2.引っ越し2
熊だろうが猪だろうが絶対に妹は守ってみせる。
「折笠……悠和くんと和琴ちゃん?」
目の前の茂みから女性の声が聞こえた。
「やっぱり!大きくなったわねぇ!」
がさがさと大きな音を立てて、茂みから人影が飛び出した。
「もしかして、えーと……お、叔母さん、ですか?」
名前が出てこない。
「黒瀧小夜子よ」
そうだ。黒瀧小夜子さん。思い出した。
黒髪のショートカットが良く似合っている。
母さんの四つ年下と聞いていたがずいぶん若い。
二十代前半と言っても通じそうだ。
「すいません。ど忘れしちゃって」
「そんな若いうちからど忘れなんてしてたら、これからの人生苦労するわよ」
叔母さんはニコニコしながらそう言った。良かった。気さくな人みたいだ。
「あと叔母さんはやめてね。叔母さんだけどお姉さんだから」
年齢に関する話題は危ない。
「小夜子さんでいいですか?」
「よろしい。ここから十分くらい歩いた所に車停めてるから、そこまでもうひと頑張りよ」
小夜子さんの車は、手動のハンドルで窓を開ける物だった。
噂で存在を知っていたが、まさか実在するなんて。
助手席の和琴は楽しそうにグルグルと回していたが、後部席の僕は窓を全開にするだけで息も絶え絶えだった。
春先にしては肌寒い風が、火照った体に心地良い。
「小夜子さん、家まで何分くらいかかるの?」
少し緊張している僕に比べ、和琴はすでに小夜子さんと打ち解けているようだ。
ちなみに、僕らがまだ幼い頃に小夜子さんには何回か会っているらしいが、全く記憶に無い。
「一時間くらいかしら。田舎道だから酔わないように気を付けてね」
小夜子さんに言われて僕は外を見る。
右手には崖、左手は山林。ぐねぐねした道はかろうじてアスファルトで舗装されている。
今まで生活してきた都会の街とは全く違う。
車内のラジオから流れる古いジャズが相まって、心の退廃感が増していく。
和琴の世話をちゃんとしてあげられるか。
僕はこんな田舎でうまくやっていけるのだろうか。
「ゆう君ってば!」
「なんだ!?」
ぼーっとしていたところを和琴に呼びかけられ、思わず大声が出た。
助手席からじとっとした視線を送られる。
「今のラジオ聞いてた?」
「ラジオってジャズのか?」
「その後の、流星群のニュース」
和琴は助手席から身を乗り出したまま僕に話しかけてくる。
色々考えている間に音楽番組からニュースに変わっていたらしい。
「和琴ちゃん危ないからちゃんと座ってね」
「はーい」
小夜子さんに言われ、しぶしぶといった感じで和琴は座り直した。
「来月の中頃に百年に一度クラスの流星群が来るんだってさ」
フォローしてくれるように小夜子さんが言う。
「流星群ですか」
「そう。五月初旬が見ごろなんですって」
五月ということは来月か。
都会でも星を見る事は出来たが、明かりの少ない田舎のほうがより星が綺麗に見える、らしい。
「流星群見たいね!」
「そうだな」
「できれば小高い丘で、素敵な彼氏と寝そべって …… 」
うっとりとした声で和琴は言った。
お得意の妄想モードに入っているようだ。
「残念だけど、小高い丘では見れないかなぁ」
「どうしてですか?」
夜は野生生物が危ないとか、そういう理由だろうか。
「この町はね、夜になったら出歩いちゃいけないの」
「え?」
「夜は神様の時間だから」
「え?」




