本日より、国民食はチョコミントとなります!
「うち、チョコミント食べたいわ。ぎょうさん持ってきて。国民も毎日食べたら、ええやん」
ホイップ姫はデュルセの啓示が記された羊皮紙を、思わず二度見した。
デュルセは、ビストローネ王国に多大なる恩恵を与えてきた女神だ。
おかげで海は穏やか、農作物は豊作が続いている。
穏やかで賢い国民性も、この国の平和を支えてきた。
「ど、どうしたら……?」
女神の姿は見えない。
毎日、祭壇に食べ物を献上すると、それは空気に溶けるように消えた。代わりに、祭壇に置かれた羊皮紙が光り、文字を浮かんだ。
「ごっつうまいな」
「めっちゃ最高やで」
「いつもおおきに」
しかし、今回のように特定の食べ物を指名してきたのは、初めてだ。
すぐに、姫は大臣たちを呼び、女神への今後の供物について会議を開いた。
国の繁栄は、女神のおかげだ。初めての指名に、姫はできるだけ応えたいと思った。望みどおり、国民にチョコミントを行き渡らせようと考えたのだ。
「本日より、我が国の国民食はチョコミントとします!」
とんでもない提案に、会議室がざわつき始める。
白髭をたくわえた大臣グラニュールが静かに立ち上がった。
挑発的な笑顔は、姫を嘲笑しているようだ。
「ふっ、姫。私は上手くいくとは思いません。なぜなら……」
次に続いた言葉は、スイーツ好きなら誰もが知る常識だった。
「チョコミントは、好き嫌いの分かれる食べ物だからです」
□
チョコミントが国民食に!
え。「国民食」って、行政が決めるものだっけ?
そんな突っ込みは、とりあえず置いておこう。
とにかく、食事はほぼチョコミントになってしまった。
チョコミントサラダ、鶏のチョコミント照焼き、チョコミントのカルパッチョ、チョコミントパスタ、チョコミントサンド……。
普段は大人しい国民達でさえ、この暴挙には声を上げた。
特に声を荒げたのは、チョコミントが口に合わない人たちだ。
「チョコミントなんか大嫌いだ!」
「あんなの食べ物じゃねえ!」
「チョコミント、反対!」
彼らの不満は積もりに積もり、ついに言ってはいけない一言を口にしてしまう。
「チョコミントが好きな奴らはさ。歯磨き粉でも食べていろよ!」
チョコミントが好きな人に、「歯磨き粉」は禁句だ。もし、あなたがうっかり口に出してしまったなら、もう翌日の朝日を拝むことは出来ないだろう。
これには、今まで黙っていたチョコミント好きの人達が怒りをぶちまけた。
「チョコミントと歯磨き粉は、全然違う!」
「チョコミントを馬鹿にするな!」
「みなさん! 今こそ立ち上がりましょう!」
弁護士ミントリスの声かけと共に、チョコミント好きが集まった。
彼らは「チョコミン党」を結成。
活動内容は「チョコミントを愛し、チョコミントの良さを普及する」こと。
ところが、一部の党員達が過激な手段に走ってしまう。チョコミント嫌いの人達を拘束すると、「口の中にチョコを、鼻の中にミントの葉を詰める」嫌がらせを始めた。
「おら、言え! お前が好きな食べ物は!?」
「誰が、チョコミント、なんて言うものか……!」
「まだチョコミントの良さが分かっていないようだな。もっとミントを詰めてやる!」
「やめろ! これ以上、鼻の通りを良くしないでくれ!!」
各地でこうした事件が報告され、事態は深刻化していった。
チョコミント嫌い達は、将軍チョコプレンを中心に「アンチチョコミン党」を結成。抵抗を始めたのである。
□
「困ったわ……」
ホイップ姫は小さく息をついた。祭壇の前を行ったり来たりし、時折頭を抱える。
先ほどから考えがまとまらない。女神デュルセの望みを叶えたい。それは自分だけでなく、国民も望んでいるはずだ。女神がいなければ、この国は成り立たないのだから。
だが今は、その望みのせいで国は混乱している。
そこに、白髭を撫でながらグラニュール大臣が現れた。
「姫、アンチチョコミン党がもう分裂しそうですぞ」
「何ですって?」
「もちろん、私は前から分かっていました。なにせ、チョコミントを嫌う人間には二種類いるのですから」
グラニュール大臣は、二本の指を立てて説明する。
「一つは、単にミントが嫌いな人間。もう一つは、チョコとミントを混ぜることを良しとしない人間です」
□
アンチチョコミン党の党本部。
党旗の下で、軍帽をかぶったチョコプレン将軍とその息子が対峙していた。
「どういう事ですか!? 父上! あなたは、ミントが嫌いだと聞いていました! だから、チョコミントも嫌いだと……!」
「勘違いするな、息子よ。俺はミントが好きだ! 同時に、チョコも好きだ! でも、彼らが混ざる事は嫌だ! ミントはいつ、どこでチョコと出会った? なぜ仲良くなった!? 俺の許可無しに、二つを合わせる事は許さん!」
父の迫力に、息子は一瞬たじろいだ。
唇を噛みしめつつも、はっきりと言い返す。
「私はミントそのものが嫌いです。あのスースーする感じが耐えられません」
「そのスースーが良いではないか!」
父親は声を荒げる。
息子は一呼吸を置いて、父親を見据えた。
「わかりました。父上。これでお別れです。私はあなたとは歩むことは出来ない」
「そうか……。ならば、行け! もう貴様は息子ではない!」
こうして、大臣の予想通り、アンチチョコミン党は分裂。
息子は「ミント断固派」を名乗り、独立した。
□
「どうして、そうなるのよ?」
複雑化する事態に、姫は次の手を打てなかった。
女神の願いを叶えたかった。それだけだったのに。
「姫」
そこに、再び白髭の大臣グラニュールがひょっこりと現れた。
「何かしら?」
「最悪な事が起こりましたぞ。まあ、私はわかっていましたが」
「……」
「わかっていたのなら、止めなさいよ!」と、姫は声を上げたかったが、王族としての矜持がそれを止めた。
「最悪な事態?」
「中央広場で乱闘です」
「っ! アンチチョコミン党の人達ですか?」
「いえ、チョコミン党です。奴らもついに、分裂しました」
「え!?」
チョコミン党までもが仲間割れを!?
好きなものが一致しているのに、争うなんてあり得るだろうか。
「チョコミン党も一枚岩ではないのです。チョコとミントのバランスを考える「バランス派」。そして、ミントの多さを求める「過激派」に分かれているようです」
「そんなっ! 同じチョコミントではないですか!?」
「いえ、過激派の求めるミントの多さを舐めない方がいい。彼らにとって、チョコはお飾り。しかも、ミントの清涼感を通常の五十倍、いや三百倍求めているのです!」
「……」
姫は顎に手をあてて、考え込む。
(果たして、それはチョコミントなのかしら? ただのミントのような気もするけど……)
いや、考えても争いは止まらない。
「とにかく、広場での争いを止めましょう」
姫は祭壇を下り、足を速めた。
その時、背後の祭壇から眩い光が放たれた!
「えっ!?」
□
広場は混乱の渦に包まれていた。
チョコミン党党首ミントリスが、市場に出回るミントの量を勝手に増やしていたことが明らかになったのだ。
「最近、口の中がやたらとスッキリするのは、あなたのせいだったのですね!」
「な、何よ。チョコミントはミントが主役でしょう。ミントは多ければ多いほどいいのよ」
「あなたのせいで、下痢を訴える者が続出しています」
「そんなの。弱い胃腸の人が悪いわ。私は腹を下すくらいのミントでないと満足できないの!」
これがバランス派達の怒りに火をつけた。
中央広場で話し合いを試みたが、合意は得られない。
やがて、過激派がミントブルーの絵の具をバランス派に投げつけた。絵の具にはミントオイルが混ぜられており、飛沫が広がるとたちまち強烈な清涼感が場を支配する。
「うわっ! 清涼感に包まれる!!」
「身体中がスースーするよ!」
「くそっ! 過激派め!」
広場はミントの香りでむせ返り、人々は息を詰まらせた。
騒ぎを聞き、アンチチョコミン党が駆けつける。
「なんだ、この騒ぎは!?」
「チョコミン党の奴らが暴れているらしいぜ!」
「これって、みんなまとめて一網打尽に出来るチャンスじゃない!?」
どさくさに紛れてアンチチョコミン党も参戦。事態は収拾がつかなくなった。
あちらこちらでチョコとミントが飛び交い、争いは泥沼化していく。
その時、ホイップ姫の声が広場に響いた。
「お止めなさい!」
鋭くも落ち着いた声に、群衆は一瞬で動きを止めた。王城のバルコニーに立つホイップ姫は眉を寄せ、民衆を見下ろしている。
「聡明なる民よ、争いを止めなさい! これが賢明なビストローネ王国の民のやる事ですか。もうチョコミントは国民食ではありません! チョコミントは、好きな人が好きな時に食べれば良い!」
民衆は互いに顔を見合わせ、戸惑いを隠せなかった。
「チョコミントを国民食に!」と言った張本人が、何を言っているのだろう?
そんな民衆の視線をよそに、姫は右手に羊皮紙を掲げた。先ほど、祭壇で光に包まれていたあの羊皮紙だ。
「たった今、新しい啓示を受けました」
羊皮紙に記された言葉が、姫によって読み上げられた。
「国が乱れとるわ! こんなん嫌や! みんな、仲良うしとき! もうチョコミントはやめ! おしまいや!」
その言葉に、群衆の緊張はふっと緩んだ。
誰も、争いたくて争っているわけではない。偏った食事と過度の刺激が人々の心を荒ませていたのだ。しばらくは清涼感と甘さから距離を置き、いつものバランスの取れた食事に戻ろう。
民衆は内心、そう固く決めた。
ところが、羊皮紙の続きが読み上げられると、事態は一変する。
「せやな。今度は、みんなでパクチー食べようや!」
ざわめきが広場を走る。
嫌な予感が人々の顔を覆う。
何も分かっていないホイップ姫は、笑顔で宣言してしまう。
「……というわけで、本日より国民食はパクチーとします!」
静寂が訪れた。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、広場は凍りつく。
だが、沈黙を破る者がいた。
パクチー嫌いの一人だ。
「私たちにカメムシを食べろって言うんですか!?」
パクチー愛好家に「カメムシ」は禁句だ。もし、あなたがうっかり口に出してしまったら、翌日の(以下、略)。
こうして、新たな争いの火種が今、生まれようとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




