赤猫、考える
魔術学園での生活が本格的に始まった。
隣には不機嫌そうなフレイア。
その反対側には開いていた席を占領する上機嫌なショーマ。
受けている授業は歴史だ。
魔術の発展に関する此れまでの話。
今でこそイルローガ式魔術は一つの魔術形態としてかたち作られている。
魔術式の演唱、展開、そして発動。
流れるような作業を行う。
けれど、昔は違った。様々な魔術が世界各地に、様々な形で使用されていた。
その、歴史。
そのほとんどは、お母さんから聞いていた物だったけど。
「……」
「……?」
フレイアが、そっぽを向いている。先生に対して。
ちらちらと見ているのは教室の中心だった。
誰かを見ているのだろうか。
時々、そう、時々フレイアはこんなふうになる。
こういう歴史や暗記物の授業の時だ。
「なあなあ、セリスちゃん」
「ショーマ、今は授業中だよ」
小声で注意をすると、話しかけてきたショーマは机を静かに移動させて、隣につけて来る。
そして、声を押さえて話して来た。
「俺様、すっごい暇なんだが」
「あのねぇ……」
なら、どうして教室に来て、いつも授業を受けているのか。
それをいうとだってぇと口をとがらせて言うのだ。
「じゃあ、セリスちゃんの膝の上に居るから」
「え……?」
ふと、隣を見ると赤茶毛並みの猫が一匹。
にゃあと一声鳴いたふりをして膝の上に丸まった。
隣の机には誰も居ない。
「ちょっ、ショーマ……」
「セリスさん? どうしましたか? おや、ショーマ君がいませんが」
歴史の授業を受け持っている教授、サラミヤ先生が首をかしげる。
その声にみんなが後ろを振り向いて来た。
「えっ、あっ、その……暇だって出て行っちゃいました!」
「おやおや、そうですか」
膝の上の猫――いや猫の姿に変化したショーマはのんきに伸びをしている。
ごろごろしてきて足があったかい。
が、今はまだ秋。
冬ならともかく、ちょっとだけ熱い。
……と、気づく。
今の事をフレイアに見られていたんじゃないかと。
一番後ろの席だからほとんどの人は気づかなかった。先生も。
でも、隣に居るフレイアには今の事は見えていたはずだ。
慌てて確認すると……未だどこかを見ているところだった。
その視線を辿る。と、そこにはオルハがいた。
思わずフレイアを見る。
そして、もう一度をオルハの後ろ姿を。
「……もしかして」
もしかして、フレイアはオルハの事を……?
「好き」
「へっ?!」
はっと、今まさに気づいたように、フレイアはこちらを見て来た。
その顔は真っ赤だ。
「な、なにが、誰をっ、です?」
「えっ、な、なんでもない」
「そそ、そうですの」
慌てて教科書で顔を隠すフレイアは、見ていてなんとなくほほえましかった。
それを膝上で見ていたショーマはため息をつく。
自分の事には鈍感なセリスだが、こういう事には敏感なのだ。
それにため息をつきたくなる。
なるべくセリスとくっついて男子達にセリスは自分の物だと公言しているが、あのオルハというガキはそんな事をまったく意に返さない。
どうすればいいのだろう。
やはり、寝込みを襲って再起不能にしてやるか。いや、それをやったら絶対にセリスは怒るだろう。
それだけは嫌だ。
セリスに怒られて嫌われるのだけは絶対にダメだ。
なら、どうしようか。
なら、オルハとフレイアをくっつけてしまうか。
それはとてもいい案に思える。が、それをどうやって成就させるか。
セリスを手伝わせる……却下。このフレイアという女子はセリスを嫌っているらしい。だめだろう。
オルハに俺から言って気づかせる……却下。あいつ、裏がありそうで嫌だ。逆に逆手にとって何かしてきそうで嫌だ。とにかく、嫌だ。
気にくわん。
そもそもセリスと話しているのが気にくわない。
「どうするか……」
猫の姿のまま、セリスの体温を感じながらうとうとと暇な授業を過ごしていた。




