憂鬱な家、陽気な父。
はあ、とため息をつく。
やってしまった。そのときの光景がフラッシュバックするたびに、後悔が胸をよぎる。
かれこれ2時間くらい。なにも手をつかず、ひたすら悶々と。
家に戻っていた。ランタンはつけていないので、月明かりだけが頼りだ。
薄暗さが、ますます気持ちを下げる。だけど、明かりで顔を照らす気にはなれなかった。
大人はこんなとき、ヤケ酒でもして憂さを晴らすのだろうな。
だけど、未成年にはそんな逃げ道はない。大人というのは、いい身分だと思う。
――ナナリーの顔、泣きそうだったな。
突然、あんな形であんなことをカミングアウトしたら、だれだってびっくりするだろう。
思わず、逃げてしまうのもしかたがない。
けれど。
同時に傷ついてもいた。
やっぱりダメだったか。今回も、受け入れてもらえなかった。
なあに、いつものことさ。そう笑い飛ばせれば、よかったのだが、簡単にはいかない。
きい、と扉が開く音。
「よお。元気そうじゃないか?」
いい身分のサンプルのような大人が現れた。
「むかつく冗談やめろ」
木のテーブルをみたまま、答える。
「これだけ暗かったら、おまえがどんな顔してるのかわかんねえだろ。推測でいったまでだ。外したか?」
ランタンに明かりを灯す。ぽおっと、温かい光が部屋に満ちる。
「どうでもいいだろ。ほっとけ」
「なんだなんだ。それが父親に対する口の聞き方か」
親父は背後に回って、俺の肩に腕をのせる。
「――なにかあったか?」
軽薄の声音が、突然、低く落ち着いた声に変わる。
むかつくくらいに真剣みを覚えていた。
「なんでわかるんだよ」
うんざりして答えると、親父は「当りまえだろ、親子なんだから」と、さらに腹の立つことをいった。
肩から手をどけて、俺の向かいの椅子にどっかりと腰をおろす。
「親父はさ。いちばん理解してほしい人に拒絶されたことある?」
「ああ、ある」
思い出すような顔で遠くをみる親父。懐かしいな、とつぶやく。
親父はなにも語らないけど、いろいろとツラい目に遭ってきたことにちがいないのだ。
「カレンちゃんと、エリナちゃんと、リンちゃんと――」
「もういい」
なんで複数人でてくるんだ。というか、ちゃんづけやめろ。
「冗談だよ。血のはなしだろ?」
「慣れてると思ってたんだけどな」
拒絶されることも。逃げ出されることも。
ただ、特殊だったのは理解してくれそうな人が、もっとも理解してほしい人だったから、余計にダメージがあったということだ。
「そういうもんさ。もうなんとも思わないはずのことで不意に傷つく。しっかり盾をかまえているつもりでも、あっさりと隙間をつかれるもんなのさ」
親父は立ちあがり、瓶から直接、水を飲む。ごくごくごくと勢いよく飲み干したあと、軽い調子でいった。
「そうなったときは防御を潔くあきらめて、裸で突っ込んでいくしかないわな」
冗談っぽい言葉が冗談には聞こえなかったのは、じぶんの精神状態のせいなんだろうな。
「あんたの口説きのスタイルか?」
「そうそう。一億総玉砕で――って、子どもがえらそうな口を叩くな」
この日、はじめて父親らしいことをいって、親父は俺の頭を軽くはたいた。
なぜだか少し、ほっとした。