龍(その7)
翌日の放課後から、私と小西は緑色の池――私達は『緑池』と名付けた――へ通った。
小西は、まず、小太郎の池へ行き、そこから小太郎に乗って緑池へ来た。
私は小西と別行動をとって、自分の足で歩いて行った。
一つには、突然私が空から現れたら、龍がびっくりするかもしれないと思ったからだ。だが、もう一つの理由は、私に屈託があって、いかに龍のためとはいえ、静香を好きな小西にそこまで付き合ってもらうのは悪い、と思ったからだ。
二日経ったが何の兆しもなかった。
三日目、小西から話を聞いた静香と中島が同行を申し出た。
来た。これだ。先生が言った通りになった。
静香によれば、自分も龍の友達のいる人間なのだから、龍に言った条件に合うはずだと言うのだ。じゃあ、中島はどうする?って訊いたら、言下に、「僕も行く」と言われてしまった。
「僕だって小太郎や小太郎子と親しいんだ。少なくとも、綾乃よりあいつ等との付き合いは長い」
そう言われると拒みきれなかった。
でも、これで、四人と二匹が行くことになる。龍が怖がって出て来ないんじゃないかと心配になった。
案の定、龍は姿を見せなかった。小西も、中島も、静香も、気の毒そうな顔をした。
彼等は、明らかに、龍はいないと思っている。ただ、私が、だだっ子のように龍に固執するので、付き合ってくれているだけなのだ。
先生は紫の時空旅行の魔法を使う。予知能力もあるのだろうか。でも、一週間だ。一週間通う約束なのだ。期末試験が迫っている。そうそう龍にばかりかまけていられない。
六日目、私は気が付いた。龍は英語の予習をしていたら出て来たのだ。明日は最後だから、四人で英語の勉強をしよう。と言うと、英語が嫌いな小西が爆発した。
「何で、遊びに来てまで英語の勉強しなけりゃならないんだ?俺は下りる!」
「でも、約束は約束だ」
「どうせ、試験前なんだから、どこでやっても同じでしょ?どうせなら、ここでやりましょうよ」
中島と静香が小西をなだめてくれた。
翌七日目。四人で英語の勉強に精を出した。まず、声に出して読んでみる。それから、日本語に訳していって、ときどき構文をチェックするのだ。ここは、関係代名詞やったやろか?いや待て、関係副詞やったかもしれへん。ブツブツ言いながら勉強するが、いつまで経っても龍は出て来ない。小西が気の毒そうな目をした。
「ト、そんな顔、止めてや。達也くんのときみたいや」
情けなくて涙が出そうになる。
「達也のとき……みたいか?」
小西が辛そうに言い、静香と中島が気の毒そうに私を見た。その時だった。
不意に風が吹いて、声を掛けるものがあった。
「何をしておるんじゃ?」
「龍さん!会いたかった」
私は龍に飛び付いた。
魔法使い三人組は目を丸くして目の前の存在を凝視する。
「じゃから、何をしておる?と聞いておる」
「テストが近いから勉強してるん」
「そうか」
「あのね。龍さん。この前言うてた龍の友達がいる知り合い連れて来たんや」
「この者達がそうなのか?」
「うん。紹介するね。まず、私は吉岡綾乃。こっちが小西 透。そっちが中島 薫。で、最後が大久保静香。それでね。トオルとシズの友達の龍も来てるんや」
「あれか?」
龍が空を見上ると、小太郎と小太郎子が上空を気持ちよさそうに飛翔していた。
龍は咳払いをして姿勢を正した。
「そちらが名乗るのじゃから、ワシも名乗った方がいいじゃろう。ワシは『タツヤ』じゃ、ワシは龍じゃ。上方の言葉では、『龍や』と、言うんじゃろ?」
龍は独りぼっちで生きて来たのに、こんなユーモアのセンスがあるのだ。驚きだった。
私達が驚いているのをスルーして、タツヤは不思議そうに首を捻った。
「さっき、お前達はワシの名前を口にしたじゃろ?何で、知っていたんじゃ?」
「偶然や。で、あっちの龍は小太郎と小太郎子や」
私が言うと、タツヤが尋ねた。
「どうしてそんな古風な名前なんじゃ?」
「シズが間違えたんだ」
小西が可笑しそうに説明を始めた。私も初めて聞く話だ。興味が湧いた。
「『龍の子 太郎』って話があるだろう?で、シズがこれを、『龍の子太郎』って続けて読んで、龍って小太郎って名前がポピュラーなんだろうって言ったんだ。犬ならポチ、猫ならミケってな具合だな。後で、『龍の子』と『太郎』の間にスペースがあって、龍の子の太郎くんの話だって分かった時には、もう、『小太郎』で定着してしまってたんだ」
私とタツヤは、腹を抱えて笑った。龍が腹を抱えて笑うなんて、初めて見た。
静香が憮然として叫んだ。
「ト!そんな恥ずかしい話、暴露しないの!」
中島もクスクス笑っていた。
「小太郎達、呼ぼうか?」
小西が言うと、龍が頷いた。
小西の指笛で小太郎と小太郎子が降りて来た。ここ一週間、池の上空を飛び続けたのだ。
お疲れさま。私は、感謝の気持ちで小太郎と小太郎子の首をたたいた。
二匹の龍が嬉しそうに、緑池の龍に頭をこすりつけると、男の姿がぼやけて、一匹の大きな龍、小太郎の倍はあろうかという大型の龍がそこにいた。
「綾乃。礼を言おう。同族に会うのは初めてじゃ。どちらも若いのぉ。もっと早く会いたかった」
そう言うと、三匹の龍は、じゃれながら空へ飛んで行った。
ようやく龍に再会できました。三人組も龍に会って驚いたようです。




