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シャボン玉キチの正一  作者: 一齣 其日
4/15

晩酌

虫の声は秋の夜長の彩り、ススキは秋めく夜空を演出する。空には満月、反射する光がぼんやりと世界を照らしていた。

そんな夜を、御坂正一は縁側の柱にもたれかかり過ごしていた。傍には酒と、スルメと、シャボン玉の液とそれを吹くための筒。これだけあれば、晩酌には十分。ついでに下手な都々逸でも唄ってみようかと思ったが、あいにく何も浮かばない。

飲めない酒をお猪口にいれ、ちびちびとすする。味はいいが、体がやはり慣れなかった。

静寂な夜。当たり前の夜。けれど御坂にとっては慣れない夜。

彼の夜は、いつも血に汚れているから。

御坂は酒を飲み干した。そして、またお猪口に酒のお代わりを注ぐ。体が寸分熱くなり、頭がぼんやりと回る。そろそろ酔いがきていた。気持ち良くはない。沈んでいくという感触が強かった。

片手間に食べたスルメは噛めば噛むほど味が出る。塩の染み込んだ唾液で溜飲を下げる。

夜は静かで、静けさが過ぎて、逆に心が落ち着かなかった。


「一人晩酌とは、寂しいもんだな」

振り返れば、もう寝ていたはずの坂口金吾がそこにいた。

「……起こしたがか?」

「いや、寝付けなかっただけだ」

御坂の隣にどかりと座り、傍においてあるスルメをとってひとかみする。怪訝そうな目をする御坂をよそに、いかにも旨そうな表情で食べている。

「なかなか美味いもんだな」

「勝手に食うなが」

「お前はいつも勝手に色々食ってるだろうが」

小突き合いながら、二人は酒を飲み交わす。そうは言っても御坂の方はだいぶ酔ってきていたのでちびちびとしか飲めてはいなかったが。

「たまの休みは、どうも慣れん」

飲みながら坂口は言った。

「いつもは命のやり取りをしているからな、それが当たり前になっているのかこの時間は眠れんよ」

「まあ、わかるがな」

自分もそうだったからと、御坂は心で呟く。同じような奴がまたいたもんだった。

自然と二人は言葉を交わさなくなった。坂口は酒を飲み進めてはスルメを噛み、御坂はスルメを咥えながらシャボン玉を吹かす。汚い音と息が通る音しかしなかった。


「……もし、さ」

沈黙を破ったのは、坂口の弱々しい声であった。

「この戦いが終わったなら、俺たちはどうなるんだろうな」

見上げた顔はタコのように赤い。だいぶ酔ってきていたようだった。

「俺たちはお上のために、剣を振り人を斬っている。そんな俺たちが戦いの終わったあとで生きれると思うか?」

その言葉はどうにも自嘲的だった。

「……不安かいな?」

「まあ、な」

御坂の問いににべもなく答える。これも酔いが回っていたせいだと思えた。

「俺もお前も、未だに血溜まりの中に浸っているんだ。今だって血がたぎって寝れない。だから不安なんだよ」

そう言って酒を御坂の猪口に注ぐ。並々に注がれた酒は、少し揺らすだけで溢れそうだった。

だが御坂はそれを飲もうとはしない。代わりに坂口の持っていた徳利を取って、坂口の猪口に酒を注ぎながら、言った。

「なるようになる。ならないようになる。人生そういうもんじゃろ、のう」

御坂らしい、なんとかなるさの言葉だった。見えない、信頼の無い希望論ではある。それがなんだか妙に心の波を穏やかにさせる。どうにも不思議な心地だった。

「……そうだな」

互いに酒を注ぎ合った猪口をチンと当て、ぐいっと一息に飲み干した。

「お前にしてはいい飲みっぷりだな」

「たまにゃあ、飲まなやってられんが」

「俺もだ」


夜長の縁に

侍二人

酒の心地は

喉一杯


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