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オーラシー・アイズ

小春日和の医務室で、青年が横になっている。

 柔らかなマットレスと純白のシーツに寝かされたリュート・オズ。彼のズタボロだった制服は、今は貫頭衣に変えられていた。

 そして、付き添いのエリーナ。

「いやいやなんで!?」

 意識が覚醒したのはいいが、横でエリーナがうつ伏せになって寝ているのは理解できない。

 彼女もいっしょに起きたようだ。

「う……ん、あ、リュートさぁん、起きましたぁ?」

「今起きたんだけど……そうだ、ダンジョンコアはどうなった?」

 《オーラシー・アイズ》が一丸となって放ったイノベートエクセキューションは、赤竜を葬った。そして、赤く透きった、一抱えもある球体を落としたのだ。

 それがダンジョンコア。ダンジョンを制御する核なる部分。

「それは……」

 エリーナが顔を曇らせた。

 もしや、あの後なにかあったのでは、とリュートの邪推が始まる。

「やっと起きたわね!」

 思案中のリュートを置き去りにするかのように、医務室のドアがスライドされる。

 にこにこ笑顔のアシェリィ。

「聞いてよ。私たち、初の一年生ダンジョン攻略者として表彰されるんだってー!」

「はあ…………はあ!?」

寝耳に水の果報とはこのことだろう。

目を白黒させるリュートに構わず、アシェリィは彼の腕を掴んだ。

「とーにーかーく、傷は治ってるんだから歩けるでしょ! 学院会室で会長たちが待ってるよ!」

「待て! せめて着替えさせてくれって……あ」

「「あ」」

 リュートの貫頭衣の紐が解け、前面が剥き出しになった。

 下着一枚の青年の姿が、初心な少女二人の前に曝される。

「「きゃああああ!」」

「叫びたいのは俺なんだけど!?」

 顔を赤らめる二人をどうにか落ち着かせ、本題に入る。

「それで、表彰っていうのは?」

「あ、うん……それは、学院会室に向かいながら話すよ」

 そういうことなら無理にここで聴き出すのも忍びない。

 三人は医務室を出て、一階へ続く階段を下りる。重要施設の棟なので、一回に降りて少し進むとすぐに学院会室が見えた。

 ノックの必要もなく、扉は開けっぴろげになっている。

「うむ、来たようだね」

「会長……」

 学院会室には、会長のライラ・トゥルー・アトレーだけが佇んでいた。

 彼女は、厳かに拍手をする。両手の平を打ち据える音が静かな学院会室を支配する。

「まず僕からは、《カオスネスト》攻略おめでとう、と言っておきたい。人工ダンジョンとはいえ、一年生のみでクリアしたのは君たちが初めてだ。これは、学院の伝説に残るだろう」

「そんな、おおげさな」

「大げさなんかじゃないよ。現に、僕も攻略には二年生の前半から後半の半年かかったからね」

 それでもすごい、というリュートの言葉は続かなかった。

「さらに言えば、君たちはもう一つの課題もクリアしている……ダンジョンの異常、だったね」

 ライラは懐から小瓶に入った赤い結晶を取り出した。微かに残留する魔力と、《オーラシー》の瞳に映る黒いオーラ。

「まさか、それは」

 推測するまでもなくダンジョンコアの欠片だろう。問題はなぜここにあるのかということと、なぜ欠片であるのかということだ。

「これはね、君たちが倒したハンガリーレッドドラゴンが飲み込んでいたものだ。全く信じられないよ。ダンジョンコアに手出しができない怪物が、自らこれを飲み込み、ダンジョンを支配するなど」

 ライラは小瓶をしまう。みだらに見せるべきものではないのだろう。ダンジョンのことは国の機密扱いであることが多い。

「リュート君はもう見ただろう? こいつが放つ力が人の心をも飲み込んでしまう、ダラスのようにね」

「ああ、人が黒いオーラを纏うなんて、本来あり得ない。ダラスに黒いオーラが混じっていたのは、間違いなくダンジョンから影響を受けていたからだろう……そういえばそのダラスは?」

「ああ、彼なら謹慎中だよ。ま、ダンジョンの魔に憑りつかれていたとはいえ、元は私怨だ。数ヶ月は学院に顔を出せまい」

 それは残念、とリュートは一発殴れないことを悔しがる。罰を受けたのなら、これ以上リュートが手を出すのは無粋というものだ。

「さ、話はこれくらいにしようか」

「会長、やっと表彰?」

「アーシェ、少しは口を慎みなさい」

 幼馴染に諌められたアシェリィは、頭を掻いて一歩下がった。

「アシェリィちゃんの言う通り、表彰をしよう……さ、リュート・オズ、前に出たまえ」

 会長の机に置かれた三枚の表彰状を、順に渡していく。

 神妙な顔つきで受け取る三人を見届けると、ライラは満足げに頷いた。

「それと、これもだ」

 三つの小箱。

 その中には桜のバッジが埋め込まれていた。

「こいつは?」

「褒賞だよ。約束したじゃないか。学院会への入会を認めるって」

「そういやそうだった。攻略に夢中で忘れてたぜ」

 リュートはバッジを受け取り、襟元にピンで留める。他の二人も慣れない手つきでバッジをつける。

 三人並ぶとなかなか様に見えた。

「うんうん、僕の見立ては正しかったみたいだ。似合っているよ、三人とも……」

 自分がこの桜のバッジを受け取ったことを懐かしんでいるのだろう。ライラは目を細めていた。

 だが、ライラは一度たりとも本心を打ち明けたりしていなかった。それは《オーラシー》で彼女のオーラを見ても分かる。心の内を隠すように、内面にオーラが引っ込んでいるのだ。

 だからリュートはその真意を訊く。

「会長さんよ、あんたなにを隠しているんだい?」

「……隠してる、か。本当に、君にはお見通しみたいだね」

 《オーラシー》の魔術師には敵いそうにない、とライラがぼやく。

「リュート・オズ、君に僕の後釜を頼みたい」

「それって、まさか……会長の座を譲るってこと!?」

 驚愕に染まる一同をよそに、ライラはクスクスと笑う。

「どうだいリュート君、《オーラシー》を占い以外で役立てる道を僕は示せる。君の人を見極める瞳で、どうか学院会を盛り上げてくれないか?」

 ライラのしなやかな手が伸ばされる。

 本気なのだ。真剣にリュートを勧誘している。

 だからこそ、辛い。

「会長、俺は……」

 リュートはオーラを通して心を覗いたことで、闇を見過ぎた。一度は人に絶望してしまった。それを考え直すきっかけを作ってくれたのは、エリーナとアシェリィだ。

 ダンジョン攻略が無ければ、リュートは変わることができなかったのも確かだ。そこはライラに感謝している。

 しかし、これ以上人の心を覗けというのは、リュートには酷な話だった。

 人生に絶望した人間を見た。

 殺意に埋め尽くされた人間を見た。

 他社のすべてを否定する人間を見た。


 他にも多くの人間を見た。


 いつの間にか、リュートのオーラからは色が抜けてしまって灰色になっていた。

「俺は、会長なんて器じゃない」

「器じゃないかどうかは、君が決めることではない。少なくとも、後ろの二人は僕と同意見のようだけど?」

 そっと背中に二人の掌が添えられる。

「私たちがいるじゃないですか」

「そーよ、やれるだけやってからでも逃げるのは遅くないわ!」

 なんでこの少女らはこんなにも頼れるのやら。だが、リュートは頷かない。

「お前ら……はあ、俺はパンツの色を当てるくらいしか能のない占い師だぜ? 本当にいいのか?」

 パンツ云々は冗談である。会長という大任、そして《オーラシー》で人の内面を覗く覚悟もリュートにはまだないのだ。

 ようやく、占いから苦手意識が抜けてきたというのに。これではまたぶり返してしまいかねない。

 そんなリュートを見かねたエリーナたちが、彼を振り返らせた。

「聞きますけど、リュートさんは私の中を覗けますか?」

「それは大丈夫だ」

「それならあたしは?」

「それも大丈夫だ……あれ、俺……」

 《オーラシー》で覗かずとも、知らない間に二人の心に触れていたリュート。その恐怖は、他ならぬエリーナとアシェリィによって薄れつつあった。

「は、はは……なんだよ」

 乾いた笑いしか出なくなったリュートを、他三人が心配そうに見ている。

「もうとっくに、見れてたんだ」

 虚しさと喜びが混ざり合って、リュートのまなじりから一粒零れ落ちた。

 《オーラシー》は見たくもない物を見せる悪魔の瞳だと、幼い頃は思っていた。リュートのモノの見方が《オーラシー》に合っていなかったとは知らずに。

「会長」

「ん?」

 期待を寄せるライラに、リュートはスッキリとした表情を見せた。


「このリュート・オズが、学院会の次期会長になってやるよ!」


「そうこなくっちゃね」

 一瞬ばかり呆けたライラだったが、それはすぐに満ち足りた笑顔に変わったのだった。



 季節は春。

 《オーラシー・アイズ》が伝説的な活躍を遂げてから一年近くが経とうとしていた。

 リュートは、学院会に入会後、いきなり会長になったわけではなかった。まずは当たり前に雑務や庶務の仕事をやっていたし、他の役員たちの声もあったからだ。

 そのおかげで、こうして校門前に会長として立っているのだから、文句はない。

 一躍時の人となったリュートの《オズのオーラ占い》の業績もまずまず。これからが一番楽しい時期だった。


 一年前の事件で暴走したダラスは、謹慎が解けたのち人が変わったように魔法の特訓をしたという。しかも学院を飛び級で卒業してしまったほどだ。きっと一足早く卒業するライラ・トゥルー・アトレーを追いかけるために違いない。

 彼の情熱にはある意味感服したリュートだった。


「さて、今年の学生に面白いやつはいるかな?」

 リュートは《オーラシー》の瞳で、過ぎ行く下級生たちを眺める。嘗め回すような視線に怯えた学生たちが、彼を避ける様に半円を描いて歩く。

 そこに、虹色のオーラと紅のオーラが揃い踏みする。

「……リュートさん」

「あんた、会長のバッジ着けてなかったらまるっきり不審者よ?」

「エリーとアーシェも来てたのか。というか、不審者じゃない」

 そうは言っても、校門前で目の下にクマを作った男が佇んでいれば怪しくも映る。

 並んでやってきたエリーナとアシェリィの意見は中々的を射ていた。

「ちょうど一人、良さそうな一年を見つけた。今から誘いに行くところだ」

「そうなんですか」

 エリーナは不思議そうにリュートの瞳を見つめる。

リュートの見る世界がどうなっているのか、彼女は気になっているのだろう。それはアシェリィも同様だ。

「あの、誘いに行く前に聴いてもいいですか?」

「あ。あたしも」

「なんだ? 二人して珍しい」

 二人の勢いに押されたリュートは、戸惑いながらも耳を傾けた。


「「なんで、《オーラシー》の魔術師(、、、)?」」


「はい?」

「いやだって普通、魔法師でしょ?」

「あー…………それかー」

 初めて《オーラシー》の魔術師と呼ばれたとき、リュートも疑問を覚えた。だから、なぜ魔術師なのか聞いてみたのだ。

 彼ははぐらかすように笑いながら言う。


「それは、俺が占い師だからかな?」


「絶対まだ隠しています。こうなったら吐くまで逃がしません。ね、アーシェ!」

「了解、エリー!」

「お、わ、ちょ! 勘弁してくれ! そろそろ、平和な学院生活をさせてくれくっての!」

 もう新入生勧誘どころではなくなり、リュートは急いでその場から離れていく。その後ろを二人の少女が追いかける。


 リュートはオーラを占う。そして、今日も誰かに助言する。

人は彼を《オーラシー》の魔術師と呼んだ。


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