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Samsara~愛の輪廻~Ⅰ(序章)  作者: 二条順子
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04.聖夜の入籍

十二月に入ると日本列島は一斉にクリスマスモードに切り替わった。

毎年恒例となった都心のデパート前の大きなツリーを点灯するイベントが、

テレビの画面に映し出されている。

耕平の膝の上にちょこんと座り大きな歓声を上げる舞。その傍らで、志津江が

編み物の手を休め孫の様子を嬉しそうに眺めている。

亜希は台所で林檎の皮をむきながら、そんな微笑ましい光景を見ていた。


「あれぇ~ テレビどうしちゃったの、パパ!?」

舞が突然大きな声を上げた。

テレビの画面が一変、南太平洋で数日前から消息を絶っていた旅客機の墜落が

確認され、乗員乗客全員死亡という事故の速報が流れた。

乗客名簿の中に数名の邦人名があり、現地の日本領事館に確認を急いでいると、

報道デスクのアナウンサーが早口に原稿を読んでいる。


「まあ、年の瀬だというのに、亡くなられた方も家族もお気の毒にねえ」

他人事とは思えないといった顔で志津江がニュースに見入っている。

日本人乗客とみられる名前が画面に出て、アナウンサーが何度も繰り返して

いた。


(えっ、まさか、タクが!?…)

乗客名簿の中に「タクヤ・オクデラ」の名前がある。

亜希は一瞬、自分の目と耳を疑った。

全身の力が抜け、血の気が引いていくのが自分でもはっきりと分かった。

持っていた果物ナイフを床に落としその場に崩れるように倒れた。


奥寺拓也は、新婚旅行中にこの事故に遭遇し帰らぬ人となった。

週刊誌やワイドショーが連日のようにこの話題を取り上げている。

拓也の死は、ようやく癒されかけた亜希の心と身体にまたしても大きな

ダメージを与えた。心配をかけまいと耕平の前でわざと明るく振る舞う

姿が痛々しい。

耕平はそんな彼女の体調を気遣っていたが、不安は的中し切迫早産の

兆候を見せ始めた。三十週未満の胎児では、仮に無事に産まれても

自発呼吸が困難で、直ちに適切な処置をしなければ助かる確率は低くなる。

今、お腹の子供まで失うようなことになれば、亜希は二度と立ち直れない

かもしれない。

万一に備え、NICU(新生児集中治療室)の完備した成都医大に入院させ、

万全の治療を受けさせることにした。長野県内にもNICUを備えた病院は

あるが、あえて都内、しかも自分の勤める病院を選んだのは、どうしても

亜希の傍に付いててやりたかったからだ。


ベッドの上で二十四時間の安静を強いられ、副作用の伴う点滴治療は肉体的、

精神的にかなり辛いものだった。拓也は亜希の中に残した自分の分身の存在すら

知らず、あっけなく逝ってしまった。

だが今の亜希には、子供の無事な誕生を祈り長野で待っていてくれる志津江や

舞がいる。そして、毎日病室を訪れやさしく励ましてくれる耕平がいる。

大きな愛情に支えられ小さな命を守るため、亜希は懸命に闘った。


辛い治療が功を奏し早産の危機を脱した亜希は、二週間ぶりに長野に戻った。

窓の外は一面の銀世界となったイブの夜、帰りを待ちわびていた志津江と舞の

前で二人は婚姻届けに署名した。



* * * * * * *



二月の初め、耕平の立会いのもと亜希は無事元気な男の子を出産した。

亮と名付けられ、高村家の長男として家族の愛情に包まれ、すくすくと

成長している。

耕平は成都医大を辞め、一月から長野県内の病院に勤務している。

同僚たちからは「お前も、とうとう都落ちか」 と揶揄されたが、

大学には何の未練もなかった。

医大を出てからただひたすら腕の良い外科医になるために突っ走ってきた。

舞が産まれる時、予定日の一か月以上も前に陽子を実家に帰し、志津江に

任せたまま、出産に立ち会うことなど考えも及ばなかった。

妻の死後、現実から逃れるようにさらに仕事に没頭し、義母に娘の養育を

任せたまま変則的な生活を続けていた。

仕事を優先させ自分でも気づかないうちに、家族に大きな犠牲を強いてきた。

陽子を失くした時、恋愛や再婚など自分とは一生無縁のもの、新たな家族を

作ることなどとても考えられなかった。


亜希と出逢い、今、五人の家族が一つ屋根の下に暮し、賑やかな食卓を囲み、

他愛のない会話を交わす、そんな何でもない平凡な日常に、この上ない幸せを

感じている。

亡き妻、そして、この世に生まれてくることのなかった我が子への償いの意味も

込めて、新らしくできた家族を何よりも大切にしていこうと、耕平は東京を離れ

帰郷する決心をした。

  






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