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イノセント

 殴りかかってくるあいつらは笑顔だった。いやらしい、野卑た笑み。

 醜悪だと思った。情けないやつらだと思った。

 しかし、そんなやつらに囲まれてめった打ちにされている俺のほうが数百倍、カッコわるい姿をさらしていたのはまちがいない。

 ぼこっとにぶい音がする。体の奥が悲鳴をあげる。

「なんで俺らがお前をこんな目にあわせるかわかるか?」

 アランがいう。腕っぷしが強く乱暴者。図体もおれたちの世代のなかではずば抜けてでかい。村はずれのトーテムポールといい勝負なんじゃないかと思う。

 じぶんを仲間たちのリーダーだと思っているようだが、ただ怖がって逆らえないだけだ。暴力による統治。なんだか歴史の教科書に出てくる何百年前もの王権のミニチュアをみるようだった。

「俺たちは『正しいこと』をしてるんだぞ」

 コバンザメどもが追従する。ならば、こいつらは宦官か。よく意味知らないけど。

 俺はなにも答えず、ただひとりづつ順番ににらめつけていく。こうはなるまい。そうじぶんにいい聞かせるために。

 カッコわるいやつらは嫌いだ。いつでもスマートでいたいと思っている。

「なんだあ。その目は」

 語尾をつり上げるアラン。怒ったときのこいつのクセだ。なんというか神経質っぽい印象なのでやめたほうがいいと思う。余計なお世話だろうか。余計なお世話だな。うっぷ。

 倒れているところを蹴られた。死体蹴りとは、男の風上にも置けない野郎だ。おなじ男族にくくられたくない。もっともこいつらと俺は明確にちがうらしいのだが。

「いってえな。俺はお前らとちがって敏感だから、そんなに強くしなくてもじゅうぶん痛えよ。がさつなのは、女の子に嫌われるぞ」

「うっせえ。ちっとは黙りやがれ」

「はあ? こっちが黙ってたら目つきに難癖つけたんだろうが。だからしゃべってやったのになんだそれ。言いがかりも大概にしやがれ」

 ぼこっ。また蹴られた。

「口の減らねえ輩だ」

「俺は口先で勝負する。お前らは暴力に訴える。どっちが正しいかはくらべるべくもないな」

 へっ、と笑ってやった。嘲笑うように。上から下に見下ろすように。いつでも余裕をもった振る舞いをするのは、スマートな男への第一歩だ。

 そうして俺は、またひと通りボコボコにされた。

 去り際、アランが、口から血を流す俺をみて、

「おっと。『穢れた血』に触れちまうところだった」

 と手をオーバーアクションで後ろに引いた。

「うつされたらたまんねえよ。はやくいこうぜ」

 子分たちは本気で怯えているようだ。バカだと思ったが、もうなにもいわなかった。

 反論しても無駄なことは先刻承知だったから。

 連中が去ったあと、しばらくそのままうつ伏せで倒れていた。だれかが通りかかったら、こんなところまで歩いてきた酔狂な旅人か商人が行き倒れになっていると、大慌てしたことだろう。けれど、幸いというべきか、人っ子ひとりおらず、静かなものだった。

(俺だと気づいててあえて無視しているかもしれんがな)

 そう皮肉な気持ちになっているときだった。

「あのう」

 気遣わしげな声。こちらを気性の荒い猛獣かなんかだと思っているか、かなり恐る恐るなのは、その声音からだけでもわかった。

 声からすると、おない年くらいの女の子だろうか。しかし、知っている村の娘を思い出してみても、一致する声の主はいない。

 知らない子? しかし、こんなに小さな村では、顔見知りでない人間を探すのがむつかしいくらいだ。

 ましてや、同世代。知らない子などいるはずがない。

 興味がわいた。こちらが知らなくとも、あちらは俺を知らないわけなどないのだから。俺は村一番の「有名人」なのだから。

 ころりと仰向けになる。さっきのあいつらみたく、「穢れた血」をだれだけ怖がっているのか確かめてやろう。

 が、そこには予想外の表情があった。

 その顔には恐怖の色はまったく浮かんでいなかった。あるのは、ただ心配。気遣い。そして。

「純粋な子なんだろうな」

「えっ、なんですか」

「……いや、なんでもない」

 なぜだろう。自然と言葉が漏れた。

「お怪我は大丈夫ですか?」

「慣れてる」

 なぜか後ろめたくなり、うつむき加減で答えた。

「それより――お前のほうこそ大丈夫なのか」

 問いかけようとして、名前を知らないことに気づいた。ほとんどない経験だったから、つい「お前」といってしまった。

「大丈夫? なにがですか?」

 怪訝な表情。奇妙な言い回しだが、本気で「なにがですか」と思っていることを物語っていた。

「なにがってお前――」

「あなたとかかわるとまずいことでもあるのですか?」

 遠慮仮借のない問い。こうまではっきりといわれると、気持ちよくすらある。

「まずいこと。ああ、まずいことなんだと思うぜ。俺にもよくわからないけどな」

「あなた自身、よくわかってないのに、あなたに近づくとまずいのですか。わかりません」

「ほんとに」

「理不尽だと思います」

 笑ってしまう。頭のいい子だ。そう。「よくわからなく」て「理不尽」なのだ。だが、じぶんもいつの日かそんな当たり前のことを忘れていた。

 なにも知らないからこそ、本質を突くことができた。なにも知らない? やっぱりおかしい。

「お前――ほんとになにも知らないのか? 俺の……」

 いいよどむ。口にすれば、「穢れた血」のことを認めてしまいそうで。

「ええ。知りません。教えてください」

 まっすぐな目で射すくめられるようにみつめられる。わるいことなどなにもしていないはずなのに、なぜだか負い目があるような気がしてくる。

「俺とはちがう意味で、他人と衝突しそうだな、ええと」

「ナナリーと申します。ソドム・ナナリー」

 不思議な引っ掛かりを覚えた。知っているわけではないけど、さりとてまったく聞いたことがないというわけでもない。妙な感覚だ。

 でも、そんな違和感は一瞬だった。そんなことより、

「ナナリー。君は、俺のことをほんとに知らないのかい?」

「あなたは、そんなに有名な方なのですか?」

「有名――ではないな。少なくとも、ナナリーが名前を知らない程度だ」

「それにはわけが……」

 ナナリーの聡明そうな表情がはじめて曇った。

「いや、言いたくないならいい」

「そういうわけでは――ないです」

「その割には浮かない顔だ」

「もとから困り顔なんです。そんなことより、あなたの名前も教えてください。お名前はコミュニケーションの基本ですよ」

 見た目より、はっきりとものをいう性格のようだ。切り返しをみるかぎり、頭の回転もはやい。おまけにちょっと生意気。

「この子になら、はなしてもいいかもしれないな」

 思わずつぶやいた。けれど、ほんとはだれでもよかったのかもしれない。俺はただ、同情してほしかっただけだった。

「なにかいいました?」

 首をかしげる。そのしぐさからはいっさいのけがれがうかがえなかった。純真さがそのまま人柄にでているような態度。どこで育てば、ここまでまっすぐに育つのだろう。少なくとも、この村はそんなイノセンスを許さないはずだ。

「いいや。なんでもない。俺の名前はカレイユ」

「カレイユ。カッコいい名前ですね」

「カッコいいというより、カッコつけた名前だな。それで教えてやるよ。俺が有名なわけを。俺の『穢れ』のわけを」

「ケガレ、ですか?」

 ナナリーはふたたび首をかしげた。

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