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2:二槍たずさえ銀(しろがね)の竜

 アニーゼがまだ、6歳くらいのガキだった頃の話をちょっとしようと思う。

〈天空街〉ってのはそりゃあ閉じた空間で、同年代の子供ってのはだいたい1つのサークルに収まる感じになっている。

その中でも2~3人が大婆様に見初められ、次世代勇者の卵として直々に教育を受ける、らしい。


 ちょっとアバウトなのは、当然俺はそんな教育を受けた覚えが無いからだ。話を聞ける友人ならどうかと言うと、学者としては優秀でも勇者には向いてない奴なので、やはり無い。

しかし、勇者筆頭を名乗っているということは、アニーゼは当然大婆様による英才教育を受けていたことだ。

どんな感じなのか聞いてみたところ、戦闘術から礼儀作法まで、かなりギッチリと詰め込んだスパルタ教育だったらしい。

それに比べると、期待されずにすんで良かったのか悪かったのか。ま、俺からのコメントは控えておくとしよう。


「あら! アナタのお耳はワンちゃんね。まぁ可愛らしいこと」

「そういうあなたは……ええっと……?」

「分からない? ふふふ、ヒントはこの翼よ」


 そんな二人が出会ったのは、そうやって大婆様に召し上げられた組の中であった。

得意げに銀の翼を広げた方の子供が黒い髪を、そして、頭にピコピコと揺れる獣耳が乗っているほうが、緑色の髪をしていた。


「あ、トカゲさんですか?」

「ド・ラ・ゴ・ン! トカゲには翼生えないでしょ! まったく……いかに竜人が珍しくても、アナタも大婆様に挨拶したでしょうに」

「あぁ……そうでした」


 数年間、共に肩を並べあうことになる学友の初顔合わせだ。

この頃にはアニーゼも、だいぶ素直な子供の顔になっていたのだが……その分どうも、天然気味な所が出ていたようだ。

とはいえ、プライドの高そうな相手の子に合わせるには、ちょっととぼけているくらいが良いように作用する。

やや毒気を抜かれた感じで、二人はお互いに軽く握手を交わした。


「ワタシはデュオーティ。【白刃銀麗エンチャントマーキュリー】のデルフィニィ・デュオーティ。あなたは?」

「ネフライテ・アンフィナーゼです。えっと……私はまだ、能力が目覚めてなくて……」

「あらそうなの? ま、アナタもお祖母様のお目にかかる位なら、その内きっと素敵な能力チートが目覚めるわよ。もっとも、ワタシほどじゃ無いでしょうけど……もしエンチャント系が目覚めたら、センパイとして色々教えてあげる。よろしくね、アンフィナーゼ」

「はい! その時はよろしくお願いしますね、デュオーティちゃん」


 そしてアニーゼは、初めて同年代の友人と言うのができたのだと聞いている。

向こうからしても、どうしてもプライドが先行してしまう自分に対し、程よい距離感で会話ができる初めての相手だったようだ。

「勇者」になるという共通の目標もあり、二人は切磋琢磨しあいながら、同時に友情を育んでいたという。


 ……アニーゼが初めて黄金色のチートを発現し、龍人の少女と模擬戦を行うまでのほんの短い期間であるが。






 □■□






「え? 無い?」


 この辺りじゃ割と珍しい、赤レンガが組みで作られた建物の中。

受付デスク越しのおねーさんに告げられて、俺は素っ頓狂な声を上げた。


「無いの? 困ったこと? ……なんにも?」

「はい、現在町に陳情されているモンスター害は、"勇者の血族"のお方の活躍により全て解決いたしました」


 おいおいそりゃ無いぜ。こちとら一刻待ってようやく問い合わせが帰ってきたのによ。

まぁ日々是平穏ってのは実に結構だが、こっちだって慈善事業……いや慈善事業だけど何の目的も無いわけじゃねーんだ。

そう、次に来る時にはせめて、民事系の揉め事の解決は窓口に持ち込ませないようにしておけ。

そこそこ大きな町だから仕方ねえが、人で混み合っててたまったもんじゃない。


「ふーん……? いやしかし、ここもか。血族にそんなことしそうな奴居たかね……?」

「あの……すみません、私では判断つきかねますので、後の方に順番をお譲りいただけると……」

「ん、あぁ、悪いねどうも……あぁそうだお嬢さん。お仕事が終わるのは何時になりますかね? よければワインの美味しいバールかどこかで、個人的に詳しい話をお聞きしたい……あ痛っ」

「あなた」


 いつの間にか後ろに立っていた「勇者筆頭」――俺のはとこの子であるアニーゼに、尻をぎゅぎゅっと抓られた。

アニーゼの獣耳が、ピンと天を突いている。こういう呼び方をする時はそれなりに怒ってる時なので、素直にホールドアップして大人しく振る舞うのが一番だ。

まったく、おじさんに少しの潤いくらい許して欲しいものだね。折角並んだってのに何も得るものが無いのは寂しすぎるぜ。


「へいへい、おふざけが過ぎましたよっと……しっかし参ったねー、この町の事件クエストも、ぜーんぶ解決されちまってるそうだ」

「無闇にモンスターに脅かされてる人が居ないのは良いことですけど……こうも続けて、となると困りました。私、ちょっと手持ち無沙汰です」


 そう、それに実際、これが初めての事態という訳でもない。

むしろ最近は、どこの町に寄っても「勇者の血族によってモンスターは倒されたよ」としか言われてない気がする。

実際には3~4回かそこらなんだろうが……それだけ連続してんだ、まさか偶然とも思えん。


「どこかに力いっぱい剣を振り下ろしても良いタイミングが無いでしょうか……例えばほら、行商人さんが絶対に壊れない盾を売っているとか」

「商人が泣くからやめてやれ。勇者稼業が無いってんなら俺達ゃただの旅人だよ、お嬢。焦っても仕方ない、飯でも喰って気を取り直す――」


 ことにするか、と。俺達が役場を出て、数歩進んだ所であった。




「ほーっほっほっほっほ!」




 ついさっき出てきた筈の後ろ側から、狙いすましたように声が響く。

なんと言うべきか、すっげーわざとらしい笑い声。実際、俺は本気で「ほほほほほ」なんて笑い方する奴を初めて見たぞ。


「……なんだこの、白昼堂々のバカっぽい笑いは……」


 何がそんなに面白いかは知らないが、タイミング的にどう考えても俺達に向けた笑い声だろう。

アニーゼと目配せしあい、お互い微妙に嫌な顔をしながら振り返る。後ろ……では無いな。正確には後方やや上空と言うべきか。


「ようやくワタシに追い付いてきたようね。アイサダ・ネフライテ・アンフィナーゼ!」


 屋根の上に取り付けた、建物が役場であることを示すマークに足をかけ。

仰々しい翼がくっついた1人の少女が、両手に持った槍の穂先を、片方アニーゼに向けて見栄を切っていた。


「な、なんだなんだ」

「鳥か?」

「ドラゴン?」


 唯でさえ混みあう場所なのに、衆目を集めてるもんだからたまったもんじゃねえな。

やや逆光になった少女のシルエットを指さして、野次馬たちは好き勝手にものを言っていた。

当の少女は、歳はアニーゼと同じくらいか。人々の注目を受けて割とご満悦なようである。

蒼天の空を銀の翼で覆い、己の黒い髪を掻きあげて、フフンと満足そうに笑う。


「ドラゴン……ふっ、そうね。確かにワタシの体には、高貴なる『竜』の血が流れている。アナタにとっては、見覚えのあるシンボルなんじゃない? ねぇ、アンフィナーゼ?」

「あぁ……やっぱり、ディーちゃんだ。え、でも、どうしてここに?」

「決まっているじゃない」


 ……それにしてもさっきから、アイツまるで俺に対して目もくれないな。

いやまぁ、親戚とはいえ顔も録に覚えてないような者同士だから仕方ないのかもしれないが、一応俺も同じ家系の親戚なんだが。

おぉ、良いところに果物売り。その皮が分厚いやつ1つくれないか。


「今日こそアナタに勝ちに来たのよ、ネフライテ・アンフィナーゼ。

白刃銀麗エンチャントマーキュリー】たるこのワタシが、アナタのようなけだものに劣る器で無いと証明するために!

 アナタに奪われた竜の誇りを取り返すため、このアイサダ・デルフィニィ・デュオーティがね!」


 ムシャリ。うむ、酸味が丁度。裏側がツルツルしてるせいか、この果物の皮は分厚い割に割と剥きやすい。

俺が咀嚼している間に少女は長台詞を終え、己の翼を羽ばたかせて華麗に飛び降りようとする所であった。

俺達と同じ、「アイサダ」の家名。さっきのプライドが高すぎる発言からして、まぁ「竜人」のお家であろう。

俺はアニーゼがお前に何をしたのかを知らないが、お前が俺に何をしたのかは知っている。目には目、傷には傷。シカトは相手を傷つけます。


「【十中八駆ベタートリガー】~……」

「きゃああっ!?」


 そっとアンダースローで投げ込まれた果物の皮は、狙い通りに着地間際の足と地面の隙間に滑りこんでいった。

無警戒のまま踏みつけて、哀れ少女は見事に足を開いてすっ転ぶ。少女のあられもないふとももに、後ろの群衆が少しどよめいた。

流石は俺の【十中八駆】。命中率8割のくせに、ここぞと言う時にはちゃんと当ててくれるな。

別に俺自身はわざわざガキの股見て喜ぶ趣味は無いが、いやぁ、身に付けてるのがハーフパンツで良かったと思うよ?


「ぁ痛ってえ!」

「あなた! いくら身内相手とは言え、やりすぎです! んもう」


 酷く大人げないことをしたせいか、本気でアニーゼに叱られてしまった。

流石にこれ以上ふざけているともう一発ケツビンタを食らいかねないので、両手を上げ(ホールドアップし)ておとなしく過ごすことにする。

へいへい、分かりましたよ。嫁入り前の女の子ですもんね。


「まったく……大丈夫ですか、ディーちゃん?」


 アニーゼは慌てて痛みと恥辱に打ち震える相手に駆け寄ると、そっと自身の小さな手を差し出した。

だがデュオーティ――デュティでいいか。デュティはせっかく差し伸べられたその手を振り払い、悔しげにアニーゼを睨みつける。


「情け無用よ!」


 情け無用て。


「いい!? ワタシはお婆様に、アナタよりもワタシの方が『四世勇者』を継ぐのにふさわしいと示すの。受け継いだもの(チート)がたった一歩だけ足りなくとも、総合力ではこのワタシの方が優れているとね! だからワタシにとって、アナタは敵! 敵の情けなんか受けないわ!」

「今しがたすっ転んだ所で格好付けられてもなぁ」

「誰のせいだと思ってるのっ!?」


 強いて言うなら母なる大地のせいじゃねえかな。

それにしても、実にからかいがいの有る娘だ。竜人ってのは大体こうって言われるとそうなんだが、いまいち高すぎるプライドに対して能力がついてきてない奴が多い。

いや、能力自体は普通の人間より一回りも二回りも強いんだけどな? 長く生きたドラゴンが恐ろしいのは、能力もそうだがその凄まじい量の経験と求道の結果だ。時間が伴ってないうちは、割と足元を掬われやすい。


 ……それにしても、《四世次席》アイサダ・デルフィニィ・デュオーティ。

いや、流石に知っている名前だ。簡単に言っちまえば、四世勇者の名をアニーゼと取り合ってる一人である。

勇者っつっても生き物である以上、いつかは衰えるし代替わりもする。そん時、まぁ丁度いい感じの年齢から次の勇者を一人決める訳なんだが、だいたい3人くらいは候補を選出するんだ。

つまり、こいつはその二番手。アニーゼの"筆頭"とはそう言う意味である。世界を巡り終え、顔通しと実績作りが済んだら晴れて正式に襲名するのだ。


「……まぁ良いわ。この屈辱も、アナタがこれから受ける屈辱に比べれば何倍も劣る。このワタシが居る以上、アナタたちの出番はもう無いと思いなさい。次の町も、その次の町でもね! ほーっほっほっほっほ!」


 しばらく顔を赤くして震えていたデュティとやらだったが、どうにか己の中に飲み込むことに成功したらしい。

気を取り直して一方的に言いたいことを言い切った後、翼を羽ばたかせて飛んでいった。ちゃんと検問通れよ?


「……いったいどうしたのでしょう、ディーちゃん」


 少し声を沈め、俯いたまま口ごもる。

敵と宣言されたアニーゼにとっちゃはた迷惑この上ないが、所詮は言葉の綾。彼女自身はなんら悪いことはしていない。

むしろ町の脅威になるモンスターを積極的に潰していってるんだから、基本的には世の助けになることだと言える。


「ん、そりゃ宣戦布告だろ。『このまますんなりと勇者にはさせないぞ』とか、そういう」

「そんな、同じ勇者の血族で宣戦だなんて……」

「……別に、お嬢の期待してるような展開にはならんと思うぞ?」

「なっ、いえ、そんな。期待なんてしていませんっ」


 嘘つけ、絶対頭の中で「悪堕ち」「急展開」「ライバルとの激闘」みたいな単語が舞い踊っていたはずだ。

でなきゃ、尻尾がこんなにブンブン振られている訳がない。見た目の気品はそれこそ清楚なお嬢様としても鍛え上げられてきたアニーゼだが、その性根は肉食系忠犬勇者少年漫画ソースなのは忘れちゃならん。

バトルマニアと言うほどでも無いが、こういう「オラワクワクすっぞ」な展開は大好物な筈なのだ。その辺も、あっちの次席ちゃんと相性が悪い理由かも知れんな。


「も、もう! おじ様はイジワルですっ」


 頬を膨らませてぷりぷり怒った風を装っちゃ居るが、いつもの迫力が無い。まぁ、図星なんだろう。

とは言え、残念なことに地上での血族同士での私闘はご法度だ。勇者同士の喧嘩なんてみっともない所、ご世間サマに見せるわけには行かないからな。


「さて、どうしますかねー……」


 宛のない旅さっさと次の街へ行ってもいいんだが。繰り返しになっても仕方ないし、一応は四世勇者として立派にやれる事を示すという大目的が有る。

何からやったもんか、とウェットシガー(薬巻たばこ:火をつけないタイプを指す)を湿らせながら、俺は役場の前で揉めているらしき一団に目を向けた。






 □■□






 そして数日がたった。


「さーて皆さんお立ち会い! 本日お呼びする特別ゲストは、世界を股に掛ける大英雄……のタマゴ!」


 レザーで出来た装束にぴっちりと身を包んだお姉さんが、ステージの上で声を張り上げる。

いやぁ、流石は本職。これだけ人が居るのにまったく声量が負けてない。


「今日が伝説の始まりになるかも知れない!? 四世勇者筆頭、アイサダ・ネフライテ・アンフィナーゼ嬢の剣舞をご覧いただきましょう!」

「よ、よろしくお願いしまーす!」


 その隣、まだわずかに緊張した面持ちのアニーゼが、ぎこちない笑顔で群衆に向かって手を振った。

基本的にはフリフリヒラヒラとしたドレスだが、背中や肩など体のラインが出せる所はきっちり出している。妙にコケティッシュなのは、ステージ衣装だからだろうか。

何より、プロには無いところどころの「恥じらい」めいた仕草が、好きな人にはクリティカルするのだろう。

ステージ上が全員そうだと困るが、1人くらいならそう言うのが残っていても映えるってもんだ。


「えっと、特技は……斬ることです! 何でも斬れますよ!」

「おぉ、これは頼もしい発言だー! では早速、勇者様がどこまで斬れるのか、少しばかり予想してみましょう!」


 見世物と言っちゃあ語弊があるが、あの後俺達が見つけたのは、この町での公演を行うべきか取りやめるべきか言い争っていた、旅芸人のグループであった。

なんでも一座の花型であり、座長の奥さんでもある副団長が不慮の病によって倒れてしまったらしい。なので言い争いというよりは、当の本人が無理にでも決行しようとするのを、他のメンバーがどうにか止めようとしていた形である。


 これに目をつけた俺……もとい勇者筆頭ご一行は、勇者の血族としての能力を用いてなんとかステージの穴埋めをしようと申し出たわけだ。

なんせ、種も仕掛けも無く山をぶった斬れる奴だからな、アニーゼは。

実際に「伝説の勇者の活躍」を目にする機会など早々無い一般人にとっては、それなりの娯楽になるだろう。


「はーい、ではクジを購入する方は銀貨1枚、お一人様10口まででーす♪」

「んじゃ、一番難易度の高い奴。10口で」

「えっ……一番難しいのと言うと、ウチの団の魔術師が趣味で作り上げた、ダーク鋼製のゴーレムなんですけど……」

「おう、良いよ、それで。んじゃ銀貨10枚な」


 ……ちなみに、こういう催し物ではちょっとした余興として小規模な賭けをすることが認められている。

最大限に張っても、一回貴族並のフルコースの食事が出来るか出来ないか程度のもんだが……ま、ちょっと遊ぶだけの代金としては十分な儲けだ。

いやぁ、いいねぇ絶対当たるギャンブルってのは。今日の晩餐はちょっとばかり、奮発してやっても良いかもしれないな。




「……って、何やってるのよアナタたちはー――ッ!」

「ん~……?」




 ついでにワインで口を湿らせて、俺が上機嫌に手など叩いていると、後ろからつい最近聞いたような甲高い声が上がった。

やれやれ、あんまりこういう場所でキイキイ騒ぐのは気高いとは言えねぇぞ。ほら、隣の人が迷惑そうにしてる。


「見て分かんねえか? クエストだよ、クエスト」

「『幼気な少女を見せ物にして管巻いてる鬼畜外道』の間違いではなくて!?」

「バカかお前、一座まで来て俺見てどう済んだ俺見て。ステージを見ろよ」

「くうっ……正論なだけに腹が立つ……!」


 しかしこいつ、てっきり次の町へと飛んで行ったのだと思ったのだが。

どうもこいつのプランでは、役目を取られそうな俺達が慌てて出立、自分はそれを悠々と追い越しながらバカにする手はずとなって居たらしい。

なのにいつまでたってもこっちが町を出ようとする気配が無かったので、逆に自分が慌てて姿を探す羽目になったようだ。

まったく、どうにも見通しが甘いというか、地味にせせこましいな。嫌いじゃあ無いぜ。


「どうも、忙しい時期なのに看板役者が熱出して倒れちゃったとかなんとかでな。ま、ちょっとしたヘルプってこったな」

「ヘルプって……アナタたちも勇者でしょう!? どうして見せものになんかしてるの!? どうして追ってこないのよ!」

「いやーだって? モンスターは全部片付けるっていうし? 俺達の出る幕じゃ無いらしいし? なんだ、追っかけてきて欲しかったのか、この寂しんガールめ」

「物凄く腹が立つ!」


 ま、報酬はロハなんだから別に私利私欲に走ってるわけじゃない。これも立派な人助けの1つである。

建前はさておき、野外に備え付けられたステージ上では、アニーゼがモンスターの調教用に使う檻を一刀両断にして喝采を浴びている所であった。

俺は携帯クーラーボックスから小瓶に入った緑色の液体を取り出すと、息を荒げるデュティに差し出してやる。


「まあまあ、落ち着けよ。ほら、これでも飲め」

「誰のせいだと……くっ、まぁいいわ。確かに今のは優雅じゃなかったもの。……ところで、これって何? なんか、お茶にしては凄く青臭いのだけど」

「草食スライムのコアを絞った汁」

「要らないわよー――ッ!」


 あぁ、何すんだ勿体無い。栄養満点で薬としてはそれなりな値段がするのにな。

青臭いと言うが、飼育法に気をつければバッチリ薬効効果があったりする。俗にいう、緑ポーションと言うやつだ。

ま、毒草ばっかり食ってたっぷり体内に濃縮してるような奴も居るから、食中毒にゃ気をつけなきゃならんのだが。


「あれ? ディーちゃんも来てたんですね。」


 こちらの騒ぎを聞きつけたのか、一度ステージを降りたアニーゼも会話の輪に入ってくる。どうやら今までに斬り捨てたものを片付けたり、新しくゴーレムの配置したりで、少しだけ時間が開くようだ。

デュティは俺の方を辟易とした顔で睨みつけた後、やや疲れた様子でアニーゼに指差した、


「……アンフィナーゼ。アナタ、悔しくないの? アナタが見せ物になってる内に、ワタシは『ブレイドホーン』の群れを1つ壊滅させて来たわよ」

「あはは……まぁ、こんなことしてて良いのかなーとは思うんですけど。これはこれで普段やれないことで、ちょっと楽しいですし……思いっきり剣振っても怒られませんし」


 荒療治の甲斐あってか、群衆の注目を集めることにもアニーゼは大分慣れたらしい。

うんうん、そういう狙いも有ったんだよな。まぁ今考えたんだが、聞かれたらそう言おう。

それにアニーゼ自身、注目を受けることそのものへの忌避感は少ない。肉食獣は群れの中で一目おかれるのも好きでなきゃならん。

ついでにこいつ、憶測では結構なサディストだしな。今はまだ覚醒しちゃいなさそうだが、その頃には俺はお役御免になってるのを祈るばかりだ。


「楽しいって、アナタねぇ!」

「おうおう、楽しめ楽しめ。唯でさえ勇者なんてクソ面倒くさいこと押し付けられてんだ。ちょっとくらい楽しんだってバチ当たらねーよ」

勇者の力(チート)の無駄遣いだと思わないの!?」

「なら、『ブレイドホーン』の群れはチートするのにふさわしい相手か? 冗談だろ、地上の奴でもちゃんと訓練された5~6人で当たれば何の問題も無く駆逐できるぜ」


 まったく、竜人のお嬢さんは頭が固くって困るね。

光刃貴剣エンチャントノーヴル】に相応しい相手? そんなんが選り取りみどりなほど出てきたら、あっと言う間に世界が滅ぶだろ。

アニーゼは基本的に過剰戦力なんだ。Bランクのモンスター、都市災害級の相手を剣ひと振りで片付けられる「勇者」に対し、役者不足にならない相手と言えばそれこそ「魔王」くらいしか居ないってのに。


「これだって立派な『困りごと(クエスト)』だ。優劣が有るとすれば名誉と報酬についてで、内容じゃねえ。大体なぁ、より沢山人を生かすのが"勇者"の役目だってんなら、俺たちは今からでも国を取るべきだろう?」


 そうだ、「才能チートの無駄遣い」だってんなら、そんな素敵な能力を持った勇者の血族が、世界の辺境の空の上で暮らしてることこそが最高の無駄遣いに違いない。

それを選ばせたのは他ならぬ地上の人間たちで、だったら何で俺達がチートの使い道にまで配慮せにゃならん。

場合によっては国1つ乗っ取るのだって難しくは無いし、内政向けの能力チートを授かっている奴だって沢山居るってのにな。


「『正しく』『立派に』『チートじゃなきゃ出来ないことをする』ってんなら、そんくらいのスケールは必要だろうよ。なぁ?」

「それは……っ!」

「おじ様。……それ以上は、私も悲しくなります」

「そうかい、そりゃスマン」


 アニーゼが悲しげな瞳で見つめてきたので、俺はやはり両手を上げて降参の意を示した。

ま、仮に一国取ったところで、その後人類に磨り潰されて滅亡するだろうってのも確かなんだ。内政向けの奴が居るってことは、それだけ切った張ったできる奴ばかりじゃないってことだし。

「人類」vs「勇者」なんて、質で優っていてもあまりに数が違いすぎる。滅ぼされるまでの短期間で人類の技術レベルは随分底上げされるだろうが、そこまで身を粉にしてやる義理もない。


「アンフィナーゼさーん、休憩終わりまーす!」

「あ、はーい!」


 どうやら準備が終わったらしく、アニーゼが司会のねーちゃんに呼ばれて再び壇上に登っていった。

いやぁ、しかしやっぱりあのねーちゃん、常に客の前に立ち続けるだけあって良い脚と尻をしとるわ。

精一杯色気を出すようなコスチュームを来ているものの、根本的にちんちくりんなアニーゼと並べると特にそう思う。

む、なんか今ゾクっとした。ちょっと酔い過ぎたか? 大人げない発言も重ねてしまったしな。

いかんいかん、今日の俺は人に優しくするのだ。なんせ、臨時収入が確定しているのだからそれくらいは周囲に還元するべきだろう、勇者として。


「ふん! もういい! ……アナタたちに張り合う気が無いって言うならそれでも良いわ。地上の人間たちも、じきに誰が真の勇者であるか気付くでしょうね!」


 あぁ、そういえばお前もまだ居たんだっけ。ま、世に困り事の種は尽きまじだ。別にやりたいようにやりゃあ良いさ。

そう言って見送るのは楽なんだが、今日はちょっとばかり気まぐれを起こしてしまった。

どうやらこいつにも、目につくモンスター害をすべて駆逐していくのは流石に無理を重ねねばならぬ事らしい。隠しているつもりだろうが微かな痕跡が顔に残ってしまっている。


「お前な、ちゃんと休んでんのか? 格下の討伐依頼ったって、移動時間も有るだろう」

「あら、アナタにはこの誇り高く広がる翼が見えない? 地を這って進むしか無い獣とは、根本的に格が違うのよ」


 このプライドだ。ゴブリンだのロックワームだのといった、数が多くて弱い奴らは見逃すなんて中途半端はするまい。

あたりの群れのボスを片っ端から食い散らかしてるのも想像に難くない。まったく、いくら空が飛べると言ったって、探しまわる時間だってただじゃないだろうに。


「目元、クマ残ってんぞ」

「……っ!? 乙女に向かって不躾だわ! 変態!」

「なんだとコラ」


 心配してやったのに変態扱い、まったく。

先日から続く、こいつの俺への扱いに関しては今一度教育が必要なのでは無いだろうか?

だが、俺が何かしようとする前に奴は素早く身を返すと、あっと言う間に捨て台詞を残して走り去っていった。


「お、覚えてなさーいっ!」


 何をだよというツッコミも虚しく、後にはポカンと呆ける俺と、眉を顰めた客席の皆さんが残される。


「ったく……周りのご迷惑も考えろっつーの」


 まぁ、これは今、俺が言い聞かせてもちょっとどうにかなりそうにないことだ。

どうやらアニーゼを目の敵にしてるようだし、しばらくは旅の最中にちょっかいを出してくるのだろう。

性根的にわりと大雑把な所がある「竜人」の家だ。あんまりあからさまな嫌がらせはプライドが許さないはずだから、そこまで気にすることでも無いかも知れんが。


「あ、あのー勇者様? こちら側で用意できた相手は、もう打ち止めなんですけど……ゆ、勇者様ー!?」

「もう少し! もう少し斬れますから! もっと硬いの出して下さい!」


 ……それよりも今は、ちょっと欲求不満なあのお嬢様が、逆に評判を落とさないかどうかを心配するべきかも知れないな。

なんか適当に噛みごたえのある物を与えて、適度に力を発散させる必要がありそうだ。牛の大腿骨とか市場にあれば良いんだがね。




 ちなみに賭けの結果は、劇団お抱えの魔術師がムキになって錬金したアダマン塊をアニーゼがみじん斬りにし始めたため、ノーカウントで払い戻しとなった。

当然、賭けに当たった奴は抗議するんだが……世の中には賭けに勝つ人間より賭けに負ける人間のが多いんだな、クソッタレ。

俺としても、こっそり賭けてたのはアニーゼには秘密なので、泣く泣く配当金は諦めだ。

牛の骨も高くついたし……しばらくご馳走はお預けだぞ、アニーゼ。

――【設定辞書】のデータ解説 vol.3――


 白刃銀麗エンチャントマーキュリー ―― 【勇者技能】


 【魔法剣エンチャント:Lv8】と呼称されていたものの亜種と思われる。

白色の光にして、魂のエンチャント。強い退魔の力を持ち、魂と肉体の繋がりが弱い者には特に効果がある。

アイサダ・デルフィニィ・デュオーティが覚醒させたこの能力は、更に纏わせた某を「会心の」ものとする効果を付与する。



 少年漫画 ―― 【アイテム】


 心が飛んだり跳ねたりする。ニホン文化の理解の一端として血族の中の有志が描き上げ、製本しているようだ。

製紙・印刷は技術の中でも特に重要であると初代「魔導書」が判断し、発電機と共に勇者が存在する内に優先して研究された。

一定の成果を出した科学研究は運用法と共に地上の商会に売り払われ、天空街の運営の上で重要な資金源となる。

無論、各国間のバランスを計りながらであるが。



※次回は12/12日です。

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