王女の責任
「どういうこと? それじゃ、ちっともわからないよ」
ナナリーがいう。
「そのまんまの意味なんだ。父と母は村で唯一の医者だったから嫌われていた――嫌われていたなんて生易しいもんじゃない。蔑まされていたんだ」
「どうして? 人を助ける立派なお仕事なのでしょう?」
「――呪術」
「えっ?」
聞こえていなかったわけではないのだろう。あまりに予期せぬ答えを聞いたとき、理解の閾値を超えたとき、人間は言葉を言葉として理解できない。想定してなかったので、その意味をうまく捕捉することができない。
目を白黒させるナナリーの表情からは、そんなことがうかがえた。
「父の技術は、人ならざるものの術だと『解釈』されたんだ――すなわち、悪魔の術だと」
「――そんな? じぶんたちに理解できないからって、あんまりだわ」
「そう。あんまりだ。お笑い草過ぎて、言葉してみると、バカみたいに聞こえる――けれど、それがこの村の人たちが長年信じてきた真実なんだよ、王女さま」
そんな人たちに奉られてきたのが、あなたたち一族なんだ、とナナリーにはなんの罪もないのに、あてこすりのような言葉を浴びせてしまう。
「じぶんたちの及ばないものを片っ端から『呪い』だとか『魔法』だとか『魔術』だとかに押し込めて無理やり納得する。お手軽な方法だと思うよ。とりあえず当座の安心は得られるんだから」
「だけど、そのせいであなたたちは――」
「そう。けれど、ぼくたちだけではないよ。『まつろわぬ民』と呼ばれる人たちは、多かれ少なかれそういう出自を持つものさ」
「なにかきっかけはあったのですか?」
「ぼくたちが嫌われるべくして嫌われた事件という意味かい?」
「そういう意味ではありません!」
震えながら叫ぶ。声はあまりに弱く、か細い。
ぼくは、断首刑を告げる裁判官のような心境で、いった。
「――きっかけなんてなにもないよ」諦念の醜い笑みが、じぶんの頬に浮かんでいることだろう。そんなじぶんが嫌になるけれど、さりとて、どういう顔をすればいいのかもわからない。
「気になって調べたことがある。地獄だよ。なぜ、じぶんの一族の立場が地に落ちたのか調べるなんてのは。けれど、けっきょくなにもわからなかった。唯一の収穫――というか慰めは、どうやらもっと昔はそこまで蔑まれていなかったようだと知れたことだったけどね。救われた気持ちだよ」
皮肉がとまらない。止めようやめようと思っていても、刺々しい言葉は次から次へと口をついてでた。
そして、善良な少女はそれを正面から受け止めた。
ただひとつの反論も、反抗もせずに。
「ハハ。ナナリーに恨みつらみをぶつけても仕方ないね。君はなにも知らなかったのだから」
言葉はかばっているようでも、ナナリーは字義どおりに受け取りはしないだろう。
「無知とは――罪です」
顔は伏せられており、表情は判然としない。握りこめられた拳は、心ない言葉を投げつけるぼくにたいする怒りか、それとも――。
「いじめ、差別、偏見--すべての迫害もまた『知らない』ということをきっかけにして生まれます。たとえ直接加担はしていなくとも、『知らない』ことでそれを見過ごすなら、それもまた罪です」
否。怒りはぼくにたいしてではなかった。矛先はナナリー自身に向けてられていたのだ。
ストイック。いや、そんな生易しいものではない。
自罰的だった。
原罪意識に似た感情。それにあてられぼくは、
「もうなにも――いえないじゃないか」
冷や水をぶっかけられた心地だった。
「えっ?」
小声でつぶやいたので、今度こそナナリーはほんとに聞き取れなかったのだろう。
ぼくの目もとをご機嫌をうかがうように覗き込んでくる。
当然、ぼくは繰り返さず、
「いいや、なんでもない」
と答えた。
ここまで自罰的な人を、ぼくが罰することなどできようはずもない。
どれほど怒り心頭のできごとでも、先に「ごめんなさい!」と謝られてしまえば、怒りの持っていき場所に困るように。
そんな風に、少し気まずい思いを抱えながら、ぼくは平素の状態へと回帰した。
「ごめん。ナナリーはなにもわるくないのに。なんの責任もないのに」
ばつがわるくなって顔を伏せたが、
「いえ、そんなことはありません」
案の定の返答だった。
「私にも責任はあります」
ナナリーの目には一点の迷いもなく澄んでいた。
先ほどまでのか細い声と震えがセットだった弱い彼女は、どこにもいない。
そこまで彼女は大きく変えたのはなんだったのかわからなかった。だが、あとから振り返ってみるに、それは「責任感」だったのかもしれない。
王女の責任感、王家の一族としての責任感、そして村の一員として責任感。
すべての責任感が、ナナリーをある決意へと駆動させたのだろう。
「申し訳ありませんでした」
ナナリーは、思わず見惚れてしまうくらい美しいフォルムで平伏した。
それは女王でもなく、王家の一族としてでもなく、ましてや村人ととしてでもない。
それは――ナナリーという個人としての態度だった。
ぼくはそれを美しいと思った――と同時に彼女はとてつもなく強いと確信した。
さすが王家。




