暇もなく、リュートは柔らかいものに埋もれ、床に倒れこむ。
もちろん、エリーナのふくよかな双丘に。
「ば、バカ、何やってんのよ!」
「俺のせいじゃねえ!」
「もうお嫁にいけない……」
絶対に《運命力》せいだ。
そう確信しながら、騒々しい朝は過ぎていく。
最近視線を感じる。と授業中、パステルの講義をすっぽかして考える。
リュートの経歴は普通、一般的とは言い難い。しかし、露骨を視線に感じるほど観察されるいわれはない。
(なんだ、複数から見られているみたいだが)
占い師という職業上、視線には良く気づくのだが、あまりに観察者の数が多すぎた。これはむしろ気付いてくれと言っているのだろうか。
リュートは《オーラシー》の力でさらに深く探ろうと……。
「はーい、リュート・オズ君。こっちを見ましょ~」
「すいませんでした、ちゃんと話を聞くので物騒な魔装具をしまってください」
考え事はほどほどにしよう。リュートは力を沈めて、日常へ回帰していく……はずだった。
「ぴんぽんぱんぽーん」
授業中にスピーカーから女の子の声が聞こえた。断じて聞き間違いではない。
「高等部一年生のリュート・オズ。学院会室に来なさーい」
「は……?」
放送は不快な音を立てて終わった。
教室はたちどころに喧騒に包まれる。
「リュートさん……」
「リュート、白状しなさい」
「俺は何もやってねえよ!」
寝耳に水にもほどがある。大体、学院会とやらに呼び出されるわけすら定かではない。
事態が呑み込めず、リュートは机の上で脱力するしかない。
「ふふん、なんだかおもしろそう!」
一人教壇で楽しそうにするパステル・ザラトーラはきっと変人だ。そんなにおもしろそうなら役目を押し付けたい気分だった。
ところかわって、学院会室の手前。
リュートは扉の向こうにいる十を超える気配を察知して、肩を落としていた。
「パーティーのお誘いじゃねえよな……」
三回のノックの後、入室の指示を貰った。
「失礼しまーす」
「やあ!」
元気よく迎えるのは、奥の席を陣取る女子だった。
「僕はライラ・トゥルー・アトレーだよ」
一人称を僕とする変な女の子だというのが、リュートの感想だろうか。
あと、男子と同じくらいの座高から見るに身長も相当なものだ。立ったらモデルのような体型をしているに違いない
「学院会長もやってるけど、新入生の君になじみないかなー」
「ああ、悪いけど名前すら知らないな」
その受け答えに、他役員たちのオーラが怒りの揺らぎに変わっていく。
「正直で結構だ。時に君は《オーラシー》の魔術師、というものをご存知かな?」
色々と、取り繕う必要な無いようだった。
「そいつは俺だな」
「うん、知ってる。ついでに言えば、僕は君が欲しい。これは学院会会長の権限であり、強制だ。拒否権はないと思ってね」
ライラはにこにこしている。
この煽りにはリュートもイラッと来た。
「話が見えねえな。俺は《オーラシー》の魔術師だ。それは認める。だが、なんであんたが俺を求める?」
「ふっふー、それはねえ」
「ちょっとまったああああああああ!」
バアン! と学院会室の戸を開くのは、赤いオーラが轟轟と主張する女生徒。
「アシェリィ……?」
「わ、私もいます!」
「エリーナまで、今授業中だったはずじゃ」
かなりの行動派であるアシェリィはまだ分かるが、奥ゆかしいエリーナまで一緒にいるのはびっくりした。
学院会会長は乱入者二人に呆れている。彼女の周りの役員もまた同じ気持ちらしく、どよめきは落ち着かない。
「んー、困るなあ。こんなにおまけがついてきちゃあ」
戸惑う一同に向かって「おまけなんかじゃないわ!」とアシェリィが一喝。
「その勧誘、私たちも!」
「乗らせてもらいます!」
「悪いけどそれは無理、僕が許さないから」
ライラは、揃えられた前髪を揺らし、拒否の姿勢を崩さない。その決心に隙はないと見える。
「あのなあ二人とも、それに会長も。俺は勧誘を受けるなんて言ってないぜ?」
「ノーと応えたら学院会を敵に回すと知っても、かな?」
「もともと世話になってるかもわかんねえ組織に入りたいなんて思うかよ。敵に回るなら回れ。最も、あんたのオーラは、俺を敵に回すことを避けたいようだけど?」
「ほ、ほーう。言うねえ」
「《オーラシー》をなめてもらっちゃ困る」
リュートはいやらしく相手の弱みを突いていく。おかげでライラの顔は引きつりっぱなしだ。
相手の人権を無視した力の行使は、自分の首を絞める。だから、こういった《オーラシー》の使い方はしたくないのがリュートの本音だ。
しかし、振るうべき場所は選ぶべきなのもまた事実。
「そこでどうだ? 俺があんたの要求を呑む代わりに、この二人もセットっていうのは。別に減るもんじゃないだろ?」
むしろ役員が増えるか、とひとりごちるリュート。
「それは、僕と交渉しているのかい?」
「それは、俺が《オーラシー》の魔術師と呼ばれていると知っての質問なのか?」
ある程度の感情を察することのできる《オーラシー》の力を相手に心理戦を挑むこと自体が間違いなのだ。
睨み合うリュートとライラ。やがて折れたのは、奥の席で溜息を吐いた会長だった。
「はあ、参った……オーケーだよ」
「会長! また勝手に「黙れ、ダラス副会長。お前は僕の決定に逆らうのかい?」……」
会長席の左隣りにいた美青年は、くっと唇を噛んだ。
オーラが暗く濁っていくのが目に映る。鬱蒼とする密林の中に隠された、どんよりとした、黒がマーブル模様に混じる緑色。心の奥地に潜む怪物、嫉妬。
(うん、いつ見ても醜いもんだ)
それ自体を見るのも嫌いだが、リュートの場合、大概それらは自分に向けられるのだ。
ダラス副会長はリュートに向き直ると、感情を隠そうともせずに話し始めた。
「では、俺の方から学院会入会試験の説明をさせてもらう……と、そこにある書類を取れ」
リュートと一番近い部分のテーブルには、パンフレットのような数枚の用紙が重ねてある。当然、一部しか用意されてない。エリーナとアシェリィは両側から覗く形になるのだが……。
「み、見えないのでもう少し寄ってもらえますか?」
「こっちも見えないんだけど」
髪の毛や首元からただよう悩ましく、艶やかな女性的な香りがリュートの理性を刺激する。
二人のオーラが対抗するように強まっている。いったい何を競っているのだろう。
「もしかして、二人とも学院会に入りたかったのか?」
リュートとしては、学院会に入れば占い屋としての知名度が上がり、稼ぎに繋がるかもしれないという期待があった。
「違います」
「違うわよ!」
気を悪くしたなら謝ろうと思ったのだが、二人の目的は違うようだ。ますます理解が遠のいていくように感じた。
「……なんだろう。ちょっとだけ、君が本当に《オーラシー》の魔術師なのか怪しく思ってしまったよ」
「心外だな、俺は正真正銘の魔術師だぞ」
苦笑する学院会会長をよそに、リュートは書類に視線を落とす。
「マギア王立学院高等部保有のダンジョン、《カオスネスト》の攻略?」
学校施設を利用する気の薄いリュートには、縁遠い単語だった。
「おや、《オーラシー》の魔術師ともあろう者が、聞き覚えがない?」
「こちとらこの前まで中等部だったもんで」
「それはそうか」
ダラスの含み笑いが最高に鬱陶しいが、我慢する。
「では、ダンジョンについて何かご存知かな?」
しつこそうな視線がアシェリィに向く。
「天然と人工のダンジョンがあるくらいしか知らないわ」
歳の差を弁えないアシェリィの発言に、ダラスの眉がひくひくと動く。
「では、エリーナ嬢は何かご存知かな?」
「へっ? ええと、魔素の濃度が高い場所に発生する特別な生命体を中心に、怪物が徘徊する場所が天然のダンジョンでしょうか。物騒なので、国の魔法師が総出で潰しにかかっていると聞いています」
その返答に、ダラスが満足げに頷く。どうやら教科書通りの回答らしい。
「比べて人口のダンジョンは、人間が作り出した制御コアによって成り立っているので、魔素の濃さに影響されずに作り出すことができます。でも確か、怪物の強さは天然と比較してだいぶ落ちると聞いています。なので、もっぱら用途は学生の修行に使われているそうですね」
「その通り。捕捉をすると学院の高等部、それとその上の専科部にそれぞれ保有のダンジョンがあり、高等部のダンジョンは《カオスネスト》と名付けられている、というところだ」
その追加説明で、リュートはようやく理解した。
「ダンジョンの制御コアまでたどり着けばいいんだな? 肝試しの要領で」
「肝試しと一緒にされるのははなはだ不本意だが、間違ってはいない」
むすっとするダラス。
(ふむ、まあちょっと突いてみるのも悪くはないな)
その出来心は、占い師としての性と言ったところか。
「よし、副会長。いい勉強もさせてもらったことだし。お礼に一つ占ってやるよ」
「ほう、ちなみに何を?」
「あんたの好きな女の子」
「はっ、そんなもの分かるはずがない」
ダラスは根拠のない自信をもって断言した。
だが、リュートはおかしくなって笑う。
「侮るなよ、俺には全部お見通しだぜ?」
その瞬間、リュートの意識はダラスの暗い緑色のオーラの中に侵入していく。ダラスの表面的感情だったら、読み取るのに意識を集中するまでもない。
しかし、ここは一泡吹かせたいという悪戯心がリュートの中でむくむくと育っていた。
「ほっほう」
「な、何だ」
「ズバリ、あんたの想い人はそこの会長だな。いやー、ベタな展開だ」
「な、ななななな何の証拠があって言っているのだ! デタラメにもほどがある!」
「「「……」」」
目の泳ぎまくっているダラスを、役員たちは冷めた目で見ていた。
「はっはっは、済まないが私は君と付き合う気はないな! 諦めてくれ!」
「ぐっ、会長……」
高笑いを決めながら謝るライラと背中から哀愁を感じさせるダラス。
「き、鬼畜、鬼畜がいるわ」
「どうしようアーシェ。リュートさんって言葉攻めが趣味なんじゃ……でもそれも」
「落ち着いてエリー。ついでに妄想もやめなさい」
後ろでは心にもないことを囁かれていた。
(俺の評価がダダ下がっている……なぜだ)
リュートは自分の胸に手を当てた。
「わからん」
「うん、あんたが理解できるとは思ってない」
酷い言い草である。
盛り上がっているところで会長が咳払いをひとつ。
「それで、僕ら学院会の勧誘試験……受けるのかな?」
オーラを見なくても分かる。その瞳には挑発の色がありありと見て取れた。
「やってやろうじゃねえか。攻略期間は?」
「ふむ、まあそれなりに時間はかけていいよ。そうだねえ、今日から一ヶ月だ。それが学院会に入るための強さの指標と思ってくれればいい」
会長は座りながら微笑みかける。その微笑は、なんとなくリュートを不安にさせるのだった。