別れ
ⅩⅠ 別れ
元の時代に戻ると、暗い気持ちで緑池に出掛けた。
タツヤは、あの時代に自分を送り届けたのは、私だと言っていた。どうして、そんなことになったのだろう。ただ、いずれ、別れが来ることは確かだった。
緑池に着くと、タツヤはいなかった。
小太郎の所へ遊びに行ったのだろうか?そう思って、テレポテーションしてみたが、着いたのは小太郎の池の麓だった。まだ、誤差があるのだ。小西に馬鹿にされそうだ。
再度のテレポテーションは諦めて、足を使ってせっせと登っていると、上空から激しい音が聞こえた。
見上げると、二匹の龍が戦っていた。タツヤと小太郎だ。
タツヤの目の色が変わっていた。いつものゆったりした色合いがなくなって、何かに憑かれたような血走った目だ。こうなると、タツヤは好戦的だ。体だって、小太郎の倍はある。小太郎なんか敵じゃない。小太郎は血だらけだ。
見ると、小西と中島が、杖を持って小太郎を援護している。少し離れたところで、静香が宙に浮いて、小太郎子を背中に庇っている。三人掛かりなのだ。中島と小西の杖から炎や水が噴き出て、タツヤを小太郎から引き離そうとしていた。
「タツヤ!何してるんや?」
「綾乃か?ワシは、優秀な龍じゃから、種の存続を望む」
「何、言うてるん?」
「じゃから、小太郎子はワシがもらう、と言うておるんじゃ」
「何でそんな理屈になるん?龍て、番と一緒になるもんやないん?」
「龍がたくさんおれば、番が一番じゃろうて。じゃが、現実に龍は絶滅危惧種じゃ。種の保存としては、優秀な個体の血筋が残る方が望ましい。ワシと小太郎では、ワシの方が優秀じゃ。生き物は、そうやって優秀な遺伝子を残すもんじゃ。考えてもみろ。魔法使いだって、トオルとカオルがシズを取り合っておる。シズは優秀な個体を選ぶことになろう。同じことじゃ」
「無茶苦茶や。後から来た龍は遠慮するのが礼儀というもんや。私かて、後から来た魔女やから遠慮してるちゅうのに」
「それは人間の無意味な気遣いというものじゃ。動物を見ろ。後から来ようが、どこから来ようが、優秀な個体が優先される」
「でも、ここはジャングルじゃない!」
中島が喘ぎながら遮った。
「綾乃。止めろ!今のこいつには無理だ。正気じゃない」
「こいつは小太郎を殺す気だ」
小西も顔を歪めた。
「殺す気はない。小太郎子に緑池へ来てもらうだけじゃ」
タツヤは涼しい顔で言う。
「そんなことしたら、小太郎が独りぼっちになる!」
「かまわん。トオルがおる」
私が叫んでも、平然としたものだ。
私は両手を広げて止めようとした。いつもは大喜びでじゃれて来るのに、今日は本気でぶつかって来た。思いっ切り跳ね飛ばされて、池にたたき落とされてしまった。
しばらく呆然としたが、頭を振って立ちあがる。気を失っている暇はない。もう一度体当たりだ。
「綾乃、無理だ!僕達に任せろ!」
中島と小西が二人がかりで体当たりしたが、タツヤには痛くもかゆくもない。何しろ、体の大きさが違うのだ。
血の気が引いた。龍は温厚な生き物だと思っていた。こうも過激な行動を取るなんて。
ふと気が付くと、静香も中島も小西も宙に浮いていた。池の上空で戦っているのだ。そうでもしないと、戦えないのだろう。
そういえば、『しゅけん』も飛鳥のように海の上を飛んだという。だったら、私にもできるかも。
意識的に飛び上がって宙で止まった。杖を出して、先端に意識を集中する。怒りで体が震えた。独りぼっちで可哀想だと思ったから、小太郎を紹介してあげたのに。小太郎だって、可哀想な龍だと思ったから仲良くしてくれたのに……。勝手なヤツ。
タツヤはふふふと笑って、小太郎に襲いかかった。今だ!杖に意識を集中して雷を落とす。発電所をダウンさせたパワーがあるのだ。一発でタツヤが固まった。
天気も良いのに放電したのだ。麓の人達は驚いただろう。
タツヤがどさりと地面に落ちた。息も絶え絶えで体中痙攣している。小西や中島、それに静香も地面に降りて走り寄って来た。
「綾乃ちゃん。バッチリよ」
静香が褒めてくれた。小西と中島も感嘆の眼差しで見てくれた。
涙が止まらなかった。タツヤは、ここには置いておけないのだろうか。龍にはメスもいるってことを知ってしまって、独りぼっちでいられなくなったのだ。第一、タツヤは好戦的な龍だ。上杉謙信になった時は、メスの龍を求めてあちこちで戦争していたのだ。
静香がタツヤと私を緑池へテレポテーションしてくれた。電気ショックで死にかけたタツヤに付き添って、私は一晩中看病した。タツヤはうつらうつらしていたが、ときどき目を開けて私を見た。
「反省してる?」
私が訊くと、首を捻った。
「どうして、あんなことをしたんじゃろ?ワケが分からん」
「ゆっくり寝て、ゆっくり休んだらいい」
「綾乃。お前は、良いヤツじゃのぉ」
「今頃、分かったん?」
「いや、始めからそう思うておった。じゃが、お前は人なんじゃ……」
「龍でも人でも、良いヤツは良いヤツだし、好かんヤツは好かんヤツや」
タツヤが発情してしまいました。綾乃は……。




