ひとりぼっち、ふたり
「大変失礼いたしました!」
アランたちは土下座していた。道のど真ん中でゲリラ的にはじまった羞恥プレイに、行きかう人たちは不審なようす。
おれも、土下座していた――ただし、心のなかで。
そのぶん誠心誠意全力で。
仕方ないだろう。王女さまをきったねえ酒場に連れていってしまったのだから。
「失礼なことをしているという自覚がおありなのですね?」
鋭い目。凍てつく視線。傍でみていても、恐ろしい。
そして、ぱっと表情を切り替えて、とびっきりの笑顔でいう。
「カレイユさんは気にしないでくださいね。私は王女であるまえにナナリーというひとりの人間ですから」
「……そうはいっても、王女さ――」
「ナナリーとお呼びください! これまでどおり」
笑顔は崩さない。けれど、なぜか怖かった。
「で、どうなのです、アラン。あなたはやはり無礼を働いたとご自身で気づいてる、と?」
「いや、それは――王女さまに対しては失礼という意味で……」
たじたじなアラン。なかなかみられない光景だ。
「ならば、カレイユへの横暴な発言の数々は、訂正する気がないと?」
遮っていう。一瞬、こめかみに筋が入った気がしたけど、たぶん気のせいだろう。そういうことにしておこう。
「だって、こいつは……」
ちらっと、こちらをみたあと、アランはつぶやく。
しかし、さっきまでの横柄横暴な態度はどこへやら、ぼそぼそと要領をえない。
「はっきりいいなさい、アラン! カレイユがなんだというのです!」
「アラン」は強く。いまだれに対して第一王女は激怒しているのか、はっきりと知らしめようとしている。
そうこうしているうちに、人だかりができはじめていた。
野次馬たちは、あの方もしかして、やら、だってアランがあんな、とささやき合っている。
子どもたちのなかには、笑っているものもいる。アランの憂き目にすかっとしているやつらだって、少なくはないだろう。横暴なガキ大将が追い詰められているのが、おもしろくてしかたがないといった態度を隠そうともしない。
アランも己の屈辱的な状況に気づいたようだ。顔がみるみるうちに赤らんでいく。少し震えてもいる。
「答えなさい、アラン!」
ナナリー王女の鋭い追撃。槍のようにするどい言の葉は、さぞやアランの心に深く突き刺さっていることだろう。
「そいつには――」
俺をにらむアラン。その瞳は血走っていた。
「そいつには、『穢れた血』が流れているんだよ!」
両目をくわっと見開きながら、絶叫する。
これだけ己の非を貴き身分の人に責め立てられているというに。いまさらながら、アランのなかに根づくおれに対する憎悪に怖くなった。
けれども、どこかかでそれを理解し、受け入れているじぶんがいる。そのことが、さらにおれを戦慄させる。
アランの意気に一瞬、ひるんだナナリー王女は、しかし、
「そんなものは迷信です。世迷言の嘘っぱちです」
と、力強くいい切った。
だが、論理による言葉は、アランの感情を逆なでするだけ。
と同時に、おれの心もうずかせた。
「迷信なんかじゃない! 王女さまが知らないだけなんだ」
そういって、アランは笑みを浮かべる。
なあそうだろう、と問いかけるように、ギャラリーを見渡す。
野次馬たちは、曖昧な笑みで応える。
「では、なにがあったというのです? どうせ、彼の周りでたまたま不幸が続いたとか、そんなくだらない理由なんでしょう。いいですか。それはたまたま運悪く――」
「ちがう!」
気づけば、言葉が口をついてでていた。
「えっ、カレイユなにを――」
「ちがう。そうじゃないんだよ、王女さま」
ナナリー王女がはっとした表情でおれをみる。なにかに気づいたのだろう。もしかすると、酒場での会話とおれのようすを思い出していたのかもしれない。
聡明な彼女ならば、おれの隠し事にだいたいのあたりをつけていたっておかしくない。
それにしたって、味方に背後から撃たれたような思いなのであろう。
「どういうことです? カレイユ。それと――」
そんな呼び方はやめてください、と彼女はさっきまでの勢いはどこへやら、消え入りそうな声でつぶやいた。
「ごめん、ナナリー。けれど、おれたちやっぱり友だちにはなれないかもしれない」
「そんなこと、そんなことないです……」
「生まれのちがいというのは、変えられない」
そのことにより生じる価値観の相違も、また同様に。
けど、そのことはいわないでおいた。ナナリーの沈んだ表情をみると、これ以上、言葉がでなかったから。
「王女さま、いや、ナナリー。ぼくはね」
首をはげしく左右に振るナナリー。
いやいや、というように。聞きわけのない幼児のように。
「――人を殺したことがあるんだよ。それも、うんとたくさん」
ナナリーは反応しない。驚くことをしない。泣くこともしない。怒ることもしなければ、おれのいったことを冗談だと思い、笑うこともしない。
ただ。
「そんなの――いやです」
とだけいった。