レンガの家
そういうわけで俺は潔く突っ込むことにした。べつにバカ親父のいうことに感銘を受けたわけでは決してない。断じてない。
ただ、試してみるのもわるくないなと思っただけだ。それくらいの軽い気持ち。
ふと気がつくと、村の入り口からいちばん奥。王族の住む館のまえに立っていた。俺たちの先祖はどうやら土地から土地へと流れ者のように暮らしていた部族だったのようで、その名残なのか、いまでも村の住居は極めて簡素。藁でつくられた屋根を何本かの柱が支えるだけの、極めて簡素なつくりの住居がいくつか残っているほどだ。
そんななかで、王族の館は大きな庭を囲む形でレンガ製のしっかりした建物が囲む立派なものだった。レンガは赤茶色。ところどころ欠けたそのひとつひとつが、刻んできた歴史を物語るようだった。
で。
「入口――どこだ?」
見回しても、木製の柵が延々とつづくだけで、入口らしきものはみあたらない。
おかしいな。館の向きからすると、こちらが正面になるはずなのに。
しかたなく、外から中をのぞく形になる。
呼びかけてみようか。
が、すぐ断念する。
俺が、穢れた血を継ぐ者がナナリーの名前をでかい声で呼ぶことなど、迷惑でしかないだろう。そもそも村の序列において、卑しい者が高貴な者とはなすことなど、たとえ一方通行であれ、許されることではない。
――とにかくどの建物にいるかだけでも把握しないと。
柵に沿って歩いてみる。これだけ大きい館なのに、人の気配がまったくしない。静かすぎて、思わず音をたてないようそっと歩いてしまう。
正面から館の右に回る。あいからず、気配すらしない館を眺めながら、歩いていくと、不思議な光景が視界に飛び込んできた。
うん?
館の背後。建物から少し離れる形で、小さな離れがあった。離れといっても、木製のしっかりしたつくり。俺の家にははるかに頑丈そうだった。窓がみえた。より正確には、窓からみえる人影に目が吸い寄せられた。
――ナナリー。
ナナリーの表情は晴れない。遠目からでも、落ち込んでいるようにみえる。
「ナナリー」
走り寄って、声をかけた。
窓は開いていた。
「カ、カレイユ?」
驚いた表情を一瞬、浮かばせたあと、すぐ怪訝そうなそれに変わる。
「どうして、あなたがここに?」
「王族の家といったら、だれでも知ってるよ」
「そうですか、そうですよね」
「いままでいったことなかったけど、いい機会だった。観光客になった気分」
「人のお家を見世物にしないでください」
そうはいうものの、声音は弾んでいる。
表情も柔らかい。
怒っているわけではなさそうだ。
「とにかく入って。だれかにみられたらまためんどうだもの」
「ああ」
ナナリーは窓をいちど閉める。外からのぞくと、部屋からでていくのがみえた。
すると、すぐにがちゃりと音がして、扉が開く。
顔を少しだけだして、2回左右を確認する。
「用心深い。用心棒でも雇えばいいのに」
「そこまでおおげさなのもではありません。王族といっても、命を狙われるような身分ではありませんから」
どうぞ、とナナリーはいって、俺をなかに導く。
「どうだか」
ぼやきながら、指示に従った。