タツヤ
Ⅸ タツヤ
期末は散々だった。龍を探してウロウロし過ぎたせいだ。数学と物理が赤点で、電話で母に文句を言われた。
「綾乃。何やってたん?進級できんかったら、えらいこっちゃ」
「分かってる」
「電話で毎日、勉強せい!って言わなならんかったんやろか?」
「止めてぇな」
「そやな。でも、次からちゃんとせんと留年や。恥ずかしい」
「恥ずかしいのは私の方や!大体、オトンと二人して私を見捨てたオカンが悪い!」
「見捨てたんやない。この前も言うたやろ?おばあちゃんに頼んだんや」
「おんなじことや」
この期に及んで言い訳しようとするオカンに腹が立った。いくら魔法で転勤が決まったにしても、私も一緒に連れてってくれれば、もしくは、私だけ大阪に残してくれれば、こんなことにはならなかったのに。
先の電話で散々罵倒したのに懲りてない。まあ、それがオカンのオカンたる所以なんだけど。
「全然違うやろ。この前も言うたけど、私もダーリンも魔法は使えん。ウチの家族で魔法使えるん、おばちゃんだけや。そやから、あんたのことおばあちゃんに頼むことにしたんや。
生半可なことじゃ魔法使い社会から逃げることはできん。だったら、一番、魔法に精通した人間の側にいた方がいい」
言われてみれば、そうかもしれない。オカンやオトンの側にいても、あの二人が魔法使い社会から守ってくれるとは思えない。
前回と似たような説明――っていうかほとんど同じ説明で納得できたのは、龍と知り合いになれたおかげだろう。龍のおかげで話を聞く余裕ができたのだ。
「でも、事前に教えてくれても良かったやない」
「事前に言うたとして、あんた、自分が魔女やて信じたか?信じひんやろ?」
「う、う、う……」
「そやから、そっちで教えてもらった方がいいと思ったんや。おばあちゃんもおるし」
もっとソフトランディングっていうか、ショックが少なくなるように配慮してくれても良かったのに。
その結果がこの数学と物理の赤点だ。
目の前の悲惨な点数に頭を抱えた。おかげで、追試を受けなきゃならないし、指名補習まで受ける羽目になって、最悪な夏休みだ。
今井や小林達は遊びに行く相談をしてたけど、追試や補習のおかげで誘ってもらえない。って、追試や補習がなくても、誘ってくれないだろう。彼女達は、私が静香や中島達と遊びに行くと思ってるみたいだし。
一緒に遊ぶ友達もいないなんて。もう、最悪や。
仕方がないから、補習とクラブ活動の合間を縫って、緑池でタツヤと遊んだ。
タツヤと一緒に池に潜りたかったので、水着――リゾートビーチじゃあるまいし、学校の水着で十分や――を着た。一度、その格好で中島や小西に出会って、しっかり笑われた。小学生のスクール水着みたいだと言うのだ。
悪かったね。どうせ、私ゃ、まな板ですよ。
体型的にどう見ても小学生なのだから……と言うわけで、それからは水着の上にTシャツとハーフパンツを着ることにした。それこそ、小学生が夏休みに学校とかの近所のプールへ行く時の格好だ。いかにも私らしくて笑えた。その格好で、タツヤと一緒に、池に潜ったり、空を飛んだりしたのだ。
タツヤは大型だから、小太郎よりズッと乗り心地が良かった。
私達一人と一匹は、悠然と雲の上を飛んだ。魔法を使わない一般人に目撃されるかもしれないので、物を取り寄せる魔法は後回しにして、大急ぎで、松村に透明の魔法を教えてもらった。私達は、緑池の中に潜って――二分ほどで息が続かなくなった。松村に水の中で呼吸ができる魔法を教えてもらわなければ――タツヤの住みかの探検をしたり、空高く飛んで風に委せて漂ったりした。
大きなタツヤの背中に寝そべって、喉をゴロゴロ鳴らして目を閉じる。夏の爽やかな風が濡れた肌に気持ちがいい。静香に、「綾乃ちゃんって、ネコみたい」と笑われた。
タツヤと知り合って心の内を吐露する相手ができたおかげだろう。私は穏やかになった。タツヤの体に私の体を思い切りくっつけて、もしかして、私の前世は龍だったのかも知れない、と思った。プラトンは、人間は互いに半身を探す、と言ったが、私の半身は龍なのかもしれない。
タツヤは、長い孤独から解放されて、おしゃべりになった。
二人して、何をするともなく、緑池の畔や上空で、とりとめのない話をした。タツヤは、人間じゃないから、しゃべってもいいだろうと、魔法憲章や魔法使いの歴史なんかも話した。私が、『しゅけん』の一族と『大猿』の一族の戦いの話をすると、タツヤは、不思議そうに言った。
「魔法使いってのは、馬鹿なのじゃろうか?」
「何で?」
「どちらの部族も、一族の滅亡の危機に立っていたわけじゃろう?」
「うん」
「それなのに、互いに存続方法を巡って殺し合ったんじゃろ?」
「そうらしい」
「ますます部族の構成員が減るじゃろうが」
「確かに」
「要は、獲得目標なんじゃろ?」
「なんで、そこで安本先生の話になるん?」
「つまり、一族の滅亡を阻止することがこの場合の獲得目標じゃ」
私は頷いた。
「それなのに、そこに至る手段が違うからというて、互いに殺しあったわけじゃろ?」
「そうとも言える」
「馬鹿じゃったんじゃ」
「私等には伺い知れん何かがあったんやろか?」
「多分な」龍がニヤリと笑って言った。「で、両部族が和解したってことは、それに気が付いたってことじゃ」
私はおたべ人形だ。首をコクコク上下に動かす。今度京都に行ったら、あれを買って来てタツヤにあげよう。
「もし、両部族の長老が失敗を悟ったのなら、『しゅけん』の子孫も魔法使いの社会に受け入れられたことになる」
「じゃあ、タツヤは、『しゅけん』の子孫もあの魔法使いのデータベースに組み込まれているって言うん?」
「そうじゃ。綾乃の話では、『しゅけん』は、一族の中でも最優秀な個体で、しかも、相手の女は一般人の中では霊力が高かったんじゃろ?」
「うん。シズ達がそう言うてた」
「じゃったら、そう言うことじゃ。今現在、魔法使いの社会では、『しゅけん』の名誉は回復されておって、魔法使いは『しゅけん』の子孫に一目置いておる。じゃから、青柏祭の縁起の見学でも『しゅけん』に好意的なんじゃ」
「なるほど。そういう考え方もできるんや」
「綾乃。お前は、その『しゅけん』の子孫の一人なんじゃろ?」
「そういえば……あん時、シズがそんなこと言うてた」
「じゃったら、胸を張ればいい。世のため人のために生きた男の血筋なんじゃ」
タツヤが笑って、長いひげで私をくすぐった。私はクスクス笑って、タツヤにしがみつく。向こうから、小西が小太郎に、静香と中島が小太郎子に乗って、こっちに向かっているのが見える。三匹揃ったら、また、体を絡ませて遊ぶんだろうか。
一般人にも、魔法使いにも、異質で溶け込めない私には、タツヤだけが対等に付き合える相手だ。タツヤに溶け込むことができればいいのに。タツヤと私が一つになって、離れられなくなればいいのに。
タツヤは私の気持ちが分かるのだろう。嬉しそうに私を見つめて言った。
「惜しいのぉ。お前が龍なら、ワシの子供を産めるのに」
私は、タツヤにそんな色気があることに驚きながらも、龍の平均寿命って、いくつやろ?タツヤの繁殖期って、いつなんやろか?もし、まだ、繁殖期にあるのなら、メスの龍を探してお嫁さんにしてあげなければ、と思った。
綾乃とラブラブな龍のお話でした。




