エルフのエルマージュ、本物の悪役令嬢には敵わない
恋とは本当に面倒臭いものです。
人を容易く狂わせ、人格をも変えてしまいます。
容易く他人を傷つけますし、残虐な行為ですら躊躇いを覚えない。
全く人とは難儀なものです。
まあ今のわたくしは貴族社会の伯爵令嬢という地位ではありますが性欲の弱いエルフですので、恋に焦がれるということがありません。
ですが狂ってしまった実例をわたくしはよく知っている、それだけの話ですわ。
「…あら、エルマージュさん?紅茶が減っていませんねお口に合わなかったかしら。」
「…いえ、少し考え事をしていただけですのでお気遣いなく。」
目の前の一見可憐な金髪の蒼瞳お嬢様に、わたくしは断りを入れました。
彼女の名前はウェルダソ=バクトロン。幼いころからの友人でして、この世界が乙女ゲーの世界であると打ち明けた数少ない親友です。
ゲームの中では全くお見え出来なかった方ですが、中々に強烈なキャラクター性を秘めています。
例えばそうですね、わたくしが今持っている紅茶のカップ。
これからは普通の紅茶ではまず嗅げない強烈な異臭が体験できます。
カップ中で固形物が浮いていること自体普通ではない何か。でもこの正体を聞くことは止めた方がいいでしょう。
聞けば必ず後悔します。だから敢えてわたくしは無視を決め込むのです。
「それで?あの殿方とは結局どうなったのですかウェル。」
紅茶を口にすることを躊躇い、わたくしはいつの世にも定番のネタ、恋バナを発動させます。
特にこの子は結構な惚れ性ですから、話題につきないはずです。まあそれが普通の恋愛の話であるのかはまた別の話ですが。
「あぁ聞いて下さいますかエルマージュ。あの殿方、私のことを変人だとか狂人だとか罵るんですよ。ただ私のコレクションを見せただけですのに何たる言いぐさ。余りに喚くのでその下半身にある物をちょん切ってご覧に見せましたわ。」
彼女の性癖はかなり特殊です、昔好きだった方が早くに亡くなり、悲しみに暮れましたウェルダソはついに禁忌の道へと進んでしまうのです。
それが一般的にいうカニバリズムと言う物でしょうか。
コレクションというのも召使や使用人から採取した性器の一部であったり、目玉であったりとてもグロテスク極まりない。
酷く残虐性の富む方でして、外面だけは守ってあげたいと思える顔立ちですからなお達が悪いです。
まあ同胞のエルフにまで殺人を犯すようになりましたらわたくしの手で、断罪してあげますよ。
その日までどうぞ心行くまで堕ちていくといいですわウェルダソ。
「へぇそれは残念ですわね。折角お似合いの二人だと思いましたのに。」
「そうでしょう?二人はこの人肉入りの紅茶を飲みつつ、腕が生える森を抜け小さな人皮の家で一生を過ごすの。とても素敵でしょう?」
とても愉快なことであるといわんばかりにウェルダソの頬は赤く染まります。
彼女はこれを本気で信じています。本気で相手が喜ぶと思って、発言しているのです。
表に立てばまともに振る舞いはしますが、本性は余りに非道極まりない。
エルフのわたくしでもメイド様と主人公さんしか目に行かぬ、人を冷え切った目で見るわたくしでもこれはないと言い切れます。
全く、本当の悪役令嬢にはかないませんね。ゲーム中の私をも食ってしまいそうな狂人っぷりですよウェルダソ。
「夢とは人それぞれでありますからね。いいんじゃないですか素敵だと思いますわウェル。」
「ですわよね、それを分からない殿方が多すぎるのです。もう少し減らす必要があるのかしら」
わたくしとウェルダソの談笑はしばし続きました。
しかし余りにも生々しい話の為、皆様に語れないのが残念でなりません。
少しばかり釈明させてもらいますと、彼女に悪気は全くないのです。寧ろ相手が喜ぶと思って行動している節があります。
人の性器を切り刻んだり、手足を切り離す点で相手が喜ぶはずもないのですが、これが令嬢のなれの果てということでしょうか。
悲しいですね、わたくしはちゃんと相手を尊重して行動したいものです。
さて親友のウェルダソは、今日も何人の方を手にかけたのでしょうか。
中々に教えてはくれませんからね、今度根気強く聞き出したいと思いますから皆様それまでごゆるりと待っていて下さると恐縮です。
「やっぱりエルマージュと話していると本当に楽しいわ。私達いつまでも友達でいましょう?」
「えぇ貴方がわたくしへと危害を加えない限り、わたくし達友達だわウェルダソ?」