プロローグ――転校
いろいろ読ませていただきましたが、初めて投稿します。よろしくお願いします。
2018.1.13 2000アクセス突破。ありがとうございます。
幸せです。(*^_^*)
Ⅰ プロローグ――転校
後から考えると、何か説明できない力が働いていたとしか言いようがない。こんな半端な時期に、しかも、こんなひなびた田舎へ転校するなんて。
転校なんかしたくなかった。できるなら、あのまま大阪で親友の美加や恋人の達也くん達と楽しい高校生活を送りたかった。
もっと本気で頑張って抵抗すれば良かった。小さな子供のように、駄々をこねれば良かった。どうして、簡単に諦めてしまったんだろう。
ここは、北陸の片田舎――オカンのオカン、つまり、おばあちゃんの田舎だ。そりゃあ、小さい頃は、おばあちゃん家に遊びに行くのは楽しかった。でも、田舎って、たまに行くから楽しいのだ。住むには不便で、人間関係がわずらわしいだけだ。だって、考えてもみてよ。周り中が、私のことを知っているのだ。知らないおばちゃん達が、私のことをおばあちゃんの孫だって認識してるのだ。プライバシーなんか、どこへ行ったって感じだ。
私、吉岡綾乃は、高校二年の時、突然、転校することになった。
まあ、転校って突然やって来るもんだけど、これはまさに寝耳に水もいいとこだった。
そもそもの原因は、オトンの転勤だ。突然、転勤が決まり、しかも転勤先が海外、と来た。
同じクラスの山岸達也くんと付き合い始めたばかりだった。ズッと片想いしてきた達也くんと両想いになれた喜びもつかの間、オトンの赴任先に家族が同行するか否か、我が家の家族会議は深夜まで紛糾した。
オカンは、断固同行する(!)と言い張った。
「あんたとは、たかだか十五年の付き合いやけど、ダーリン(恐ろしいことに、オカンは四十過ぎてもオトンのことをこう呼ぶのだ)とは、二十年以上の付き合いや。一緒に行くに決まってるやろ?」
自分は付いてくって?じゃあ、私はどうなるん?
向こうに、私が行ける学校ってあるんやろか?って、そもそも、日本の高校から転入できるんやろか?しかも、英語圏じゃないし。英語だって覚束ないのに、どうしろと?
一人でグルグル悩む私に、オカンは冷たかった。
そう、オカンは決めていたのだ。これしかないって。悩む必要なんかこれっぽっちもなくて、最初から結論が用意されていたのだ。
「向こうの様子も分からんし、今の高校に通うのも無理や。たかだか二年のことや。おばあちゃんとこの高校行ったら良いわ」
「なんで?ラノベみたいに一人で大阪に住むって選択肢はないん?」
「大阪には保護者がおらん。それに、あんたのこと、おばあちゃんには頼めるけど、他にお願いできる人なんていいひんし。
大丈夫や。大学に合格したらどこにでも下宿できるし、達也くんと同じ大学でも、どこでも好きなとこ行けばいいんや」
親の都合で子供の人生を好き勝手するって、どうよ?
一方的な言い分に切れた私は、手近にあったクッションを投げつけた。
それをきっかけに勃発したバトルは、大相撲の実況中継よろしく座布団が宙に舞い、ぬいぐるみが乱舞した。
戦いは数分間に及び、家中が無茶苦茶になった頃、私は敗北した。高校生の私には、体力的にも戦術的にも大阪のおばちゃんに勝てるはずもなかったのだ。
この壮絶な親子げんかの結果分かったのは、大学に合格するまで、おばあちゃんの世話になるしかないという重い現実だった。
もう二年後なら、一人暮らしできたのに。
半端なタイミングを呪った。
この時、私は、そもそもオトンの転勤がどうしてこのタイミングで決まったのか、考えてもみなかった。後に、もっとよく考えるべきだった、と後悔することになる。
オトンの転勤による転校という事実に隠された真の目的に思い至ることもなく、諾々と引っ越してしまったのだ。
引っ越しの日、オカンはルンルンだった。オトンと二人で海外へ赴任するのだ。第二の新婚旅行だと目を輝かせている。ったく、目がハートマークになってるって。
普通、母親って、旦那より子供の心配するもんやろ?わが母ながら、何考えてるんや?娘のことは心配じゃないんやろか?
少しばかりの荷物を北陸の片田舎に送る。宛先は、おばあちゃん家だ。
オカンは、自分の家の電話番号は忘れるくせに、おばあちゃん家の電話番号は絶対に忘れない。
「あんたも家を出てみれば分かるわ。自分の家は滅多に掛けんから忘れてしまうけど、実家ってときどき電話するから忘れへんのや。向こうから電話するし、おばあちゃんに迷惑掛けんときや」
喉で笑う様子は妙に嬉しそうで、第二の新婚旅行というのは、あながち冗談じゃないのだろう。
出発の前日、私は達也くんと手を取り合って涙した。高校に合格してから決死の覚悟で告白し、付き合い始めて半年も経ってなかったのだ。
中学の時からズッと好きだったのに。目が合うだけで胸がキュンってなる人だったのに。
メールしてや。当然やろ?もちろん電話も。他の女に気を惹かれるんじゃないぞ。お前こそ、イケメンに惹かれるなよ。色男に弱いんやから。
遠距離恋愛になってしまうけど、二年間の辛抱だ。絶対、達也くんと同じ大学に行くんや。
おばあちゃんの田舎は本物の田舎だ(偽物の田舎があるかって、ツッコミはなしだ)。
町の北側に小さな港があって、南に丘陵地が広がっている。公共交通機関は、バスと単線のJRだけだ。二両編成の電車が一時間に二本しか通ってない。
幸い、おばあちゃんの家は駅から徒歩五分の交通至便(って、不動産屋の広告みたいや)で、商店街のすぐ近くだ。でも、これって商店街と呼べるんやろか。あっちこっちの店がシャッターを下ろしたままで、噂に聞くシャッター通とまでは行かないけど、閑散としている。ところどころ歯抜けみたいに駐車場になってるし。一口でいえば、歩行者が異常に少ない田舎町なのだ。
少し歩くと田んぼや畑があるが、通学や買い物といった日常生活では舗装された道しか使わない。要するに、活動エリアが狭いのだ。
引越しの日、件のJRに数年ぶりで乗った。窓から見えるのは、林や田んぼの中に点在する家々や町で、いかにも田舎じみた風景だ。家が密集している場所にあるおばあちゃん家に着くと、あの田舎じみた風景が詐欺のように思えた。でも、確かに、ここは、あの林や田んぼの中に点在する町の一つ、それもここらでは大きい方なのだ。
大阪のような都会ほど便利じゃない。かといって、自然がいっぱいってわけでもない。コンビニやカラオケ屋はあるけど、ゲーセンはない。何もかもが中途半端で、これからここに住むんだと思うと、憂鬱になった。




