それは青く輝き
「君が見たものはね、相手の思考なんだよ」
サルビアと黒森魔法店に行き、黒森さんに事情を説明すると、彼の表情は次第に硬くなっていった。
それに伴い、彼を包む色までもが様々に変わっていく。
困惑、怒り、悲しみ、そんな暗い色の中に、僅かに混じる喜びの色。
「君と彼女は相性がいいみたいだね。まさか、他人の心の色だけでなく、思考まで読み取れるとは驚いた」
「えっと…私が見たのは、あの男の人が考えていた事ってことですか?」
「その通りだよ。その男の事情は知らないけれど、おそらく猫の青い瞳を見て、何らかのトラウマを思い起こしてしまったんだろうね。そして、それを君が覗いたのさ。
心配はいらない。サルビアの能力を予想外に多く共有してただけだからね」
けれど、その言葉とは裏腹に、彼の顔は険しい。
ならば、他に問題があるということだろうか?
そういえば、仕事がどうとか、さっきサルビアが言っていたし、それと関係してるのかもしれない。
「クロモリー、早く本題に入らないと僕寝ちゃうよ?」
椅子に座っていたサルビアが、退屈そうに言った。
珍しく大人しくしていると思ったら、眠かったかららしい。本当に気ままな魔女だ。
「…ああ、分かってるさ。明日香ちゃん、君に頼みたい仕事があるんだ」
そう言うと、黒森さんは1枚の紙を渡してきた。
A4のコピー用紙に、綺麗な筆跡で綴られた何行かの文字列。
県、市、区、と見慣れた並び。これは…
「どこかの住所ですか?」
「はい。そこに書かれた家に行き、家主の男に、
蒼目の魔女クーレアがどのような戦い方をしていたか?
と尋ねてください。変人ですが、悪くはない人です。私の頼みとあれば教えてくれるでしょう」
クーレア、誰のことだろうか?
魔女というからには、サルビアと同じような存在だろう。
魔法で悪さをして、封印された人。サルビアはそうは見えないが、その魔女も彼女と同じとは限らない。あまり、危ない事に首を突っ込みたくはないのだけど…
「まったく、そんな説明で明日香が納得して引き受けてくれるとでも思うのかい?
正直に、隠さずに話しなよ。
君の元契約相手の魔女が、魔力を持つ人間を襲ってるから、その調査をしてるんだって。
そして、君が見た青目の猫は、その魔女の使い魔だって」
黒森さんは、サルビアの方を軽く睨み、溜息をついていた。
先ほどからの、複雑な感情の色の移り変わりは、この事が原因なのだろう。事情はよく分からないけれど、そんな気がした。
「サルビアの言った通りだよ。僕は、かつて相棒だったクーレアを探してるんだ。
仲は良かったはずなのに、彼女はある日突然、私の知らない魔法を使って強引に契約を解き、出て行ってしまった。
それ以来、私は彼女の行方を探している。
その住所にいる男は、彼女に襲われた人間なんだ。だから、彼なら最近の彼女の戦い方が少しは分かるだろう。
本来なら私が行くところだが…、ここで情報を集めねばならんし、本来の仕事もある。頼まれてくれるかい?」
***
結局、私は黒森さんの頼みを聞き入れ、隣の県のとある町にやってきていた。
家から3時間もかかり、思っていたより遠かったが、その分バイト代はちゃんと出してくれるらしいから、まあいいか。
目立つ建物のない、静かな住宅街をぬけた先に、目指す家があるらしい。
マップで調べたところ、後20分くらい歩けば着くらしい。
その間、無言で歩くのも退屈だったので、元の姿のままでついてきていたサルビアに話しかけることにした。
「ねえ、昨日話したクーレア、って魔女をあなたは知ってるの?」
「ああ…、前に戦ったことがあるよ。当時は、名コンビと言われてたクーレアとクロモリ相手に私も頑張ったんだけど、深手を負わされて逃げたのさ。
実は、その時の怪我が元で捕まったんだよ。何だか思い出すと腹が立ってきたねえ」
「え!? クロモリさんって、そんなに有名な人だったの?しかも、あの人が戦ってたなんて、全然想像つかない」
「噂では、無表情で相手を追い詰める、機械のような男だと聞いてたんだけどねえ。
それに、私が戦った時も噂通りの嫌な男としか思えなかったんだけど、今のクロモリを見る限り、そんなことはないみたいだ。
まあ、その話はともかく、戦っていたのは本当だよ。昨日、クロモリが君に渡していたお札があるだろう?
あれも、クロモリの魔法で生み出したものさ」
そういえば、念のためと、お札を1枚渡されたっけ。
魔女の体に貼り付ければ、魔力が暴発してどうとか……、なんか難しいことを言っていた。
よく分からないけれど、このお札を貼れば魔女をひとまずは撃退できるという説明だった。
私の運動神経で魔女にこれを貼れるとは思えないけれど、無いよりは安心できる。
これが、黒森さんが作ったものだとは思わなかった。
考えてみれば、私は彼のことをほとんど何も知らない。帰ったら、色々と聞いてみようかな。
そんなことを考えていると、急にサルビアが足をとめた。
「うーん、なんか空気が変な感じがするなあ。明日香も何か感じない?」
彼女は、そう言うと不思議そうに、少し緊張しながら辺りを見渡し始めた。
彼女の言う、変な感じというのはよく分からない。けれど、思えば…
「最後に、人とすれ違ったのいつだっけ?そういえば、さっきから誰も見てないような気がする」
背筋が凍るのを感じながら、サルビアと同じように辺りを見渡すと、少し先の塀の上に何かがいた。あれは……
猫だ。それも、こないだ見た猫と同じ毛色。そして、不気味に輝く青い目。
「…人払い、クーレアが得意にしてる魔法にあったなあ」
ひきつった声で、サルビアは小さく呟いた。