掌編――アンドロイド
mixiに投稿した掌編をシリーズ化しています。
(別館ブログからの転載です)
雨なんか嫌いだ。
ミオは地表モニターに映る黒雲を睨みつけた。予報が外れるなんて。
「ちょっと、どういうことなのよ」
起動エレベータの気象予報官は目の下にくまを作ってひたすら低姿勢だ。当たり前だ。この惑星は予報が当たらなきゃ命取りなのだから。
通信を終了させると、ミオは大きく伸びをした。
「困ったなぁ。特急料金で預かった品なのに。ねえ?」
「はい」
予備シートに縛り付けられたままの黒髪の青年が返事をした。青年、というのは間違いだ。正しくは、このまま宇宙に放り出しても大丈夫な船外活動用成人型アンドロイド。寒冷地仕様でもあるらしい。大気に酸素が含まれ過ぎているあの惑星では必需品だ。
「雨季に入ってるなんて。……とと、なぁにこれ?」
雨の中を超低速通信が入る。今時こんな通信方法、誰が覚えてたのかしら。
船の人工知能『モラン』にデコードするよう命令しておいて、ミオはドリンクメーカーを操作してコーヒーを淹れた。装置自体がじっとり湿っているような気がするのはきっと気のせいだ。船内の湿度はきちんと保ってあるんだから。
席に戻ってもまだ通信中だった。
「なになに……雨季に入ったからアンドロイドいらないですってぇ!」
後半の文章は、星間訪問販売法に基づくクーリングオフの申請だった。
つまり、すました顔した超高額商品は、この瞬間ただの不良在庫に成り下がったのだ。
「ふっざけやがってっ! あたしを誰だと思ってるんだいっ」
コンソールをガツンと蹴飛ばす。
「わかってるわよね、『モラン』。気象予報官に正式な抗議文書と損害賠償の請求書を送りつけてやって。それから今回のクライアントは優先度をDに変更。次に困ったって連絡してきたらしっかりふんだくってやるんだから」
イエス、マム、と『モラン』が答えた。
「ところで、私はどうなるんでしょうか」
動く不良在庫は困ったような顔をしてみせた。
「返品……かしらねえ」
「それは困りましたねぇ。特殊環境用に調整済みの個体ですので、起動時点で返品不可と売買契約書にあるのですが」
「うそっ」
ミオはあわててパネルを叩いた。呼び出された売買契約書を丹念に読み、特約条項を見つけ、またもコンソールを蹴飛ばした。動く不良在庫の台詞は本当だった。
「クソったれっ。あンのやろー、分かってて起動輸送を勧めたなっ」
道理で、荷物を受け取ったときにわざわざ梱包を解いて見せたわけだ。普段から『歩ける荷物は歩け』主義のミオは格好のカモにされたのだ。
「で、どうしましょう」
「ちくしょうっ、どうもしないわよっ。あんたの売り飛ばし先が決まるまではっ」
「しかし、あなたさまの声紋でユーザー登録が済んでおりますが」
「正式譲渡すれば済むでしょうっ。まさかそれもダメなわけ?」
「いえ、それでしたら問題ありません。ただ、ユーザー登録をしなおすことになりますので本部に返送……」
「あーもうめんどくさいっ。いいわよっ。あんたをあたしの名義でバイトに出すなら問題ないでしょっ」
「それはアンドロイド管理法に……」
何を言っても言い返してくるアンドロイドにぶちきれてミオは机を叩いた。
「うるさいっ、法なんかよりあたしの言葉のほうが優先よっ。ここにいたいなら自分の食い扶持ぐらい稼ぎなさいっ」
「しかし私に食料は……」
「分かってるわよっ、あんたの動力燃料はあたしの食事より高いんだからっ。どっちにしろあんたを養えなくなったらあんたも動けなくなって単なるスクラップ行きよっ。わかったっ?」
「わかりました」
青年は観念して口を閉じた。
同じような環境なら働けるはずだ。思いあたりをいくつか当たればなんとかなるはず。
ミオは声高らかに宣言した。
「んじゃ、もうこの星に用はないわ。引き上げるわよ、『モラン』」
イエス、マム。管制官との通信が開始される。ミオはすばやくシートに飛び込んで体を固定した。
「どちらへ?」
「あんたが働ける星へよ。そういやあんた、名前はないの?」
「まだつけていただいておりません」
「んじゃ、ジョン、でいいわね。いっくわよ~」
出港許可、と『モラン』。繋留ケーブルを切り離し、便利屋シェケルは宇宙へと滑り出して行った。
※アンドロイド「ジョン」の初出です。現在執筆中の中編の主人公ですが、ジョンがキャンセルになった経緯が中編とは変わっています。