4.叔母宅にて
小夜子さんの車から僕と和琴のキャリーケースを降ろす。
真上にある太陽が、車酔いにうなされる僕を容赦なく照らしつけてくる。
「鍵は玄関の植木鉢の下にあるからね。まあ鍵なんて普段は掛けないけど」
小夜子さんはそう言うと、晩御飯の調達のため買い物に出かけてしまった。
なんという豪胆さ。
引っ越して来たばかりの少年少女を置いていくとは。
「小夜子さん行っちゃったね」
小夜子さんの家の玄関先で呆然とする僕と和琴。
「豪快な人だな」
「そうね」
「とりあえずお家にお邪魔するか」
格子状の枠に擦りガラスがはめ込んである引き戸。
なんだか風情がある。
「お邪魔しまーす」
「違うよ、ゆう君。ただいまだよ」
引き戸に手をかけている僕に、和琴はにやにやしながら言った。
聡いな、妹よ。
戸を横に引くと、がらがらがら、と小気味良い音が響いた。
「おー……」
思わず情けない声が出てしまった。
目の前には掛け値なしに長い廊下が広がっていたのだ。
奥行50メートルはあるんじゃなかろうか。
日当たりが悪いのか、廊下の奥のほうは闇に包まれている。お化け屋敷か、ここは。
「ゆう君すごいね。お化け屋敷みたい!」
「楽しそうだな、妹よ」
顔が引きつっているのが自分でも分かる。
長い廊下の所々に障子戸があるのが、よりお化け屋敷感を高めている。
「あれ?」
暗くてはっきり見えないが、廊下の奥に女の子が正座しているのが見える。
「なあ和琴、廊下の奥に誰かいるよな」
「本当だ。近所の子供かな?」
小夜子さんが結婚しているとは聞いてない。
目を凝らすと、どうやらおかっぱ頭で真っ青な着物を着ているようだ。
なんだか微笑んでいるように見える。
いくら田舎といえど、このご時世で日用着に着物は不自然だろう。
実際、小夜子さんはTシャツにジーンズというラフな格好だったし。
「なあ和琴、あの子……神様じゃないのか?」
車内で小夜子さんが話してくれた内容を思い出す。
「まっさかー。神様がそんな簡単に出てくれる訳ないでしょ。私ちょっと見てくるよ」
和琴は靴を脱ぎ散らかしながら廊下を走ってゆく。
「おい!待てって!」
兄としてあんな得体の知れない者に妹を近づけさせる訳にはいかない。
僕も慌てて靴を脱ぎ捨て、床に踏み出す。
ミシっと床が軋む音がした。
「ごめんください」
玄関の外から聞きなれない女性の声が聞こえてきた。
擦りガラス越しに人影が立っている。
田舎の人はチャイムを使わないと聞いていたが本当だったか。
なんて、余裕ぶっこいてる場合ではない。
「はいはーい」
さっさと追い返してしまおう。そして和琴の後を追わねば。
僕は返事をしながら慌てて靴を履き直し、玄関戸を開ける。
そこにいたのは、長身の美しい女性だった。
日に焼けた健康的な小麦色が活発さを印象付ける。
「小夜子さんはご在宅でしょうか?」
「小夜子さんは今買い物に出かけておりますが」
「そうですか」
涼風に吹かれた長い黒髪を押さえる仕草がとても素敵だ。
「ゆう君、見失っちゃった~」
残念そうな和琴の声が背後から聞こえる。
どうやら和服少女を見失ったらしい。
兄は一安心だぞ。
「着物の子が歩き始めたから後を追いかけてたらいなくなっちゃって……ってあれ?誰この綺麗な人」
そうだ。和琴に気を取られてそれどころではなかった。
「あの、どちら様ですか」
おずおずと僕は玄関前の女性に聞く。
「私は天内長閑と申します。以後お見知りおきを」
「僕は折笠悠和、こっちは妹の和琴。今日から小夜子さんのお世話になるんだ」
「そう。私の家はこのすぐ近くにあるから、小夜子さんにはお世話になっております」
これが彼女、天内長閑との出会いだった。




