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契約交渉

 黒森さんがケガの手当てをしてくれている間に、例の彼女は、

「久々の外の世界だぜ! 散歩してくる! ヒャッホーゥ!」

 と言って店の外に出て行ってしまった。

 大丈夫かな、と心配だったが、黒森さん曰く。

「しばらくすれば戻ってくるから、彼女は大丈夫だよ」

 とのことで、慣れた様子だった。

 そして黒森さんは散らかってしまったさっきの書庫に向かい、書庫を片付けると言うので、私も手伝おうとしたが、

「君は手伝わないほうが良いよ、何が起こるかわからないからね」

 と言われてしまって、今は特別することがない。

 多分、私のせいで起こってしまったトラブルなのだから、何かしなければと思うのだが、今私が出来ることと言ったら、いつも通り店内の清掃をすることくらいだ。

 棚の埃をはたいていると、例の彼女が戻ってきた。

「ただいまぁ!!」

 と溢れんばかりの元気で叫んだと思いきや、

「で、僕との契約はどう? 考えてくれた?」

 目を輝かせた彼女の顔が、私の眼の前にあった。思わず肩をこわばらせて固まっていると、

「これから説明するところだよ、そんなに焦ると引いちゃうから、ほら」

 と、奥から出てきた黒森さんが嗜めてくれた。

「わかったよノリちゃん」

 彼女は身を引いて、カウンターにある椅子に腰掛けてくれた。助かった。

 

 彼女の名前は、サルビアというらしい。呼び捨てで良い、というので、そう呼ぶことにした。

 推測するに、彼女は魔女だ。そもそもこの店の名前が『黒森魔法店』というくらいだから、そのくらいのファンタジーはあっても良い…のだろうか。

「まず魔女っていうのがどういうものか、なのだけれど」

 黒森さんが話し始めた。

「そもそも魔法っていうのは、物体・精神を思うように操ることなんだ。魔女はそれが出来る人のこと。程度は人それぞれだから、どのくらいのことが出来るのかは明言できないけどね」

「その一人が僕さ、ほれ」

 サルビアが手近なペンを念力で浮かせて見せた。その光景に自分の目を疑ってしまう。

「だいぶ長いこと封印されてたから、なまってるなぁ」

 彼女はわざとらしく息を吐き、ペンを落とした。状況に混乱しつつも、

「『封印』っていうのは、あの本のことですか?」

 辛うじてそう問うと、

「ご明答〜」

 パーンと、サルビアがクラッカーを鳴らした。突然の音にびくっとしてしまったが、このクラッカーも魔法で出したということだろうか。 

「魔法をこういう楽しいことに使えればいいのだけれど、」

 と、黒森さんが続ける。

「魔法を悪用する魔女もいるからね。悪いことした魔女は封印することになってる、それを担当する人は悪魔って呼ばれてるね。人間に例えれば、警察とか、もしくは閻魔様とか、そんな立ち位置かな」

 なるほど。しかし、ということは、

「サルビアは…何か悪いことをした、ということでしょうか…?」

「あー、うーん…えっとなぁ…」

 口ごもってしまったサルビア。

「あまり聞かないほうが良いと思うよ、悪魔に封印されるっていうのは、魔女にとってそれなりのことだから」

 黒森さんがそう言った。なるほど、恐らくご法度ってやつだろう。

「そんなことよりさぁ! お嬢ちゃん?」

 とサルビアが元気よく顔を上げる。

「僕と契約しない? って話!」

 そうだ、『契約』と彼女は言った。魔女だ魔法だの、何かよからぬことに巻き込まれてしまうのではないかという不安がある。すでに巻き込まれている気もするけれど。

「僕としては、君にこっちの世界にあまり関わらせたくなかったのだけれど、」

 と黒森さんが話し始めた。

「こうなってしまった以上、一度こちら側に来てもらっても良いと思ってる、もちろん君の意思を尊重するけど。……ただ、契約には代償がつきものでね。対価を支払わなきゃいけない」

 代償、その言葉にやけに重みを感じる。そこに黒森さんがさらに続ける。

「そこで、だ。具体的な代償については追々教えるとして、とりあえず、まずは代償無しで、お試しってのはどうだい? 一週間」

 黒森さんがサルビアを横目にちらっと見る。

「いや、代償無しはキツいですよ兄さん」

 とサルビアがおどけて答えた。

「すると、君はまた本に戻るしかない思うんだけど」

「それはマジ勘弁!」

「なら、お試しでも何でも、明日香ちゃんを口説き落とすしか無いんじゃないかな」

 サルビアは堪忍したような顔をしたように見えた。

 すると私を振り返って、ニヤリと、

「僕と契約するとね、人の心の色が見えるようになるんだ」

 と告げた。サルビアの表情が一変し、妖しげになる。何かのスイッチが入ったみたいに、まるで別人だ。

「魔女と契約すると、その魔女の得意な能力の、一部を得ることが出来るんだ。僕が得意なのは、読心術。人の心の細部にわたるところまで、こと細かにお見通しってこと」

 彼女の笑みに、思わずドキッとし、その真紅の瞳に何か、恐れみたいなものを感じた。こう感じている私の心の内もお見通しということなのだろうか。

「怖がらなくても良いよ、悪いようにはしないからさ」

 と言われても、それが余計に恐怖感を煽る。

「うん、彼女は優しい人だから、安心して良いよ」

 黒森さんがそう付け加えてくれるが、それでも安心しきれない。

「僕には関係ない話だから、明日香ちゃんが彼女と契約しようがしまいがどっちでも良いんだけど……、」

 黒森さんが続ける。

「この魔法店で仕事していくなら、一度体験しておいたほうが都合が良いと思うよ。僕としても、君に任せられる仕事が増えるし。だから、まずはお試しで」

「そう、お試し! イエーイ!」

 サルビアは目を元気に輝かせて、黒森さんにハイタッチを求めるが、黒森さんが応じないのでわざとらしくずっこけた。さっきまで妖しげな雰囲気はどこへやら。彼女の豹変ぶりに戸惑い、黒森さんを仰ぐと、彼女はこんな人だから、と微笑んだ。よく、わからない。


 結局、私は一週間お試しでサルビアと契約をすることにした。

 あくまでお試しだというし、魔法に興味がないとは言えない。それに人の心の色が見えるとどんな風景になるのか気になったのだ。

「それじゃあ、いくよぉ、目つぶって!」

 目をつぶり、視界を黒に包む。すると一瞬真っ白く光り、目の奥が少し熱くなった気がした。反射的に目をきつく閉じ、光と熱の余韻が過ぎ去ると、ゆっくりと目を開ける。さっきまでと同じ光景、同じ二人を見て、安堵の息を吐いた。

「はい、終わり!」

 本当にこれで終わりなのと思った。それに人の心の色が見えると言うものの、黒宮さんもサルビアも、特に見た目に変化はない。

「僕たちの色は見えないってだけだから、気にしなくて良いよ」

 サルビアはそう言って、すると黒森さんが口を開いた。

「君には魔女側の人間がわかるし、魔女側の人間も君が誰かの契約者……眷属って呼ばれるけど、君が誰かの眷属であることはわかるから、気をつけてね。あともちろん、能力を有効活用するのは構わないが、悪用はしないように」

「そんじゃ、よろしく! 僕は省エネモードに入るから」

 ふっ、とサルビアが姿を消した。どこに行ったのかと辺りを見回していると、黒森さんが私のエプロンのポケットを指差した。見てみると、サルビアの形をした手のひらほどの小さな人形が顔を出していた。ちょっと可愛い。

「ちゃんと身に付けていってあげてね」

 そう微笑みかける黒森さん。

 サルビアもそうだが、黒森さんも不思議だ。サルビアと対等な立場で話しているように見えたし、さっきサルビアは「僕『たち』の色は見えない」と言った。それには黒森さんも含むはずだ。元はと言えば店にはあんな部屋があって、そもそもこの店を経営していることも謎だ。

「黒森さんって何者なんですか」

「魔女みたいなものだよ。男だけどね」

 その曖昧な返事が少しずるいと思った。


 帰り道、すれ違う人たちが、どこかくすんで見えた。多分、心の色で人の姿がもやがかって見えるのだ。

 この人は橙色だから、楽しいことがあったのだろう。

 あの人は青いから、悲しいことがあったのだろう。

 そしてときどき無色の人も見かけた。心が無いのか、それとも魔女側の人間ということか。

 ともあれ、私は眷属になって、能力を手にした。

 明日の学校が、少し楽しみかもしれない。

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