エピローグ(その2)
この力がある限り、魔法使い社会は私のプライベートにまで口を出す。付き合う友達や恋人や夫にまで。
でも、悩んでもいても始まらない。気にしないことにした。どんなに魔法使い社会が邪魔しようと、私の人生は私が選ぶ。最後に決めるのは私だ。静香達三人組も私が勝手するのを認めてくれた。っていうか、私に魔法使い社会の慣習を押し付けるのを諦めた。
後は、どうやって自分のやりたいことをやりたいようにするかだが、それは多分、魔法憲章第一条を順守する姿勢にかかっているんじゃないかと思う。
『しゅけん』が、あの壮絶な魔法をかけることができたのは、世のため人のために大猿の一族と戦ったからだ。あの悲劇的な自己犠牲の代償として、ナミさんとの平穏な生活を手に入れたのだ。
私も頑張ってみよう。世のため人のために魔法を使って、自由を手に入れるのだ。その日まで、心に厳重なガードをかけて。
冬休みも残り少なくなって、両親が海外へ戻った。
おばあちゃんと私は炬燵でミカンを食べていた。
いい加減、数学の宿題にかからないとピンチだ。でも、嫌いな課目ってこんなもので、英語や古文は終わったのに、数学だけ手つかずで残っている。今日こそは頑張らないと間に合わない。ため息をついて部屋に籠もった。
しばらくして、おばあちゃんが呼びに来た。小西が来てるというのだ。クエスチョンマークを飛ばして玄関に行くと、数学の宿題を掲げた小西が笑っていた。
どうやら、静香の指示らしい。巫女さんのバイトの最中も数学の宿題を気にする私を見かねて、夏休みは中島が手伝ったのだから、今度は小西が手伝って来るように、と言ってくれたらしい。地獄に仏とは、このことだ。
私と小西は、台所のテーブルで数学と格闘した。
正確には、格闘したのは私で、小西は家庭教師よろしく教えてくれた。ト、ありがとう。
昼におばちゃんが、「おせちも飽きただろうから」と、鍋焼き饂飩を作ってくれたので、ふーふー言いながらそれを食べた。
あらかた食べ終わった頃だった。箸の先で饂飩の切れ端を弄びながら、小西が下を向いている。
何となくいつもと気配が違うので、怪訝に思っていると、頭の中にぼんやりとした画像がゆっくりと焦点を結んだ。小西が心のガードを恐る恐る外したのだ。
中島が静香を抱きしめていた。手があやしい動きをして、静香の顔が上気する。
次の瞬間、中島が小西に変わっていた。小西が静香に唇を寄せて、体中をまさぐる。わっ、十八歳未満禁止になりそう。と、思った瞬間、小西の動きが止まった。
小西はジッと抱きしめていた。体をぴったりくっつけて、抱いている人の体温や呼吸や心拍を体中で感じながら、身じろぎもしないで。まるで、タツヤが私を抱いていた時のように。
よく見ると、小西が抱いているのは、私だった。
思わず小西の顔を見た。
「軽蔑……するか?」
小西が辛そうに訊いた。
私は慌てて頭を振った。
「あんたが私のこと好いてくれてるのは……嬉しい。タツヤみたいに抱いてくれてるのも」
小西が顔を赤らめて、息を吐いた。小西にとって、裸で人前に立つのと同じことだ。ものすごく勇気のいることだったのだ。
軽蔑なんかしない。その勇気に感動した。
小西は、恐る恐る手を伸ばして、私の髪に触った。
考えるより先に手が動いた。大きな音がして、小西の頬に真っ赤な手形が残った。
「ゴメン。条件反射や」
そうと、小西は頬をさすりながら憮然とした。
「お前なあ。何か反応が普通じゃないんだ」
完
長らくお読みいただいてありがとうございました。




