別れ(その7)
小西が目をそらせて手を出した。
「ぬいぐるみ、よこせ」
一瞬で、家から龍のぬいぐるみを取り寄せた。小西の気が変わらないうちに、この計画を実行しなければ。
ぬいぐるみを渡すと、小西が消えた。
無事にタツヤに会えただろうか?それ以前に、タツヤがちゃんと謙信の時代に着いていたのだろうか?川中島の実習で会ったから、着いてるはずなんだけど……。
今頃、気になり出した。
私って抜けてる。苦い笑いが浮かんだ。
しばらくして、血の臭いがした。目を上げると、小西が脇腹を押さえている。
「どうしたん?」
「ちょっと、な。あいつにとっちゃ、俺は恋敵だ。会いたくもない相手ってわけだ」
「タツヤにやられたん?」
「大丈夫。大したことない」
「あいつ、アホやな。あんたなんか恋敵でも何でもないのに。ちょっと見せて」
シャツ開いて見ると、爪でえぐられた傷があった。タツヤが小西に爪を立てたのだ。予想外だ。
緑のヒーリングの魔法は得意じゃない。でも、今は、お世話になった小西を治さなければならない。集中して杖を振った。傷が消えて、小西が感嘆した。
「綾乃、お前、ものすごく上達してる」
「そんなことどうでもいい。で、タツヤは、どうなったん?」
「無事に緑池に送り届けた。脳溢血で死んだことにして、ぬいぐるみに見立て魔法かけて遺体だと思わせて来た」
「おおきに」
体中の力が抜けた。これで、タツヤは幸せになれる。
「綾乃」
「?」
「来い」
小西が腕を掴んだ。
地面が急旋回して、立っていられない。あちこちにちらちらと星が見える。時空旅行だ。小西がどこかへ連れて行こうとしている。小西は鋭い目つきで前を睨みながら間合いを計っている。そうして動きが止まった。
辺りは、陽光も眩しい春の景色だった。緑の匂いが濃くて、息苦しいほどだ。
人が足を踏み入れない場所のようだ。
池。池があった。緑池に似ているが、水の色は透明だ。澄んだ水に陽の光がキラキラと反射して幸せそうに踊っている。
「ここ、どこ?もしかして、緑池?」
「ああ。四百三十年ほど前の緑池だ。俺がタツヤを送った次の年、のはずだ」
いつのも皮肉っぽい言い方だ。
「先生の魔法は、『タツヤに会えない』だったんだろ?」
黙って頷くと、悪戯っぽい笑いが目の前できらめいた。
「だったら、『見る』のはいいんだ」
「?」
「そういうことだ。呪文って、口に出した言葉に拘束されるんだ。いうなら、言霊信仰の延長にあるんだ。だから、『会う』と『見る』は違うんだ」
「……ト!」
「お前、能力あるのに、なーんにも知らないんだ。もっと勉強しろ」
軽く背中をたたいた。




