違和感の正体
「おい、穢れたやつ」
店を出てすぐ罵声を浴びせかけられた。さっきのやつらだ。ほんとにしつこいなあ。
「いきましょう。カレイユ」
ナナリーがおれの腕をひく。驚くほど強い力だった。
引きづられるように、声のするほうと逆に歩みをむける。だが、
「おいおいおい! 人に名前を呼ばれたときは返事をしろって学校で教わらなかったのかよ」
そういったあと、アランは取り巻きたちになにかを支持するかのように目配せする。
事前に打ち合わせでもしていたかのように、コバンザメたちがこちらに駆けだす。
軍隊かこいつらは。
「なんなんですか。あなたたちは」
四方を囲まれた。が、ナナリーはまったくひるんだようすをみせず、抗議の声をあげる。
カレイユが知っている同世代の女の子たちの姿とは、あまりにちがう。堂々とした、風格すら感じさせる態度。
「おまえこそ、だれだ。知ってるか? おまえの横にいるのは、穢れているんだぞ。仲良くすると、おまえまでも汚れちまうぞ」
心配したような言い草だが、実態は、挑発するかのような声音だ。いいながら、ゆっくりと歩いてくる。カッコつけで、つくづくヤな感じだ。
さらに鈍感なのか、なんなのか。こちらもこちらで、強気な物腰をいっさい崩そうとしない。
「――くだらない」
吐き捨てるようにナナリーはいう。毅然とした態度にさらに憤りが足されたような。
出会ってからこれまでのナナリーは、おっとりと温和でありながら、芯の強さをときおり、のぞかせていた。そういう強い部分が、全面展開されはじめているのだろうか。
ナナリー本気Ver。おお、怖っ。
「なんだと? なにも知らないくせに偉そうなこというなよ――うん?」
そこでアランもぶつかった。おれとおなじ疑問に。
どうして村一番の嫌われ者のことを知らない?
「まあ、いいや。おい、やっちまえ」
けれど、アランの脳が足りないのは、細かい(細かくないが)疑問を脇にどけてなかったことにしてしまうところだった。さらに三下悪役の定番台詞ランキング第3位にはまちがいなく入ってくるセリフを吐いていた。
おう、とのぶとい声が八方から聞こえた。気色のわるいやまびこだった。
「きったねえんだよ、おまえは」
そう思うなら、殴りかかってこなけりゃいいのに、なんとも都合のいい例外ルールもあったものである。
親分と指示とはいえ、さすがに初対面の女の子を殴るのは忍びないのか、みんながみんなおれを狙う。避雷針かよ、おれは。
こぶしがおれのもとに殺到したときだった。空気を一閃するかのように鋭い声が響き渡った。
「――おやめなさい」
おやめなさい? 急に女王さまキャラか? いまはのんきにママゴト遊びをしている場合ではなくってでな。
しかし。
それにしては。
ナナリーの声はあまりにもそれらしかった。
おかげで一瞬、だれが発した言葉なのかわからなかったくらいだ。
「無礼でしょう。私をだれだと心得る」
そういってナナリーは子分どもをにらみつけた。
いや、睥睨した。
そう。まるで本物の女王さまのように。堂々だけでは到底、表現しきれないほど威風堂々した立ち振る舞い。貴き身分であることに慣れきっている。ものにしている。
「し、知るわけねえだろ。おまえのことなんて」
気圧されながらも、アランはいい返す。
声の震えを隠しきれていなかった。
「ほう、知らないとな」
ナナリーは笑った。その笑みは、凄艶ですらあった。
「まことにアンダルシア家が第一皇女、ナナリー・ソドムの名前を知らないと申すか?」
先ほどの違和感の正体がようやく知れた。
というか、名前まで聞いたんだから、気づけよ、おれ。