私、転生しました。
私、転生しました。
私が5歳になった頃。国内唯一の公爵令嬢の私と、2歳年上で王太子であるカイン殿下との交流会がありました。
ただし交流会とは名前だけ。実際は私が次期国王となるカイン殿下の結婚に向けた顔合わせでした。
着席した瞬間に婚約の旨を殿下の隣に座るメイドから聞かされましたし。
「我が国の太陽にお目にかかります。パルソン公爵家が長女。セレーネ・パルソンと申します。」
5歳の私は、幼いながらもこの交流会が何たるかを理解し、『第一印象が大切』と古くから言うように、誠心誠意の込めたカーテシーと挨拶を殿下に送ります。
「…カイ…・ア…ルテ、だ。」
けれども返ってきたのはこちらの方を見向きもせず、聞き取ることも困難な返答。
第一印象は、根暗。王者の風格を持っていない。
あまりのウィスパーボイスに聞き取ることができませんでした。まぁ、皇太子かつ婚約者の名前は流石に存じているのですが。
そして、沈黙。
殿下?話の主導は上の者の役割でしょう。あなたが喋り出さない以上身分の下の私は口を開くことができません。
故に、沈黙。
「……ゴホン。」
一緒に来ていた両親も困り顔。30分にも渡る沈黙の末、お父様は居た堪れなくなったのか咳払いをしました。
その音に、殿下が肩を飛び上げます。
カイン殿下と呼ばれる彼は、長い黒髪で顔の中身を見ることもままなりませんでした。どうも終始ビクビクしている様子で、2歳下の女児相手にこれですから先が思いやられます。お声も、幅のある体でいらっしゃるせいか、聞き取りにくく、少々もどかしさを感じました。
顔を覆い隠す前髪は鬱陶しくてしょうがありません。
あぁ。王宮で魔法が使えたらよかったんですが。王宮内では、偉大なるこの世界の創造神の残した3代古代魔法の一つによって、魔法が使用できませんから。
3代古代魔法が1つ。
『零』
絶対に破られることのない、神の遺物。ちょうど王宮をすっぽり埋めれるほどの範囲内で王族以外の魔法の使用を禁止する魔法です。
だからこそ、王宮内の平和は保たれているわけですが、こういう時、偶然を装って屋内に風を吹かせ、殿下の前髪をかきあげることができないというのはとても面倒です。
ですが、そこで諦めれる私ではございません。魔法がダメなら物理です。
「えっ?お、おい!セレーネ!!」
私は両親の制止も聞かず思い切って、殿下の髪の毛をかきあげました。
そして、そこにあった赤く燃え上がるような瞳と目が合った時。
思い出したのです。
ここが、大人気乙女ゲーム『君とスウィートなライフをトゥギャザー』(通称:SLT)の中であることを。
SLTとは、平民だったヒロインがチート能力に目覚めることで、王国魔術学園に入学することになり、数々のイケメンたちと恋愛に勤しむ(一点を除いて)ありきたりな乙女ゲームです。
このゲームが、他と違うところは一点だけ。豊富なバッドエンド。
そして、目の前にいるカイン・アスファルテはこのゲームの悪役令息。プレーヤー達には『歩くバッドエンド』と呼ばれ恐れられる、数々のバッドエンドを生み出す張本人だったのです。
SLTはその見るだけで腹の立つようなゲーム名とは裏腹に、ほんの少しでも選択肢を間違えれば、ヒロインへの恋心を拗らせていつ何時でも殺してくる殺人狂であるカイン殿下がなんやかんや出てきて、なんやかんや殺されるのです。
というかなんでヒーローとのいちゃいちゃスチルより、血飛沫の上がるヒロイン死亡スチルの方が多かったんでしょう。乙女ゲームじゃ無くてスプラッタ系ホラーゲームに変更した方が良いのでは?
まあ、かくいう私も、どうにかこの鬼畜ゲームをどうにかクリアしようと悪戦苦闘をする日々でしたが、上手くいかず。最終的には、ゲームによる過度の睡眠不足が祟り、見事に階段から転落死からの異世界転生したというわけです。しかも、人生の半分をこのゲームに費やしたと言っても過言ではなかったため、ゲームの内容以外のことははっきりと思い出せません。
…ちょっとむかつきますね。あなたのお陰で私はゲーム内で3482回死んで、リアルでも階段から転落死する羽目になったのです。(理不尽)
一回くらい幼気の至りってことで王族に平手打ちしても不問になったりしないでしょうか。(横暴)
一応、私は彼の婚約者な訳ですし。
…ん?私婚約者じゃないですか?あれ、あの暗殺大好き激ヤバ王子と?ん?いやいや、そんなわけ…。
確か、ゲームの中でもカイン殿下には婚約者がいた設定がありました。名前はセレーネ・パルソン。絹のように白くて長い髪に、緑色の瞳を持つ公爵令嬢。
整った顔立ちで、人あたりもよく、『神の御使』と呼ばれ大層人々に愛されていました。けれども、殿下が可愛らしいヒロインに恋をしたことで、婚約者であるセレーネは邪魔になったとして殺されてしまうのです。
そして、『神の御使』である婚約者を殺したことで、国民は大暴走。王宮に押しかけるのですが、飛んで火に入るなんとやら。
それがカイン殿下の悪役令息っぷりに助長をかけてしまいます。
え。私、そのセレーネ・パルソンですか?
なんてことでしょう。今のセレーネは、表情筋が動かないことで有名なんですよ。巷では仮面令嬢と呼ばれてるとか。少なくとも、5歳児につけるあだ名じゃありませんよね。『神の御使』の『か』の字もありません。『か』はありますけど、そう言うことじゃありません。
…でも、それも私が本物のセレーネ・パルソンの体に転生してしまった体とすれば合点がつきます。私は、前世、SLTだけをして生きてきましたからね。お友達は、エナドリとブルーライトでしたから。その影響か、今世は表情筋とは仲良くなれなかった模様です。
SLT漬けの日々を送ってきたせいか、ゲームの内容以外ほぼ前世のことを思い出せませんし。
「セレーネ!いつまでそうしているんだ!は、早く席に戻りなさい!」
お父様の焦り声で、私はハッと我に帰ります。自分が転生したことに驚いたあまり、殿下の髪をかきあげて、顔を近づけた状態で静止していたようです。
そして彼の瞳を改めて目が合った瞬間、口から出た言葉は
「きれい…。」
ぐいと顔を上げさせると、部屋の中の日光を取り込んでキラキラと輝いています。私を見る目は臆病1色ですが、私の瞳をじっと見つめ返してきます。
「セレーネぇ!いい加減やめなさい!」
お父様の泣きそうな声を聞いて、すぐさま登っていた机を降りて何事もなかったかのように殿下の向かいの席に座り直します。
「申し訳ない…うちの娘が。」
お父様が私はちょっと奔放なところがあるやらなんやら隣に座るメイドに言い訳をします。失礼ですね。少しだけ殿下のお顔を見たかったんですもの。婚約者ですよ?私。と、目で伝えておきました。本人は娘が何伝えようとしているのかわかっていないようですが。なるほど。やはり、前世の影響かはわかりませんが、私は表情筋を動かすのが苦手なようですね。
私のアイコンタクトは伝わりませんでしたが、お父様も気づいているんでしょう?
この者達の態度が、死刑ものだってこと。
先ほどからの私の無礼に王宮メイド・騎士、誰1人として声をかけてきません。
公爵令嬢の娘だから注意するのが恐れ多かった?そんなはずはありません。この世界は絶対的身分社会。だからこその絶対的な主従関係。
たとえ敵が自分より身分の上の者であっても、主人を守るためだったら処罰も恐れず突っ込んでいく、自分の主人へ命を賭ける程度の忠誠はあるはずですが、この者達に殿下を守ろうとする意志は微塵も感じられません。彼らがカイン殿下を見る目は、嘲笑を含んでいるように見えてなりませんでした。
正直私は、本物のセレーネとは違って慈愛の心など前世の母親のお腹に置いてきてしまったので、だからといって王子可哀想!私が助けてあげよう!とはならないんですけれど、5年間の貴族教育のおかげか、下の者が反発することに少々…いやだいぶ腹を立ててしまうのです。
◇
――全く。どうなっているんでしょうか。王家の警備、ザルなんじゃないですか?だって、ホラ。先ほどから私は次期国王のほっぺたをぽよぽよぽよぽよしているんですが、(両親以外)一向に私を止めようとしません。両親は私のドレスが破れるほどひっぱっていますよ。このドレス高かったんじゃないですか?お母様、王宮へ行くからと奮発したドレスを作らせたの知ってますからね。
殿下は、肩をすくめておどけた様子は見せるものの、触ること自体は許してくれている様子です。
けれどもあろうことか、後ろにいる他のメイドはその様子を見てくすりと笑っている様子。小さな声が聞こえてきます。
「ねぇ。見て。ぶたが遊んでもらっているわ。」
ぽよぽよぽ…
あら!これはいけません。一メイドごときが、皇太子を鼻で笑い嘲ることなどあってはならないことです。
あ、ちなみに私が殿下に触るのは、婚約者(予定)だから、私基準的には大丈夫です。
それに、残念ですが、彼女と私達では背負っているものの多さが違います。
私も、もちろん皇太子殿下も、決して子供だからと軽んじられてはいけないのです。
会話の主導権など、知ったことではありませんね。カイン殿下の口が開くのを待たず、私はゆっくりと鋭い目をメイドに向けます。
「…殿下の飼われている小鳥達は少々おしゃべりが過ぎるようですね?きちんと躾をなさってくださいね?」
…あら。精神まで貧弱なんですね。こんな5歳児の言葉で口をつぐんでそっぽを向いてしまうなんて。
「…は…を…たようだ…」
突然、卓越しに頬を初対面の小娘に触らせ続けていた王子がやっと口を開きました。
「なんておっしゃいましたか?カイン殿下。肉声では聞き取りきれませんでしたがお口の開き具合からして、『僕はとんだお宝を掘り当ててしまったようだ』とおっしゃったと思うのですが、あっていますか?」
1度失敗したことは2度と間違えません。今度こそ殿下の言葉を受け取れました。そう確認して覗き込んだ赤い瞳。そこには怯えの一つもなく、瞳の中に炎が巻いているかのようにむしろ嬉々とした覚えを感じさせられました。
一瞬それに飲み込まれてしまいましたが、私ははっと我に帰ります。もう一度殿下の顔にずいと近づき覗き込んでみるとやはり体全体から出る隠の雰囲気と同じ、怯えているような表情が置かれていました。不思議に思い、私は思わず顔をベタベタと触りまくります。あの顔はどこへ行ったんでしょうか。私の思い違いだったんでしょうか。両親の声にならない悲鳴を背中からジンジンと感じ取りつつ、殿下の隣をチラと見ます。
…こちらに目もくれていませんね。殿下の隣で背筋を伸ばし、顔をすました中年女性。他の人より服装が若干違います。メイド長なんでしょうか。殿下への接触に関して先ほどから全く注意をしてきません。それどころかこちらも見てないときました。
婚約者になるといえど、初対面でこの接触量は未来の王妃として果たして相応しいのかと、張本人である私でさえも思ってしまうのですが。
「殿下、こちらの小鳥は猫がお好きなようですね。ほら、壁の猫の絵画をじーっと見て、飼い主の方に見向きもしないんですもの。けれど、あの小鳥さんにはきちんと教えて差し上げなければダメですよ?猫は、小鳥を食べてしまうと。」
「………」
これだけ言ってもこちらに目を向けない。他のメイドより手間がかかりますね。
私は、あなたよりは高い身分ですから、話しかけられたらこちらを向いて素早く返答するのが道理だと思うんですが。ほら、横の両親がとっても鋭い目を彼女に突き刺しているというのに。見向きもしないなんて。お父様はこの国唯一の公爵ですよ?超偉いんですよ?あなたの首なんかスパーーンですよ。スパーーン。
でも、それにしてはこのメイド長、余裕そうな表情をしていますし…それよりも身分の高い方との繋がりでもあるんでしょうか?
例えば…
「クアール第2王妃様とか?」
「……」
…一瞬眉毛が動きましたね。例え王宮メイドといえど所詮は人間。自分の心情を徹底的に押し殺す術は学んでいないようですね。
クアール王妃様、ですか…。うふふ。本当に。ゲームの内容を思い出せるようになっていて本当に良かった。
私がこの先殿下に殺されなければ嫁ぐことになる家です。今のうちに、飼い慣らしておくとしましょうか。
セレーナたちを乗せた馬車が、王宮の尖塔から離れていく。
その塔の奥で赤い瞳の少年が、何を考えているのかも知らずに。
《チャプター1:小鳥の森》 START.




