少女の部屋にて
ナナリーの部屋にはなにもなかった。
いや、なにもないというのは正確ではない――なにもないように見えたのだ。
木製のベッド、化粧机、それと小さな本棚。そのどれもが木目柄というより、木目そのもので殺風景さを強調する。
カーテンは透明度の低い白。先ほどぼくがくぐった窓を覆っている。
「簡素な部屋だな」
感じたことをできるかぎりキレイな言葉に置換してナナリーに伝える。
ナナリーは、ふふ、と笑って、
「いい感想ですね」
といった。少なくともこの部屋が他人にどう思われるかについて、気づいていないわけではないらしい。
「この部屋は、亡くなったおじいさまから譲り受けたものです」
愛おしそうな表情を浮かべて、部屋を見渡す。ナナリーの記憶の眼鏡には、ぼくにはみえていないものが映っているのかもしれない。
「めずらしいね」
そうですか、とナナリーは小首をかしげて、
「ぜんぶそのままにしたんです――おじいさまのことを忘れたくないから」
ぽつりとつぶやいた。
「おじいさんもよろこんでると思うよ」
正直な感想だった。思わずそうもらしてしまうほど、ナナリーの言葉は誠実に聞こえた。
むしろ、重たく聞こえたといっていいかもしれない。
「そうですかね。部屋を汚すなと怒っているかもしれません」
「怖い人だったの?」
興味がわいた。だから尋ねてみた。
「あんまり覚えていないんです」いたずらっぽく笑うナナリー。
「おぼろげな記憶ですけど、いつもなにかに怒っていた気がします」
「なんとなくわかる、その気持ち」
セピア色の記憶というが、古い記憶であればあるほど、よりかすみがかっていくのだろう。
「なんだかおじいさんとおばあさんの会話みたいです」
不意にナナリーは笑った。つられてぼくも笑った。
そうやってぼくたちはとりとめのないはなしをしながら笑い、昼間のあいつらの横暴を怒って、そうしてまた笑い。
沈黙。
どちらかが黙り始めたというか、しゃべり終えたわけではない。ただなんとなく――波が引いていくように会話は止んだ。
「それで……聞かせてくれるの?」
なにを聞き返すことはしない。それくらいにぼくたちは通じ合えていた。
過ごした時間はわずかでも、はなした絶対数は少なくとも、それでもぼくたちはわかり合えていたように思う。
もっとも、ぼくの勝手な思い込みだったのかもしれないけど。
「う~ん、どうしよう?」
「もう。ここはふざけるところでも茶化すところでもないよ」
「煙に巻くのは?」
「最悪の活路ね。喝って感じ」
「それ、あんまりうまくないよ」
「うるさい」
ぼくたちは、また笑いあった。