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エルディス学園 ~氷来記~  作者: 絢無晴蘿
エルディス学園 ~氷来記~
9/15

彼等、乱れる




在る城の部屋の一角に、青年が居た。

彼こそが、ルシル・J・イルローガ。イルローガの若き国王である。


「ルシルっ!」

「なんだ、騒々しい」

久しぶりの午後の休憩に浮かれていたルシルは、突然も訪問者に眉をひそめた。

入ってきたのはランカ。

良く知った従者の姿に、ルシルは眉を寄せる。

「“あいつら”が動きを見せました」

「……本当か?」

「はい」

そう、あいつらが……。

小さく呟き、学園がある場所のほうへと眼を向ける。

「ソルディアが関係しているようです」

「ソルディアが……ね」

確かにソルディアが関係するのだろう。

「おもったより、出番は早かったな」

「は?」

「いや、こちらの話だ」

ランカが不審そうな顔をした。

まだ、ランカは知らなくてもいいだろう。

まだ……。


それが、その日の昼の出来ごとだった。






「何者かが、この学園に侵入し、結界を壊した……」

無言。

フレイアは意味が解らないというようにセリスを見た。

「何言ってんの? このエルディス学園の結界が、簡単に破壊される筈ないじゃない」

「でも……」

違和感。

プレッシャー。

おかしいのだ。

結界が、おかしくなっているのは確かだ。

「これは破壊じゃない。壊して狂わしたんだ」

ショーマが一人、考えながら言う。

「まずいよセリス。空間が結界によって閉じられた……たぶん、外に出られない」

「ちょ、ちょっと、セリスもショーマも二人して何言ってんのさ。てか、なんでそんなことわかるんだよ?」

「なんでって……」「そこで何してるっ!!」

答えようとした言葉を遮り、突然男の声が響いた。

「だ、誰?!」

「ちっ、生徒がうろうろしていやがったのか……」

黒いローブに身を包んだ男が現れると、右手を出す。

「先生じゃ、無いっ!?」

「逃げろ!」

走り出そうとした瞬間、地面が隆起した。

岩が地面をつき出ると、逃げ道をふさぐ。

さらに、左手が横に振られると、ツタがオルハ、フレイア、そして私を捕まえた。

いつの間にか、ショーマが居なくなっている。

「おい、めんどくさいから、時計台に放り出して置くぜ?」

突然の事で気付かなかったが、後ろにもローブを着た人々がたむろしていた。

「あぁ、一応魔術師の見習いだからな……逃げられてうろちょろされると困る。魔術封じもしとけ」

「おぅ」

右はじに居たローブが命令する。

彼等は、魔術師だ。

先生じゃない。なら、誰?

襲ってくるなんて、一体……。

「な、何を言ってんのよ! 《Ⅹ=――」

フレイアが覚えたての魔術を演唱しようとする。

が、

「ほら、こんな感じにな、ちょこまかとうるさいんだよ」

風がフレイアを切り裂いた。

「ふ、フレイアっ!!」

コイツらは……。

ありえないことに気づき、愕然する。

「な、なんで、演唱してないのにっ?」

切られた箇所を抑える事も出来ず、フレイアが苦しそうにいった。

そう、彼等は演唱をしていない。

まるで――。

「まさか……」

オルハがつぶやいた。

「まさか、ソルディアの魔術師……?」


まるで彼等は、演唱を必要としない異端の魔術師、ソルディア家の者のようだった。


「そうだよ。俺たちゃ、あの、ソルディアの生き残りだ!」


フレイアが、小さな悲鳴を上げた。

その顔には、怯えの色がある。

少しだけ、それを見るのが辛かった。

「うそよ。ソルディアの魔術師がここに居るなんてっ」

ありえないと、フレイアは叫ぶ。



ソルディア式魔術は何故、廃れたのか。

処刑されたからだ。

全ての人が、殺されたからだ。

ソルディア式魔術を使うソルディアの魔術師たち全て。

史実では、助かったのはその時の当主唯一人で、イルローガの北に位置する永遠の氷に閉ざされた、永久凍土に追放された。

罪状は単純明快。

時の国王と、イルローガに反逆しようとした反逆罪。

さらに、それに反対した多くのソルディア式魔術の魔術師を、仲間だったはずの者達を殺した殺人。



「復讐だよ。我々はもう一度、この国に反逆するのさ」






時計台の部屋に押し込まれると、魔術封じの呪をかけられた。


「ま、待ちなさいよ!!」

フレイアの声を聞かずに、笑って男は扉を閉ざす。

暗闇が三人を包んでいた。

手と足がロープによって結ばれているせいで、立つことも周りを確認する事も出来ない。

「どうなっちゃったのよ?」

動揺したフレイアの声が、隣から聞こえてきた。

「フレイア、落ち着けって」

オルハがフレイアをなだめる。

「だって、だってっ。ソルディアは全員処刑されたんじゃないの?!」

「フレイア」

「なんで、こんな所に居るのよ!」

「フレイアっ!!」

沈黙。

オルハが、フレイアの腕を捕まえていた。

そのまま、頭をなぜる。

「大丈夫だから、落ちついて」

「ごめん。ごめんなさい……」

泣きじゃくるフレイアをオルハはなだめ続ける。

ただ、オルハが小さく呟いていた言葉はフレイアにもセリスにも聞こえなかった。


「謝るのは、こっちのほうだ。……俺の、せいだから」




なんで、こんな事に……確かにその通りだ。

こんな所に。どうしてエルディス学園に?

長年ソルディアの魔術師を差別してきたイルローガの魔術師が居るから?

でも、城やギルドにも宮廷魔術師や流れ者の魔術師など、たくさんの魔術師が居る筈だ。ましてや、今日は先生も上級生も居ない。

でも、それが理由だとしたら?

一流魔術師の先生方と、一応とはいえ私たちより魔術を操る事の出来る上級生が居ない日を狙って来た?

そうすると、目的はなに?

残りの生徒達を人質にするため?


でも、一つだけ言える。

私は止めなくちゃならない。

『ソルディア』の魔術師を。


「ねぇ、オルハ君、フレイア」

「な、に?」

「いい、案でも浮かんだか?」

「あのさ、ありがとう」

「?」「は?」

「ごめんなさい」

「……」「……?」

「私、皆を騙してた」

そう、騙してたの。


その途端、魔術の炎が燃え広がった。

驚いたオルハとフレイアの顔が……照らされる。

「いや、封じの呪いを破って……魔術式なしで魔術を……」

「あなたは……貴女は何者なの!!」

自由になった手足で立ちあがると、何も言えずに時計台を飛び出した。

「まさか、ソルディアの……」









夜の街を、黒い影が疾走する。

所々付いている明かりを避けながら、逃げまどう。

影を追うのは魔術師たち。

警備の者達と少しずつ追い詰めていく。


「これなら、今日こそ捕まえられるかもしれませんね」

影を追う人々の一人である若い警備員が、一緒に居た魔術師の一人に語りかけた。

「どうかしら? 魔物を甘く見てはだめよ? それに、今回の魔物はもしかしたら……」

「も、もしかしたら?」

「……まぁ、捕まえれば、わかるでしょう」

「え、なんですか。すごく気になるんですけど?!」

若い警備員は何ともいえず、魔術師を見た。

「まさか、魔族とか言うんじゃないですよね?」

「さぁ? どうかしら?」

魔術師の口元の笑みを見て、警備員が色を失う。

「……そんな」

魔族――この国の、いやこの大陸に居る者なら誰もが知っている化物だ。

魔物よりも凶悪で、凶暴……。

魔族一人によって多くの国が滅んだと言われている。

今でも、

町や村が一夜で消え去るような事件の裏には何時だって魔族の影があった。

「冗談よ、まさか魔族がこんな事をするはずが無いじゃない」

「そうですよね、魔族が此処に居る筈もないですしね」

「ふふっ、そうよ」

警備員は少しだけ心配しながらも、笑った。


「まさか……居る筈ないわよ」

アデルシアはそう言って魔物の追跡を再開した。





魔物の周りには、幾ヶ所からも血を流した魔術師や警備員達が転がっていた。

「くそっ、応援はまだか!」

「だめです、魔術が効きません!!」

「だれか、医術を使える者はいないのか!!」

人々の叫び声が辺りを満たしていた。

「なんでこんな時にかぎって、いやな予感があたっちゃうのかしら?」

左腕の傷を庇いながらアデルシアがつぶやいた。

魔物……いや、魔族はこちらを見ると鼻で笑う。

「ニンゲンごときが、我を殺せるとでも思ったのか?」

背筋を凍らせるような寒々しい声が響く。

「……っ」

本気を出さないと、本当にちょっとヤバいかもしれない。

そんな事を考えている内にも魔族による被害が増えていく。

魔族とは、魔物とは似て非なるものだ。

魔物を従え、多大な魔力をもって人間を圧倒させるモノである。

「このままじゃ……」

魔族が新たな犠牲者を求めてこちらを向いた。

魔族はアデルシアを標的に定めたようだ。

「ふふ、あら、私を標的にするなんて、馬鹿ね」

アデルシアは遂に本気を見せる。


「カトレイア家の魔術師を、なめないことね」


イルローガ王国で知らぬ者はいない有名な魔術師の名門、カトレイア家。

その次期党首で在り、イルローガ最高、最強の魔術師呼ばれる――アデルシア・チェリク・カトレイア。

彼女が、動いた。








アルクはつかまっていた。

誰に? そんなの簡単だ。

結界を狂わせたソルディアの魔術師の生き残りたちにだ。

寮に居た生徒たちがソルディアの魔術師によって外に引きずりだされ、広場のように開けた場所に集められた。

そこには既に魔術封じの魔法陣が書かれ、ソルディアの魔術師たち以外の魔術を封じている。

「『オルハ』はどこだ」

「え?」

男が近くに居た生徒にどなった。

オルハ……。つまりあいつらは、自らの主人を殺しに来た魔術師か。いや、主人を使って取り引きでもするのかもしれない。

どちらにしろ、ここにはオルハはいない。

先ほどどこかへとでていった。

男たちがオルハを探しているという事は、まだ捕まっていない。無事ということか。

「オルハは私だ」

何のためらいもなく、高らかに宣言するとアルクは立ちあがった。

「お前が……?」

「アルク?! な、何言ってんだよ」

「オルハは……」

何人か、オルハとアルクを知る同級生がざわめいた。

「ほんとに『オルハ』なのか?」

「そうだよ。まさか、本名で学園生活を送ってるとでも持ったのか?」

「……こい」

うまくだませたようだ。

心の中で安堵しながら、従った。

「おい、ほんとなのか? 王族や貴族の輩といえば、金髪と相場が決まってるだろ?」

もう一人の男が声をかけた。

「染めてんだよ。金髪じゃ、目立つからね」

見回すと、生徒たちの中で金髪の貴族らしい生徒が黒髪の生徒たちから浮いていた。

「だってよ」

「……そうか」

ひやりとしたが、こちらもうまくいったようだ。

もちろん、アルクはオルハではない。

アルクが仕えるオルハが正真正銘コイツらの探している『オルハ』だ。

いつかはこんな日が来るとは思っていた。

そのためのアルクなのだから。


アルクは男たちにいずこへか連れてかれた。






アルクは、本館の前の庭に連れて行かれると、突き放された。

結界の外に、魔術師や騎士たちが来ているのが見える。

ざわめいて、男たちを注目している。

「『オルハ』を連れて来たぜ」

「ああ、御苦労」

頭らしき男が答える。

さらに、裏の方から男たちが現れた。

「まったく、寮を抜け出していたガキが居たぞ」

「時計台の中に閉じ込めてきたからな」

男たちが集まってくる。

……多い。

二十人ほどが集まった。

これでは、逃げられそうにない。

どうか、オルハが無事でいるように……。そう、思うしかない。

「さて、次の段階に進むか」

頭がアルクに近づいて言った。

「お前のお兄様を呼び出してやったからな」

「っ!」

本館の反対を見た。

人々の山が割れて、何人もの騎士にまもられた青年が現れる。

「ルシル様……っ」

そう、国王、ルシル・イルローガ。

彼がそこにいたのだ。

結界に阻まれて、騎士も魔術師も学園に入れない。

このままでは――人質に取られたオルハは、何もすることができない。

この魔術師たちは王にどんな無茶を言うつもりなのか。

まったく予想がつかない。

最悪の事態に備えようとしていた、その時。




「やめなさいっ!!」




凛とした声が響いた。










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