掌編――ドレス
「で、次の品物は?」
コーヒーの入ったポッドを手にシートを回してミオは聞いた。慣性の法則でぐるぐる回り続けるミオの斜め後ろに陣取った超高性能アンドロイドは、モニターから目を上げずに答える。
「ドレスです」
「は?」
思わずミオは聞き返した。某団体から極秘裏に運搬を依頼された、いつもよりヤバめのブツの中身が、たかだかドレス?
「ちょっと、高性能だからってからかうんじゃないわよ。クライアントからは、一星系国家ぐらい揺るがす程度の威力のあるブツだって聞いてるんだからね」
「高性能ではありません、超高性能、です。それに、リストに間違いはありませんし、私にはあなたをからかう必然性もメリットもありません」
ジャン――だっけ、ジョンだっけ。どっちでもいいや。アンドロイドの口調にかちんときて、ミオは思わずポッドを握りつぶすところだった。
「いちいちへんなところに突っ込むんじゃないわよ。それ、からかわれてるんじゃないでしょうねえ。まあ、前金でもらってるからいいけどさ」
ゲートでの検疫と監査を通過できるように、ブツの入ったコンテナは特注だ。スキャンされても擬似データしか読みとれないように三重底になっているし、運搬中の環境を一定にするために安定化装置まで組み込んである。てっきりブツは生物だろうと思っていたのだが、帳簿上は確かにドレスとなっている。数量は書かれていないが、もし一着だとすると、たかだかドレス一着にあんな大仰なコンテナは不釣合いだ。逆に怪しまれてしまう。だからドレス、としか書かれてないのだろう。
「データに間違いはありません。スキャン時の擬似データでも、ドレス運搬用のコンテナに見えるように偽装されています。内部構造はこちらに知らされていませんので、実際に何が入っているのかは分かりません」
「ふーん。偽装データがドレスなのか。それならいいけど。ドレスの運搬だけであんな金額出すとは思えないもんねえ」
法に抵触しないぎりぎりラインの仕事であることは分かっているが、それでも相場の十倍を吹っかけたらそのままOKがでるなんて、普通ありえない。
「てっきり移動に許可のいる細菌類か野生動物、と踏んだんだけどなあ。まあ、いいや。万が一生物だとしたら、なんかあっても対処できないもんね。ハッキングも無理?」
「無理ではありませんが、痕跡が残ります」
「あー、それじゃダメね。一応信用第一の商売だからね。んじゃ、ひとっとびでいこっか」
「了解、キャプテン」
シートを元に戻し、体を固定する。手に持っていたポッドをぽんと放ると、アンドロイドは顔をしかめた。
「ちゃんとダストシューターに入れてください。中身が飛び散ると私が汚れます」
「あんたが汚れようとあたしにゃどーでもいいのよっ」
「汚れると勤労意欲が削がれます。洗い落としに行くために休憩、いえ、休暇をいただかなくては。なにより、私の首のコネクタ、先日のトラブルで修復中ですので、ショートすることもありえます。場合によっては私自身も爆散の危険性が――」
「アンドロイドが勤労意欲とかいうなっ! あーもう、わかったわかった。ほんとにあんたは小姑よりも口うるさいよっ」
ミオはシートから体を浮かせるとポッドを回収した。
「アンドロイドとはいえ基本的人格は人間と同じです。ゆえに勤労意欲が沸くかどうかは重要事項です。それに私は小姑ではありません。なぜならあなたは結婚していないし、私は人間――」
「うるさいうるさいうるさいっ! おだまりっジャン!」
「私の名前はジョンです」
「どっちだってかまわないわよっ ここにはあたしとあんたしかいないんだし、あたし以外はあんたしかいないのよっ」
「そう言うわけには参りません。名称に関しては一度決定したものを変更することはできません。きちんと呼んでもらわなければ自分に対する命令であるかどうかを判断することができなくなります。ただし――」
「……なんなのよ」
立て板に水状態のアンドロイドが不意に言いやめたのが不気味だ。
「――いえ、何でもありません。では、席について体を固定してください」
「ほんと、なんなのよ。気持ち悪いわねえ。あんたがそういう態度を取るときって大体自分に都合の悪い事を隠そうとするときよねえ」
「いえ、そんなことは。ベルトの確認を」
「ふーん。……ま、いいわ。楽しみにしときなさいね」
ミオはそれだけいうと体をシートに押し付け、モニターに向き直った。
以前別館ブログに掲載していた作品です。
現在は取り下げています(2009年の作品)