合わないふたり
「俺の一族は『穢れた血』を引いているんだそうだ」
声音を落としていった。怖がらせようとしたわけではない。だれかに聞かれると、さっきみたいにめんどうなことになると思ったのだ。
村唯一の酒場は、昼すぎだというのに、賑わっていた。アルコールの匂いが鼻につく。深い時間になると、かすかに吐しゃ物の匂いが混じってくるのだが、さすがにいまの時間は呑んだくれたちもセーブしているようだった。
俺たちはそんな陽気な空間とは正反対の空気をかもしだしていた。もっとも、周りを気にするようなやつなどあまりいない。
「『穢れた血』? みた感じ、私とあなたにはなんのちがいもなさそうですが」
銀のカップを両手で包み込むように持ちながら、ナナリーはいった。彼女の小さな手には、カップは大きすぎるようだ。
怪訝そうな声音を隠そうともしない。
「ちがいはないだろうな。少なくとも、外見に特別なところはなにもない」
右手をあげて店員を呼ぶ。
だれもやってこない。
「ならば、なぜそんな噂が……」
「噂――ああ、そうだな。噂は噂だ」
ひっかかり覚えないでもなかった。が、ここで勢いづいて否定してもしかたないので、とりあえず相づちをうつにとどめた。
「ならば、だれも本気にはしないのでは」
振り返り、厨房にむかい、すみません、と声をかける。
テキパキとジャッキにビールを注いでいた店長が、おい、五番さんオーダー、とテーブルのあいだをうろちょろ歩く店員に声をかけた。
確認したあと、そのままの姿勢でナナリーの質問に答えた。
「だといいんだけど。残念ながら、世のなかってはそこまで利口にできてないみたいだぞ。そして噂は――」
「真に受けたのですか」
さえぎられた。なぜか、ナナリーは怒っているようだった。
なにか思うところがあるのかもしれない。
けれど、ナナリーはほんとは理解していない。その言葉だけで察することができた。
「真に受けた、なんてもんじゃない。あれはもはや信仰だね」
「……盲信?」
思わず吹き出した。いうときはいう子だ。
注文を取りにきた店員は、怪訝な表情でナナリーに視線を送る。
先ほどまで、別れ話をするかのような雰囲気だったのだから、無理のないはなしだ。
「やめておいたほうがいいよ。君まで仲間外れだ」
ひとつ咳払いしていう。
「私も、村八分みたいなものですから」
そういって、ナナリーはうつむいた。さっきからときおりみせる翳り。なんだか訊き辛かった。
踏み込んではいけない気がしたのだ。
「でも、まちがっているものはまちがっています」
ぱっと顔をあげ、宣言するかのように。
ナナリーの態度はどこまでも正しく、真面目だった。だからこそ、もろい。なにかの拍子にぽっきりと折れてしまいそうだ。
「人間みんなが合理的だと思ったら、いつか足もとをすくわれるぞ」
合理的なんてむつかしい言葉を使いますね、とナナリーは笑ったあと、
「では、非合理な人を説得します」
と、毅然とした態度で宣言した。
「非合理な人間を合理的にしようとするのは、国教徒を異教徒に変えるくらいむつかしいことだぞ」
ほんの少し背伸びしてみた。けれど、言葉が上滑りしているようで、なんだか恥ずかしかった。
おない年のわりに彼女の言葉遣いは大人っぽかった。それについていこうとして、ついついふだんは用いない語彙を使ってしまう。
「だけど、やらなければいけません。それが――正しいことならば」
強張った声。強いこだわりを感じさせた。
「まあ、がんばってくれ」
正しすぎて眩しい。だからこそ、くさしたくもなる。
「あのう」
一瞬流れた気まずい空気をぶち破ったのは、店員のうかがような声だった。
「「あ、すみません」」
綺麗に重なった。思わず、ナナリーをみる。ナナリーもおれをみていた。
「意見は合いませんが、気は合うみたいですね」
「逆のほうがやりやすかったのにな」
「そうですか? 私はそうは思いません」
「ほら、また意見の相違だ」
クス。フフ。
変に芝居がかった会話に笑えてくる。だれにカッコつけてたんだ、おれたち。
「あのう。注・文いいですか!」
店員にカッコつけてもしかたがない。