別れ(その6)
「何してるんだ?」
振り返ると、小西が立っていた。
「タツヤみたいなこと……言うんや」
「何してるんだって、訊いてる」
こいつもチクッたのだ。大嫌いだ。でも、計画を実行するにはこいつの助けを借りるしかない。即座に決断した。
「ト、頼みがある」
「?」
「1578年に行って、タツヤに、死んだ振りして、緑池で暮らすようにって、教えて来て欲しい。あの年に死ぬなら歴史は変わらん。だから、上手く行く。で、謙信の遺体がないから、あの時代の人があやしく思わんように、ぬいぐるみ置いてきて欲しいんや。それで、見た人が謙信だって思うように見立て魔法かけて来て欲しい」
「魔法憲章第二条に目一杯抵触する」
「知ってる。あんたには……悪いと思ってる」
「自分ですりゃ、いいじゃないか?」
「自分で、できんから……頼んでる」
喉に熱いものが込み上げて、嗚咽が止まらない。説明しないと……ここで、こいつの助けが要るのに。声が出なくて、情けなくて、涙が止まらない。
「どうして?」
「……行けへんのや」
やっと、声を振り絞った。
小西が、私の心を読んで、固まった。
「上手に飛ばせましたね」
先生が優しく微笑んだ。
情けなくて、悲しくて、虚ろになっている私をそっと椅子に座らせる。そうして、こう言ったのだ。
「吉岡さん。相談があるの。よく聞いてね」
少し辛そうに息を吐いた。
「あなたは、今、タツヤを昔の時代に送りました。タツヤは、あの時代で伴侶を探すことになります。でも、龍は用心深いから、そんなに簡単に会うことはできないでしょう。タツヤは苦労して龍を探すことになります。あなたがタツヤを探したときみたいに。
そんなとき、あなたがちょくちょく会いに行ったら、どうなると思いますか?タツヤは、龍を探すより、あなたと一緒にいることを選ぶでしょう。
それじゃ、何のためにあの時代に送ったのか分からなくなるでしょう?折角、昔に送ったのです。あそこで伴侶を見つけて欲しいと思いませんか?」
私は黙って頷いた。その通りだった。折角、謙信の時代に行ったのだ。あの時代の龍と仲良くなって欲しい。
「だから、あなたはタツヤと会ってはいけないのです。あの龍とは、もう会わない方が、お互いの幸せなのです」
意味が分からなかった。怪訝な顔をしていたのだろう。先生が噛んで含めるように言った。
「あなたが承諾してくれるなら、あなたに魔法をかけます。二度とタツヤに会わない魔法です」
耳を疑った。二度とタツヤに会わない魔法。そんなものがあるのだ。それをかけたら、二度とタツヤに会えないのだ。
先生は、もう一度、ゆっくり言った。
「それが、タツヤにとっても、あなたにとっても、一番良いことだと、私は思います」
「どうして……承諾した?」
苦いものを呑み込んだような声で小西が訊いた。
「その通り……やと、思ったから。その方が……タツヤが幸せやと思ったから」
泣きながら答えた。
「私がいつまでもタツヤを追いかけると、あいつにも私にも良くないって。その通りやと思ったから。
でも、タツヤは謙信になってるんや。あれをやめさせて、あいつを助けるには、誰かが教えてあげんと。あいつ、周りに良いように使われて、折角あの時代に行ったのに、龍と楽しく暮らせん。それじゃ、あんまり可哀想や。だから、悪いけど、行って来て欲しい」
私は深々と頭を下げた。今の獲得目標はタツヤの幸せだ。タツヤが幸せになれないのなら、何のためにあの時代に送ったのか分からないじゃないか。
タツヤのために綾乃が動きます。




