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仮面舞踏会で真実の愛が芽生えると思いますか? 堅物貴公子の求愛

作者: 紡里

 わたくし伯爵家に勤めているリュドミラと申します。


 今、目の前にプラチナブロンドで透き通るような水色の目をした殿方が、花束を持って立っています。


 一体、どういうことなのでしょう?



 先日の仮面舞踏会で、お会いしたと?

 あなた様と、このリュドミラが?


 ……申し訳ございません。一瞬、気を失っていたようでございます。




 失礼ですが、あなた様は仮面舞踏会によくご出席なさるのですか?

 この前が初めてだったと。

 なるほどですね。


 それで、名前を訊き、あとを付けるという無粋な真似をなさったと。


 ええ、マナー違反。ルール破りでございますよ。


 仮面を被り、匿名性を高め、窮屈な日常を忘れるためのお祭り騒ぎでございますから。

 あなた様の行いは、その遊び心を踏みにじるものですよ。



 はい。

 そうですか。

 なるほど。

 一目惚れとおっしゃいますか。なるほど。


 情熱的でございますね。こんな気持ちは初めてだと。


 それで、この求婚にあなた様のご両親はなんと?

 ご実家の派閥とこの家が属する派閥は、ご理解されていますか?



 関係ないはずが、ございませんよね。

 曲がりなりにも、貴族なのですよ?

 ご両親や領民に責任がおありでしょう。政治の流れによって隆盛したり没落したりするのが貴族の世界。

 富むか貧するか、流れを読まなければなりません。


 没落した貴族がいかに悲惨な運命を辿るか、お分かりですか?

 食事がない空腹というものを体験されたことは、ありますか?

 愛だけで、情熱だけで生きていけるのは、お芝居の中だけでございます。



 今、お召しの御衣装は、領地の税金から捻出されたもの。

 関係ないなどとは、わたくしの聞き違えでございますよね。

 そうでなければ、大問題ですもの。



 悪友から、社会勉強だと言われたと。

 それで、仮面を仕立てて、仮面舞踏会へ出席されたのですか。

 そのような面も否定致しませんが、鵜呑みにするのはいかがなものでしょうか。

 仮面舞踏会の開放感。それを糧に活力を取り戻す方もいれば、誘惑に負けて落ちぶれる者も数多いる。そんな危うい、魔の空間でございますよ。

 それを承知で参加するならともかく、知らずに行くとはなんと迂闊な。



 あなた様のお友達の背後に、敵対派閥の影がないと断言できませんでしょう?

 お若い方を遊びに見せかけて堕落させる手管など、腐るほどございますのよ。

 素直さ、純粋さが尊ばれるのは、表側の見せかけです。偽善です。


 騙しやすい、初心な鴨。ネギを添えたら、たいへん美味しゅうございますわね。




 それで、もう一度会いたいと。

 切に希う、と。



 わたくしが誰か――ですか?

 ご覧の通り、この家の侍女ですね。


 まずは旦那様にご相談しますので。


 あ、ミハイル。筆頭執事を呼んできて。ちょっと困ったお客様なので、至急ね。


 ええ。先触れもなく、約束もないお客様を「困った方」とお呼びするのは、いたしかたないと思いませんか。


 若者の恋の暴走……当事者たちが思うほど、許容されるものではございませんのよ。

 年を重ねてから、奇声を発して頭を抱えたくなるような「恥ずかしい過去」になる可能性が大きいのです。

 それはもう、おしめを取り替えたという話と同様に、「やめろ」と叫びたくなること請け合いですわ。



 では、玄関先であれですが、出会いから詳細に語っていただけますか?

 はい。なるほど。そんなふうに思われたのですね。

 ほう。そうですか。ははあ。

 まだ、続きます?

 あ、クライマックスはまだまだ先ですか、そうですか。



 ああ、ドミトリー。ちょっと頼みたいことがあるの、悪いわね。

 この殿方が、二日前の仮面舞踏会でリュドミラと語らい、本気の恋をなさったそうなの。

 ええ、この屋敷にリュドミラはわたくしだけね。


 本気の愛を請われていますの。


 笑うなんて、失礼ね。

 若い殿方の、繊細な心を粉々に打ち砕くものではないわ。

 この、もうろく爺め。


 あら、失礼。


 ということで、この方を応接室にお通しするかどうか、あなたはどう思う?

 先ほど、ミハイルに頼んだのに、戻ってこないのよ。


 そうねぇ。取りあえずお通しして、旦那様とお話ししていただくのがいいかしらね。

 筆頭執事が捕まらないのか、旦那様が激怒しているのか……?



 あら、なんですか?

 そんな及び腰になって。

 つまり、親に顔向けできないような気持ちで訪問なさったということかしら?


 なるほど。

 真剣なら、問題ないですね。

 旦那様に、心の丈をお話しなさって。



 そうですね。

 門前払いではないだけ、ありがたいと思っていただければ。

 当主に突撃訪問したようなものですから、心証がよいとは……。

 ええ、事前に訪問する旨の連絡をせず、約束を取り付けていないのに訪問する無作法を喜ぶ方は、見たことがないですね。




 あらあら、真っ青になって震えてらっしゃいますね。大丈夫ですか?

 もしかして、今、ようやく酔いが覚めまして?




 あ、こら、お嬢様!

 また、夜、抜け出したんですね。

 今度こそ、旦那様に言いつけますから。


 それに、わたくしの名前を勝手に使いましたね。

 いけません、駄目です。

 そんな「人でなし」に育てた覚えはありませんよ。

 共犯者は誰ですか? アンナ? カテリーナ?




 何をホッとしているのかしら、このお坊ちゃまは。

 失礼ですね。

 そうですよ。そんないかがわしい場所に行ったのは、わたくしではありません。

 状況的に、このお嬢様かと。



 それにしても、わたくしが話すのを遮るとか、質問してご自分の疑問を解消していくとか、積極的に行動できないのは不安ですわね。

 流されやすいのは、欠点ですよ。



 このお嬢様は、手綱を握っていないと、あっちにふらふら、こっちにふらふらしかねない性質だと思います。もう、本能的なものかもしれません。

 本当に、大丈夫ですか? 手に負えないといって、犬猫のように捨てることはできないんですよ?

 死ぬまで、責任持って飼えますか?


 犬猫を捨てた場合は、当家の隠密がお仕置きを……いえ、慈善活動の話です。

 お気になさらずに。




 あ! 旦那様!

 あの、その、これは、ですね……好奇心旺盛なお嬢様の社会勉強で。


 なんか、チョロそうなのを引っかけていらっしゃったので、旦那様がご検分されたらいかがかと。

 掘り出し物かも……あ、いえ、保証は致しかねます。


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― 新着の感想 ―
 お邪魔します。  またしても・・・ですが、今作の特異性に気付き、一押しレビューを書かせて頂きました。  先生の才能には、驚かされます。  応援してますので、これからのご活躍を祈っています。
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