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吉岡綾乃は魔女をやめたい  作者: 椿 雅香
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別れ(その5)

文化祭の準備で学校がごったがえっている。私は、毎日、手品の練習をした。要は、基本的な魔法なのだ。子供だましで馬鹿馬鹿しい。練習をサボって緑池へ出掛けた。

池は森閑と静まりかえっていた。石を投げると、その音がいつまでも耳に残るようだ。

タツヤは二百年もこんなところで独りぼっちでいたのだ。可哀想に。

でも、私も可哀想だ。

龍も魔法使いも絶滅危惧種だ。

独りぼっちで、寂しくて、そうして、好きになった相手とは別れなきゃならないのだ。

池の水を手ですくうと、指の間からこぼれ落ちて行った。タツヤは、この水みたいに、私の指の間から落ちて行った。 

楽しかったことを思い出した。

タツヤの背中にしがみついて水中から上空に急激に舞い上がったり、空から池の底まで一気に降りたりすると、目がついていけない。ゴーグルを付けたら、変な顔だ、と笑われた。腕や足にあいつの鱗が当たって、ちょっと痛かった。でも、しがみつかないと落ちてしまう。必死で手足に力を込めた。龍は水中でも目を開けてられるんやね、と言うと、目を開けていられない人間の方がおかしい、と笑った。普通は開けてられるけど、こうもスピードが速いと無理や、と言うと、ワシは強いから、と胸を張った。

『しゅけん』とナミさんの話をしたとき、プラトンって何じゃ?と訊いた。昔のギリシャの哲学者や、と言うと、ギリシャってどこにあるのじゃ?と訊いた。地図帳を持って来て教えた。

紫の授業で川中島の宿題が出た時、プリントアウトした資料を緑池で読んだ。タツヤが、何をしとるんじゃ?と訊いたので、川中島の戦いの説明をした。第四次の戦いが一番有名で、今度、そこへ行くことになってる、と言うと、どう有名なんじゃ?と訊く。説明すると、タツヤは、謙信というのは龍のような気がする、と言った。

 タツヤは謙信だったのだ。そうして、この前会った1577年の翌年に死ぬのだ。死んだことにして、緑池で龍と楽しく暮らして欲しい。心からそう思った。




タツヤがいなくなって、綾乃は独りぼっちになってしまいます。

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