龍(その5)
呆然とする私を残して、龍は池の中へ消えて行った。
信じられない!龍を見つけた。明日、小西と来よう。
しまった!喧嘩中だ。
でも、龍は仲間に会いたいと言っていた。ここで仲間に会えなかったら、あの龍は死ぬまで独りぼっちかも知れない。土下座してでも、小西を連れて来なければ。
慌てて山道を駆け下りると、小西がぽつんと立っていた。帰ろうか、帰るまいか、悩んでいたのだろう。良いヤツだ。一遍で小西が大好きになった。
一気に駆け下りて、小西の首にしがみついた。
「ト!龍や!龍がいたんや!来て!あんたに会いたがってる!」
小西は怪訝な顔をして、私を見た。首にしがみつかれて苦しいのだろう。落ち着け、と言いながら、やんわりほどく。
息を弾ませてまくし立てた。
「龍や!龍が出たんや。二百年もここに住んでるのに、仲間に会うたことないって言うてはった。会いたいって。仲間に会いたいって言わはった!」
「本当か?」
私は力強く頷いた。
そして、連れだって龍の池へ行った。薄暗い池はいかにも龍が住んでいそうな雰囲気だ。
「龍さん!龍さん!」
名前を聞いておけば良かった。こんな呼び方じゃ、間が抜けている。
何回も呼ぶが返事がない。小西が小太郎を呼ぶ時は、一回で出て来るのに。水面は、森閑と静まりかえって、カエルが飛び込んでも気付くほどだ。
何度も呼んで、随分待ったが、龍は現れなかった。
小西が気の毒そうに私を見た。達也くんのときみたいや。そんな目で見ないで欲しい。本当にいたんや。
「綾乃。もしかして、夢だ」
「夢じゃない」
「パーフェクトの魔法使いや魔女は霊力が半端じゃないから、ときどき信じられないほどリアルな夢を見るらしい。シズが言ってた」
私は必死で首を振った。あれは夢じゃない。龍は私と話をしたのだ。
「お前が俺達三人に気を遣ってくれてるのは分かる。そうして、友達の代わりに龍を欲しがるのもよく分かる。でもな、龍はいないんだ」
小西が、私の腕を掴んで目を見据えた。夢から早く覚めろと言わんばかりだ。
涙が出た。
「いたんや。さっき、話ししたんや」
「帰ろう。もう気が済んだだろ?俺達は確かに欺瞞的かもしれない。でも、シズが大人になったら決着がつくんだ。それまで、俺もカオルも黙ってシズを護る。お前は気にしないで付き合ってくれたらいい。今までみたいに明るく。それで俺達は救われる」
「龍はいたんや」
私は顔を覆った。信じてもらえないことが情けなくて。どうしようもなくて。あの龍に申し訳なくて。小西が信じてくれなかったら、あの龍は仲間に会えない。
「泣くな。俺が泣かしてるみたいだろう?」
「ト、信じてくれへんの?」
「実際、龍なんて、いない」
肩を落とす私を、そっと抱き寄せて額をくっつけた。
「いるはずがないんだ」
「いる!」
上目遣いで睨み付けると、小西は私を離して、ため息をついた。
「お前、強情だなあ」
「お互い様や。私が信じてあげんと、あの龍は仲間に会えへん。可哀想やろ?」
大きく息を吐いて、小西がやけくそに言った。
「分かった。一週間、小太郎とここへ遊びに来る。それでいいんだろ?」
私は嬉しくなった。小太郎になら、龍は出てくるはずだ。
「おおきに!」
私は、小西に抱きついた。
山道をトボトボ歩いて帰る。テレポテーションすれば早いのに。と、小西が文句を言った。
「だって、それじゃあ、道、覚えられへん」
すっかり暗くなっていて、分かれ道におばあちゃんが懐中電灯を持って立っていた。小西には驚きだったようだが、おばちゃんはいつもここで待っててくれるのだ。
龍に会ったよ。でも、トと行っても会えへんかった。そう言うと、おばあちゃんは、笑って言った。
「龍はよく眠るから。寝てたら、綾乃が呼んでも聞こえないだろ?」
「おばあちゃん、私が夢見たんじゃないって信じてくれる?」
「綾乃がその目で見たのなら、いたんだろ」
余りにも淡々と言うので、聞いていた小西が固まってしまった。
おばあちゃんは、小西に礼を言い、「ここからテレポテーションで帰ったらいい。綾乃は私が連れて帰る」と言った。
そう言われると、男の子というのは放っておけないものらしい。やけくそになって、家まで送ってくれた。
せっかく会えたのに、小西と行くと会えません。簡単にはいかないものですね。




