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吉岡綾乃は魔女をやめたい  作者: 椿 雅香
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 Ⅷ 龍


毎日、雨が降ったり止んだりした。気分は最悪だ。

学校の勉強と魔法の勉強、学校の付き合いと魔法使い社会のルール。今の私には、小太郎と遊ぶことだけが唯一の息抜きだ。

小西は、毎日、付き合ってくれる。案外優しい。

でも、おかげで今井や小林達は、私と小西の仲を疑った。毎日、二人で出掛けて行くのがあやしい、と言うのだ。静香や中島が一緒のときもあるけど、圧倒的に二人でいる、と言う。いつもは距離を置きたがるくせに、こういうときだけ面白がるから、始末におえない。

私と小西があやしいって?どこが?あいつの助けを借りずに小太郎と遊ぶことができるなら、とっくにそうしているわ。

いつものように小西が迎えに来ると、何も知らない三人組は、口々にはやし立てた。いや、正確には、口には出さなかった。小西を意味深に眺めて、それぞれの胸の内で、好き勝手にほざいたのだ。

(よく見たら、小西くんって、中島くんに似ててイケメンだし、吉岡さんの面倒見てくれる優しいところもあったんだ。意外だったわ。吉岡さんも、折角だから、付き合ったらいいのに)

(小西くん、案外、吉岡さんが好きなんじゃない?)

(どうせお目当ての静香さまは中島くんがゲットするんだから、小西くんは吉岡さんとくっつくのが平和でいいのよ)

小西が辛そうな顔をした。彼は、いつも皮肉っぽい笑いを浮かべている。だが、今日のは、少し引きつったような感じだった。頭の中に小西の重苦しい声が響いた。

(ったく、女子供は度し難いってこのことだ。お前等がそんな噂立てるから、シズがカオルばっか見るんだ。第一、何で、俺が、こいつの面倒を見なけりゃならないんだ?確かに、小太郎はこいつに懐いてる。でも、こいつのせいで俺はシズの側にいられないんだ。俺だって、シズが好きなのに……)

小西は、いつも心にガードを掛けて読まれないようにしている。でも、今日は、まだ、意識的に他人の心を読むことができない私に、油断したのだろう。おかげで、はっきり聞こえてしまった。

一瞬、私が呆然としたのが分かったのだろう。小西が目を見張った。

(しまった!)

と、心の中で舌打ちするのまで、分かった。

(読んだのか?)

と、顔を覗き込んだ。

私の中で、何かが音を立てて壊れた。

「今日はいいよ。一人で行くし」

そう言ってレインコート片手に学校を後にすると、慌てて追いかけて来る。

「お前な!あいつ、人見知りするんだ。だから、俺がいないとお前に危害加えるかもしれない」

「よその犬に手ぇ出して、噛まれるかもしれんって?結構。噛むなら噛めばいい」

「場所、分かってるのか?」

「何回行ったと思ってるん?もう、覚えた」

(最後は、テレポテーションしてる。お前じゃ無理だ)

(ト、付き合いたくないんやろ?私、一人でやってみる。もうすぐ期末や。あんた、シズ達と勉強した方がいい)

少しやけくそだったのは事実だ。

達也くんとのことは終わって、独りぼっちになった私にとって、小太郎だけが友達だ。でも、小太郎は小西の龍だ。私だけの龍がいればいいのに。

そうだ。新しい龍を探そう。そうすれば一人で遊べる。

魔法使い三人組の恋のさや当ては、そっちで勝手にやってくれ。私は、私の龍を探す。


私は魔法使いだった。達也くんも、美加も、離れて行った。今井や小林、それに長野だって、私が魔法使い三人組と付き合いだしてから、本当の意味での友達になれなくなった。

大きな力に絡め取られるように、友達が減って行く。親友じゃなくていい。馬鹿話して笑う仲間が欲しいだけなのに。


でも、これは正しいことなのだ。魔法を使わない一般人と必要以上に交わると、今の私じゃボロが出る。だから、一般人の友達が減るのは良いことなのだ。

ただ、魔法使いの友達は要らない。あの、選民意識に凝り固まった、パートナーを子孫を残すための相手としか考えない連中とは、付き合いたくない。彼等は人を魔法の能力で差別する。かろうじて、三人組はマシだけど……。

結局、魔法使い社会にいるということは、友人が減っていくのを黙って見てるってことに他ならない。

心の中を風が吹くような寂寥感。

魔法使い三人組は、小さい時から助け合って、支え合って来たという。きっと、魔法使いじゃない友達と遊んだり、喧嘩をしたり、したかっただろう。でも、あんまり危険なことはしちゃいけませんって言われて、その代わり三人の結束を固めたのだ。

前に、静香がポロリと言ったことがある。

「綾乃は、ずっと自分のしたいことをして来たのね。いろんな友達と、遊んだり、喧嘩したり。だから、これからは少し窮屈かも知れないわ。私達、小さい時から、ずっと窮屈だったの。だって、間違って喧嘩でもしたら、相手に大怪我させたり、下手すると、殺してしまうかもしれないでしょ?」

逆に、仲良くなりすぎると、秘密を守ることが苦しくなるのだ。



いろんなことを考えながら歩いていると、いつもの分かれ道へ着いた。ここから先はテレポテーションで行くのだ。こっから先は無理。小西はそう言ってた。

いいんだ。行けるところまで行ってみよう。いや、行ってみたい。

誰も私を助けてくれない。誰も私と付き合ってくれない。だから、一人で行く。いいや、一人で行きたい。

頭を上げて、空を見上げた。龍のいる池へ行きたい。と、目をつぶって祈った。

神さま、私が魔女なのなら、龍のいる池へ連れてって下さい。私が水の魔法を使えるのなら、龍の池へ連れてって下さい。

ゆっくり目を開けて、ガックリ肩を落とした。景色が変わっていなかったから。

私みたいな初心者が、そんな簡単にテレポテーションできるわけないじゃないか。

仕方がない。歩こう。自分の足で歩いて行くしかない。

♪歩こう、歩こ。私は、元気じゃない。

道に落ちていた木の枝を拾って、中島が『しゅけん』を捜したやり方を真似してみた。

「教えて、龍のいる池はどっち?」

枝がコロリと倒れた。こっちだ。と、腹を括った。私は龍を探すまで帰らない。

一時間ほど歩くと未舗装のガタガタ道になる。もう一度、枝に訊く。今度は右に倒れた。急峻な山道を行くと、古びた池に出た。小太郎の池でありますように。

恐る恐る覗き込むと、そこは小太郎の池じゃなかった。失敗だった。『龍の池』じゃなくて、『小太郎の池』って言わないといけなかったのだ。情けなくて涙が出た。どうしてこんなにドジなんだろう。

でも、ここまで来たのだ。もう少し探してみようか。辺りが薄暗い。いくら六月でも、七時過ぎてて天気も悪い。今日は諦めようか。

魔法使いが絶滅危惧種なら、龍だって絶滅危惧種だ。きっと友達も少ないだろう。小太郎が小西と仲良くなったわけが分かったような気がした。

でも、私だって絶滅危惧種だ。友達もいない。友達だと思ってる人達にだって、言っちゃいけないことが多すぎて本心から付き合えない。だから、だんだん距離ができる。だから、だんだん離れて行く。

私も龍も可哀想だ。何となく涙が流れて、池に落ちた。しばらく惚けたようにしゃがみ込んでいたが、とりあえず今日のところは帰ろう、と思った。

来た道を一時間ほど戻ったら、真っ暗になった。怖くて、情けなくて、涙が止まらない。

こんなとき、光を作る魔法が使えればいいのに。私は何もできないのだ。先生が、ここらの子は、小学校で基本的な初歩の魔法を習う、と言っていた。

ここで生まれてたら、初歩的な魔法を使えたのに。手品部でみんなが教えてくれる魔法は、子供騙しで実用には向かないものだった。

全てが中途半端で、いかにも私らしくて……。龍がいれば、慰めてくれたのに。

分かれ道に人影が見えた。

おばあちゃんだった。おばあちゃんが待っててくれたのだ。嬉しくて、涙が止まらなかった。




いよいよ真打ちが登場します。

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