別れ(その3)
目が覚めると、家で寝ていた。あれからどれぐらいの時間が経ったのだろう。時計を確認しようと起き上がると、おばあちゃんがホットミルクを持って来てくれた。
私は、あれから丸一日寝ていたらしい。
小西とタツヤはどうなったんだろう?気になったが、頭が重い。体がだるくて、どうでもいいような気分だ。明日は魔法のクラスを休もう、と思った。
翌朝、静香が迎えに来た。
やっぱり魔法のクラスへ行かなければならないらしい。タツヤと小西の喧嘩はどうなったのか聞きたかったが、教えてもらえそうにないので黙っていた。
この日、緑のヒーリングの授業を受けた。タツヤが怪我しているなら治してあげようと、必死でやったおかげだろう。先生に褒めてもらえた。
授業が終わると、安本先生に呼ばれた。
タツヤの話だった。三人組が報告したのだ。
魔法使い社会は、私が龍と結婚することを望まない。私が一般人と結婚することも望まない。魔法使い社会は、私が優秀な魔法使いと結婚することだけを望んでいる。と、先生は言った。
「あの龍は以前にも似たようなことがあったのです。惚れっぽい性格で、五十年ほど前にも人間の女の人に恋をして、結婚して欲しい、と懇願したそうです」
安本先生の説明が通りすぎて行く。
タツヤは惚れっぽいんじゃない。寂しいのだ。ズッと独りぼっちなら、誰でもそうなる。
ふと、相手は松村だったかも知れない、と思った。タツヤは、松村のことを初めて会った気がしないと言っていた。しかも、あの『タツヤ』という名は、私があの人に教えた名だ。
「その人が別の人と結婚することになると、龍は彼女につきまとって――まるでストーカーですね――龍の存在を一般人に知られそうになったそうです。それで、龍の記憶を消して、池深くで生きるようにしむけた、という記録が残っています」
それで、タツヤは松村を知らなかったのだ。でも、懐かしい匂いがする、と言っていた。記憶がなくなっても、懐かしい思いが残っていたのだ。
以前、どうしてあんたはよく眠るん?って聞いたことがある。あの時、タツヤは言っていた。
「起きておっても、独りぼっちじゃ。寂しくて仕方がないじゃろ?じゃから、眠るんじゃ。眠っている間、誰かと一緒にいる夢を見るんじゃ。暖かい優しい存在じゃ。そうして、目が覚めると、やっぱり独りぼっちなのじゃ」
眠っている間に夢を見ていたのだ。優しかった松村の暖かい夢だ。可哀想に。記憶を消されたことで、タツヤは本当に独りぼっちになってしまったのだ。
先生は言った。
「あの龍に罪はないのです。ただ、この時代に伴侶となるべき龍がいないことが原因だと考えられます」
「今度も、記憶を消すんでしょうか?」
タツヤの記憶を消すことは、私の心の半分が消えることだ。
「今度は、龍がまだたくさんいた時代に送った方が良いと思います」先生が私の目を見つめて言った。「吉岡さん、あなた、自分でやってみる?それとも、誰か別の人にお願いする?」
ああ、やっぱり、タツヤを上杉謙信の時代に送らなければならないのだ。
「私が、やります」
目を上げて答えた。
紫の授業で、物を時空を越えて送る魔法を何度か練習したが、私はいつも下手だった。
食料の不足した時代の魔法使いの一族に食料を届ける実習では、私の送った物はその時代に届くことはなかった。いつも、それより三十年以上前に届いてしまうのだ。はっきり言って、霊力はあってもそれを調節する力がないのだ。
でも、タツヤを別の時代に送るのを、誰かに頼むのは嫌だった。静香にも、小西にも頼みたくなかった。タツヤの不祥事を先生にチクッたのは、あの三人だ。あの三人のせいで、タツヤはこの時代から追放されるのだ。
でも、タツヤがこの時代にいられないのは事実だし、上杉謙信の時代には、緑池にも信州の湖にも本物の龍がいた。あの時代の方が、タツヤにとって幸せなのだ。
獲得目標は、タツヤの幸せだった。
考えてみれば、タツヤがこの時代に生きて行くのは難しいのだ。緑池の水質も良くない。近年上流でダムができて、流入する河川が減っているのだ。
「タツヤ、謙信さんの時代に行かへん?」
タツヤはぼろぼろで、返事もできない。昨日、小西だけじゃなく、中島や静香まで総掛かりでタツヤを攻撃したのだ。静香は小西や中島にはヒーリングの魔法を施したが、タツヤは簡単な治療で済ませた。龍じゃなかったら、死んでただろう。
「あんたの仲間がまだいたし、あの時代なら、人間の振りして生きてける」
タツヤの目が不安そうに揺れた。
「大丈夫。きっと、また会える」
私はタツヤにヒーリングの魔法を試した。あんまり上手にできなかったけど、それでもタツヤは喜んでくれた。
そうして、タツヤに向かって、心を込めて杖を振った。謙信の時代に飛ばしたのだ。
ちゃんと、あの時代に着いただろうか?怪我は治るだろうか?
涙が止まらなかった。




