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1:アインス、始まりの町

 あったことも無い我らが曽祖父様は、「ニホン」と言う遠い遠い国からはるばる召喚されて来たらしい。

それ自体にゃ別に興味も無いが、狭い狭い俺達の故郷――天空街の中では、奴さんが広めたニホンの文化が蔓延っている。

そんな場所から初めて出てきたアニーゼには、逆に色々と目新しい物も有るようだった。


「まぁ! 見てくださいおじ様! 鳥が、頭の遥か上を飛んでいます!」


 翡翠色の髪を翻して、アニーゼが荷台の縁からはしゃぐように声を出した。

俺は「魔導」の奴らが作り上げた魔動二輪車を暖気させつつ、ゆっくりと肩のコリをほぐす。

少ないとはいえ荷物を運ぶ以上、こういった移動手段を持たせてもらえたが……こいつは随分なじゃじゃ馬だ。

これがニホンじゃ当たり前らしいが、本当なのかね。周囲の物珍しそうな視線が突き刺さるぜ。


「それに雲も! 私、空に浮かぶ雲と言うのを初めて見ました」

「あー……そだねぇ。普段、天空街は雲より高いもんねぇ……でもなお嬢、どっちかというとそれが普通なんだぞ。こっちがスタンダードだ」

「そうなのですか?」


 そりゃそうだ。雲より高い街なんぞより、地に足付けて暮らしている人間の方が多いに決まっている。

俺も以前はそうだった以上、あまりデカい顔はしたくないが……向こうで暮らしてると、地上で当たり前のことを本当に知らないままだったりするからな。


「ああ、雲も、鳥も、もちろん星や月も変わらずな。こっちにゃな、雨ってのが降るんだぞ。空から零れ落ちる水の粒だ」

「まぁ……! それは何とも、神秘的ですね! やっぱりおじ様は物知りです……!」

「神秘的、ねぇ」


 こっちの連中にとっちゃ、空に浮かび、女神の加護で快適に過ごせる街の方がよっぽど神秘的だろうがね。

蒼白い魔導光を放つ二輪車のつるりとした表面を撫でてみる。このよく分からん材質も、魔導の奴らの知識チートとタダヒトの残した【カガク知識】とやらで出来ているのだろう。


 アニーゼの方を向いてみると、まだ空を見上げ、鳥を目線で追いかけていた。

幼いくせに艶のある瞳といい、ぷっくらとした頬といい、こうしていると本当に、良家のお嬢様のようである。まぁお嬢様は基本こんなデカい剣は振り回さないし、犬の耳も付いていないんだが。

100年前に比べりゃ大分マシになったとはいえ、獣人種は元は奴隷種族だった。勇者八系の1つである「獣人」の祖も、元は勇者サマに救い上げられた奴隷だったらしいしな。

「生まれだけで理不尽にな目に合わされる少女を哀れんで、身銭を切って救いだした」そうだが、どうだかね。結局、男と女だし、ヤることもヤっちまってる訳だし。


 ……そうこうしてる内に、ゆっくりと町の門が近づいてくる。

まったく、俺たちゃ勇者サマだぜ? なんでちゃんと並んどかないといかん上に、税まできっちり取られるんだろうな。

そんなことを【設定辞書データブック】の奴に溢したら、「鏡見たら?」とつっけんどんに返された。

女神のケツめ、仮にも勇者血族がそんな悪どいことしねえよ。精々お空の方の漫画だのイラストだのをコピーして、こっそり売り捌くくらいだっての。


 それにしても、お嬢様はよくそんな飽きもせず鳥ばかり見ていられるものだ。あるいは空を見ている内に、ホームシックにでもかかっちまったのだろうか。

慰めの1つでも言ってやるかと考えていると、瑞々しい唇からポツリと言葉が漏れ出した。


「あの鳥は、『テリヤキ』にしたら美味しい種類かしら……」


 肉食のことでした。さすが、肉食獣系女子なだけはあるな。

言ったらまた頬を膨らましそうなんで、口には出さないけど。


「あんまりボケーっとしてんじゃねえぞー。もう検問に入るんだからな。まぁこの辺りは、まだ聖王国との繋がりも深い地だ。多少は融通をきかせてくれると思うが……」


 得体の知れないものを持ち込むと、税金が高いんだよなぁ。

即死じゃなければ大抵回復させる神薬エリクサーの量産型だの、幾つかの技術を魔導から置き換えた(そんな事をする必要性は俺にはよく分からん)通信用の試作機材など、基本的に空の道具は得体の知れないものだらけだ。

もちろん、中にはどうしたって用法を正確に答えられなかったり、答えるわけにはいかなかったりするものあるわけで……



 ……

 …………

 ………………



「くっそー……やっぱり結構ボラれてったな」


 立派では無いが、ボロくも無い程度の石造りの門を抜ける。

金貨の入った財布はしっかりと胸の奥に仕舞いこみ、ついでに服へ紐で結んでおく。

まぁ、お空の連中にしたって、折角世に送り出す「勇者筆頭」にひもじい思いをさせる訳にはいかんだろ。

それなりの金額は持たせられているし、ちゃんとした支出の結果足りなくなるようなら、ある程度は融通して貰えるとは思うが。


 それにしたって、このペースで財布が薄くなっていくとなるとちょっと心細いな。勇者様にくっついて行くだけで遊び放題だ、なーんて思っていたが、ちとアテが外れたか。


「お金の問題も確かに大変ですけど……今は町並みに目を向けましょうよ、おじ様」


 こっちの気も知らず、アニーゼの発言は呑気なもんだ。とはいえ、まだ一度も天空街から出た無いお嬢様だから仕方無い。

人形を操る大道芸人に、その隣でサーガを歌う詩人。香ばしい匂いで食欲を掻き立てる、とうもろこし焼きの屋台。

そのどれもが未知のもので、色とりどりに映ることだろう。だがもちろん、俺はアニーゼほど世慣れしてない訳じゃない。


「お嬢がスリにスられることなんざ無いとは思うが、一応装備は体から離すんじゃねえぞ? その様子じゃ、お上りさん丸出しだ」

「まぁ、そうですか? 少しはしたなかったでしょうか……」

「あんま気にすんな、こっちに来てまで大婆様の目を気にすることもねえさ。ま、地上の遊びにゃおいおい慣れてけ、ほら」


 俺は炙り串屋からベーコン串を1つ購入すると、アニーゼに向けて差し出してやる。

脂身が少し焦げてカリカリになった、なんとも旨そうな匂いが漂う一本だ。肉食系勇者も、これにはイチコロだろう。


「はぅ……食べ歩きはお行儀が悪いのですよ?」

「んー? どうした、要らねぇのかお嬢? だったら俺が食べちまうぞー?」

「ああん、いじわる。それはいじわるです、おじ様」


 ふふん、口では嫌がっていても尻尾は素直だな。実に嬉しそうに、パタパタと左右に揺れ動いているでは無いか。

俺が口元を歪めていると、アニーゼはついに根負けしたのか、少々恥ずかしそうに目を細めながらベーコン串の先端へと齧り付く……のは良いんだが、なぜ串を持たずに俺の腕を持つ?


 ひょっとして、食べようとした途端に手を引っ込めるとでも思われているんだろうか。思われている気がする。上に掲げて「はい上げた~」とか、こいつがガキンチョの時に何回かやった。

しかしこれでは、俺が獣耳少女を餌付けする何かアレなおっさんのようではないか。

そんな風に考えていると、先程通り抜けた門の方から、兵士さん達が慌てた様子でガチャガチャ鎧を鳴らしやってきた。


「あのう、もしや……あなた方は、勇者の血を引くものでは……?」

「なんだ、その手の話か……驚かせやがって」

「はい?」


 まったく、心臓に悪いんだからもう少しタイミングを考えてくれ。

俺がホッと一息ついていると、なんだか妙に背の低いおっさんが恭しく咳払いをした。

アニーゼがベーコンから口を離し、ペロリと唇に舌を這わせた後、麗らかに声をかける。


「確かに私達は、勇者の子孫ですが……どうかなされましたか?」

「おぉ! やはりこれも、女神様のお導きか……! どうか聞いては頂けませんか、今この町では、大変困ったことが起きているのです」

「それは大変! 分かりました。この私に出来ることならば、なんでも!」

「あー、あー、すまんね。ちょっと待ってくれ」


 こうしてしっかりと観察してみると、このおっさんの装いは中々に高級だ。

兵士たちに比べても、1段か2段ほど位が上に見える。んでまぁ、町で兵士を引き連れながら歩く職業ってのはそう居ない。

特に、見るからに文官然とした仕草ならば尚更だ。相手の仕事も限られてくるだろう。


「あのさ、アンタ、町長さんか?」

「は、はぁ、如何にも。ワシがここの町長ですが」


 そのトマスさんは、急に会話に割り込んできた俺に胡乱げな視線を向けた。

まぁ、おめかしされた美少女勇者様と会話してる所を、萎びたおっさんに遮られればそうもなる。

だが悪いね、こっちとしても、あんまりホイホイと安請け合いさせる訳にもいかなくてな。


「だったらさ、町の人たちから税金だって取ってる訳だな? その中には当然、町の防衛に当たる為の金、つまり兵士を雇用する分だってあるわけだよな? あー、よこせって言ってんじゃ無いぞ? 余計な軋轢を生まないか、って確認だよ。兵士の皆さんの仕事は無くなったのでお給料が出ません、なんて話になったら大変だろ?」


 偶に居るのだ。フラっとやってきた「勇者様」に魔物の巣を潰させて、これで今月は兵に金を渡さなくて済むなんて言い出す馬鹿な代官が。

そんなことを一回でもやろうもんなら、兵士の士気はガクッと落ちるし、俺達はいらん恨みを買うしでマジでどこも得をしない。

なので、安請け合いする前にひと通り条件の確認はせんといかんのである。


「それは大丈夫でしょう。わが町の兵士たちは、一度討伐を失敗してからというもの、萎縮しておるようです。情けなくも、本領からの増援まで仰ぐ有り様。時間をかけても、一向に解決できる様子は有りません……」

「なら良いがねぇ……あとな、確かに俺達は慈善事業屋だが、別にお金が無くても暮らしていける訳じゃ無いんだよ。わかる、ん? この勇者サマの剣もね、税金取られてるの。それってほら、何かおかしく無い? お礼出せとは言わないよ? でもホラ、使わなかった分くらい返してくれても良いんじゃない?」

「は、はぁ……」

「いいじゃ無いですか。やりましょうよ、おじ様。今も困っている人々が居るのですから」


 ああ、うちのお嬢様はノリ気だなぁ。これからおじさんが搾れる範囲で搾りとる所だったんだから、もうちょっとだけ待って欲しかった。

それに、初仕事だからって気張ってると、拍子抜けするぞ? 曲がりなりにも平和なご時世、アニーゼの【光刃貴剣(エンチャントノーヴル)】に敵う相手なぞそう居ないのだから。


「へいへい、お嬢は確かに立派な勇者ですよー……」


 つまり、立派な人間様への奉仕種族と言うわけだ。

勿論そんな事言ったら、またケツを引っ叩かれるので口には出しませんがね。






 □■□






「こんな小娘が勇者だと!? いらんいらん! 町を守るのはな、伝統ある町兵の仕事だ!」


 さて、「詳しい話を聞かねばならぬ」と張り切って兵士の詰め合い所に行ったのは良いのだが。

歴戦の兵士と思わしき爺さんに、こんな感じで追っ払われる俺達であった。


「あのおっさん、全然話を通せてないじゃねーか……」


 俺1人なら帰って寝る所だが、この先「勇者筆頭」として活動していくならそうも言ってられん。

当のアニーゼも、面と向かってこんな事を言われるのは初めてのようで、なんと答えていいか分からぬらしい。

おいおい頼むぜ、ここは勇者らしくビシっとしてくれよ。


「え、えっと、おじ様? こういう場合は、どうしたら良いのでしょうか」

「よし、俺の後に続いて復唱しろ。まず挨拶は『ヘイ! 税金泥棒は儲かってるかジーサン!』からで……痛ってえ!」


 大人の尻を軽々しく叩くのは止めろと、何度言ったら分かるんですかね、勇者様!


「やればできるんですから、勇者の血に相応しい振る舞いをして下さいと何度言ったら分かるんでしょう、あなたったら」

「くそっ、お前は俺の親戚か何かか、丁度同じようなこと考えやがって…」

「あなたにとっては"はとこの子"でしょう?」


 そうでしたね。くそっ、スケコマシ勇者め、遠慮無く種をばら撒きすぎだ。

苦々しくウェットシガー(薬巻たばこ:薬草などを巻いて乾かしたもの。火をつけないタイプを指す)を噛み潰していると、アニーゼの眉の角度が険しくなってきた。

そもそも、俺への呼び名が「あなた」に変わった時点でそれなりに怒っている証拠である。

これ以上尻が腫れてはたまらんので、俺は両手を上げて降参の意思を示した。


「分かった分かった、真面目にやるよ。まぁ、町長さんが嘘を付いてごまかしたようにも思えねぇ。つーことは多分、本気で困ってる人らは別に居て、このジジイは意地張ってるだけってこった」

「意地など張っとらんわい、若造め!」


 意地を張ってる奴ほどそういうことを言うのだ。酔っ払いと同じ理屈である。


「すみません、勇者様。私が町の守備隊長で……ん?」

「ライナス! だいたいなんだお前たちは、不甲斐ない! たかだか畑荒らし相手に、足を噛まれたくらいで臆病風に吹かれおって!」

「は、畑荒らし……ですか?」


 そりゃあなんとも、しょぼくれた話だ。流石のアニーゼも困惑顔である。

大概の町じゃ、多少はともかく畑を全部石壁の中に入れる訳にはいかない。

理屈は簡単、人が増えりゃあ畑は増える。だが畑を広げるたびに、石壁を積み直していく余裕なぞ無いからだ。

ま、守る立場は大変ってのも分かるんだがね。そんな事でいちいち呼びつけられちゃ、勇者としてもたまったもんじゃない。

俺たちの懐疑の視線が突き刺さったんだろう。ライナスとかいう警備隊長は、首をぶんぶんと振って否定した。


「とんでも無い! 奴は畑荒らしなんぞに収まるものでは有りませんよ。それに足を噛まれたと言うのだって、ブラウンの足は鉄の脚絆ごと噛み砕かれたんですよ!?」

「む、それは確かに厄介ですね」


 隊長さんの話を聞き、アニーゼの顔つきに緊張感が戻る。

鉄の脚絆ごと噛み砕くとなると、確かに生半可な顎力じゃないな。

俺達の想像が、ほっかむりを被ったゴブリンのようなのから、恐ろしい牙を持った魔獣へと変化する。


「だから、それが情けないと言っておるんだ! ワシが手本を見せてやると言っているだろう!」

「年寄りの冷水はよしてくれ爺さん! アンタにゃ感謝しているから、余生を楽しんでくれりゃだな……!」


 2人の兵士による主張の差異は、いつしか卓を挟んでの大激論になっていた。

アニーゼの尻尾もだらんと垂れ下がり、やや不安げといった所。ま、こんな場所でうだうだしてる時間が勿体無いのも確かだ。

こっちはこっちで話を進めるとしようじゃないか。


「……ふむ、『ドレイクモール』か。こんな人里近くまで出てくるのは珍しいんじゃないか?」

「おじ様?」

「まぁ、聞き齧りなんだがな。えーと確か、魔獣図鑑によると……」


 ザックの中から一冊のノートを取り出して、ペラペラと中身を眺める。

あぁ、そいつは雑食性のモンスターで、普段は地中から顔を出さず木の根っこなどを食い荒らして生活しているらしい。

多少の岩盤なら噛み砕く牙を持ち、時折自らが掘り進んだ溝に落ちてきた動物なども、残さず食いつくすのだとか。

こいつが一匹住み着けば森が死ぬので、長耳種エルフなどからすれば怨敵だ。

設定辞書データブック】の奴は、危険度はだいたいBランクくらいだとか言っていたが……


「たしか、凄えタフなんだよな。それこそ、胴体をちょん切ったくらいじゃ死なないそうだ」


 ノートの中ではHPの欄が星6つくらいで記されて、そのタフネスをアピールしていた。

この手の相手に俺のチートは相性最悪だな。ただ「当たる」だけのチートは、とにかく火力が足らん。

言い換えればアニーゼの【光刃貴剣エンチャントノーヴル】にかかりゃちょいとタフな程度の敵ってこった。

気高き心が武具に光を纏わせる【光刃】のチート。百年前に邪神すら一刀両断にしたとかいうそれが、ただのしぶといモンスター程度に遅れを取るはずもない。


「まぁでも、お嬢なら頑丈なだけの相手なんざ怖くないだろ?」

「はい! 勇者として、悪を斬らせて頂きます!」


 あとは斬るだけとなれば、この頼もしさである。ま、ちょっとした作戦もあるし、そう苦戦もしないだろう。

未だ口論の収まらぬ二人の兵士は放っておいて、俺達の仕事を始めようじゃないか。






 □■□






 月の登る夜、バァン、と火薬樽の弾ける音が空に轟いた。

目の退化した奴ってのは、総じて別の部分が敏感だ。けたたましく地響きが鳴り、鏃のような嘴を震わせ、土の中から「そいつ」が現れる。

人をたやすく飲み込む直径に、10メートルはあろうかという全長。鋼のように硬い鱗と分厚い皮膚の下は、糊のようなゲル状の脂で覆われているとかいう面倒な相手だ。

別名『森殺し』とも呼ばれるドレイクモールは、普段は餌の豊富な原生林の中に住み、数年で根っこごと食い尽くしては別の餌場を探して地中を移動していくらしい。


 ……どうやってこの巨体で移動してんのかと思ったら、ドリルの様に身体をひねって穴を掘り進んでるのか。

こういうのは、実際に見てみないとわからんもんだな。


「気をつけろよアニーゼ。ちょっとたたっ斬ったくらいじゃ、すぐに傷口が塞がって致命傷には至らないとかいう話だぞー」

「はーい、分かりましたー」


 なんせ、輪切りにしても上半身のみで生き延びて逃走した記録があるくらいだ。

流石の勇者でも、地中を高速で逃げる相手を追うのは無理がある。この場で仕留め切れなきゃあちょっと面倒な事になるから、決めるなら一撃で決めてほしい所だな。


 アニーゼの邪魔にならんよう遠くに下がった俺を、やや白い目が出迎える。

結局隊長さんは爺さんを抑えきることができず、万が一の時の見届人という名目で二人とも連れてきたのだ。

……まぁ、実際にはワシが出ると言って聞かない爺さんを抑えてもらう為にもう一人呼んだんだけどな。

下手なことされて、いらん犠牲が増えるのも面倒だ。ここはアニーゼにちゃちゃっと片付けて貰わんと。


「……おい、本当にあの嬢ちゃん1人に任せて何もせん気なのか。お主も勇者の端くれじゃろが」

「バーカ、筆頭様と出がらしを同じに並べんじゃねえよ。それに何もしてない訳じゃない、ちゃんと囮用の火薬樽を投げただろうが」

「いや、それは結局なにもしてないというのでは……?」


 かー、これだから素人さんは困るね。あれにはちゃんと俺の【十中八駆ベタートリガー】が仕掛けてあったんだ。

まあ運良く直撃とは行かなかったようだが、ちゃんと誘い出せたんだから及第点だろう。


「いいから黙って見とけって。お嬢の戦闘の邪魔をするわけにも行かないんだから」


 そうこう言っている内に、夜の闇を金色の光が照らし始める。

アニーゼが戦おうとしている証、【光刃貴剣エンチャントノーヴル】の光の色だ。


「……来なさい、化け物」


 自身の背丈とそう変わらん刃渡りの剣先を、ブレさせることすらなく敵に向ける。

小さく柔らかいが、あれで実はみっちりと肉の詰まった身体だ。生物としての格の違いに圧され、ドレイクモールがやや腰を引く。


「でなければ……こちらから行きます!」


 だが、あちらにも森の暴君としてのプライドが有るのだろう。溜めきったバネを解放し、お互いが交差するように飛びかかった。



 ――ギャアアアアッ!?



 頭を貫かれたモンスターの悲鳴が、夜の野外にこだまする。

ドレイクモールよりも、僅かに高く飛び上がったアニーゼが【光刃エンチャント】ごと大剣を投擲。

頭蓋骨を貫通した刃は相手の頭部を地面に縫い止め、慣性によってそのまま胴体まで引き裂いたのだ。


「……あら? これで終わりです?」


 着地したアニーゼは大地から自身の獲物を引き抜くと、不思議そうな顔をしてそう言った。

ピクリとも動かないモンスターからは、デロリとした脂が垂れて地面を汚している。ここから起き上がってくるなら、それはもう別のアンデッドか何かである。


「だから言ったじゃねーか。あんまり期待するなって」

「ええー……真っ二つになっても死なないって話だったのに……」

「そりゃ横にちょん切られた時の話だ。誰が縦にやると思うか」


 ポカンと口を開けて呆ける隊長さんほどじゃ無いが、俺だって信じらんない物を見た気持ちだよ。

苦戦するはずとは言わないが、まさかこんな形で両断するとは思わなかった。お前これ、魚をおろすんじゃ無いんだぞ?


「……ふ、ふん、なるほど。討伐されたと言うなら文句は無いじゃろ。早いとこ死骸を見せて、小心者を安心させてやるとしよう」


 年の功か、どうにか威厳だけは保っていた爺さんがそう言って、アニーゼも不完全燃焼ながら納得したようだった。。



 ……

 …………

 ………………



「えー、では、不肖この町長が、四世勇者アンフィナーゼ様を讃えると共に、合図を取らせて頂きます。皆様、"ニホン"式の挨拶にご協力下さい。カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」


 月を映しながら掲げられた杯が、町の住人たちによって一斉に乾かされた。

広場は今、ささやかなごちそうを卓に並べ、壇上には英雄兼美少女を祭り上げて町ぐるみの宴会と言った所だ。

哀れモンスターから素材にジョブチェンジしたドレイクモールは、先程兵士たちがひーこら町へと運び込んである。

鱗だけで人の手の平ほどもあり、それが鉄より硬いと言うんだ。使い道は色々と有るだろう。


「ふふっ、出来ましたよおじ様! 今度こそ、見てて下さいましたか?」

「おーう見た見たちゃんと見た。立派だったぞ、アニーゼ」

「わふん♪」


 そんな鉄の硬さと柳のしなやかさを両立した相手を、見事に一度の跳びかかりで分割してのけたアニーゼが、褒めて褒めてオーラを醸し出しながら俺にひっつく。

耳を畳めば俺の胸まですら届かないような身長だ。こんな小さくて華奢な体に、怪物を一瞬で仕留めるだけの膂力が眠っていると言うのだから、勇者の権能ってのは凄いもんである。

まぁ、そんな小さな勇者様も、初めて壇の上に立つのは流石に緊張したらしい。やわやわと触れる耳の体温が妙に高いのは、酒精の香りによるものだけではあるまい。


「おじ様も、ありがとうございました」

「いやー、大したことはしてねぇだろ、俺は」


 本当にな。俺がやったことと言えば、モンスターを爆薬でおびき寄せたくらいだ。

横に真っ二つにしたくらいじゃ死なないなら、縦に割ればいいじゃないってか?

物騒な一休さんも居たもんだよ。もう頓智も出ません。


「んー……でも、私1人だと敵に不意打ちされていたかも知れませんし。町の方々との話も、きっとこんなにうまくは……」

「おお、勇者様! お見事でした! まさか我々があれほど手こずっていた相手を、ああも華麗に一蹴なさるとは!」


 声が掛かったのは、アニーゼが俺の服の裾を掴みながら精一杯甘えてこようとした時であった。

この町の守備隊長で、ライナスとか言ったか? 今は兜も外し、赤ら顔を曝け出してすっかりオフといった様相である。

町の住人に声をかけられたことで、アニーゼの顔つきもなんとなく"はとこの子"から"四世勇者筆頭"へと戻る。

はいはい、俺に気を使わなくていいから行ってきな。そういう交流も勇者のお仕事ですよ。

少し名残惜しそうな顔を見せた後、アニーゼは再び、少女んあがらも凛々しい顔つきで住人達の輪の中に戻っていく。


「……かくして、町は勇者に助けられてめでたしめでたし、か……ふん、情けない。本当に情けない」

「うお、でたな爺さん」


 その代わりに俺の横に立っていたのは、最後まで勇者に頼ることに反対していた意固地ジジイであった。

おいおい、幾らなんでも急に色気がなくなり過ぎじゃないかい。温度差で俺が死んじまうよ。

そこは俺も、勇者の仲間として町のお姉さんが酌をしに来たりして欲しかったんだが。


「なんだ爺さん。アンタは飲んでないのか?」

「バカ! 守備兵が真っ先に酔っ払ってどうする! 最近の若いもんは、そこんところの気構えがなっとらん!」

「あーはいはい、スミマセンでした」


 まったく、どうも老人の相手は苦手だ。それに今回は、言ってることは正論だけに否定しづらい。

ほんとに、隊長まで酔っ払っちまって、もし今なにかあったらどうするつもりなのだろうか。

言っちゃあ悪いが、平和ボケしてんな。魔王は倒れたとはいえ、一応まだまだモンスターは出るんだが。


「……あの娘っこは、1人で飛び出していくのに慣れすぎだ。きちんと首を掴んでおかんと、あっという間に見えなくなるぞ」


 そんな爺さんが妙に殊勝な口ぶりで話すもんだから、ついつい俺も真面目に聞いてしまった。

ああ、本来あいつはそういう物なのだろう。だって彼女は、まるで劣化させずに初代勇者のチートの一つを引き継いだ、信じられん程の才能の塊なのだから。


「……元からついてくもんじゃ無いだろ。俺は、ちょっとした"ずる(チート)"以外は普通の人間。その点あいつはただでさえハイエンドな身体にチートエンジンを詰め込んだハイパワーロケットだぞ。比べんなよ」

「エンジン? 何を言っとるか分からんな! お主も勇者パーティの一員なら、娘っこの輝き(ノーヴル)を引き出す鍵はキサマに有るんじゃろうが」

「只の目付役だよ。そんな変なもんじゃない」


 ま、向こうとは赤ん坊の頃からの付き合いが有るんだ。懐かれてないとは思わんけどね。

けれど、俺はここ数年ほど天空街から降りて地上で暮らしていた。その数年の間にも、アニーゼは見違えるほど成長している。

実力の差は既に、鯉と龍ほどには開いているだろう。勿論、俺がまな板の上に居る方だ。



「ワシはな、かつて勇者タダヒト様に生命を救われた事がある」



 だからこそ、爺さんの発言は俺にとって少し意外なものであった。


「なんだ、あんだけ勇者に頼るのを情けない情けないと言ってた癖にか」

「既に、一度生命を救われたからよ。タダヒト様はこうおっしゃった。『光刃の力は絆の力、もし礼がしたいのであれば、僕の家族を単なる人の子として見てやってくれ』……とな」

「絆の力ねぇ……」


 勇者が口にしたので無ければ、ものすごく胡散臭い単語だぜ、それ。

というか実際に勇者が言ってたんだとしても、股間がヤマタノオロチだった奴には言われたく無い気がするんだが。

絆で繋がる下半身ってか? 我ながら、またぞろアニーゼに尻を叩かれそうな発想だ。案外、酒が回ってきているのかもしれん。


「だからワシは、せめて自分の周りだけでも勇者なんぞ居なくても平気な町にしてやろうと思った。しかし、結局はこのザマよ。生命を救われた恩も返せなんだ。あぁ、情けない情けない」

「……あー、まぁ、相手が悪かったよ」


 その相手とやらが、Bランクの魔獣か、あの犬耳勇者様かは難しいとこだけどな。

「龍人」家の祖である大婆様が、百年に一度という太鼓判を押すほどの才能だ。そしてその才能の芽を、アニーゼは腐らせず既に大木レベルにまで育てている。

どこまで育つか、末恐ろしくなると言うもんだ。家系内で妬み嫉みも無いわけじゃないが、なんのその。

チートを発現させてからは大婆様手ずから育てているのだから、表立って文句を言えるような奴も居ないだろうよ。


「フン! ではワシはそろそろ帰って寝る。この歳になると、夜更かしが辛くて仕方がないわい」

「はいはい、精々長生きしな爺さん」

「やめんか、縁起でもない」


 そしてまた鼻を鳴らし、頑固爺は夜の闇の中に帰っていった。ま、俺が言わなくともああいう手合は長生きするだろうけどね。あるいはある日突然、ぽっくりと逝くかのどっちかだろう。

宴会の空気に混じれないもの同士手を振って見送ってやると、ようやく解放されたのか、心なしか疲れた様子でアニーゼが抱きついてきた。

熱っぽい吐息からは、微かに酒の匂いがする。生水が信用ならないのもあって、地上ではかなり早い内から飲み始めるからな。

空じゃあ二十歳以下厳禁だから、これも貴重な初体験と言うやつだ。


「うぅ、ふわふわしますー……」

「おうおう、お疲れお疲れ。ま、これも勇者としての活動だ。頑張りな」

「……おじ様が手伝ってくださっても良いのに」

「やだ」


 だって嫌だよ。おっさん共にちやほやされても何も嬉しくないぞ、俺は。

それは向こうにとっても同じことで、どうせちやほやするならおっさんより美少女の方が良いと思っているだろう。

その代わり、俺は勇者が言い出せないような交渉で、憎まれ役を引き受けるのだ。苦労は実際、五分五分と言っていい。

ほんとうだよ? おれのめをみろ?


「ウソを誤魔化す時の顔してます。やっぱりおじ様、面倒くさいだけでしょ」

「ははっ、バレたか」

「……私、結構おじ様の事見てますからね? 何を考えてるのかくらい、想像つきますよ?」

「おうおう、怖い怖い」


 ちなみにこの後、こっそり行こうとした姉ちゃんがいっぱい居る酒場の前で毎回毎回アニーゼに遭遇する羽目にあい、もう少し真面目に取り合っておけば良かったと後悔することになる。


「……そういえば、おじ様。いつの間に、お爺さんと仲良くなっていたのですか?」

「んー……まぁ、あの人の中じゃ未だに勇者と言えば勇者タダヒトなんだなって話をな」


 「光刃の力は絆の力」ね。果たして、人の枠からはみ出して生き着いた先、孤独な存在が心を奮わせることが出来るのか。

この話を聞いた時、俺の中でやっと「あぁ、だからスケコマシもあんなに沢山仲間を作っていたのだな」となんとなく合点がいった気がした。

そしてアニーゼも。いずれ、自分だけの仲間たちを見い出す時が来るのだろうか。転生勇者タダヒトのよう、に……?


「私も、初代様に負けてばかりではいられませんね」

「……いやー、流石に女の身で男を取っ替え引っ替えするのはおじさんどうかとおも痛ぁッ!」

「ちがいますッ! もう、どうしてそんな話になるんですか! あなたったら! あなたったら!」


 誰かが持ち出してきた楽器をかき鳴らし、ノリの良い音楽に合わせた手拍子が帳の降りた町中に響く。

結局、腫れたケツの痛みで俺達の出立は1日遅れたのであった。

――【設定辞書】のデータ解説 vol.2――


 光刃貴剣エンチャントノーヴル ―― 【勇者技能】


タダヒト時代のステータスでは【魔法剣エンチャント:Lv10】と呼称されていたものと思われる。

金色の光にして、全のエンチャント。エネルギーであるもののすべて。

勇者の奮う心から生まれ、剣に纏えば刃となり、体に纏えば鎧となる。

ややあやふやなのは、流石の筆者も勇者タダヒトの用いる魔法剣の実物を見たことが無いため。

邪神と相対した際に初めて使用され、その輝きをもって邪神の封印に成功したと言う。



 女神の尻 ―― 【言い回し】


「女神の尻に敷かれやがって」「奴は女神の尻の匂いを嗅がされたに違いない」など。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※すでに完結まで書き上げているので、3日おきくらいを目安に投下していきます。


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