文化祭――痴話喧嘩
ⅩⅣ 文化祭
文化祭が近い。そうそうサボってばかりもいられないので、部室に行った。ドアの前まで来ると、静香の激高した声が聞こえた。
「カオル、あなたも、タツヤがおかしくなったのは、私が綾乃に気を遣わなかったせいだって、思ってるんでしょ?」
「そんなことない」
「いいえ、思ってるわ。綾乃はこっちに来たばっかりだから、私が気を付けてあげるべきだったって。でも、私だって大変だったんだから。佐藤さんまでウチに来たし……」
「分かってる。だから、僕も、トオルも、君のせいだなんて思っちゃいない」
「ううん。トオルは、綾乃が私達に気を遣ってくれたほど、私達が綾乃に気を遣ってあげなかったって、言ってたじゃない。この夏、綾乃を放ったらかしにしたから、タツヤがおかしくなったんだって」
「タツヤは発情期だったんだ。だから、気を遣おうが遣うまいが、結果は同じだったと思う。でも、トオルの言うように、僕達が綾乃を放ったらかしにして悲しい思いをさせたことは事実だ」
「ほら、あなただって、そう言うじゃない。松村さんのことがあってから、みんな、綾乃の方がパワーがあるって言ってるわ。魔法使いは霊力で人に惹かれるわ。あなた達だって、綾乃のことが気になってるはずよ」
これ以上聞いていることに罪悪感を感じて、ドアを離れた。
でも、ここが魔女の魔女たる所以だ。一旦、回線が繋がってしまったのだ。ドアから離れても、二人の言い争いがしっかり聞こえた。いや、正確には、頭の中に響くのだが……。
(トオルも綾乃のことが気になってるわ。だから、わざわざタツヤを昔の緑池に連れてったのよ。規則違反の魔法までかけて。しかも、あの子をその翌年に連れてったわ。あの人、今度バレたら、仮免危ないのに。
カオル、あなたもでしょ?あなたも綾乃のこと気にしてるわ。宿題テストの時だってズッと一緒だったけど、この頃は綾乃のことばかり考えてる)
(この夏、彼女が僕達に気を遣ってくれていたなんて知らなかったんだ。それで、彼女が寂しい思いをして、タツヤがおかしくなってしまった。
そのタツヤまでいなくなった。
まさか、安本先生が綾乃にタツヤに会えなくする魔法をかけるとは、思わなかったんだ。だから、ここで僕達が支えてあげないと、綾乃は本当に独りぼっちになってしまう)
(先生に報告した私が悪いって言うの?)
(いや、あの場合、君のやったことは間違っていない。綾乃を龍に取られるわけにはいかなかったから)
(トオルもあなたも、綾乃のことになると、目の色を変えるわ。きっと、二人とも、私より綾乃の方が良いのよ)
(シズ、しっかりして。僕もトオルも、君しか見ていない。だから、綾乃も僕達に遠慮したんだ)
(口で言うのは、簡単だわ)
(だったら、僕の心を読めばいい)
(怖いのよ!もし、あなたが綾乃の方を好きだったらって思ったら、怖くて、あなたの心が読めないの!)
静香が取り乱すのを初めて見た。いや、この場合は、初めて聞いた、と言うべきか。
私のせいで、二人が喧嘩していた。この二人、夫婦喧嘩みたいなことするんだ。こんな痴話喧嘩に交じらない方がいい。
来た道をとって返すと、小西に出会った。
「どうした?今日もサボりか?」
お気楽な小西が訊いた。
「今、部室に行かない方がいいと思う」
「何で?」
「言えない」
冷静な中島と浮世離れした静香の痴話喧嘩でした。喧嘩は、綾乃や小西の担当だと思っていたのですが、流れで……。




