乙女ゲーのライバルキャラに転生した私が婚約者に好きって言えない縛りプレイを強いられている件について
――私は生まれた時から縛りプレイを強いられているんだわ……!!
サーシャ・マクガレン、12歳のとある日の日記より抜粋。
サーシャ・マクガレンこと私、サーシャはマクガレン公爵家の三番目に生まれた娘だ。
男の子が二人続いた後に生まれた待望の女の子で末っ子だったこともあり、それはもう大層可愛がられた。
それはもう、蜂蜜漬けのように甘やかされた。
サーシャは国で五指に入る美女と名高い母親に似て、幼い頃は天使のように愛らしかった。
これは自画自賛ではなく、サーシャの周囲の人間がサーシャの愛らしさを天使と形容したからこういう表現をしている。
蝶よ花よと愛でられ育てられたサーシャにも、貴族の娘らしく婚約者がいる。
嫁馬鹿で名の知れた、現在は嫁馬鹿にプラスして息子及び娘馬鹿のお父様が数ある有力貴族の中から厳選した婚約者だ。
我が国は王政国家であるが、婚約者候補に王族は入っていなかった。
それも親馬鹿らしい理由があって、王家に嫁げば親族でも容易に会うことはおろか、手紙のやり取りも出来ないという現実があったからだ。
会うためには謁見の手配をして、それを願い出る書面を作成することから始まり、その書面を王宮に提出していくつかの審査を通過して公務の邪魔にならないよう予定を調整して、と会おうと思ってから実際に会うまでに五日は確実にかかるらしい。
手紙も同様に、書いた手紙を王宮に提出してから宛てた本人に届くまでに多くの部署を通過しそれに伴って多くの人の目に触れる。
お忍びなどない。
そういった訳で、本当は嫁に出したくもない娘をせめて気軽に、思い立ってすぐに会えるような場所に、と選ばれたのがサーシャの婚約者だ。
名をアルフレッド・ベルモンテ。
現宰相ベルモンテ公爵の息子であり、幼くして優秀で、王子殿下の学友として王宮に出入りし、将来はその片腕としての働きを期待される凄い人だ。
というのも、正直難しい話は甘ったれのサーシャにはよくわからないのだ。
父も母も兄も、というか親族含め使用人から贔屓の商人に至るまで、サーシャの身近にいる人間は尽くサーシャを甘やかして駄目にしようとするので、サーシャはすっかり甘ったれの打たれ弱い癖にプライドばっかり高いお馬鹿ちゃんになってしまったのである。
なんでこんなに他人事のように語るかというと、実際今の私はこれまでのサーシャとは微妙に違う人間だからだ。
転機は12歳の誕生日に訪れた。
蜂蜜漬けのサーシャの誕生日、両親は屋敷で盛大なパーティーを開いてくれた。
到底一人では、それどころか家族でも食べきれない程の大きなケーキに、客間を埋め尽くすプレゼント。
それを当然とふんぞり返る本日の主役、サーシャである。
サーシャは我が家のシェフ自慢の料理とケーキを堪能し、いざ、プレゼント開封を始めた。
出てくるものはどれも高価なものばかり。
それを一つ一つ手にとってみて、家族に笑顔でお礼を告げる。
すると母が、それが誰のプレゼントかを教えてくれ、父が後でお礼の手紙を書こうねと言う。
二人の兄はプレゼント開封のアシスタントだ。
ただサーシャは甘ったれでプライドばかり高くて我が儘で気まぐれだったので、二人の兄がプレゼントの山が雪崩を起こさないように順番に開封してくれるのを待ちきれなくなり、目についた赤いリボンの、山裾の箱を無理やり引っ張り出そうとした。
当然のように起こったプレゼントの雪崩に巻き込まれ、家族の悲鳴を最後に、サーシャは意識を失った。
それからほぼ丸一日、サーシャは眠っていたのだという。
そして目が覚めた時、サーシャはもう以前のサーシャではなかった。
根本的には変わっていないのかもしれないが、サーシャは蜂蜜漬けのサーシャではなくなっていた。
サーシャは思い出したのだ。
自分が、転生者であることを。
この世界が、自分が前世でのめり込んだ乙女ゲームの世界であることを。
ゲームのタイトルは「微笑みのシャイラ」だ。
タイトルにあるシャイラとはヒロインの名前で、このゲームは乙女ゲームなのにヒロインの名前が固定なのだ。
確かその理由はこのゲームが少女漫画を原作とするもので、原作では王子様と結ばれて幸せになるが、その過程で登場するイケメンキャラクター達と結ばれたら……?というIFストーリーをゲーム化したものだからだ。
実は私は原作は未読である。
ただパッケージのイケメンに惹かれて購入し、のめり込んだだけだ。
この原作は爆発的にヒットした訳ではなかったので、私は原作を買っていなかった。
ゲームと原作のタイトルも違ったし、原作未読でもプレイにはなんら問題がなかった。
一部ゲームファンには原作以上と言われた程で、実際王子が推しメンでなかった私は大好きなゲームの原作だからといって20巻超えの漫画を買おうとは思わなかったのだ。
それならゲームをやり込み推しメングッズで公式にお布施をしてあわよくばファンディスクを!と思っていた。
前世を思い出して、自分の婚約者がかつての自分の推しメンであるアルフレッドであると思い至り、サーシャは喜んだ。
それはもう、喜んだ。
正直誕生日以上に喜んだ。
しかし同時に思い出したのだ。
ゲーム「微笑みのシャイラ」でのサーシャの役割を。
サーシャはシャイラがアルフレッドを攻略する上での障害となるライバルキャラだったのだ。
「微笑みのシャイラ」の主人公・シャイラは男爵令嬢だ。
爵位は低く家も貧乏で平民のような暮らしをしていたが、シャイラは美しかった。
タイトルにある微笑み、シャイラの微笑みは女神の微笑みだ。
シャイラは奇跡の力を持っていた。
彼女はどんな傷も、病も癒やす力を持っていた。
死者だけは蘇らせられないが、死んでさえいなければどんな傷も病も治せた。
この国では、貴族だけが魔法を使う事ができる。
魔力は貴族の血に宿り、魔力を持っていることが貴族の証明になる。
その魔力は七つの属性にわけられる。
炎・水・風・土・光・闇・癒。
癒は癒やしの力、回復魔法だ。
癒の能力者は数が少なく、とても貴重である。
属性の中にはランクがあり、上位であればあるほど強く、シャイラの力は癒の最上位の力なのだ。
魔法の制御を覚え、自分の力を磨く為に貴族の子弟が15歳から19歳まで四年間通う全寮制の学園が王都にある。
ゲームの始まりはシャイラが学園に入学するところから始まる。
期間は入学してからの一年間で、五人の攻略対象と数々のイベントを起こしつつエンディングへ向かう。
エンディングは誰とも結ばれないバッドエンド、原作通り王子と結ばれるノーマルエンド、攻略対象と結ばれるハッピーエンドがある。
まさかの原作ヒーローは攻略対象ではない。
ただ普通にストーリーを流し読みして選択肢を外してもノーマルエンドで確実に結ばれるので、そこはさすが原作ヒーローといったところか。
攻略対象のルートに入っても好感度がハッピーエンド到達値に達していなければ強制的にノーマルエンド=王子エンドになるというシステム上の理由からフラグブレイカーと呼ばれていたけどね。
ちなみに攻略対象はイケメンにして有能かつ将来有望で地位の高い男たちだ。
大体シャイラの癒属性、王子の炎属性以外の属性の最上位が攻略対象である。
ちなみに属性は血に宿る魔力で決まるので、絶対に父親か母親の持つ属性になる。
サーシャは光の中位だ。
光は灯を作ったりできる。 雷も光属性。
でも雷は上位でないと使えないので、中位以下の光属性は正直あってもなくても同じ。
ただ暗闇でも困らないよ、ホタルみたいなもんだよってだけ。
婚約者で攻略対象のアルフレッドは水の最上位だ。
彼は水を素材とするあらゆる物を操る。 氷とか霧とかね。
で、ゲームのストーリーではアルフレッドはサーシャのことが好きなのだ。
でもサーシャは蜂蜜漬けの甘ったれのプライドが高い我が儘娘なので、サーシャは絶対にアルフレッドに好きと言わない。
それどころか、アルフレッドがサーシャを想って尽くすのが当然と考えていてアルフレッドの見ている前で堂々と別の男にいいよったりする。 ビッチかよ。
サーシャが好きだけど好きって言ってもらえないアルフレッドは、自分を好きと言ってくれるシャイラにころっと落ちるのだ。
実はゲームでも一番攻略が簡単なキャラで、非常にちょろい。
だってずっと好きって全面に押し出しておけば確実にハッピーエンドにいける。
攻略難易度の高いキャラでプレイ時間が云十時間超えるーとか言われてたのに彼のルートはルート入りさえすればあとはエンディングまで小一時間で十分と攻略サイトやレビューで言われたのだ。 お手軽すぎる。
ライバルキャラであるサーシャは絶対にアルフレッドに好きと言わないし、アルフレッドがサーシャから離れていっても特に何もしない。
ルートによってはライバルキャラと血で血を洗うキャットファイトを行うこともあるこのゲームで、攻略対象と同じく最もお手軽なライバルキャラだとサーシャはレビューに書かれていた。
確かに私もプレイ中に思ってた。 だって本当にちょろいから。
しかし、今はゲーム通りの蜂蜜漬け(略)サーシャではない。
私という新生サーシャは、アルフレッドが大好きなのだ。 なにせ推しメンだ。
実際、私は蜂蜜漬け(略)サーシャの記憶も持っていて、今なら彼女の気持ちがわかる。
彼女もアルフレッドが好きだった。
ただ彼女はアルフレッドに好きと言って、同じように好意を返してくれないことを恐れる余り、彼に絶対に好きと伝えず、別の男に言いよる振りをして嫉妬するアルフレッドを見て安心していただけなのだ。 クソじゃないか。
だが私は違う。
好きなモノを好きと言えるサーシャだ。
アルフレッドにだって好きと言える。 むしろ言いたい。 声を大にして言いたい!
そして、サーシャが倒れたとの知らせを聞いてお見舞いに来たアルフレッドに、新生サーシャは好きだとストレートに伝える決意をしたのだが。
「サーシャ、頭を打って倒れたって聞いたよ、怪我は平気?」
目の前には自分が痛いみたいに大きな丸い群青色の瞳に涙をためたアルフレッド。
可愛い。
顔が整っててこれが将来イケメンになるんだっていうのがわかる美少年だ。
可愛い。
(挨拶も忘れるほど急いで来てくれてうれしい、怪我は平気よ、だから泣かないで)
とありのままに伝えようとして、サーシャの口から出た言葉は。
「ちょっと挨拶もなしにレディの部屋に入ってくるなんてどういうことなの? それにやめなさいよ、泣きそうな顔してみっともない」
これである。
な に い っ て ん だ !?
頭で考えてることと全然違う。
待って、ツンデレってレベルじゃない。
頭で考えてることが口に行くまでにどんな進化とげてるの?
いや、進化というより退化?
しかもアルフレッドは気にした様子がなくて、もしかしてこれがサーシャの通常運転?
頭で考えてる言葉と音として相手に届く言葉が全然違う。
これじゃどんだけ好きでも好きっていえないわ。
しかもこれはアルフレッドに対してのみ発揮される謎変換で、他の人には考えてることを素直に伝えられるのだ。
ただアルフレッドに対してだけ、好意が悪意に自動変換される。
なにこれ呪い? サーシャ呪われてるの?
結局一度も好きなんて言えずに、帰るアルフレッドに「その情けない顔を見たくない」なんて悪態をついてしまったのでした。
その日の日記の一文が、冒頭に抜粋したものである。
そう、私は私の好きな人に好きって言えない縛りプレイを強いられているのだ。
私は考えた。
このままではアルフレッドに好きと言えない。
つまり学園に入学してシャイラとアルフレッドが出会ってしまえば私はフラれる。
シャイラがアルフレッドルートを選ばなくてもどのみちフラれる。
シャイラが、ゲーム特有のご都合主義エンド=逆ハーレムエンドを目指せば間違いなくフラれる。
もしシャイラが私と同じような転生者であれば私に打つ手なしだ。 なんというオワタ式! そこまで縛りプレイしなくても!!
入学まであと三年。
私に一体何が出来るのか……。
出来ることから頑張ろう。
心を入れ替えて新生サーシャとして、ゲームが終わるまでにアルフレッドに告白する! 頑張れサーシャ! 君なら出来る!!
目標を胸に、私はその日の翌日から熱心に魔法の勉強を始めた。
闇属性の魔法には、呪いがある。
いやもう魔法に呪いって頭痛が痛いみたいな感じだけど、呪いも魔法の内に分類されて、呪いは闇属性の魔力でなければ出来ない。
私はサーシャがアルフレッドにツンデレを通り越した何かな態度をとってしまう呪いのようなものを、まさしく呪いと判断した。
というか、したい。 したかった。
だって呪いなら光魔法の解呪で解けるかもしれない。 お母様は光属性の上位だから、解呪が使える。 雷も使える。
闇属性の呪いだけは、光魔法上位以上の解呪でなければ解けないのだ。
つまり、呪いだったら解呪出来る! やったね!
これで生来のものとか言われたら絶望。
ただいくらマクガレン公爵家といえど、魔法に関する書物は大変貴重なもの、大半は王家の管理する王宮書庫に保管され、その中から写本されたいくつかが市場に回る。
でも写本されたものは学園に教材として優先的に収められるので、市場に回るのは本当にごく一部なのだ。
魔法の勉強は難航した。
それから二年。
一つ年上のアルフレッドは既に学園に入学し、サーシャも一年後の入学に備えて準備をしていた。
学園に入学した後もアルフレッドは休暇の度に我が家を訪ねてきた。
ただやっぱり呪われたようなツン仕様を強いられている私は、アルフレッドに会えて嬉しい気持ちと、毒しか吐けない自分が不甲斐ない気持ちと、毒を吐いてしまう申し訳無さでせめぎあい荒れる心中に疲れを覚えるのだった。
「サーシャ、魔法の勉強を熱心にしていると聞きました」
「ええ、貴方にはかけらも関係ないことね」
(私のことを知っていてくれて嬉しい、でも誰が話したのかしら?)
「これは俺が使っていた教科書だ、君の役に立つと思う」
「まあ小汚い、贈り物も満足に選べないの?」
(私にくれるの!? ありがとう! 絶対役に立つわ)
「他の本は学年が上がっても使うからこれだけだが、君の役に立つと嬉しいよ」
休暇に入ってすぐに会いに来てくれた婚約者との会話がこれである。
しかし、これも通常運転なのだ。
こんなに酷いことを言っても誰も注意しないし、言われているアルフレッドに至っては何を言われても常ににこにこと笑っている。
正直最近、ある疑惑が脳裏をかすめる。
――アルフレッドって、実はマゾなの?
こんなに酷いことを言う相手にアルフレッドはいつも笑顔で、非常によく尽くしてくれる。
三日に一度のペースで手紙が届くし(サーシャの返事は文面でも呪い仕様である)、何かにつけてささやかな贈り物が届くし(御礼の手紙という文句の羅列文を送りつつ贈り物はすべてそのまま実家に保管されている)、休暇の度にサーシャを訪ねてやってきて(正直とても嬉しい)、最早罵倒のような言葉を聞いて満足気に笑うのだ。
もしかしたら真性なのか?
しかしゲームでは自分を真摯に好きと言ってくれるシャイラにころっと落ちるので、けしてマゾではないはずなのだ。
でもなんだか嬉しそうなのよね……。
罵倒されて喜ぶって、マゾでしょ?
どうなんだろう……? シャイラと出会って真実の愛的な何かに目覚めるのかしら?
それともここはゲームの世界ではないの? でもこれだけ設定から人物から被ってて違うっていうのも……。
アルフレッドと会う度、違和感が浮き彫りになっていくようだ。
そして更に一年が経ち、私は学園に入学した。
入学式ではシャイラが王子に手をひかれ、式に堂々と遅刻してくるイベントもばっちり発生していた。
シャイラは実在した。
それに他の攻略対象も、私が思い出した顔と名前で一致している。
やっぱりここはゲームの世界だ。
もしかして、これはゲームの強制力なのだろうか。
主人公の為のシナリオをそのままに進ませる為に、私が転生者でも何も変えることが出来ない。
そんな風になっているのだとしたら、私は一体どうすればいいんだろう?
云々と悩み唸る私の視線の向こうでは、今正にシャイラとアルフレッドが出会うイベントが発生している。
二人の出会いは学園の中庭。
ベンチに教科書を忘れたシャイラが慌てて戻ってみれば、そこには柔らかそうな栗毛のイケメンが……。
彼の手にはシャイラの忘れた教科書。
シャイラはイケメンにおずおずと声をかける。
「あの……その教科書」
「ああ、これ、君の?」
「はい」
「勝手に触ってごめんね、少し懐かしくなって」
「上級生の方ですか?」
「ああ、俺はアルフレッド・ベルモンテ。 まだ二年だから、そんなにかしこまらなくていいよ」
「でも先輩は先輩です……えっとベルモンテ先輩」
「アルフレッドでいいよ、ごめんね、これ取りに来たんだよね?」
「あ、はい! ありがとうございます、アルフレッド先輩!」
そしてシャイラの無邪気な笑顔にときめくんだろうなあ……。
始業の鐘が鳴って、私は急いで教室に戻った。
シャイラは遅刻して怒られていた。
それから暫くして、クラスである噂が囁かれるようになった。
これもイベントの一つで、攻略対象と親密度が上がると発生する。
親密度が高くなった攻略対象とシャイラが付き合っているという噂でアルフレッドのような婚約者のいるキャラクターなら婚約者が、信奉者や熱心なファンがいるキャラクターならその筆頭がシャイラの存在を敵視し始めるものだ。
これでどのルートに入ったかが確認できる。
まあ公式でちょろいサーシャには余り関係のないイベントだ。
噂の内容は、シェイラが二股から五股をしているというものだ。 すごいね。
この噂は逆ハーレムルートに入ると発生する。
逆ハーレムルートは入るまでの短期間で攻略対象との親密度をまんべんなく上昇させなければならず、その調整が難しい。
個別ルートぎりぎりでまんべんなく揃えなければならないので、調整を誤ってしまうとすぐに個別ルートに入ってしまう。
ただルートに入れば後はほぼ一本道のお手軽シナリオなので、これで流血キャットファイトの上を行く全面戦争勃発は確定だ。
でもそれも参加しない私には関係のない話。
私はまだ諦めずに呪い(仮定)について調べていた。
わかったことは少ないが、私の呪い、つまり好意の罵倒変換はどうやらアルフレッドに対してのみ発揮される。
家族や使用人、学園でよく話すようになった従兄弟や学園で出来た友人たちには、思っていることを素直に伝えられる。
可能性として、私はこの呪いが私の好意、それも恋愛的な好意にのみ力を発揮させると考えた。
つまり恋愛的な意味で好きな人にしか発揮されない=アルフレッドにのみ発揮されるという図式である。
じゃアルフレッドを好きじゃなくなってしまえば罵倒しなくて済むのだろうか?
でもそもそもアルフレッドを好きじゃなくなることが難しい。
口では罵倒していても、アルフレッドは本当に良い婚約者なのだ。
私を気にかけ、気遣い、二人の時間もとってくれる。
一日の内に一度も顔を合わせて話さない日はないし、あったとしても手紙をくれる。
会っていたって手紙をくれるし、三日に一度のささやかな贈り物も続いている。
学内で私を見つけると笑顔で駆け寄ってくるし(私は呪い仕様対応しか出来ない)、そのせいで彼のファンには結構睨まれている。
当然よね。 好きな人が罵倒されてたら誰だって腹立つわ。
でも私にはどうにもできないの! 私が一番どうにかしたいの!
そして目立った収穫のないまま季節は進み、イベントも回収される。
私が季節の変わり目にひいた風邪で休んでいる間に、全面戦争が勃発したらしい。
何人かの上級生が病院送りになり、実家に帰されたものもいる。
心なし荒れた学園で、次に起こるのが通称清算イベントだ。
婚約者のいるキャラは婚約破棄、信奉者やファンを抱えているものは信奉者への釘刺し、ファンクラブの解体で言葉通りこれまでの関係を清算する。
そして改まってシャイラの取り巻きとなるのだ。
サーシャが婚約破棄を告げられるのは、シャイラとアルフレッドが出会った中庭。
そして今、サーシャはアルフレッドに呼び出されて中庭にいた。
中庭にはサーシャの他にも攻略対象とその婚約者他=ライバルとシャイラがいた。
はて。
こんなイベントゲームにあったかな?
清算イベントは確か個別に行われたはずだ、シャイラを傷つけさせないために、シャイラ抜きでサシで話をして片を付ける。
だからこんな集団でなにかするのは王子ルートの卒業パーティーでの断罪イベントのみだ。
一体何がどうなっているのか。
困惑しつつも表面では冷静に周囲を観察する。
攻略対象たちは次々に婚約者の悪事(シャイラへのしょうもないものからえげつないものまでの嫌がらせ)を暴き、婚約破棄を告げる。
順番に関係を清算され、わっと泣き崩れる女性たち。
そして最後、アルフレッドの番になった。
アルフレッドが前に出て、私の一歩前にいたライバルたちが後ろに二歩下がる。
「サーシャ」
「何?」
「俺との婚約を……」
「はっきり言いなさいよ、このグズ」
(嫌よ、言わないで……貴方のことが好きなのに……)
「婚約を、破棄したりしないよね?」
「はあ?」
(何言ってるの? この流れで何言ってるの?)
「お、おいアルフレッド?」
ほら後ろの人達困惑してる!
そりゃこの婚約破棄ラッシュの大トリでいきなり「破棄しないよね?」なんて言い出されたら困るよね! 空気読めってやつだよね!?
私の後ろの人達も多分困惑してるから!
見えないけど多分絶対そうだから!
「嫌だよサーシャ、せっかく面倒な呪いまでかけたのに離れて行かないで!」
「はあ!?」
(呪い? 呪いって言った? その呪いってこの対アルフレッド用罵倒変換のこと?)
「ちょ、アルフレッド、それは墓までもってくって言ったのに」
聞き捨てならないことを仰ったイケメンは闇属性の最上位であり学園創設以来の天才と名高いヨルネル・バンカーだ。
彼の呪いは一級品で、彼はアルフレッドの従兄弟にあたる。
「だって今サーシャが離れていったらどうしようもないだろ!?」
きっと振り返ってヨルネルに凄むアルフレッド。
最早先ほどまでの悲壮などかけらも残っていない。
ヒロインよろしくイケメンたちに守られながら不安げな表情をしていたシャイラですらぽかんと口をあけている。
「ヨルネル・バンカー様、詳しく説明して頂けますか?」
「サーシャ、君は別に 「グズは口を挟まない!」
(アルフレッド様は少し黙っていて)
「あ、ああ……いや、説明といっても、まあ、君のその対アルフレッド用の罵倒だが、それが呪いだ」
「そんなことはわかっています、何故そんな呪いをかけたのかを聞いているのです」
「ああサーシャ、呪いのこと解ってたんだね 「グズはその口を縫い止めないと黙れないのかしら?」
(だから少し話をさせてったら!)
私は目の前のアルフレッドの口を両手で抑えた。
「あー……その、アルフレッドに頼まれて、サーシャ嬢が好きな相手に好きと言えないようにと」
「それで罵倒変換を?」
「ああ、恋情に限定して罵倒になるよう呪いをかけた」
「何のために?」
「君に他に好きな人が出来ても絶対に結ばれないようにしたいと言っていたな」
じろりとアルフレッドを睨めつける。
一体全体どうしてそうなったのか。 というか、いつからそうなったのか。
「大体俺は殿下の付き合いでここに来たけど俺のサーシャはシャイラに何もしてないんだから暴く悪事もなければ婚約を破棄しなければならない謂われはない!」
すると開き直ったこの男。
言ってることは間違っていないし「俺のサーシャ」にはとてもときめいたけれど、如何せんタイミングがよろしくない。
優秀な従兄弟を巻き込んで私にわけのわからない呪いをかけておいて私が好きなのか。 私も好きです!
「いやそうだろうけどさ……」
ヨルネル様も苦い顔をしてらっしゃる。
他の皆様ももう何故か残念なものを見るような眼差しで……。
「あの、私急用を思い出しました、失礼します」
その場の空気に耐えられなくて、私は逃げた。
ごめんね、アルフレッド。
貴方のことは好きだけどこの空気の原因は貴方だから責任とってなんとかしてね。
その後、何がどうなったのかよくわからないが、シャイラは王子と結ばれたらしい。
清算イベントを行った人たちは家の都合でよりを戻した人もいれば、めげずに立ち上がった人もいたり、そのまま関係を解消した人もいた。
そして私とアルフレッドはというと。
「サーシャ、今日も可愛いね」
「そんな使い古された言葉で喜ぶと思ったら大間違いよ、その頭は飾りなの?」
(うれしい)
このように相変わらずだった。
そもそもこの呪いは私の恋情を罵倒に変換する。
つまり私がアルフレッドを罵倒すればするほど、それはアルフレッドにとって私が彼を好きだという証拠になるのだ。
だからアルフレッドはどんなに罵倒されてもにこにこと上機嫌だし。
呪いは私とアルフレッドが結婚する頃には解けるらしい。
呪いをかけたヨルネル様が言うのだからそうなのだろう。
相変わらず彼のファンには睨まれるし、周囲の人からは奇異の目で見られたりするけれど、まあ、幸せ……なのかな?