文化祭(その5)
入り口で音がした。振り返ると、佐藤真一が冷たい目をして立っていた。
「僕もここのOBなんだ」
「そう」馬鹿に興味はない。「まだ、何か用?」
「君は、僕が嫌いみたいだね」
「発情期の魔法使いの相手をするのは、発情期の龍の相手をするより嫌いなん」
真一がムッとした。
「君は、魔法使いの掟に従わなければならない」
「掟って?魔法憲章の他にもあるん?」
「優秀な魔法使いの存続のために、色数の多い者同士の結婚が奨励されている」
「奨励するのは勝手や。でも、ここは日本じゃなかったん?」
「?」
「日本人には、日本国憲法が適用される。だから、婚姻は両性の合意に基づいて成立するんや。いくら色数が多くても好かんヤツとは結婚せん」
「君や静香が嫌でも、魔法使いの長老が僕と結婚させる。簡単な魔法だ。僕と結婚したいと思わせればいいんだ」
「どうして、そんなことするん?」
「その方が優秀な子孫が残せる」
馬っ鹿じゃない?その子孫は、世のため人のため何をするというん?あんたの子供だ。どうせ、優秀な魔法使いの血筋を求めて横柄に振る舞うだけだろう。
「四色も使う魔法使いの男はこの世代で僕だけだ」
得意そうに言うので、やけくそになって訊いてやった。
「それで、あんた、シズに色目を使ってるってわけ?」
「色目を使っているんじゃない。世の中の道理を教えてあげてるんだ。あの子は美しくて従順だ。気に入ってる」
そう。でも、静香はあんたなんかに気に入られたくないだろう。
真一の薄ら笑いを見ていると、吐き気がした。何が四色だ。こいつ、自己中の変質者だ。とっとと帰れ!静香が嫌う道理だ。
ものすごい形相で睨み付けたからだろう。真一が皮肉っぽく言った。
「魔法で攻撃しないでくれよ。君は七色使うんだ。僕なんか、簡単にたたきのめすことができる。もっとも、優秀な魔法使いを傷つけたって先生のお目玉食うことになるけどね」
あまりの物言いに我を忘れそうになる。四色の魔法使いがそんな偉いのか?叱られたっていい、今やっつけないと。
体が火を噴こうとしたしたまさにその時、ドアが開いて、三人組が顔を覗かせた。
「綾乃ちゃん。我慢して。ここでトラブル起こしたら、あなた、仮免どころか、本免許も危ないわ」
静香が必死で止める。
こんなこと言われて我慢しろって?シズ、こいつは、あんたを狙ってるんや。
大阪の女は、おばちゃん予備軍や。周りの思惑なんか気にせえへん。信じる道を行くんや。シズ、任せて。あんたに代わって、天誅下したる。
中島が私の気配を察して叫んだ。
「綾乃、少なくとも攻撃は止めろ。気が済まないなら、雨でも降らせるか、台風でも起こして、気を逸らすんだ!」
静香と小西が、あんぐりと口を開けて中島を見やる。優等生の彼がこんなことを言うなんて。
真一が勝ち誇ったように口の端で笑った。
クソっ。何とか一矢報いたい。こいつなんか。こいつなんか。こいつなんか……。
ひらめいた!瞬時に心にガードを掛けて――真一は心を読むのだ。邪魔されたくない――中島達を呼んだ。
「カ!ト!相談がある。ちょっと来て!」
「吉岡さん、三人で攻撃しようなんて思わないように。僕は貴重な四色の魔法使いだ。後で長老からお叱りを受けるよ」
そうだ。簡単なことだったのだ。四色が他にもいればいいだけだ。
「カ、水にしとくね」と、中島に手をかざし、「トは火でいいやろ?」と、小西に手をかざした。
夜光虫のようなぼんやりとした光が二人を覆って消える。一瞬、中島の目が青く光り、小西の目が赤く光った。
静香が驚愕した。中島と小西も呆然としている。
一番驚いたのは佐藤真一だ。馬鹿みたいに口を開けたまま固まってしまった。
「これで、四色が三人や。四色なんて、珍しくもない。とっとと帰り!」
しばらくして、正気に戻った小西が中島に言った。
「カオル、ちょっとやって見ろ」
中島が部室の隅に置いてある金魚鉢――舞台で使う小道具だ――の上に小さな雨を降らせた。小西は杖の先端にライターみたいな火を作る。
二人は顔を見合わせて、「増えてる……」と呟いた。
「……あり得ない」
一部始終を見届けた真一が呆然とつぶやくと、廊下にいた佐藤弟が恐る恐るご注進した。
「兄貴、こいつ、前も緑の魔力を他人に授けたんだ」
「じゃあ、パーフェクト……じゃ、な、なくなったのか?」
佐藤真一が、やっとの思いで口を開いた。
「少なくとも、緑のときは霊力に変化はなかった。今も……変わらないように……見える…んだ、けど……兄貴……どう、思う?」
抜け殻のような体を引きずって、佐藤兄弟は帰って行った。
佐藤真一を撃退したのだ。私達は手を取り合って喜び合った。
後で先生に叱られるかも知れないけれど、そんなことは些細なことだ。逆転満塁ホームラン。あの嫌味な魔法使いを退場させることができたのだ。
ビール掛けでもしたい気分だ。ああ、早く大人になりたい。
四色の魔法使いが三人もいるのだ。あいつが静香をものにする可能性は限りなくゼロに近い。この場合の獲得目標は静香の幸福だった。
「これで上手く行ってれば、五色になってるはずなんやけど……」
私は、自分の赤や青の力が全部、中島や小西に移るよう祈ったのだ。計算通りなら、色数が減ってパーフェクトじゃなくなってるはずだ。
綾乃ちゃん、人外確定。ご愁傷様というべきか。




