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吉岡綾乃は魔女をやめたい  作者: 椿 雅香
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龍(その4)

真打ち登場です。

一旦家に帰って、おばあちゃんのおにぎりを持って池を探しに出掛けた。

分かれ道で杖に訊いた。今度は意識して、「龍の池へ行くのは、どっち?」と訊く。

小太郎の池ではダメだ。小西も小太郎は譲れない。あいつも、小太郎がいるからこの状況を我慢できるのだから。

こんども右だった。道が険しい。息をハーハーさせて、杖が示す池にたどり着く。

目を疑った。この前の池だったのだ。苔むしているのだろうか。水の成分の色なのだろうか。古い緑色の池だった。池の周りを歩きながら、何度も試すが、杖は確かにこの池を示している。本当にこの池に龍がいるのだろうか。

龍は用心深いから、初めて会う人には出て来ないのかも知れない。

毎日通ってみよう。魔法が上手くかかってないかも知れないから毎日杖に訊くとして、杖がここだと言う限り、毎日通ってみよう。もし、私が龍だったら、ずっと一人で寂しくしてたのに、急に知らない娘が遊びに来ても、顔を出すはずがないじゃないか。

そう考えると、気が軽くなった。そうして、池の周りに、一休みしたり宿題をしたりする場所がないか探した。

あった。丁度いい具合に木が倒れてる。座ったり、勉強したりできそうだ。

今日は何も持って来なかったから、とりあえず帰ろう。でも、明日からは……。

そのうち、龍が出て来たらいいなあ。

家に帰る前、念のため、近くの池を探してみた。

「この近くに池がある?」

杖に訊くと、三つほどあるとらしい。一応、三つとも行ってみたが、最初に見つけた池が一番居心地が良さそうで、龍がいるならやっぱりあの池だ、と思った。



毎日、いそいそと勉強道具を持って池に出掛ける私を、小西が見に来た。

どうせ、静香に頼まれたのだろう。そう思うと無性に腹が立った。

「来たら、あかん。龍って、人見知りするんやろ?折角、慣れて来たのに、あんたがおったら、出で来いひんようになるやない」

「龍なんか、いない」

「いる!」

「小太郎が最後の龍だ」

「ううん。絶対いる。毎日杖に訊くけど、いるって答えるんや」

「お前、魔法、下手だから」

「放っといてんか。納得してやってることや」

私は泣いていたのだろう。小西の顔色が変わった。

「気持ちは分かるけど。間違いは間違いだ」

小西が冷静に切って捨てたので、あったま来た。冷静さは中島の専売特許だろうが。

「あんたみたいな偽善者よりマシや。優しい振りして、仲のいい振りして。魔法使いなんか、偽善者ばっかや!シズが好きなら、言えばいいのに。カと喧嘩になっても、はっきりさせればいいのに」

 小西がもの凄い形相で睨み付ける。

「あんまり怒らせんといて。私は自分の力も制御できん。だから、人と付き合えん。だから、誰とも付き合えんのや」

涙が出て、止まらなかった。

呆然とする小西を残して、一人で緑色の池へと向かった。

情けなくて、涙が出た。私は小西が好きなのだろうか。いや、中島の方だろうか。どっちにして迷惑な話だ。二人とも静香が好きなのに。

龍がいれば、話を聞いてくれるのに。龍には面白くない話だろうか。

英語の教科書を出して読み始めた。単語を書きながら訳して行く。辞書は重いから、呼び寄せることができればいいのに。他の教科書も瞬時に呼べたらいいのに。今度、松村に、物を手元へ引き寄せる魔法を教えてもらおう。

涙を拭いて鼻をかんだ。ティシュをポケットに入れて、もう一度、英語と格闘する。何かの気配がして、目を上げると、側に男が立っていた。

惚けたように見上げると、古びた衣裳のその人は低い声で聞いた。

「何をしておるんじゃ?」

「予習」

「予習って?」

「明日、英語の授業があるんや。そやから、その前に準備してるん」

「お前は上方の出か?」

「上方?関西弁ってことやね。そういう意味では、そうや」

「泣いていた」

「見てはったん?」

「ああ」

「私が悪いんや。独り相撲ってヤツ?好きになりそうなヤツがおってな。でも、そいつには好きな人がおるん」

「そうか」

「だから、好きにならんよう、気ぃ付けてるんやけど、上手く行かんの」

「いろいろ大変なんじゃな」

「うん」

「一つ、聞きたいことがあるんじゃが……」

「何?」

「『ぜつめつきぐしゅ』って何のことじゃ?」

「?」

「『ぜつめつきぐしゅ』じゃ。お前、このところ、その言葉をブツブツと呟いておったじゃろう。何のことか気になった。それで、教えてもらおうと思ったのじゃ」

「あの……あなた、知ってるん?私が、このところ、ここらをブツブツ言いながら歩いてたん?」

「珍しい者が通るな。と、見ておった」

「あの、失礼だけど、もしかして、あなた……龍?」

「もしかしなくとも、そうじゃぞ。でも、本当の姿は、人間には恐ろしいらしい。じゃから、人と会うのはこの格好に決めておる。この方が何かと都合がいいからのう」

そう言うと、得意そうに胸を張った。

ゴクリと唾を飲む。

「ぜ、絶滅、き、危惧、種って、ですね」

「ふむ」

「ら、乱獲、密漁、生態系の破壊、異常気象などの様々な理由によって、ぜ、絶滅のおそれの高い、や、野生生物の種のことを、い、言うんです」

「ふむ。じゃったら、龍は、まさに『絶滅危惧種』じゃな。ワシはこの池に二百年ばかり住んでおるが、仲間に出会ったことはない。ワシが最後の一匹かもしれん」

「いえ、お仲間はいます。私の知り合いに龍の友達がいるのがいるんです」

「どこにおる?」

「今日は途中で帰しました。だって、知らない人間だから、会いたくないだろうって思ったんです」

「それもそうじゃ。じゃが、仲間がいるなら会うてみたい。一度、その人間を連れて来てはくれまいか?」

 私は、思わず、頬をつねった。夢じゃない。

それを見た龍がふふふと笑った。龍の笑顔は純粋で、魔法使い三人組の笑顔より透き通って見えた。



いよいよ龍が出てきました。

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