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少年の過去

 両親はいつも忙しくしていた。ぼくをふくめて家族3人がそろって食卓を飾ったことなど数えるほどしかなかった――少なくとも記憶の上ではそうだ。

 父は医者で、母は看護師だった。ふたりはいつもそろって活動していた。コンビといっていいかもしれない。

「お父さんと、お母さんは人を助けているんだよね?」

「そうだぞお。父さんはえらいんだ」

「もう。調子に乗らないで。カレイユが真似したらどうするの」

「お父さん、えらいの?」

「ほら。言わんこっちゃない」

 ぼくの言葉を聞いて、母さんは呆れたようにため息をついた。

「いいじゃないか。父の背中をみて子どもは育つ。背中はデカければデカいほどいい。そうだろ?」

 目じりをあげる表情は、得意気だ。実際、両親、特に父の仕事は尊かったのだろう――なぜなら、父は村で唯一の医者だったのだから。

「そうかもしれないけど……。それとこれとは――」

「やっぱりお父さんスゴいんだね!」

「さすが俺の息子だ。物事の本質をしっかりと見通している」

「ただ、じぶんがほめられて舞い上がっているだけでしょ」

 無垢な子ども――というと、じぶんの過去を美化しているようで、まったくこっ恥ずかしいかぎりであるが、社会の垢に少しでもまみれていると、その後の言葉は出てこなかっただろうにといまとなっては思う。

 もっとも。

 垢まみれなくらいのほうが、はるかにマシだったろうけど。

「じゃあね、じゃあね」

「ん? どうしたえらーいお父さんになんでも訊いてみろ。答えられないことはなにもないぞ」

 うながすようにぼくをみた父の表情を忘れられない。自信過剰でお調子者――そして、人のよさそうな笑顔だった。


「――どうして父さんは嫌われているの?」


 我がことながら、イヤな子どもだったと思う。

 それでも、父はイヤな顔ひとつせず――いや、イヤな顔といえばイヤな顔なのだが――「まいったなあ。痛いところを突かれちまったよお」くらいの戸惑いを浮かべるのみであった。

 母が「こら、カレイユ」と叱責するのを、「いいんだ」と言葉ひとつで制して、穏やかな声音でいった。

 先ほどのまでの戸惑い顔はどこへやら。優しいけれど、芯の強さを感じさせる、まさに「父親の顔」であった。

「父さん、それに父さんといっしょに仕事をする母さんは、たしかに嫌われているかもしれない。けどな、カレイユ。わかるだろう? 父さんたちは正しいことをしている。人に必要とされることをしているんだ。父さんも、母さんもそのことに誇りを持っている」

「――誇り?」

 首をかしげた。

「そうだ、誇りだ。誇りってのは、そうだな――カレイユ、なにか得意なことはあるか?」

「ぼく算数が得意だよ! アランくんとかリンちゃんが解けない問題をぼくに訊きに来るんだ。ねえ、カレイユくん。これの解き方を教えてって」

「そうか。えらいぞ、カレイユ。それで、もちろん、親切に教えてあげるんだよな」

「うん!」

「それは、どうしてだ?」

「えっとね。ぼくが苦手な国語はアランくんに教えてもらえるし、工作とかはリンちゃんに手伝ってもらえるから。だから、ぼくができることでみんなを助けてあげようって」

「カレイユしかできないことで友だちを助ける。みんなは助けてもらってなんていう?」

「ありがとうっていってくれる!」

「それを聞いて、カレイユはどう思う?」

「うれしいって思う!」

「そうだ、うれしいな――それが『誇り』だ」

 カッコいい――そのときのぼくはまったく屈辱の限りではあるのだけど、そう思った。

 子ども心に。

 童心のままに。

「じゃあ、ぼくもほこりを持つね」

「おう。誇りはもっとも重要なことだ。けれど、謙虚さも忘れるなよ」

 父は、ぼくの頭をゴシゴシと撫でた。荒っぽくごつごつとした手のひらは、不思議とぼくの心を落ち着かせた。

「うん、忘れない! ほこりとけんきょ忘れない!」

 誇りはともかくとして、謙虚に関してはまったく意味がわかってはいなかったが、幼いぼくはともかく元気いっぱいそう宣言した。

 父は、

「そうか、そうか。大人に必要なのは誇りと謙虚だけだからな」

 と含蓄のあるような、しかしよく聞けば、まったく適当なことをいい放っていた。

 ぼくのまえでは、いつもだらしない態度と適当な言葉を崩さない父を、どうにも見限ってしまえないのは、いまでもこのときのことが忘れられないからだ。

 あいつは、全部計算してカッコつけたのかもしれない。

 だとすると、ますますどうしようもない父親だと思う。

 そして、そんな父がやっぱり嫌いになれないじぶんも、大概どうしようもなく、やっぱり父の息子なのだと実感する。

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