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吉岡綾乃は魔女をやめたい  作者: 椿 雅香
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上杉謙信(その3)

その次に松村に会うと、彼女は意味深に笑った。

「私、私の時代の緑池、見つけたわ」

「タツヤ、いた?」

「ううん。だって、タツヤって用心深いんでしょ。あなただって二週間以上通ったって言ってたじゃない」

「……確かに」

「だから、通ってみる。上手く行けば、タツヤは、二百年独りぼっちだったんじゃなくて、六十年前に私と付き合ったってことになるかも知れない」

頭の良い人だ。そうして、松村がおばあちゃんになって、あの山道を登れなくなった頃、私とタツヤが出会うのだ。

その日は、赤の『鰺の塩焼き』の魔法も、橙の『校庭の万国旗をはためかす程度の風』という魔法も上手く行った。静香にコツを教えてもらったのだ。

「綾乃ちゃん。そっと何かをしようと思ったら、最後まで力を抜いちゃ駄目なの。力技で決めるんじゃなくて、最後まで気を抜かず丁寧にしなくちゃいけないの」

その通りにやってみたのだ。息を殺して、そっと鰺の塩焼きや万国旗に挑戦する。そおっと、そおっと。最後まで緊張して、上手く行った時、体中の力が抜けるのが分かった。

最後に、紫の授業があって、時空旅行に出掛けた。上杉謙信の時代が行き先だ。私が到着すると、上杉謙信はウチの町に陣を張っていた。川中島が集合場所だったのに、少し外れてしまったようだ。

川中島の合戦は、天文22年(1553年)、天文24年(1555年)、弘治3年(1557年)、永禄4年(1561年)、永禄7年(1564年)の都合五回あるので、くれぐれも間違わないように、と先生に言われていた。

この永禄4年の第四次の戦いが一番有名で、信玄の奇襲作戦――謙信の妻女山の陣へ別働隊を向かわせた、いわゆる『啄木鳥の戦法』――を見破った謙信が、八幡原の信玄を逆に奇襲したのだ。謙信と信玄の一騎打ちがあったことでも有名だ。第四次の永禄4年の川中島、八幡原は危険なので、妻女山と八幡原の中間地点に魔法でサークルを描いておくのでその中に集合するように、との指示だった。

しかし、私が着いたのは、天正5年(1577年)のウチの町だった。そおっと、そおっと、と思いすぎて、遡り方が甘かったのだ。この地は謙信の晩年に制圧された。上杉謙信は享禄3年(1530年)に生まれた人だから、川中島の頃は二十三歳から三十四歳という男盛りだが、ウチの町へ来た頃は四十七歳になっている。しかも、翌年の天正6年(1578年)には死んでいるから、最晩年といっていい。でも、今回の誤差は少なかった。少なくとも、謙信が生きている時代に謙信の側に来れたのだから許容範囲内ってことだ。

今日の魔法は三つとも成功だ。自分を褒めてあげよう。後は、少し修正して指示された集合場所に飛べばOKだ。

陣幕の間から上杉謙信が見えた。どんな人か興味があったのと、魔法が上手く行ったこともあって、ルンルン気分で覗き込むと、怪しい者だと捉えられてしまった。透明の魔法を掛けるのを忘れていたのだ。ドジな私。ぐすん。

私は謙信の前に引き出された。

謙信は私を見て、ひどく驚いて人払いをした。

「綾乃の言った通りだ。また、綾乃に会えた。嬉しいぞ」

聞いたことのある低い声。

「まだ、ワシをこっちに送り届ける前なのじゃろう?時空旅行は上手くなったか?」

「あなた、私の知り合い?」

「そうじゃ。お前に、こっちへ連れて来てもろうた。小太郎と小太郎子、シズ達は元気にしとるか?」

「小太郎達も知ってるって、あなた何者?」

「元の姿を見せようぞ」

誰もいない陣幕の中で謙信の姿が溶け、そこには一匹の大きな龍がいた。

「タツヤ!」

思わず抱きついた。こんなところでタツヤに会えるなんて!

「to my surprise!じゃろ?」と、タツヤが笑った。

しばらく、龍のタツヤと抱き合ったり、転がったり、大型犬と遊ぶような感じ――もっとも、大型犬というにはタツヤは大きすぎるけど――で過ごしたが、いい加減にしないと部下に怪しまれる。と、笑いながら人の姿に戻った。そうして、ニヤリと笑って、

「そうか。ワシをこちらへ送り届ける前のお前なら、あの失態も知らんわけじゃ。汗顔の至りじゃ。どうしてあんな行動に出たのか、今もって分からんのじゃ。きっと龍の生理なんじゃろうて。あの時代は戦もなかったから、力が余っておったのかもしれん。お前には迷惑を掛けたのぉ。じゃが、ワシがこっちに来たのじゃ。お前の立場は悪くはならんかったじゃろうて」

「何で、この地域の制圧に来たん?」

「龍じゃ。龍がおるんじゃ。ワシは龍じゃから、人間の女は要らん。人間の女で欲しいと思うたのはお前だけじゃ」

悪戯っぽく片目をつぶって続けた。

「龍が欲しいんじゃ。緑池――最もワシが住んでいた頃より四百年以上前の緑池じゃが――に龍がおる。龍は絶滅危惧種じゃ。なんとか番になってもらいたいと思うておる。そのためにも、この地域を勢力下におこうと思うたんじゃ」

 そういえば、上杉謙信は女を避けた、と聞いたことがある。龍だったからなのだろうか。

「もしかして、川中島も龍が目当てだったん?」

「よく分かったな。信濃の武将から応援要請があったというのは口実でな。あの地方の湖には龍がおるんじゃ」

ここで、思い出したように言った。

「川中島では世話になった。お前が調べておった通り、信玄のヤツ、永禄4年の戦いで、別働隊をこっちへ向かわせておった。お前の話を思い出してな。裏をかいてやった。あいつに三太刀浴びせてやったのだが、惜しかったのう。もう少しだったのに」

知らなかった。タツヤは好戦的な龍だったのだ。でも、あの戦争でたくさんの人が死んだのだ。川中島の戦いについては、先生から調べておくよう宿題が出てて、私もせっせと勉強した。一説に、上杉勢で三千強、武田勢で四千強の死者が出たと言われている。

「タツヤ、戦は止めて」

「何でじゃ?ワシはみなに求められることをしておる。みな喜んでいるぞ」

「だって、たくさんの人が死んだんや」

「人は死ぬもんじゃ。死なぬ人がおったら、それこそ魔法じゃ」

不思議な出会いを喜び合って、しかし、タツヤが数々の戦争を起こして来たことに、少々重い気持ちで私達は別れた。

それから、第四次の川中島へと急ぎ、無事に戦いが始まる前に到着した。

先生が、

「吉岡さん、どこかへ寄り道して来たにしても、この時間に来れたのは上出来です」

と、褒めてくれた。

戦いは、凄惨を極めた。これをタツヤがやっているのだ。恐ろしくて、血の気が引いた。

タツヤをこの時代に送ったのは、私らしい。どうしてそんな馬鹿なことをしたのだろう。タツヤは龍だから、昔の方が生きやすいと思ったのは確かだ。でも、そのせいで、たくさんの人が死んだのだ。

私達魔法使いの生徒がいる場所は、透明の魔法をかけて見えないようにしてあった。でも、周りから血や流れ矢が飛んで来る。思わず体を引くと、バリアで覆われているのだろうか、血も流れ矢も宙で止まって、ずるずると地面に落ちていった。

馬上の謙信が、信玄に太刀を浴びせるのを見た。先生がズームアップしてくれたのだ。どちらも死なないことは分かっている。でも、謙信がタツヤだと思うと、ハラハラして、タツヤを止めさせなければ、と思った。

先生が、静かに言った。

「この見学については、未成年の皆さんには残酷過ぎるということで、賛否両論あるのですが、あえて見ていただきました。

このように信玄も謙信も至近距離で戦っているわけですから、魔法使いの中には、この機会に信玄もしくは謙信を殺して、その後の戦争を防止しようと試みた者もないことはないわけです。

そうすれば、第五次の川中島の戦いもなくなりますし、信玄に至っては、三方が原の戦いを始めあの時代の戦争のいくつかがなくなることになります。

でも、その試みはことごとく失敗しています。つまり、歴史は変えられないのです。

変えれるものでしたら、東京、大阪などの大空襲、広島、長崎の原爆投下などの歴史を変えたいと、誰しも願います。

しかし、いかに魔法使いとはいえ、歴史を変えることはできないのです。人は歴史の中を生きて行くもので、せいぜい、この時代には、川中島に近寄らないとか、第二次世界大戦末期に東京や大阪、広島や長崎から用事を作って出ることしかできないのです」

余りにも、タイムリーな話だったので、先生は私とタツヤのことを知っているんじゃないかと思った。




上杉謙信はタツヤだった。衝撃の事実に驚く綾乃。どうして綾乃は、タツヤを過去に飛ばしたのでしょう。

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