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〜案件No.8534:現地フォロー回数0回の奇跡〜

前書き


はじめまして。

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。


「これは、ゲームじゃない。本物の世界なんだ」


主人公セシリアがそう気づくまで、

彼女は必死で「攻略」していました。


乙女ゲームの悪役令嬢に転生した彼女。

前世は病室に閉じ込められ、

ゲーム画面だけが友達だった少女。


だから転生後も、目の前の現実を

「ゲーム」としてしか見られません。


王子は「攻略対象No.1」

幼馴染は「攻略対象No.2」

親友でさえ「サブキャラクター」


バッドエンド回避のため、

フラグを避けて、必死で逃げ回る毎日。


でも——


親友のリリが問いかけます。


「私たちに、心がないみたいに接してませんか?」


その瞬間、セシリアの脳内から

ゲーム画面が消えます。


そして初めて見えるんです。


みんなの「本物の心」が。


これは、一人の少女が

「ゲーム攻略」から「本当の人生」へと

目覚めていく物語。


笑って、泣いて、悩んで——


そして最後には、自分だけの「自由」を掴む物語。


どうか最後まで、セシリアを見守ってください。


それでは、物語の世界へ——

いせてん番外編 悪役令嬢の空回り恋愛回避大作戦

〜案件No.8534:現地フォロー回数0回の奇跡〜


プロローグ Part 1:観察案件


異世界演出部のオフィス


田村麻衣は監視用水晶玉を見つめていた。

画面には、3歳の少女。


長い銀髪。深緑の瞳。

モンブラン公爵邸の大門の前で立ち尽くしている。


後輩の田中美咲が入ってくる。


「田村先輩、これが新しい案件ですか?」


「そう」


田村が資料を開く。


案件No.8534:恋の魔法学園

転生者:高橋はるか→セシリア・ド・モンブラン

前世:病弱、24歳で死亡

転生理由:過労死(病気)

性格:ポジティブ、ゲーム脳、コミュ障


問題点:

・前世で病室に閉じ込められていた

・コミュニケーション経験ゼロ

・人の感情が読めない

・ゲーム知識で現実を解釈


懸念事項:

・転生者がゲーム知識で介入予定

・予測不能な展開の可能性


「乙女ゲームの悪役令嬢ですか」


「ええ。でも転生者が......空回りしそうな予感がするの」


美咲が画面を覗き込む。

3歳のセシリアが、小さなリュックを背負って走っている。


「逃げようとしてますね」


「そうね。前世で閉じ込められていたから、自由を求めてる」


「現地フォローしますか?」


「いいえ」


田村が首を横に振る。


「今回は、観察に徹する」


「え?」


「この子、ゲーム脳だけど......前向きなの。

 自分の力で道を切り開こうとしてる」


画面のセシリアが、必死の形相で門を押している。

小さな身体で、全力で。


「だから、見守りたい」


田村が静かに微笑む。


「彼女がどう成長するか。

 どんな選択をするか。

 それを、見届けたい」


「......わかりました」


美咲も微笑む。


二人で水晶玉を見守る。


画面には、門の隙間から外を覗くセシリア。

朝日に照らされた海。

広がる王都。

空を飛ぶ魔法使い。


初めて見る世界に、目を輝かせている。


「頑張れ、セシリア」


田村が呟く。


「あなたなら、きっと......」



プロローグ Part 2:3歳の決意


モンブラン公爵邸、早朝


朝日が昇る前の薄暗い廊下を、

小さな足音が響く。

パタパタパタ。


セシリア・ド・モンブラン、3歳。

小さなリュックを背負い、

必死の形相で走っている。


だが、その小さな頭の中には、

24歳の魂が宿っていた。

前世の記憶を持つ転生者。


リュックの中身を確認する。

クッキー5枚、半分だけ水を入れた水筒、

金貨3枚、そしてぬいぐるみ。


(本当なら、もっと綿密な計画を......)


前世の知識があれば、

馬車の手配も、偽造書類の準備も、

宿の予約もできたはずだ。


(でも、この身体じゃ何もできない)


転生者の思考と、3歳の身体。

そのギャップが、彼女を苛立たせる。


「それでも......行くしかない」


呟き、大門へと走る。


前世の記憶がフラッシュバックする。

白い天井。病室。点滴。

動かない身体。

窓の外の青空だけが、彼女の世界だった。


そして、病室で何度も遊んだゲーム。


【恋の魔法学園〜運命の5人〜】


乙女ゲームの世界。

自分は悪役令嬢セシリア・ド・モンブラン。

全ルートでバッドエンド。

断罪イベント、婚約破棄、国外追放、修道院送り。


「絶対に嫌だ......」


拳を握る。3歳の小さな拳。


「せっかく転生したのに......

 また閉じ込められるなんて......」


前世では病室。

バッドエンドでは修道院。

どちらも、狭く閉ざされた世界。


「もう......二度と......」


深呼吸する。


「今度こそ自由になる!」


大門に到着


石造りの大きな門が聳え立つ。

高さ5メートルはある。

門番が一人、椅子に座って居眠り中。

コクリコクリ。


セシリアは冷静に状況を分析した。

大人の判断力で。


(門番は熟睡している。チャンスだ)

(でも、この門......3歳の身体では重すぎる)


それでも、やるしかない。

両手で門を押す。


ギイィィ。


重い。想像以上に重い。

3歳の筋力では、ほとんど動かない。


「うう......」


歯を食いしばる。

足を踏ん張り、全力で押す。


ギイィィィ。


少しずつ開く。5センチ、10センチ、15センチ。

ようやく隙間ができた。


(よし......)


息を切らしながら、

隙間から外を覗き込む。


そして——


世界との出会い


セシリアは息を呑んだ。


地平線から朝日がゆっくりと昇り、

オレンジ色の光が世界を染めていく。

その向こうに広がる海は、

信じられないほど青かった。


キラキラと光を反射しながら、

波がザザーンザザーンと

永遠のリズムを刻んでいる。


「わあ......」


声が漏れる。


前世で見たことのない景色だった。

病室の窓から見た空、

それだけが彼女の知る「外の世界」だったのだから。


でも今、本物の海が目の前にある。

この広がり、この青、この輝き。


視線を街に向ける。

丘の上の公爵邸から見下ろす王都。

石畳の道が蜘蛛の巣のように広がり、

色とりどりの屋根が朝日に照らされて輝いている。


赤、青、緑、黄色、オレンジ。

まるで絵画のような景色。


中央広場には大きな噴水が見える。

市場では、もう人が動き始めていた。

パン屋が窓を開け、

煙が上がる。


焼きたてのパンの匂いが

風に乗って届きそうだ。


商人が荷物を運び、

子供たちが路地を走り回っている。


「きゃはは!」

「待てー!」


笑い声が聞こえる。

活気。生命。自由。


「みんな......自由に歩いてる......」


セシリアの目が輝く。


この街の広さは、

前世でテレビで見たテーマパークの

何十倍もあるだろう。

地平線まで続く建物、道、人々。


「こんなに......広いんだ......」


胸が高鳴る。


(行きたい)

(あの街を歩きたい)

(市場を見たい。人々と話したい)

(パンを買いたい。噴水を見たい)


そして、空を見上げる。


何かが飛んでいる。

人? いや、人が箒に乗っている。

空を飛んでいる。


魔法だ。本物の魔法。


「魔法......」


息を呑む。


配達員だろうか。

荷物を抱えて、自由に、軽やかに空を飛ぶ。


街灯が魔法で灯り、

噴水の水が虹色に輝いている。

複雑な魔法陣が、美しく光っている。


「本物の......魔法......」


セシリアは門にしがみついたまま、

動けなくなった。


心が震えている。


(飛びたい)

(空を飛びたい。魔法を使いたい)

(あの街を歩きたい。海を見たい。冒険したい)


ワクワクが止まらない。

胸が苦しいほど。


「この世界......すごい......」


涙が溢れる。嬉し涙。


「生きてる......私、生きてる......」

「身体が動く......外がある......世界がある......」


恐怖の訪れ


でも、その瞬間。

脳裏にゲーム画面が浮かぶ。


【恋の魔法学園〜運命の5人〜】


タイトル画面。

そして、バッドエンドの映像。


断罪イベントの大広間。

全生徒の前で糾弾されるセシリア。

「この悪女め!」


リオン王子の冷たい目。

「婚約を破棄する」


父親が背を向ける。

「お前はもう我が家の娘ではない」


国外追放。一人、知らない国へ。


修道院送り。

高い壁、灰色の建物、鉄格子のような窓。

外に出られない。自由なし。

魔法も使えない。冒険もできない。


「......」


セシリアの身体が震える。

冷や汗が流れる。


目の前の青い海が霞む。

せっかく見つけた世界が、

この広がりが、全部奪われる。


前世と同じ。

閉ざされた空間。狭い世界。


「嫌だ......」


声が震える。


タイムリミット


そして、昨夜聞いた会話が蘇る。

父の書斎から漏れてきた声。


「王家から、リオン王子との婚約の打診が」

「6歳での正式婚約を望んでおられる」


廊下で聞いていたセシリアは、

小さく拳を握った。


「婚約......6歳......あと3年......」


前世の知識が、

冷静に状況を分析する。


脳裏にタイムリミット表示が浮かぶ。


╔═══════════════════════════╗

【運命のカウントダウン】

婚約イベント:6歳(残り3年)

学園入学:15歳(残り12年)

バッドエンド確定:18歳

╚═══════════════════════════╝


「時間が......ない......」


目の前の世界。

この広がり、この青、この自由。

まだ何も知らない。何も経験していない。


「見たい......もっと見たい......」


でも、時計の針は動き続ける。

運命へのカウントダウン。


葛藤


セシリアは床に座り込む。

3歳の小さな身体。

リュックが重い。


涙がポロポロ落ちる。


転生者の理性が、状況を分析する。


(逃げれば安全。でも何も知らないまま)

(残れば危険。でも世界を知れる)


矛盾する選択肢。


「どうすれば......」


小さな手で涙を拭う。


「逃げたら......海も、街も、魔法も......

 全部、知らないまま......」


それは前世と同じ。

見るだけ。触れられない。体験できない。


「でも、残ったら......」


バッドエンドの映像。

修道院の壁。


どちらを選んでも、失うものがある。


決意


セシリアは涙を拭う。

ゴシゴシと。


その手が動く。

自分の手を見つめる。


3歳の小さな手。

でも、動く。自由に。

握れる。開ける。触れられる。


前世では、ベッドに寝たきり。

点滴。動かない身体。


でも今は、自分の足で立ち上がれる。


ふらふらしながらも、

石畳の感触を踏みしめる。

冷たくて、硬くて、

でも確かにそこにある。


門の外を見る。

朝日が完全に昇った。

海が黄金色に輝いている。


風が吹く。

髪をさらさらとなぞる。

やわらかく、温かく、頬を撫でる。


潮の香り。

少し塩辛くて、でも爽やかで。

深く息を吸う。肺が広がる。


光が肌に触れる。温かい。

じんわりと染み込む。

前世の病室の蛍光灯とは違う。

本物の太陽。


波の音。ザザーン、ザザーン。

リズミカルに、永遠に続くように。


街の賑わい。

パン屋の窓が開く音。

商人の声。子供たちの笑い声。


「きゃはは!」「待てー!」


こんなに美しい。

こんなにリアル。


前世で見た世界とは違う。

モニター越しじゃない。

触れられる。感じられる。生きている。


「......」


セシリアの脳裏に、ある映像が浮かぶ。


前世の病室のモニター。

ゲームのオープニング。


【恋の魔法学園〜運命の5人〜】


朝日が昇る海。

王都の街並み。

石畳の道。色とりどりの屋根。

中央広場の噴水。

空を飛ぶ魔法使い。


今、目の前にある景色と、全部同じだ。


「そうか......」


セシリアは呟く。


「ここは......ゲームの世界なんだ」


前世で何度も見た。

何度もプレイした。

難しいゲームだった。

何度も失敗した。


でも、攻略法を考えた。

やり直した。

そして、必ずクリアした。


セシリアの目が輝き始める。


「ゲームなら......」


拳を握る。

小さな、でも確かな拳。


「攻略できる」


転生者の思考が、戦略を組み立て始める。


脳内でゲーム画面が展開する。


╔═══════════════════════════╗

【恋の魔法学園〜運命の5人〜】

ゲームジャンル:乙女ゲーム

難易度:ハード

目標:バッドエンド回避

╚═══════════════════════════╝


「バッドエンドを回避して......」


もう一度、世界を見る。

青い海。広がる街。

空を飛ぶ魔法使い。


やりたいことが溢れてくる。

海を見る。街を歩く。

魔法を使う。空を飛ぶ。冒険する。


前世でできなかったこと、全部。


「この世界を、思いっきり楽しむんだ」


笑顔。

前世では見せられなかった、心からの笑顔。


「それが......私の、攻略だ」


セシリアは門の外をもう一度見る。

海が呼んでいる。

街が待っている。

世界が広がっている。


風が吹く。髪が揺れる。温かい。


「待ってて......」


口にする。


「必ず......強くなる。賢くなる。

 そして......」


目の前の世界に向かって、

3歳の身体、24歳の魂で、

セシリアは誓った。


「完璧に攻略してやる」


潮の香りが、風が、光が、

セシリアを包む。


本物の世界。本物の自由。


「絶対に......自由になる」


門番に見つかる


「お嬢様!?」


門番が目を覚ました。

跳び起きて、慌てて駆け寄ってくる。


「こんなところで何を!」


セシリアを抱き上げる。

大きな手。温かくて、優しい。


「あ......」


門番が門を閉める。

ギイィィ。重い音。

ゴトン。完全に閉まる。


世界が遠ざかる。


隙間から見えた海、街、

空を飛ぶ魔法使い。

全部、門の向こう。


「待って......」


セシリアは手を伸ばす。

3歳の小さな手。

門番の肩越しに、必死に。


でも、届かない。


「待って......」


声が震える。

でも小さすぎる。3歳の声。

風にかき消される。


「危ないですよ、お嬢様!」


門番の声は優しい。心配そうな顔。


「迷子になったら大変です。

 外には魔物もいますし、

 お父様とお母様が心配なさいます」


「......」


セシリアは何も言えなかった。


門番はセシリアを抱いたまま歩き出す。

屋敷へ。

大きな背中。安心する温かさ。


でも。


セシリアは門番の肩越しに振り返る。

門を見る。その向こうの世界。


もう見えない。

石造りの壁だけ。


「......」


はっきりと、

セシリアは言った。


「また来る」


「ん?」門番が聞き返す。


「......何でもない」


でも、心の中でもう一度。


「絶対に......また来る」


拳を握る。小さな拳。

でも、確かな決意。


部屋に戻される


セシリアの部屋。


ピンク色の壁。

ぬいぐるみがたくさん。

豪華なベッド。

ふかふかの絨毯。


門番がセシリアを下ろす。


「今度から、外に行きたかったら

 必ず大人に言ってくださいね」


優しく頭を撫でる。


「約束ですよ」


「......うん」


セシリアは頷く。


「良い子だ」


門番は微笑んで部屋を出る。

ドアが閉まる。


一人。


セシリアは窓に向かう。

パタパタと小さな足で走る。


窓辺に座り、外を見る。


海が見える。青い。

朝日に照らされて、キラキラと輝いている。


街が見える。

石畳の道、色とりどりの屋根、

噴水、人々。


空を見上げる。

魔法使いが箒に乗って飛んでいる。

自由に。


「行きたい......」


でも、セシリアは首を振る。


「今じゃない」


深呼吸。


「今は......準備する」


前世の知識が、冷静に状況を分析する。


(3歳の身体では、国外脱出は無理だった)

(でも、ここで諦めるわけにはいかない)

(なら、やるべきことは一つ)


立ち上がる。

ベッドに向かい、枕の下から本を取り出す。


魔法の本。

【初級魔法入門】


昨日、こっそり図書室から持ってきた。


表紙を開く。ページをめくる。


文字が読める。

転生と同時に、この世界の言語知識も

一緒に来ていた。


大人の理解力で、内容を把握する。


脳内でゲーム画面が浮かぶ。


╔══════════════════════╗

スキル習得開始

【初級魔法】

推奨年齢:7歳以上

現在:3歳

難易度:高

╚══════════════════════╝


セシリアの目が輝く。


「第1階梯......火起こしの術式......」


ページに書かれている魔法陣。

複雑な図形と説明文。


「魔力を指先に集中させ......

 術式を脳内でイメージ......

 発動の言葉は......」


真剣な目で読む。


ゲーム知識がフラッシュバックする。

前世で全ルート制覇したプレイヤー。

魔法のシステムも熟知している。


「これなら......できる」


小さな手を見る。3歳の手。


「やってみよう」


手のひらを前に出す。

目を閉じる。集中する。


「魔力を......指先に......」


じわり。何かが動く気配。


「......!」


目を開ける。

指先がほんの少し温かい。


「できた......?」


もう一度、集中。


「火起こしの術式......」


脳内でイメージする。

ゲームで見た魔法陣。

複雑な図形を頭の中で組み立てる。


そして。


「イグニス(火よ)」


囁く。


指先から——

パチッ。

小さな火花。

一瞬だけ。でも、確かに。


「やった......!」


セシリアは笑顔になる。


「魔法......使えた......!」


涙が溢れそうになる。嬉し涙。


前世では、ゲーム画面で見るだけだった魔法。

今、自分が使った。


「本物だ......」


もう一度、窓の外を見る。

青い海、広がる街、空を飛ぶ魔法使い。


拳を握る。


そして、もう一度窓の外の世界に向かって、

はっきりと誓った。


「必ずあの海を見に行く。

 あの街を歩き、魔法を使い、

 空を飛んで冒険する。

 そして、何にも縛られない自由を手に入れるんだ!」


セシリアは本を開く。

次のページ。


「第2階梯......水出しの術式......」


真剣な目で読み始める。


窓の外、朝日が昇り切った。

新しい一日が始まる。


セシリアの、長い戦いの、始まりの日。


プロローグ 終わり


第1部:突然の入学案内


12年後


異世界演出部、田村のオフィス


田村が監視用水晶玉を見ている。

画面には、15歳になったセシリア。


長い銀髪。深緑の瞳。凛とした立ち姿。


「よく頑張ったわね......」


田村が静かに微笑む。


案件No.8534:経過報告


3歳:魔法習得開始

5歳:第3階梯到達

10歳:第4階梯到達

14歳:第5階梯に挑戦中

15歳:魔法学園入学予定


異名:『災禍の魔女カラミティ・ウィッチ


「順調ね。でも......」


画面のセシリアが、手紙を見ている。


王立魔法学園入学案内


「いよいよ、ゲームが始まる」


美咲が言う。


「......大丈夫でしょうか」


「わからない」


田村が溜息をつく。


「彼女の『攻略』が、どう転ぶか......」


「でも、信じましょう。セシリアちゃんを」


「......そうね」


田村が微笑む。


「頑張って、セシリア」


---


数日前、モンブラン公爵邸

セシリアの研究室


石造りの部屋。

窓から朝日が差し込む。


机の上には魔法の本が山積み。

壁には魔法陣の図が貼られている。

複雑な図形、数式、メモ書き。


部屋の中央に、14歳のセシリアが立っている。


長い銀髪を後ろで結んでいる。

深緑の瞳。真剣な表情。


両手を前に出し、目を閉じる。

集中。


「第5階梯......禁術魔法陣......」


脳内で魔法陣をイメージする。

複雑な図形。何重にも重なる円。

ルーン文字。魔力の流れ。


前世の知識と経験が、

術式の構造を分析する。


「精神支配の術式を......無害化できれば......」


呼吸を整える。


魔力が集まる。

指先から、腕から、全身から。

光が集まり始める。青白い光。


「よし......」


そして。


「リベラシオ(解放せよ)」


光が放たれる。


一瞬——


ドカーン!


爆発。


煙が立ち込める。

セシリアが吹き飛ばされ、

壁に背中をぶつける。


「いたた......」


煤だらけの顔。髪が爆発している。


「また......失敗......」


でも、すぐに立ち上がる。

服の煤を払う。


そして、笑顔。


「でも! さっきより近づいた!」


机に向かい、ノートを開く。

ペンを取り、書き込む。


【第5階梯:精神支配無害化実験】

試行回数:47回

結果:失敗

原因:術式の第3層と第4層の干渉

改善案:第3層の魔力密度を下げる


「次はこれで......」


目を輝かせる。


転生者の思考回路が、

次の実験プランを組み立てていく。


その時、窓の外から声が聞こえる。


「セシリア様ー!」


セシリアが窓に駆け寄る。

下を見る。


庭に、リリ・マーチャントが立っている。


茶色の髪をポニーテールに結んでいる。

冒険者の装備——革の鎧、腰に剣。

手を振っている。


「おはようございます!」


「リリ!」


セシリアが窓から身を乗り出す。


「今日、ダンジョン行きませんか?

 新しいエリアが開放されたらしいです!」


セシリアの目が輝く。


「行く行く! 待ってて! 今行く!」


「窓から降りるんですか?」


「うん!」


そして、窓から飛び降りる。


「うわっ!」


リリが驚くが——


セシリアは落ちない。


ふわり。


空中で止まる。


第4階梯:浮遊魔法


ゆっくりと降下する。

まるで羽のように、軽やかに。


地面に着地。


「相変わらず、すごい制御ですね」


「えへへ」


二人、笑い合う。


「で、新エリアってどこ?」


「【崩落遺跡】です。

 難易度は中級らしいですけど」


「面白そう! 行こう!」


「はい!」


二人で走り出す。

王都の外れ、崩落遺跡へ。


崩落遺跡


王都から馬で1時間。


古代の遺跡。

石造りの建物が崩れている。

蔦が絡まり、入口には大きな石の門。


冒険者たちが何人か集まっている。

装備を整え、武器を確認している。


セシリアとリリが到着。


「結構、人がいますね」


「新エリアだからかな」


冒険者の一人がセシリアを見る。


「あれ、セシリア・ド・モンブラン様じゃないか」


「災禍の魔女だ」


ざわざわ。


「14歳で第5階梯に挑戦してるっていう」


「化け物だよな......」


セシリアは気まずそうに。


「リリ、行こう」


「はい」


二人、遺跡の入口へ。

石の門をくぐる。


中は薄暗い。

松明が壁に灯っている。魔法の光。


廊下を進む。


リリが剣を抜き、

セシリアは手のひらを前に出す。

いつでも魔法を使える姿勢。


「セシリア様、前方に何かいます」


「見える」


前方に石の彫像。

人の形をしているが——動いている。


ゴゴゴゴ。


石造りのゴーレム。


「行きます!」


リリが剣を構えた瞬間。


「待って」


「え?」


セシリアはゴーレムを観察する。

目を細め、大人の分析力で状況を把握。


「足元......魔法陣がある。

 あれが動力源」


脳内でゲーム知識が展開する。


╔══════════════════════╗

【敵情報】

石造ゴーレム

弱点:魔法陣の破壊

推奨:物理攻撃

╚══════════════════════╝


「でも......」


別の方法を考える。


「魔法陣を破壊じゃなくて......

 無力化できれば......」


手を前に出す。


「第4階梯、浮遊魔法」


ゴーレムの足元。

床がわずかに、ほんの数ミリ、浮く。


ゴーレムの動きが止まる。


「え?」


リリが驚く。


「魔法陣は床に刻まれてる。

 ゴーレムの足が床から離れたら、

 魔力供給が切れる」


ゴーレムが倒れる。

ドサッ。動かない。


「すごい......倒さずに無力化を......」


「魔力消費も少ないしね」


セシリアが笑顔で言う。


「さすがです」


二人、先へ進む。


次の部屋:転移床


広い空間。

床に魔法陣がいくつも刻まれている。


「転移床だ......」


「踏んだら、ランダムでどこかに

 飛ばされるやつですね」


「うん......」


セシリアは床の魔法陣を観察する。

それぞれ違う術式。転移先が異なる。


「厄介だな......」


脳内でゲーム画面。


╔══════════════════════╗

【ギミック】

ランダム転移床

対処:運に任せる

╚══════════════════════╝


「でも......」


もっと良い方法があるはず。

転生者の思考が、解決策を探る。


「転移魔法の術式......」


床の魔法陣を見つめ、パターンを解析する。


「発動条件は......重量感知。

 なら......」


手を前に出す。


「第3階梯、転移抑制」


床の魔法陣に、薄く光の膜を張る。

魔法陣がちらちらと点滅する。


「転移術式にノイズを流し込んだ。

 発動が遅延する」


「どれくらいですか?」


「3秒くらい」


「十分です!」


二人、床を走る。

魔法陣を踏む。

ちらちら光が点滅するが、転移しない。


反対側に到着。


「よし!」


「セシリア様の魔法、

 いつ見ても天才的です」


「えへへ」


次の部屋:モンスタースポーン


扉を開けて中に入った瞬間——

ガシャン! 扉が閉まる。


四方の壁から亀裂が走る。

そこから魔物が現れる。


小型の魔物、ゴブリン。

次々と湧いてくる。


「スポーン部屋!」


リリが剣を構える。


「きりがない......」


セシリアが冷静に分析する。


╔══════════════════════╗

【ギミック】

モンスタースポーン

対処:全滅させる

╚══════════════════════╝


「でも......」


壁の亀裂を見る。

魔物が出てくる場所。


「スポーン地点を塞げば......」


手を前に出す。


「第2階梯、防御壁」


亀裂の内側に透明な壁を展開。

魔物が現れようとするが、壁に阻まれる。

ボンッ。消える。


スポーンできない。


「今いる魔物だけ倒せばいいんですね!」


「うん!」


リリが剣を振るう。

素早い動き。

ゴブリンを次々と倒す。


セシリアは援護魔法。


「第3階梯、火炎放射!」


炎が放たれる。

ゴブリンを焼く。


でも、制御されている。

リリに当たらないように、精密に。


「ナイスです!」


数分後、全ての魔物を倒す。

扉が開く。


二人、息を整える。


「お疲れ様です」


「リリこそ」


笑い合う。


次の部屋:ガス室


扉を開けた瞬間。

シュー。

緑色の気体が噴き出す。


「ガス室!」


リリが息を止める。


セシリアはすぐに手を前に出す。


「第1階梯、火起こし!」


でも、炎は出さない。

熱だけを制御。


空気が一気に高温になる。

ガスが熱分解され、無害な成分に変わる。


そして熱膨張。

ガスが一気に外へ排出される。


「......」


リリが深呼吸。


「助かりました」


「第1階梯でも、使い方次第だよ」


「本当に......セシリア様の魔法は、

 教科書に載ってないことばかりです」


「ゲームで学んだからね」


セシリアが笑顔で言う。


最奥の部屋:宝箱


宝箱がある。


「やった!」


リリが駆け寄り、開ける。


中には魔石。

光っている。綺麗な青。


「上質な魔石です!

 これ、高く売れますよ!」


「やった! 今日も大収穫!」


二人、笑い合う。


帰り道


馬に乗って王都へ。

夕日が沈む。オレンジ色の空。


セシリアは馬の鞍の上で、

今日の冒険を振り返っている。


脳内でログが展開される。


╔══════════════════════╗

本日の冒険ログ

━━━━━━━━━━━━━━

石造ゴーレム:撃破

獲得EXP:150

使用魔力:最小

━━━━━━━━━━━━━━

転移床:無力化

獲得EXP:200

━━━━━━━━━━━━━━

モンスター部屋:攻略

獲得EXP:500

━━━━━━━━━━━━━━

総合評価:S

╚══════════════════════╝


「ゴーレムの術式を解析して......

 浮遊魔法で無力化......

 経験値効率、悪くない!」


セシリアが独り言を漏らす。


「?」


隣の馬からリリが声をかけてくる。


「セシリア様、どうしました?」


「あ、ううん!」


セシリアが慌てて顔を上げる。


「今日の冒険は、効率的だったって話!」


「そうですね」


リリが笑顔で言う。


「セシリア様の魔法のおかげで、

 スムーズに攻略できました」


「リリの物理攻撃も、

 DPSダメージ・パー・セコンド

 高くて助かった!」


セシリアの目が輝く。


「......でぃーぴーえす?」


リリが首を傾げる。


「!」


セシリアがしまった、という顔。


「あ、あー、その!

 す、すごく強いってこと! 褒め言葉!」


「あはは、ありがとうございます!

 セシリア様、変わった言い方しますね」


「そ、そう?」


セシリアの顔が赤くなる。


(やばい......ゲーム用語が出た......)


心の中で焦る。前世の自覚がある。


(異世界言語に変換して話すスキルはあっても、

 ゲーム脳は直らない......)


「でぃーぴーえす......」


リリが繰り返してみる。


「なんだか、かっこいい響きですね。

 今度から使ってみようかな。

 『私のDPS、上がりました!』って」


「あはは......」


セシリアが苦笑い。


でも、嬉しい。

リリが自分の言葉を受け入れてくれる。

変だと思っても、笑わない。


「ありがとう、リリ」


「え?」


「なんでもない」


笑顔。


「?」


でも、リリも微笑む。


「今日も楽しかったですね」


「うん!」


「次はどこに行きましょうか」


「【水晶洞窟】はどう?

 新しい魔法の研究材料が欲しいの」


「いいですね! 明後日、行きましょう!」


「約束!」


二人、笑顔。


セシリアは心から楽しそう。


「最高......」


口にする。


前世では病室だけだった。

外に出られなかった。

友達もいなかった。


でも今は、冒険ができる。

魔法が使える。

親友がいる。


変なこと言っても、

笑って受け入れてくれる人がいる。


「本当に......最高......」


涙が溢れそうになる。嬉し涙。


「セシリア様?」


「ん?」


「泣いてます?」


「え?」


頬を触る。濡れている。


「あ......」


慌てて拭う。


「なんでもない! 風が強くて!」


「......」


リリが微笑む。


「そうですね」


でも、わかっている。

セシリアが幸せだということ。

そして、その幸せを守りたいと思っている。


二人、並んで馬を進める。


モンブラン公爵邸、夕方


セシリアが帰宅。

玄関で執事が待っている。


「お帰りなさいませ、セシリア様」


「ただいま!」


「お手紙が届いております」


「手紙?」


執事が銀の盆に乗せた封筒を差し出す。

豪華な封筒。王家の紋章。


「......」


セシリアは受け取り、開ける。

中の手紙を読む。


王立魔法学園入学案内

入学式:3日後


「......」


セシリアが固まる。


「どうなさいましたか?」


「あ......」


声が出ない。


脳裏にゲーム画面が浮かぶ。


╔══════════════════════╗

【イベント発生】

恋の魔法学園〜運命の5人〜

ゲーム開始確定

回避不可

╚══════════════════════╝


「あ......」


セシリアが青ざめる。

手が震える。


「忘れてた......」


声が漏れる。


「完全に忘れてた......」


楽しすぎて。

リリとの冒険。魔法の研究。

自由な日々。


「ゲームのこと......すっかり......」


バッドエンドの記憶が蘇る。


修道院。高い壁。閉ざされた門。

灰色の空。


自由が奪われる。

魔法が使えなくなる。

リリと会えなくなる。

冒険ができなくなる。


「嫌だ......」


涙が溢れそうになる。


でも、深呼吸。


「待って......大丈夫」


拳を握る。


「私には......魔法がある。

 12年間、頑張ってきた。

 リリがいる」


もう一度、手紙を見る。


入学式:3日後


「絶対に......」


目を輝かせる。


「バッドエンドなんかにならない!」


「セシリア様?」


執事が心配そうに見る。


「準備します! 魔法学園の!」


「はい?」


「私、絶対に負けない!」


走り出す。研究室へ。


執事は呆然と見送る。


セシリアの研究室


ドアを開ける。机に向かう。

ノートを開き、新しいページ。


タイトルを書く。


【バッドエンド回避作戦】


そして、攻略対象のリストを書く。


リオン王子ツンデレ

エドワード(幼馴染)

カイル(悪役令息)

ヴィクター(教師)

レイ(転校生)


回避方法を書き始める。


近づかない

話さない

目を合わせない

リリを推す


「よし......」


拳を握る。


「作戦開始!」


窓の外、夕日が沈む。

星が見え始める。


セシリアの、新しい戦いが、

始まろうとしていた。


第1部 終わり


第2部:入学式


入学式前日、王都への道


モンブラン家の馬車。

豪華な装飾。公爵家の紋章。


中にセシリアが座っている。


長い銀髪を結い上げている。

深緑のドレス。貴族令嬢の正装。


でも、表情は硬い。

窓の外を見ている。


景色が流れる。

街道、森、畑。


そして、遠くに見える王都。

白い壁、高い塔、城。

そして、魔法学園。


白い建物。

尖塔が空に向かって伸びている。


「......」


前世の知識が、冷静に状況を分析する。


脳内でゲーム画面が展開される。


╔══════════════════════╗

【恋の魔法学園】

~運命の5人~

━━━━━━━━━━━━━━

ゲーム開始まで:1日

━━━━━━━━━━━━━━

危険エリア確認:

・大講堂(運命の出会い)

・図書館(第1フラグ)

・中庭(第2フラグ)

・教室(日常イベント)

╚══════════════════════╝


深呼吸。


「大丈夫......」


囁く。


「作戦通りにいけば......」


膝の上に置いたノート。

【バッドエンド回避作戦】


開く。ページをめくる。


【入学式での注意事項】


リオン王子と目を合わせない

壇上を見ない

リリを目立たせる

自分は影に徹する


「これで......」


拳を握る。


「絶対に、フラグは立てない」


馬車が揺れる。石畳の道。

もうすぐ王都。


セシリアは窓から外を見る。

街並みが見えてくる。


建物、人々、活気。


でも、セシリアの心は重い。


前世で何度も見た光景。

ゲームのオープニング。

同じ。


「本当に......ゲームの世界なんだ......」


王都、到着


馬車が止まる。

魔法学園の正門前。


扉が開く。

従者が手を差し伸べる。


セシリアは手を取り、馬車から降りる。


目の前に、王立魔法学園。


白い石造りの建物が何棟も連なっている。

尖塔、大きな門。

魔法陣が刻まれている。


校庭には新入生たちが集まっている。

ざわざわ。


セシリアが現れたことで、

ざわめきが大きくなる。


「あれ、セシリア・ド・モンブラン様?」

「災禍の魔女......」

「本物だ......」


視線が集まる。


(目立ちたくないのに......)


セシリアは心の中で溜息。


脳内警告。


╔══════════════════════╗

注意:注目度上昇中

フラグ発生リスク:増加

╚══════════════════════╝


「まずい......」


その時。


「セシリア様!」


丁寧な口調。聞き慣れた声。

でも、いつもと違う。


セシリアが振り返る。


リリが立っている。


でも、いつものリリじゃない。

背筋をピンと伸ばして、

両手を前で組んで、

侍女のような姿勢。


「お久しゅうございます、セシリア様」


深々とお辞儀。


「......え?」


「本日はお美しゅうございます」


また、お辞儀。


「リリ?」


セシリアが近づき、小声で。


「何やってるの?」


リリも小声で返す。


「魔法学園では、身分の差が大切だと聞きまして。

 私は平民で、セシリア様は公爵令嬢ですので」


「いやいやいや」


セシリアが慌てる。


「やめてやめて!」


「しかし......」


「普通に話して! いつも通り!」


「でも、周りの目が......」


周囲の生徒たちが見ている。

ひそひそ話している。


「セシリア様、平民と親しいの?」

「珍しいわね......」


セシリアはリリの手を取る。


「リリは私の親友!

 身分とか関係ない!」


「セシリア様......」


「お願い、その喋り方、変だから!」


「変......ですか......」


リリがしょんぼりする。


「あ、ごめん」


セシリアが慌てる。


「リリらしくないっていうか」


「......」


「いつものリリが好きなの」


「......」


リリが顔を上げる。


「......わかりました。じゃあ、いつも通りで」


「うん!」


抱き合う二人。


「久しぶり!」


「2週間ぶりですね」


「長かった!」


「いつもは毎日会ってましたから」


笑い合う。


周囲、ざわざわ。


「セシリア様、優しい......」

「平民と対等に接してる......」


でも、セシリアは気にしない。

リリと話せることが嬉しい。


「セシリア様、緊張してます?」


「うん......ちょっと」


「大丈夫ですよ。私がいます」


「......ありがとう」


微笑み合う。


その時、鐘が鳴る。

ゴーン、ゴーン。


「入学式の時間です。

 新入生は大講堂へ」


職員の声。


「......」


セシリアの脳内で警告が鳴る。


╔══════════════════════╗

警告:最重要イベント

「運命の出会い」発生確定

フラグ成立確率:極大

╚══════════════════════╝


深呼吸。


「大丈夫......作戦通りにいけば......」


「行きましょう」


リリが言う。


「うん」


二人、大講堂へ向かう。


入学式当日、大講堂


豪華な講堂。天井が高い。

シャンデリアが魔法で灯り、虹色の光。


壁には大きな窓。

ステンドグラス。魔法陣の図柄。


前方に壇上。学園長の席。演台。


新入生たちが席に着く。

ざわざわ。


セシリアとリリも座る。

中央よりやや後ろ。


セシリアは周囲を見渡す。

転生者の判断力で状況を分析。


╔══════════════════════╗

位置確認

現在地:中央後方

壇上までの距離:適切

視線回避:可能

╚══════════════════════╝


「よし......」


リリに小声で話しかける。


「リリ、聞いて」


「はい」


「これから王子が挨拶するの」


「はい」


「その時、目が合うイベントがあるから」


「イベント?」


「う、運命の出会いっていうか」


セシリアが慌てる。


「とにかく!」


「はい」


「私が合図したら、立って!」


「え? 立つんですか?」


「王子の視線を引くために!

 リリが目立てば、私は影に隠れられる」


「......」


リリが困惑した顔。


「でも、セシリア様。

 入学式で急に立ったら、

 目立ちませんか?」


「大丈夫!」


セシリアが力説する。


「ゲームでは、ヒロインが立って、

 王子と目が合うの!」


「ゲーム......?」


「あ、えっと。昔読んだ物語で!

 そういうシーンがあったの!」


「......」


リリは不安そう。でも。


「わかりました。

 セシリア様がそう言うなら」


「ありがとう!」


その時、大講堂の扉が開く。


職員が入ってくる。


「学園長が入場されます。

 ご起立ください」


全員、立ち上がる。


学園長が入場。

白いローブ。長い白髭。

杖を持っている。


壇上に上がる。


「着席」


全員、座る。


「新入生諸君、ようこそ王立魔法学園へ」


挨拶が始まる。


セシリアは緊張している。

鼓動が速まる。


脳内カウントダウン。


╔══════════════════════╗

<イベント発生まで>

学園長挨拶:5分

王子登場:推定7分後

╚══════════════════════╝


深呼吸。


「落ち着いて......」


学園長の挨拶が続く。

魔法の歴史、学園の伝統、心構え。


セシリアは半分も聞いていない。

前世の頭脳で、作戦のシミュレーション。


(王子が壇上に立つ)

(新入生を見渡す)

(その時、リリを立たせる)

(王子の視線がリリに向く)

(運命の出会い成立)

(自分は無関係)


「完璧......」


そして。


「それでは、新入生代表の挨拶です」


学園長が告げる。


「!」


セシリアが身構える。


「リオン・フォン・アルテリア王子殿下」


拍手。


扉が開く。入ってくる。


リオン王子。


金髪。整った顔立ち。青い瞳。

王族の制服。白と金の装飾。


まるでゲームのCGそのまま。


セシリアの脳内。


╔══════════════════════╗

【キャラクター確認】

リオン・フォン・アルテリア

攻略対象No.1

属性:ツンデレ

好感度:初期値

╚══════════════════════╝


リオンが壇上に上がる。

演台に立つ。


そして、新入生を見渡す。


(来る......!)


セシリアの脳内で警告。


╔══════════════════════╗

【イベント発生】

「運命の出会い」

カウントダウン:3秒

╚══════════════════════╝


セシリアはリリの腕を掴む。

小声で。


「今!」


リリを引っ張る。


「きゃっ」


リリが立ち上がる。


でも——


リリがバランスを崩す。

よろける。

セシリアにぶつかる。


セシリアも立ち上がってしまう。


二人とも、立っている。


周囲、ざわざわ。


「何?」

「誰か立ってる」


壇上のリオン。

視線が二人の方へ。


でも、リリではなく——

セシリアに向いている。


リオンの青い瞳が、

セシリアを見ている。


「......」


興味を持った目。

金色の髪が光に照らされる。


「!」


セシリアの心臓が止まりそうになる。


(やばい、目が合った!)


脳内パニック。


╔══════════════════════╗

エラー:想定外の展開

王子と目が合った

フラグ発生確率:85%

╚══════════════════════╝


(まずい......まずいまずいまずい!)


慌てて座る。リリも座る。


リオンは少し首を傾げる。

でも、挨拶を始める。


「新入生諸君。共に学び、共に成長しよう」


言葉が続く。


でも、セシリアは聞いていない。

パニック状態。


(やってしまった......)

(フラグが......立った......?)


隣のリリが小声で。


「セシリア様、大丈夫ですか?」


「う、うん......」


顔が青い。


「すみません、私がよろけて......」


「ううん、リリのせいじゃない」


深呼吸。

でも、震えが止まらない。


表面は笑顔。でも、心の中はパニック。


(落ち着いて......落ち着いて......)


脳内で対処法を検索。


╔══════════════════════╗

【緊急対処法】

フラグ初期段階の対処

・今後、接触を避ける

・会話をしない

・リリとの接触を増やす

╚══════════════════════╝


(大丈夫......)

(これから、ちゃんと回避すれば......)


リオンの挨拶が終わる。拍手。


リオンが壇上から降りる。


その時、一瞬——

もう一度、セシリアの方を見る。


「!」


(また......!)


でも、すぐに視線を外す。

リオン、退場。


入学式が続く。

でも、セシリアの心はざわざわしている。


入学式後、校庭


式が終わった。

新入生たちが散らばる。


セシリアとリリも外へ。


「セシリア様、すみませんでした。

 私がよろけて......」


「大丈夫、大丈夫」


セシリアは笑顔を作る。

でも、心の中は——


(やばい......)

(王子と二回も目が合った......)


脳内分析。


╔══════════════════════╗

【フラグ発生確率】

リオン王子:45%

状態:興味を持たれた

対処:今後の接触を避ける

╚══════════════════════╝


(まだ......大丈夫......)

(これから気をつければ......)


その時。


「新入生諸君」


職員の声。


「寮の部屋割りを発表します」


「!」


リリ「寮ですか」


「うん......」


二人、掲示板に向かう。


寮の部屋割り


掲示板に紙が貼られている。

新入生たちが群がっている。


セシリアとリリも見る。


リリ・マーチャント:304号室

セシリア・ド・モンブラン:特別室


「え?」


リリ「別室ですか?」


セシリアは職員に駆け寄る。


「あの! 普通の部屋でいいです!」


「それは......」


職員が困った顔。


「リリと同室にしてください!」


「公爵令嬢には特別室が用意されておりまして......」


「いりません!」


「しかし、規則が......」


「......そうですか」


セシリアは肩を落とす。


「セシリア様......」


リリが近づく。


「大丈夫」


セシリアは笑顔を作る。

でも、目は笑っていない。


「大丈夫ですよ、セシリア様。

 同じ寮ですし」


「でも......」


「また、毎日会えます」


「......うん」


でも、不安。


一人の部屋。

前世の病室を思い出す。


セシリアの特別室


案内される。寮の最上階。

大きな扉。鍵を受け取る。


開ける。中に入る。


広い一人部屋。

豪華なベッド。大きな机。

本棚。窓。


窓から見える景色。

学園の中庭。噴水。綺麗。


でも、セシリアは嬉しくない。


一人。


ベッドに座る。

リュックを下ろす。


中からノートを取り出す。

【バッドエンド回避作戦】


新しいページを開く。

ペンを取る。


【入学式の結果】


リオン王子と目が合った(2回)

フラグ発生確率:45%

寮は別室(リリと離れた)


「まずい......」


でも、深呼吸。


「大丈夫......まだ、大丈夫......」


新しいページ。


【フラグ回避マニュアル】


攻略対象リストを書く。


リオン王子ツンデレ

近づかない

話さない

目を合わせない


エドワード(幼馴染)

幼馴染設定を避ける

距離を取る


カイル(悪役令息)

接触を避ける


ヴィクター(教師)

授業以外で話さない


レイ(転校生)

登場時に注意


全員に共通する対処法:

リリを推す

自分は目立たない

フラグイベントを回避


「よし......」


拳を握る。


「明日から......本格的に作戦開始」


窓の外を見る。

夕日が沈む。オレンジ色の空。


魔法学園の尖塔が、

シルエットになっている。


「絶対に......」


囁く。


「バッドエンドなんかにならない」


でも、心の奥で、不安が渦巻いている。


入学式での失敗。

王子の視線。

あの青い瞳。


「......」


首を振る。


「大丈夫。これから、ちゃんと回避すれば」


ノートを閉じる。

ベッドに横になる。


天井を見つめる。白い天井。

前世の病室の天井を思い出す。


「......違う」


呟く。


「ここは......病室じゃない」


窓の外を見る。

空が見える。星が見え始めている。


「自由だ......」


独り言を漏らす。


「まだ......戦える......」


拳を握る。目を閉じる。


明日から、バッドエンド回避の長い戦いが始まる。


第2部 終わり


第3部:図書館イベント(1週目)


入学1週目、午後

魔法学園の図書館


広大な空間。

天井まで届く本棚。

何千冊もの本。


魔法書、歴史書、術式解説書。


窓から午後の光が差し込む。

静か。本のページをめくる音だけ。


セシリアが一人で歩いている。

本棚の間。上を見上げる。


高い棚。背伸びしても届かない。


「第5階梯の研究資料......」


呟く。


手元のメモを見る。


【探している本】

禁術魔法陣の応用理論

精神支配術式の無害化

第5階梯から第6階梯への移行


「この辺りにあるはず......」


本棚を見る。

魔法陣理論、上級術式、禁術研究。


「あった......」


一番上の棚。


背伸びする。手を伸ばす。

でも、届かない。


「うう......」


もう一度、背伸び。爪先立ち。

あと少し。でも、届かない。


「浮遊魔法使えばいいんだけど......」


でも、図書館内での魔法使用は禁止。

規則。


「どうしよう......」


その時。


「これですか?」


男性の声。


セシリアが振り返る。


リオン王子が立っている。


金髪。青い瞳。整った顔立ち。

学園の制服。


手を伸ばして、本を取ってくれる。


「君が探していたのはこれでしょう?」


本を差し出す。


【禁術魔法陣の応用理論】


「!」


セシリアの脳内でパニック。


╔══════════════════════╗

緊急警告!

攻略対象No.1接触

イベント:図書館での運命の再会

フラグ成立確率:90%

╚══════════════════════╝


(やばい......!)

(王子......!)


胸が高鳴る。


でも、表面は冷静に。


「あ、ありがとうございます!」


本を受け取る。


「......」


リオンがセシリアを見ている。

興味深そうな目。


「禁術魔法陣?

 随分と高度な本を読むんだね」


「!」


(会話が始まった......!)


脳内警告。


╔══════════════════════╗

【イベント進行中】

会話選択肢発生

━━━━━━━━━━━━━━

選択肢1:正直に答える

→ 好感度上昇

━━━━━━━━━━━━━━

選択肢2:話を逸らす

→ フラグ回避可能

╚══════════════════════╝


転生者の判断力が瞬時に決断する。


(選択肢2!)


「あ、えっと!

 これ、リリが探してたんです!」


「リリ?」


「はい! 私の親友の!

 魔法に興味があって!

 私が代わりに探してて!」


セシリアが早口で言う。


「......」


リオンが少し首を傾げる。


「でも、君は、セシリア・ド・モンブラン。

 災禍の魔女と呼ばれている」


「え?」


「第5階梯に挑戦していると聞いた。

 だから、この本は君が読むのだと思ったが」


「あ......」


(知られてる......!)


「違うのか?」


リオンが真っ直ぐな目で見る。

嘘を見抜くような。


「......」


(どうしよう......)


前世の頭脳が高速回転。


パターン1:認める

→ 会話が続く → フラグ成立


パターン2:否定する

→ 嘘がバレる → 印象悪化 → でもフラグ回避


パターン3:話を逸らす

→ リリを呼ぶ → フラグ回避可能


(パターン3!)


「そ、そうですね! 私も読みます!」


「......」


「でも!」


「でも?」


「リリも一緒に勉強したいって!

 だから! 今、呼んできます!」


「え?」


「王子様とお話しできるチャンスですし!

 リリ、絶対喜びます!」


「いや、別に......」


「すぐ戻ります!」


本を抱えて、走り出す。


「あ......」


リオンが手を伸ばす。

でも、セシリアはもう廊下へ。


リオンの視点


リオンが一人残される。


「......」


図書館の静寂。

周りの本棚を見る。


しばらく立っている。


(追うべきか)


いや。首を振る。


(王族が公爵令嬢を追いかけるのは、品位に欠ける)


それに、足元に何かが落ちている。


本。


【禁術魔法陣の応用理論】


セシリアが落としていった。


リオンは拾い上げる。

表紙を見る。


「禁術魔法陣......」


ページをめくる。


高度な内容。第5階梯。

危険な術式。


「14歳で、ここまで......」


感心する。でも、顔をしかめる。


(だが、あの逃げ方は何だ?)


セシリアの顔が浮かぶ。


慌てた様子。必死で言い訳。

そして逃走。


(まるで......自分の才能を恐れているかのような)


リオンは本を閉じる。

周囲を見る。誰もいない。

静かな図書館。


(セシリア・ド・モンブラン)


脳裏に浮かぶ情報。


公爵令嬢。災禍の魔女。

第5階梯に挑戦中。14歳。

異例の成長速度。


そして、入学式での出来事。


急に立ち上がった彼女。

目が合った瞬間、青ざめた顔。


(何かに怯えている)


リオンは歩き出す。

図書館を出て、廊下を進む。


向かう先——学園長室。


学園長室


ノックする。


「入りたまえ」


扉を開ける。


学園長が机に座っている。

白い髭。穏やかな顔。


「おや、リオン王子。どうされました?」


リオンは一礼する。


「学園長。一つ、お伺いしたいことが」


「ほう」


「セシリア・ド・モンブランについて」


「......」


学園長の眼鏡の奥の目が鋭くなる。


「災禍の魔女、ですか」


「はい。彼女は......王国にとって、

 脅威となりますか?」


学園長はしばらく沈黙。


そして。


「脅威......かもしれませんね。

 あるいは、祝福かもしれません」


「どういう意味ですか?」


「彼女の才能は、両刃の剣。

 正しく導けば、王国の力となる。

 しかし......」


「しかし?」


「誤った道に進めば、

 誰も止められない災禍となる」


「......」


「それで、王子。

 彼女を監視するおつもりですか?」


「......はい」


「王族としての責務、ですか」


「そうです」


でも、心の奥で、別の感情。


(本当に......それだけか?)


セシリアの顔が浮かぶ。

慌てた様子。必死な逃走。

予測不能な行動。


周囲の人間は、リオンに対して、

常に計算された行動をする。


完璧な笑顔。練られた言葉。建前。


でも、セシリアは違った。


計算なし。建前なし。

ただ、必死。


(面白い......)


小さく笑みが浮かぶ。


「......王子?」


「いえ」


リオンが顔を上げる。


「失礼しました」


本を差し出す。


「これ、セシリアが落としました。

 返却をお願いできますか」


学園長は受け取る。


「......禁術魔法陣、ですか。

 やはり、彼女は第5階梯を......」


「監視を続けます。

 何か問題があれば、すぐに報告を」


「わかりました」


リオンは一礼して退室。


廊下


リオンが歩きながら呟く。


「セシリア・ド・モンブラン......

 災禍の魔女、か......」


窓の外を見る。夕日が沈む。


(君は、王国にとって、

 祝福となるか、それとも、災禍となるか)


拳を握る。


(いずれにせよ......目が離せない)


廊下セシリアとリリ


セシリアが走っている。

パタパタパタ。

息を切らしながら。


(危なかった......!)

(王子とフラグが立つところだった......!)


転生者の判断力で状況を整理する。


╔══════════════════════╗

危機回避状況

━━━━━━━━━━━━━━

会話時間:約2分

フラグ成立:未確定

対処:リリを連れて戻る

╚══════════════════════╝


(でも、リリを呼べば大丈夫)

(王子とリリを引き合わせれば、

 フラグはリリに移る)


教室エリアに到着。

リリを探す。


「リリ!」


教室の窓から覗く。いない。

次の教室。いない。


中庭?


走る。


中庭


噴水がある。ベンチ。花壇。


リリがベンチに座っている。

本を読んでいる。


「リリ!」


セシリアが駆け寄る。


「あ、セシリア様」


リリが本を閉じる。


「どうしたんですか?」


「図書館に来て!」


息を切らしながら。


「図書館?」


「王子がいるの!」


「王子様が?」


「チャンス!」


セシリアがリリの手を引く。


「行こう!」


「え、ちょっと、セシリア様!」


引っ張られる。


二人、図書館へ走る。


図書館に戻る


扉を開ける。中に入る。


「あの本棚の......」


でも、王子はいない。


「あれ......?」


リリ「いないですね」


「......」


セシリアがきょろきょろ見回す。


本棚の間、読書スペース。

どこにもいない。


「逃げられた......?」


「もう帰られたんでしょうか」


「......」


前世の分析力で状況を整理。


╔══════════════════════╗

結果:接触時間短縮成功

フラグ成立:回避

しかし......

王子の興味:継続中?

╚══════════════════════╝


(良かったのか......悪かったのか......)


「セシリア様?」


「ん?」


「王子様と何を話してたんですか?」


「あ、えっと......本を取ってもらって......

 それで......」


本を探す。でも、手元にない。


「あれ? 本は?」


「落としたんじゃないですか?」


「そっか......」


探すが、ない。


「......まあ、いいか。また探せば」


「そうですね」


「でも」


リリがセシリアの頭を撫でる。


「無理しないでくださいね」


「......ありがとう」


二人、本棚の前に座る。


セシリアは別の本を開く。

でも、集中できない。


王子の顔が浮かぶ。

青い瞳。興味深そうな表情。


「......」


首を振る。


(ダメダメ)

(フラグを立ててはいけない)


でも、心の奥で小さな疑問。


(本当に......フラグを立てたくないのか......?)


「......!」


慌てて頭を振る。


(何考えてるの私......!)


「セシリア様?」


「なんでもない!」


本に集中するふり。


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、図書館のセシリアとリリ。


「......」


「どうでしたか?」


美咲が聞く。


「うーん......」


田村がコーヒーをすする。


「王子とのイベント、半分成功、半分失敗ね」


「半分?」


「会話は始まった。でも、すぐに逃げた」


水晶玉の画面を切り替える。


別の場所。

学園長室を出たリオン王子。


「......あー」


田村が頭を抱える。


「どうしました?」


「王子、学園長に報告してる。

 セシリアを監視対象にするって」


「え?」


「逃げたことで、余計に気になってる」


「追いかけたくなる心理ですか」


「そう」


溜息。


「セシリア、気づいてないわね......」


画面のセシリア。

本を読んでいる。

でも、心ここにあらず。


「攻略するつもりが、攻略されてる......」


「あはは」


「笑わないで」


でも、田村も小さく笑う。


「まあ......まだ1週目だから。

 様子を見ましょう」


「はい」


二人、水晶玉を見守る。


夕方、セシリアの部屋


ベッドに座る。

ノートを開く。


【バッドエンド回避作戦】


新しいページ。


【図書館イベント - 結果報告】


リオン王子と遭遇

会話時間:約2分

対処:リリを呼びに行った

結果:王子は去っていた


「成功......?」


でも、不安。


もう一度、王子の顔が浮かぶ。


「君が探していたのはこれでしょう?」


優しい声。青い瞳。


「......」


頬を叩く。パチン。


「ダメ!」


立ち上がる。


「フラグを立ててはいけない!」


窓の外を見る。

夕日が沈む。星が見え始める。


「明日から......もっと気をつける」


拳を握る。


「絶対に......王子には近づかない」


でも、心の奥で、小さな声。


(でも......少しだけ......

 話してみたかったかも......)


「......!」


慌てて頭を振る。


「ダメダメダメ!」


ベッドに倒れ込む。

天井を見る。


「......疲れた」


独り言を漏らす。


でも、明日も戦いは続く。


第3部 終わり


第4部:幼馴染エドワードイベント(2週目)


入学2週目、午後

学園の中庭


広い空間。芝生。花壇。

中央に大きな木。

ベンチがいくつか。


人はまばら。


セシリアが一人で立っている。

木陰。人目につかない場所。


手を前に出す。


「第5階梯......精神支配術式の無害化......」


呟く。


目を閉じる。集中。


脳内で魔法陣をイメージする。

複雑な図形。何重にも重なる円。

ルーン文字。


前世の知識と経験が、

術式の構造を分析する。


「第3層の魔力密度を下げて......

 第4層との干渉を防ぐ......」


呼吸を整える。


魔力が集まる。

指先から、腕から、全身から。

光が集まり始める。青白い光。


「いける......」


そして。


「リベラシオ(解放せよ)」


光が放たれる。


一瞬——


でも、バチッ。

火花が散る。魔法陣が崩れる。


「あ......」


失敗。でも、爆発はなし。


「前よりは......良くなった」


小さく笑う。


ノートを開く。


【第5階梯:精神支配無害化実験】

試行回数:53回

結果:失敗(前回より改善)

原因:第4層の安定性不足

改善案:魔力供給のタイミングを調整


「次は......」


書き込む。真剣な顔。


その時。


「やあ、セシリア」


声がかかる。


セシリアが振り返る。


エドワード・フォン・クレイトンが立っている。


茶色の髪。優しい笑顔。

学園の制服。


「久しぶり」


「!」


セシリアの脳内で警告。


╔══════════════════════╗

【警告】

攻略対象No.2接触

エドワード・フォン・クレイトン

属性:幼馴染、優しい

╚══════════════════════╝


(やばい......!)

(また攻略対象......!)

(な、なぜこの場所に......!?)


胸が高鳴る。


「エドワード......」


セシリアが戸惑いながらも名前を呼ぶ。


「魔法の練習かい?」


エドワードが近づいてくる。


「入学式の時から、君を探していたよ」


「え?」


「君が人目を避けているのは知っていたから。

 中庭のこの木陰が、

 君の昔の秘密の練習場所に似ている気がしてね」


「!」


(この場所......確かに、あの時の......)

(まさか、エドワードが覚えていたなんて......)


心が揺れる。でも。


(ダメ! 思い出しちゃダメ!)


転生者の理性が警告を発する。


「噂は聞いていたよ。

 災禍の魔女、だったかな?」


エドワードが笑顔で言う。

でも、敵意はない。むしろ、懐かしそう。


「......」


大人の頭脳が高速回転。


╔══════════════════════╗

【イベント判定】

「中庭での再会」

━━━━━━━━━━━━━━

会話が続く→フラグ成立

対処:早期離脱

╚══════════════════════╝


(また図書館と同じパターン......!)


エドワードがセシリアの手元を見る。

ノート。


「魔法の研究ノート? 見せてもらえる?」


近づく。


「あ、あの!」


セシリアが慌ててノートを閉じる。


「?」


「これ、友達と一緒に研究してて!」


「友達?」


「はい! リリって子なんですけど!

 すごくいい子で!」


「......」


「魔法にも詳しくて!

 絶対気に入ると思います!」


「いや、別に......」


「今、呼んできます!」


セシリアが走り出そうとする。


でも——


エドワードが手を伸ばす。

セシリアの肩に手を置く。


「待って」


「!」


(触れられた......!)


脳内パニック。


╔══════════════════════╗

警告:身体接触

フラグ発生確率:上昇中

╚══════════════════════╝


「そんなに慌てなくても」


エドワードが優しく笑う。

でも、目は真剣。


エドワードの心の声。


(逃げるな、リア)

(あの時、君は僕を守ろうとした)

(今度は、僕の番だ)


「君と話したいんだ」


「え?」


「君の魔法、すごいって聞いてる」


「......」


(どうしよう......また会話が......)


「さっきの魔法も、第5階梯だよね?

 失敗したみたいだけど」


「あ、はい......」


「でも、制御はすごかった。

 爆発しなかったし」


「......それは、防御魔法を併用してるので......」


言ってから、セシリアははっとする。


(普通に答えちゃった......!)


「なるほど。複合魔法か」


エドワードが感心する。


「頭いいね、リア」


「!」


(リア......)


(何年ぶりだろう......この呼び方......)


鼓動が速まる。

胸が熱くなる。


懐かしさと、罪悪感が混ざり合う。


(ダメ......思い出しちゃダメ......)


「あ、あの!」


セシリアが慌てる。


「わ、私......魔力が不安定で......!」


半分、本当。でも逃げる口実。


(ごめん、エドワード......!)


「さっきの失敗で......頭痛が......!」


「え、大丈夫かい!? 医務室に――」


「だ、大丈夫です! 一人で行けます!」


セシリアが走り出そうとする。


でも——


エドワードが腕を掴む。


「待って、リア」


「離して、エディ......!」


セシリアが必死に抵抗する。


「いいや」


エドワードの声が、いつになく強い。


「もう逃がさない」


「!」


セシリアが驚いて振り返ると、

エドワードは真剣な顔をしていた。


過去との対峙


「あの事故のこと、まだ気にしてるんだろう?」


「......!」


セシリアの身体が硬直する。


「僕を守ろうとして、君は腕に火傷を負った」


エドワードが左腕に視線を落とす。


そこには、かすかな火傷の痕。

長袖で隠れているが、確かにある。


「それから、君は僕を避けるようになった」


セシリアは何も言えなかった。


転生者の記憶と、前世の記憶が混ざり合う。


7歳の夏。

魔法の練習中。

暴走した炎。

エドワードを守ろうと飛び出した自分。

激痛。火傷。


そして、周囲の目。


「災禍の魔女」


その噂が、二人を引き裂いた。


「君は『迷惑をかけたくない』って言った。

 でもリア、迷惑なのは僕の方だ」


「え......?」


「あの時、僕は何もできなかった」


エドワードの声が震える。


「守られるだけの、弱い子供だった。

 君が傷ついたのに、何もできなかった」


セシリアは初めて知った。


エドワードもあの日から、

ずっと自分を責めていたのだと。


回想(エドワードの視点)


7歳の夏。僕らは魔法の練習をしていた。


セシリアは天才的で、僕は凡庸だった。

でも彼女はそんなこと気にせず、

いつも嬉しそうに新しい魔法を見せてくれた。


「見て見てエディ! 火の玉が3つも出せるようになったの!」


あの笑顔が、僕は大好きだった。


そして、あの日——


セシリアの魔法が暴走し、

炎が僕に向かって飛んできた。


僕は立ちすくむことしかできなかった。


でもセシリアは、小さな身体で僕の前に飛び出した。


「エディから離れて!」


彼女の叫びと共に、炎が彼女の腕を焼いた。


僕は無事だった。

彼女は左腕に大きな火傷を負った。


それが、僕たちが引き裂かれた日だった。


現在


「だから......もう逃げないでくれ」


エドワードがセシリアの手を握る。


「今度は、僕が君を守る」


「でも......」


セシリアの目から涙が溢れる。


「でも、私のせいで......

 エディが怪我しそうになって......」


「それは事故だった。誰も悪くない」


「でも......!」


「君は強くなった。第5階梯に挑戦するほど。

 でもリア、強くなっても、一人で戦わなくていい」


セシリアの涙が止まらない。


前世の理性は「逃げろ」と叫んでいる。

でも、心は——


「一緒に戦おう。昔みたいに」


エドワードが優しく笑う。


その笑顔を見て、セシリアは崩れ落ちた。


「ごめんなさい......ごめんなさい......」


泣きながら謝る。


「君が謝ることじゃない」


エドワードがセシリアを抱きしめる。


「僕も、ごめん。

 あの時、何もできなくて」


二人、しばらく抱き合っている。


中庭の木陰。

午後の光が優しく二人を包む。


セシリアは、転生者の理性では理解できない、

でも確かな温かさを感じていた。


(これが......仲間......?)

(一緒に戦うって......こういうこと......?)


前世では、一人だった。

病室で、一人。


でも今は——


「ありがとう、エディ」


囁く。


「どういたしまして、リア」


エドワードが微笑む。


しばらくして


二人は離れ、ベンチに座る。


「リア、これからどうするんだい?」


「え?」


「第5階梯の研究、続けるんだろう?」


「......うん」


「手伝わせてくれないか」


「え?」


「僕は第3階梯だけど、

 魔法陣の理論なら少しわかる。

 君の研究、興味があるんだ」


セシリアは迷った。


前世の理性は警告する。


(これ以上関わったら、フラグが立つ)


でも——


エドワードの優しい目。

一緒に戦おう、という言葉。


(でも......一人じゃなくてもいいのかな......)


「......少しだけなら」


セシリアが頷く。


「ありがとう」


エドワードが嬉しそうに笑う。


二人、ノートを開く。

魔法陣の図を見ながら、議論が始まる。


「第4層の安定性が問題なんだけど......」


「魔力供給のタイミングを調整したら?」


「それ、試したけど......」


「じゃあ、魔力密度を段階的に変化させるのは?」


「! それ、考えてなかった」


転生者の知識と、エドワードの発想が組み合わさる。


新しい可能性が見えてくる。


セシリアは気づいた。


一人で戦うより、二人の方が——

いや、リリもいる。三人なら——


もっと遠くまで行けるかもしれない。


「エディ」


「ん?」


「ありがとう」


「どういたしまして」


二人、笑い合う。


エドワードの視点


(やっと、リアの笑顔が見られた)


幼い頃の、あの笑顔。


(今度こそ、守る)

(何があっても)


拳を握る。


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、中庭のセシリアとエドワード。


笑い合っている。


「......」


「また接触しましたね」


美咲が言う。


「ええ」


田村がコーヒーをすする。


「でも、今回は逃げなかった」


「そうですね」


「過去と向き合った」


水晶玉の画面を切り替える。


図書館。

エドワードが資料を読んでいる。

セシリアについての記録。


真剣な顔。


「エドワード、本気ね」


「守りたいんでしょうね」


「ええ」


画面をセシリアに戻す。


笑顔のセシリア。


「......良かった」


田村が静かに微笑む。


「少しずつ、人との繋がりを学んでる」


「ゲーム攻略じゃなくて?」


「ええ。本物の関係を」


コーヒーを飲む。


「でも......」


「でも?」


「セシリア、まだ気づいてない」


「何を?」


「エドワードの気持ち」


画面のエドワード。

セシリアを見つめる優しい目。


「恋......ですか」


「そう。でもセシリアは、

 まだ『仲間』としか思ってない」


「......これから、どうなりますか」


「わからない」


田村が微笑む。


「でも、それがいい」


「え?」


「決められたシナリオ通りじゃないから」


美咲が頷く。


二人、水晶玉を見守る。


夕方、リリの部屋


コンコン。


ノックの音。


「はーい」


リリが扉を開ける。


セシリアが立っている。


「セシリア様」


「リリ......」


セシリアが入ってくる。

ベッドに座る。


「どうしたんですか?」


「今日......エドワードと会った」


「エドワード様と?」


「うん......」


セシリアが経緯を話す。


中庭での出会い。

過去の事故の話。

エドワードの言葉。


全部。


「......そうですか」


リリが隣に座る。


「セシリア様、泣いてたんですね」


「うん......」


「良かったです」


「え?」


「ずっと、一人で抱え込んでたから」


リリがセシリアの手を握る。


「エドワード様と話せて、良かったです」


「......ありがとう、リリ」


二人、しばらく黙って座っている。


「リリ」


「はい?」


「私......これでいいのかな」


「何がですか?」


「エドワードと......関わって......」


「......」


リリが微笑む。


「いいんですよ」


「でも、バッドエンドが......」


「セシリア様」


リリがセシリアを見る。


「人と関わることは、悪いことじゃありません」


「......」


「エドワード様は、セシリア様を大切に思ってる。

 それに応えるのは、素敵なことです」


「でも......」


「怖いですか?」


「......うん」


「大丈夫」


リリがセシリアを抱きしめる。


「私がいます。いつでも、そばに」


「......ありがとう」


二人、抱き合う。


温かい時間。


夜、セシリアの部屋


ベッドに座る。

ノートを開く。


【バッドエンド回避作戦】


新しいページ。


【エドワードイベント - 結果報告】


中庭で遭遇(幼馴染)

会話時間:約30分

身体接触:あり(抱擁)

愛称使用:あり(リア、エディ)

対処:......逃げなかった

フラグ成立確率:65%


「まずい......」


ペンを置く。


「王子に続いて、エドワードも......」


窓の外を見る。夕日が沈む。


「このままだと......」


でも。


脳裏にエドワードの顔が浮かぶ。

優しい笑顔。


「一緒に戦おう」


という言葉。


「......」


胸が苦しい。


「エドワード......」


囁く。


「ごめんね......」


涙が溢れそうになる。


「私のせいで、あんな事故があったのに......

 まだ、優しくしてくれて......」


でも、首を振る。


「ダメ」


「フラグを立ててはいけない」


「バッドエンドになったら......

 また、エドワードに迷惑をかける」


拳を握る。


「絶対に......そんなことさせない」


窓の外、星が見え始める。


「エドワード」


独り言を漏らす。


「ごめんね。でも......」


「これが、私にできる、唯一のこと」


ベッドに横になる。天井を見る。


「疲れた......」


目を閉じる。


でも、明日も戦いは続く。


第4部 終わり


第5部:カイルの花束事件(3週目)


入学3週目、午後

教室


授業が終わった後。

生徒たちが荷物をまとめている。

ざわざわ。


セシリアも席で荷物を片付けている。


ノート、魔法の本、筆記用具。

リュックに詰める。


「セシリア様」


リリが振り向く。


「これから図書館に行きませんか?」


「うん、行く!」


セシリアが立ち上がる。


でも、その時。


「セシリア・ド・モンブラン」


声がかかる。


低い声。でも、どこか緊張している。


セシリアが振り返る。


教室の入口。


カイル・ド・ラヴァレットが立っている。


銀髪。整った顔。鋭い目。

学園の制服。


でも、手に何か持っている。


花束。赤い薔薇。


「!」


セシリアの脳内で警告。


╔══════════════════════╗

【警告】

攻略対象No.3接触

カイル・ド・ラヴァレット

属性:悪役令息、ツンデレ

╚══════════════════════╝


(やばい......!)

(また攻略対象......!)


教室がざわつく。


「カイル様が......」

「セシリア様に......?」


生徒たちがひそひそ話す。


カイルが教室に入る。

セシリアの席に近づく。


周囲の視線。

でも、カイルは気にしない。


セシリアの前に立つ。


「君に」


花束を差し出す。

赤い薔薇。綺麗。大きな花束。


教室が静まる。


「......」


セシリアの転生者の頭脳がパニック。


╔══════════════════════╗

緊急警告!

イベント:花束プレゼント

フラグ成立確率:95%

╚══════════════════════╝


(これ、完全にフラグイベント......!)


でも、どうすれば。


「......」


カイルが少し照れている。

顔が僅かに赤い。


「君のために選んだ」


「!」


(言っちゃった......!)


周囲がざわざわ。


「告白?」

「カイル様が......」


セシリアは慌てる。


でも、前世の判断力が瞬時に作戦を立てる。


╔══════════════════════╗

【選択肢】

━━━━━━━━━━━━━━

1. 花束を受け取る

→ 好感度上昇

→ フラグ成立確定

━━━━━━━━━━━━━━

2. 花束を断る

→ カイル印象悪化

→ フラグ回避成功

━━━━━━━━━━━━━━

3. リリに転送する

→ フラグ移行可能

→ 回避成功率:高

╚══════════════════════╝


(3番!)


「わあ! 綺麗!」


セシリアが花束を受け取る。


「......」


カイルが少し嬉しそう。


「リリに渡すんですね!?」


「......は?」


カイルが固まる。


「リリ、花好きなんです!

 ナイスチョイスです!」


セシリアがリリに花束を押し付ける。


「え?」


リリが困惑する。


「今、呼んできます!」


「いや、君に――」


カイルが言いかけるが。


「わかってます!

 私が代わりに渡せばいいんですよね!」


「......」


「ありがとうございます、カイル様!」


セシリアがお辞儀。

そして、リリの手を引く。


「行こう、リリ!」


「え、ちょ、ちょっと!」


二人、教室を出る。


カイルが一人残される。


呆然。


「......何?」


周囲の生徒たち、ざわざわ。


「どういうこと?」

「リリさんに?」

「でも、カイル様、セシリア様を見てたよね?」


「......」


カイルの顔が真っ赤。

でも、怒っているのか、恥ずかしいのか、わからない。


「......帰る」


教室を出る。


カイルの視点


廊下。

カイルが歩いている。

足音が響く。


「......」


拳を握る。


(何だったんだ、あれは)


花束を渡した。勇気を出して。

でも、リリに渡すため?


(違う)

(君に渡したんだ)


でも、伝わらなかった。


カイルは立ち止まる。

窓の外を見る。中庭が見える。


「セシリア・ド・モンブラン......」


呟く。


回想


2週間前、入学式。


大講堂。

カイルも新入生として座っていた。


周囲の視線。


「カイル・ド・ラヴァレット」

「ラヴァレット家の......」

「悪役令息だって」


ひそひそ話。


カイルは慣れている。


ラヴァレット家。

代々、権力争いに関わってきた家系。

悪役。そう呼ばれることに。


でも、カイル自身は、

そんなことをしたくない。


ただ、家の名前が重い。


そして、入学式で、ある少女を見た。


セシリア・ド・モンブラン。


急に立ち上がった。よろけて。

王子と目が合った。


その後、周囲の噂。


「セシリア・ド・モンブラン」

「災禍の魔女」

「危険だって」


カイルは思った。


(同じだ)


僕と。


悪役と呼ばれる。

でも、本当にそうなのか?


興味が湧いた。


そして、図書館で見かけた。


セシリアが一人で本を読んでいた。

魔法の本。高度な内容。

真剣な目。


美しいと思った。


中庭でも見かけた。


魔法の練習。第5階梯。

失敗しても、諦めない姿。


魅力的だと思った。


そして、決めた。


花を贈ろう。気持ちを伝えよう。

勇気を出して。


でも——


現在


カイルは拳を握る。


「伝わらなかった......」


でも、諦めない。


「もう一度、僕の言葉で」


歩き出す。


「今度は、ちゃんと伝える」


窓の外、夕日が沈む。


「逃げられても、何度でもだ」


決意に満ちた目。


廊下セシリアとリリ


セシリアとリリが走っている。

パタパタパタ。


「セシリア様、これ......」


リリが花束を持っている。

赤い薔薇。


「リリにプレゼントだよ!」


「でも、カイル様、セシリア様を見てましたよ」


「気のせい気のせい!」


「......」


リリが困惑した顔。


人気のない場所。

階段の踊り場。


二人、立ち止まる。


セシリアは息を切らしながら。


転生者の頭脳で状況を分析。


╔══════════════════════╗

危機回避状況

━━━━━━━━━━━━━━

接触時間:約1分

花束:リリに転送済み

フラグ成立:回避成功?

╚══════════════════════╝


(よし......何とか回避できた......?)


「セシリア様」


「ん?」


「本当に、私へのプレゼントだと思いますか?」


リリが花束を見る。綺麗な薔薇。


「カイル様、すごく緊張してました」


「......」


「『君のために選んだ』って」


「......」


「それって......」


「気のせい!」


セシリアが慌てる。


「カイル様は、リリのことが気になってるの!」


「......」


リリが微笑む。


「わかりました。セシリア様がそう言うなら」


「うん!」


でも、セシリアの心の奥で、小さな疑問。


(本当に......そうなのか......?)


首を振る。


(ダメダメ)

(フラグを立ててはいけない)


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、階段の踊り場のセシリアとリリ。


「......」


「また逃げましたね」


美咲が言う。


「ええ」


田村がコーヒーをすする。


「カイルの花束を、リリに押し付けた」


「カイル様、困ってましたね」


「そうね」


画面を切り替える。


廊下を歩くカイル。

決意に満ちた顔。


「......あー」


田村が頭を抱える。


「どうしました?」


「カイル、諦めてない。

 もう一度、ちゃんと伝えるって」


「セシリアちゃん、完全に誤解されてますね」


「ええ」


溜息。


「逃げたことで、彼の情熱に火をつけてしまった」


「追いかけるのが趣味になってますね」


「そう」


画面をセシリアに戻す。


リリと話しているセシリア。

疲れた顔。


「頑張ってるわね......」


田村が静かに微笑む。


「でも......」


「でも?」


「このままだと、

 本当に全員から好かれちゃうわよ」


「あはは」


「笑わないで」


でも、田村も笑う。


「王子、エドワード、カイル。

 全員、セシリアに興味津々」


「残りは、ヴィクター先生とレイですね」


「そう。まだ2人」


コーヒーを飲む。


「さて、どうなることやら」


夕方、セシリアの部屋


ベッドに座る。

ノートを開く。


【バッドエンド回避作戦】


新しいページ。


【カイルイベント - 結果報告】


教室で花束プレゼント

対処:リリに転送

結果:フラグ回避成功?


「......本当に成功したのか?」


不安。


カイルの顔が浮かぶ。

少し照れた顔。


「君のために選んだ」


「......」


胸が痛い。


「カイル様......」


囁く。


「ごめんなさい......」


でも、首を振る。


「ダメ。フラグを立ててはいけない」


窓の外を見る。夕日が沈む。


「王子、エドワード、カイル......

 3人も......」


「このままだと......」


全員とフラグが立ってしまう。


「どうすれば......」


疲れた。


ベッドに倒れ込む。天井を見る。


「......」


でも、心の奥で、小さな声。


(みんな......優しい......)

(話してみたい......)


「......!」


慌てて頭を振る。


「ダメダメダメ!」

「バッドエンドになる!」


拳を握る。


「絶対に......フラグは立てない」


窓の外、星が見え始める。


明日も、戦いは続く。


翌日、廊下


セシリアが歩いている。

授業の合間。次の教室へ。


でも、曲がり角で——


誰かとぶつかりそうになる。


「あ、すみません!」


顔を上げる。


カイルが立っている。


「!」


二人、見つめ合う。沈黙。


セシリアは慌てる。


「あ、あの、カイル様!」


「昨日の花束、リリが喜んでました!」


「......」


カイルが黙っている。


「本当に綺麗で!」


「セシリア」


低い声。でも、真剣。


「は、はい?」


「あれは」


カイルが一歩近づく。


「君に贈ったものだ」


「え?」


「リリではない。君に」


「で、でも!」


「君が」


カイルが目を見る。

真っ直ぐ。逃がさない、というように。


「好きだ」


「ぎゃっ!」


セシリアが小さな悲鳴。


脳内パニック。


╔══════════════════════╗

システムエラー

告白イベント発生

フラグ成立確率:99%

╚══════════════════════╝


(やばいやばいやばい!)


「あ、あの、授業が!」


セシリアが走り出す。


「待って!」


カイルが声をかけるが——


セシリアはもう遠くへ。


カイルが一人残される。


「......」


今度は、ニヤリと笑顔。


「作戦成功だ」


独り言を漏らす。


「少なくとも、君には届いた」


カイルの視点


廊下を歩きながら。


(昨日は失敗した)

(花束だけでは、伝わらなかった)


(だから、今日は言葉で)


(逃げられたけど)

(でも、ちゃんと伝えられた)


拳を握る。


(セシリア・ド・モンブラン)


(君も、悪役のレッテルを貼られてる)

(僕と同じように)


(でも、君は逃げずに魔法を続けてる)

(強い)


(だから......)


窓の外を見る。


(もっと知りたい)

(君のことを)


決意に満ちた目。


異世界演出部、田村のオフィス


画面には、走るセシリア。


「......」


「直接告白されましたね」


美咲が言う。


「ええ」


田村がコーヒーをすする。


「カイル、戦略的ね」


「花束では伝わらなかったから、

 言葉で伝えた」


「そうね」


画面のセシリア。

完全にパニック状態。


「セシリアちゃん、どうするんでしょう」


「わからない」


田村が微笑む。


「でも、面白くなってきた」


「え?」


「セシリア、もう限界が近い」


「限界?」


「ずっと逃げ続けてきたけど、

 そろそろ気づき始めてる」


「何に?」


「自分の気持ちに」


画面のセシリア。

走りながら、涙が溢れている。


「......」


田村が優しく微笑む。


「頑張って、セシリア」


夕方、セシリアの部屋


ベッドに座る。

ノートを開く。


【バッドエンド回避作戦】


新しいページ。


【カイルイベント2 - 結果報告】


廊下で遭遇

直接告白された

対処:逃走

フラグ成立確率:99%


「......」


ペンを置く。


涙が溢れる。


「どうして......」


呟く。


「どうして、みんな......」


エドワードの顔。

「一緒に戦おう」


リオンの顔。

「君は強くなった」


カイルの顔。

「好きだ」


「......」


涙が止まらない。


「私は......」


「ただ、バッドエンドを避けたいだけなのに......」


でも、心の奥で。


(本当に......それだけ?)


窓の外を見る。星が輝いている。


「わからない......」


囁く。


「もう......わからない......」


ベッドに倒れ込む。


涙が枕を濡らす。


第5部 終わり


第6部:デート大混乱(1ヶ月後)


入学1ヶ月後、昼休み

学園の中庭


ベンチに座っているセシリア。

リリと一緒。お弁当を食べている。


「セシリア様、最近疲れてませんか?」


リリが心配そうに見る。


「うーん......」


セシリアの顔色が良くない。


「ちょっと......」


「無理してませんか?」


「大丈夫、大丈夫」


笑顔を作る。

でも、目の下にクマがある。


実際は、この1ヶ月、

攻略対象との遭遇が続いていた。


図書館でリオン王子。

中庭でエドワード。

廊下でカイル。


何度も何度も。

その度に逃げ、疲れていた。


でも、フラグは立てられない。


その時。


「やあ、セシリア」


声がかかる。


二人が振り向く。


エドワードが立っている。笑顔。


「!」


(またエドワード......!)


「リリさんも一緒だったんだね」


「はい」


「ちょうど良かった」


エドワードがセシリアに向き直る。


「セシリア、今度の休日、街に行かない?」


「え?」


セシリアの脳内で警告。


╔══════════════════════╗

【イベント警告】

デート誘い発生

対処:同行者を増やす

╚══════════════════════╝


「久しぶりに、ゆっくり話したいんだ」


「あ、あの......」


「昔みたいに」


その言葉が胸に刺さる。


幼い頃。一緒に遊んだ日々。


でも——


(ダメ)


前世の理性が警告する。


(フラグを立ててはいけない)


「わかりました!」


「本当?」


エドワードが嬉しそう。


「リリも呼びますね!」


「え、でも二人で――」


「三人の方が楽しいですよ!」


「......」


エドワードが困惑した顔。


「ね、リリ!」


「え? あ、はい......」


リリも戸惑っている。


「......わかった」


エドワードが溜息。


「三人でも、いいけど」


「やった!」


でも、セシリアの心の中で。


(これで安全......)

(三人なら、フラグは立たない)


休日、街の待ち合わせ場所


王都の中央広場。

大きな噴水。

周りに露店。人で賑わっている。


セシリアとリリが待っている。


セシリアは私服。

深緑のワンピース。


リリも私服。

ピンクのブラウス。


「セシリア様、緊張してます?」


「うん......ちょっと」


転生者の頭脳で作戦確認。


╔══════════════════════╗

デート回避作戦

━━━━━━━━━━━━━━

1. 三人で行動

2. 二人きりを避ける

3. 会話は最小限

╚══════════════════════╝


「よし......」


その時。


「お待たせ」


エドワードが来る。


私服。茶色のシャツ。爽やかな印象。


「二人とも、可愛いね」


「ありがとうございます」


リリが微笑む。


「......」


セシリアの顔が赤くなる。


でも、すぐに首を振る。


(ダメダメ)


「あ、そうだ!」


「?」


「王子も呼びました!」


「え?」


エドワードが驚く。


「街で偶然会うって連絡したら、

 来てくれるって!」


「......いや、それは」


その時。


「やあ」


リオン王子が現れる。


私服。白いシャツ。

金髪が光っている。


「呼ばれて来たが......」


エドワードを見る。


「エドワードも?」


「......」


エドワードが複雑な顔。


「みんなで楽しみましょう!」


セシリアが明るく言う。


「......そうか」


リオンが少し笑う。


「面白そうだ」


「......」


エドワードが溜息。

でも、諦めた様子。


「あ、カイルも呼びました!」


全員「え?」


「すぐ来ると思います!」


数分後。


カイルが来る。


私服。黒いシャツ。

銀髪が風に揺れる。


「......なぜ私が」


セシリアを見る。


「みんなで街を楽しみましょう!」


「......」


カイルが諦めた顔。


「わかった」


街を歩く


王都の大通り。

露店が並ぶ。


食べ物、雑貨、魔法道具。

人で賑わっている。


セシリア、リリ、エドワード、リオン、カイル。


五人で歩く。


でも、雰囲気が微妙。


エドワードがセシリアの隣を歩こうとする。

でも、リオンも近づく。

カイルも。


結果、セシリアを三人が囲む形。


リリは少し後ろ。


「......私、蚊帳の外なんですけど」


リリが小声で呟く。


セシリアは気づかない。

必死で会話を避けている。


「リア、あの露店」


エドワードが言う。


「!」


(リアって呼ばれた......!)


「昔、二人で来たよね」


「あ、あー......」


「昔?」


リオンが興味深そう。


「君たち、知り合いだったのか」


「幼馴染だ」


エドワードが言う。


「......そうか」


「......」


カイルが黙って聞いている。


「あ、あの!」


セシリアが慌てる。


「あっちの露店、見ましょう!」


話を逸らす。走り出す。


三人がついてくる。


「......」


リリが溜息。でも、微笑む。


「セシリア様、頑張ってるな」


露店


魔法道具の店。


杖、魔石、魔法陣が刻まれた護符。


セシリアが興味津々。


「すごい......」


「お嬢さん、魔法使いかい?」


店主が声をかける。


「はい!」


「じゃあ、これなんかどうだ」


魔石を見せる。青く光っている。


「第4階梯の魔力を増幅する魔石だ」


「わあ......」


「リア、似合いそうだね」


エドワードが近づく。


「確かに。君の深緑の瞳と合う」


リオンも言う。


「......」


カイルが黙って見ている。

でも、目は優しい。


「あ、でも、高そう......」


「5000ゴールドだね」


店主が言う。


「や、やっぱり......」


その時。


「僕が」


エドワードが言う。


「いや、僕が」


リオンも言う。


「......僕が買う」


カイルも言う。


三人同時。


「え?」


三人、見合う。火花が散る。


「リアは幼馴染だ」


エドワードが言う。


「でも、僕は王子だ」


リオンが言う。


「関係ない」


カイルが言う。


「あ、あの!」


セシリアが慌てる。


「い、いりません!

 お金、もったいないです!」


三人「え?」


リリが前に出る。


「セシリア様、落ち着いてください」


「リリ......」


リリが店主に向き直る。


「すみません、また今度来ます」


「おう、待ってるよ」


リリがセシリアの手を引く。


「行きましょう」


「うん......」


五人、露店を離れる。


休憩


広場のベンチ。五人で座る。


というか、セシリアを中心に、

エドワード、リオン、カイルが座る。


リリは隣のベンチ。


「......完全に蚊帳の外」


でも、笑っている。


「でも、みんなセシリア様のこと、

 本当に好きなんだな」


セシリアは三人に囲まれて緊張している。


「リア、飲み物買ってくるよ」


エドワードが言う。


「あ、ありがとう......」


「僕も行く」


リオンが言う。


「......僕も」


カイルも言う。


三人、立ち上がる。露店へ。


セシリアとリリだけ。


「......」


セシリアがぐったり。


「疲れた......」


「お疲れ様です」


リリが笑顔。


「ごめんね、リリ。巻き込んじゃって」


「いいえ」


リリがセシリアの隣に座る。


「でも、セシリア様」


「ん?」


「みんな、セシリア様のことが好きなんですよ」


「そ、そんなことない......」


「そうですよ」


リリが微笑む。


「だって、みんなの目、

 セシリア様しか見てない」


「......」


「いいことじゃないですか」


「でも......」


「でも、バッドエンドが......」


セシリアが囁く。


「......?」


リリが首を傾げる。


その時、三人が戻ってくる。

飲み物を持って。


「はい、リア」


エドワードが差し出す。


「僕のも」


リオンも差し出す。


「......これも」


カイルも差し出す。


三つのカップ。


「え、えっと......」


セシリアが困惑。


「あはは」


リリが笑っている。


夕方


デートが終わった。

広場で解散。


「今日は楽しかった」


エドワードが言う。


「そうだな」


リオンが言う。


「......まあ」


カイルが言う。


三人、セシリアを見る。


「あ、はい......」


「ありがとうございました......」


セシリアは疲れた顔。


でも、三人は満足そう。


「また、行こう」


エドワードが言う。


「次は二人で」


リオンが言う。


「......僕もだ」


カイルが言う。


「え、ええ......」


三人、去っていく。


セシリアとリリだけ。


「......」


セシリアがベンチに座り込む。


「疲れた......」


「お疲れ様でした」


リリが隣に座る。


「作戦、失敗だった......」


「え?」


「三人も呼んだのに......

 全然、フラグ回避できてない......」


「......」


リリが微笑む。


「でも、楽しかったですよね?」


「え?」


「セシリア様、時々笑ってました」


「......そう?」


「はい」


「......」


セシリアは思い出す。


露店を見て回った。

魔法道具に興奮した。

みんなで笑い合った。


「......楽しかったかも」


口にする。


「ですよね」


リリが微笑む。


「でも......」


「これでいいのかな......」


空を見上げる。

夕日が沈む。オレンジ色の空。


「バッドエンドを避けるために、

 みんなと距離を置いて......

 でも......」


「少しだけ......楽しかった......」


リリがセシリアの手を握る。


「いいんですよ。楽しんでも」


「......」


セシリアの目から涙が溢れそうになる。


でも、我慢する。


「......ありがとう、リリ」


二人、夕日を見つめる。


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、広場のセシリアとリリ。


「......」


「デート、大混乱でしたね」


美咲が言う。


「ええ」


田村がコーヒーをすする。


「セシリア、三人も呼んだ」


「フラグ回避のつもりが」


「逆効果」


溜息。


「三人とも、ますますセシリアに惹かれてる」


「集団デートでも、

 セシリア様しか見てませんでしたね」


「そう」


画面を見る。

セシリアが笑っている。

リリと話しながら。


「......でも」


田村が静かに微笑む。


「少しずつ、楽しんでる」


「そうですね」


「ゲーム攻略じゃなくて、

 人生を楽しみ始めてる」


「いいことですね」


「ええ」


でも、顔を曇らせる。


「でも......まだ気づいてない」


「何を?」


「これが、本物の世界だって。

 ゲームじゃないって」


「......」


「そろそろ......気づく時が来るかもしれない」


コーヒーを飲む。


「リリの告白が......きっかけになる」


「リリさんが?」


「ええ。もうすぐ」


水晶玉を見る。

画面のセシリアとリリ。

二人、笑い合っている。


「頑張って、セシリア」


田村が呟く。


「あなたなら、きっと、

 本当の幸せに気づける」


第6部 終わり


第7部:転換点〜リリの告白


夜、セシリアの部屋


ベッドに座る。

ノートを開く。


【バッドエンド回避作戦】


これまでの記録。


第1週:リオン王子と遭遇(図書館)

第2週:エドワードと遭遇(中庭)

第3週:カイルから花束

1ヶ月後:集団デート


「全部......失敗......」


ペンを置く。


窓の外を見る。月が出ている。

静かな夜。


「どうすれば......」


疲れた。


この1ヶ月、ずっと走り続けた。

バッドエンドを回避するために。


でも——


「うまくいかない......」


独り言を漏らす。


そして、今日のことを思い出す。

集団デート。


エドワード、リオン、カイル。

三人の笑顔。リリの微笑み。


「......楽しかった」


認めたくないけど、楽しかった。

みんなと一緒にいて、笑って。


「でも......」


首を振る。


「ダメ。これはゲーム」

「バッドエンドがある」

「だから......」


でも、胸が苦しい。


「本当に......これでいいのか......?」


その時。


コンコン。


ノックの音。


「セシリア様?」


リリの声。


「あ、はい!」


慌ててノートを閉じる。


扉を開ける。


リリが立っている。

夜着姿。でも、真剣な顔。


「少し......お話、いいですか?」


「うん、もちろん」


リリを部屋に入れる。


核心への問いかけ


二人、ベッドに座る。


しばらく沈黙。


リリが口を開く。


「セシリア様」


「ん?」


「聞いてもいいですか」


「何?」


リリが真剣な目で見る。


「セシリア様は......

 なぜ、そんなに『最悪の結末』を恐れてるんですか?」


「!」


セシリアの身体が硬直する。


「入学式から、ずっと。

 王子様たちを避けて、

 逃げ続けて......」


「それは......」


「なぜですか?」


「......」


セシリアは答えられない。

どう説明すれば。


「セシリア様」


リリがセシリアの手を取る。


「私、ずっと疑問だったんです」


「......」


「セシリア様は、時々......」


リリが言葉を選ぶ。


「まるで......」


「私たちに心がないみたいに、

 接してるように見えるんです」


「え?」


「私たちが......何か、

 演じてるだけみたいに」


「!!!」


セシリアの心臓が止まりそうになる。


(なぜ......)

(リリが......)


「違いますか?」


リリの優しい声。でも、真剣。


「......」


セシリアは否定できない。


前世の理性が、それを認めてしまう。


確かに——


ゲーム攻略として、みんなを見ていた。

フラグ、イベント、好感度。


人間として、ではなく。


「セシリア様」


リリがセシリアの両手を握る。


「聞いてください」


「......」


「私は」


リリが深呼吸。


「心を持たない、飾りなんかじゃありません」


「......」


「私には、心があります。

 感情があります。

 セシリア様と過ごした時間、

 全部、本物です」


「リリ......」


涙が溢れそうになる。


「王子様も、エドワード様も、カイル様も」


「......」


「みんな、本物の人間です」


「セシリア様に惹かれて、

 セシリア様と一緒にいたいと思って、

 本当の気持ちで、接してるんです」


「でも......」


「でも、私は知ってるの」


セシリアが呟く。


「このゲームのバッドエンドを」


「......」


「災禍の魔女になって、

 みんなを傷つけて、

 最後は......」


涙が溢れる。


「最後は、殺されるの」


「......」


「だから、フラグを避けなきゃ。

 バッドエンドを回避しなきゃ」


涙が止まらない。


「怖いの......」


リリがセシリアを抱きしめる。


「セシリア様」


優しい声。


真実の告白


「これは、何かの筋書きじゃありません」


「え......?」


「あなたが生きてるのは、本物の世界です」


「......」


「この世界に、決められた結末なんてありません」


「でも......」


「あなたが選ぶんです。あなたの未来を」


「......」


「誰かが決めたことじゃなくて、

 あなた自身の意志で」


セシリアの脳内で——


ゲーム画面が浮かぶ。


でも——


╔══════════════════════╗

【エ■ー】

シ■テ■が■■■認■

■■■■■■

━━╋━━━━━━━━━━━━

■■で■ま■ん


╚══════════════════════╝


画面が歪む。

ノイズが走る。


「え......?」


セシリアが驚く。


リリが続ける。


「だから、怖がらないでください」


╔══════════════════

【■■■■】

■■■■■

━━




╚══════════════════


枠組みが薄れていく。

文字が消えていく。


「あなたは、災禍の魔女なんかじゃない」


「......」


「優しくて、一生懸命で、魔法が大好きで」


画面が完全に——


消える。


セシリアの脳内に、

もう何も表示されない。


警告も、選択肢も、フラグ判定も。


何もない。


ただ、リリの温かさだけが、そこにある。


「そんなあなたが、私は大好きです」


「リリ......」


セシリアの涙が溢れる。

堰を切ったように。


「これは......ゲームじゃない......」


呟く。


「本物......なんだ......」


リリがセシリアを優しく抱きしめる。


「泣いてもいいんですよ」


「ごめんなさい......ごめんなさい......」


セシリアが泣きながら謝る。


「みんなを......心がないみたいに......」


「いいんです」


リリがセシリアの背中を優しく撫でる。


「今、気づいたじゃないですか」


「......」


「これから、本当の自分として、

 生きていけばいいんです」


「......できるかな......」


「できますよ」


リリが微笑む。


「だって、私がいます」


「リリ......」


「私は、あなたの友達です。本物の」


「......うん」


二人、しばらく抱き合っている。


月の光が部屋を照らす。

静かな夜。でも、温かい。


これから


しばらくして、セシリアが落ち着く。

涙を拭う。


「ありがとう、リリ」


「いいえ」


「でも......これから、どうすれば......」


「難しく考えなくていいんです」


「え?」


「まず、自分の気持ちに正直になってください」


「自分の気持ち......」


「王子様たちと話すのは、

 本当は、嫌じゃないですよね?」


「......」


「......うん」


セシリアが頷く。


「楽しい......時もある」


「ですよね」


リリが微笑む。


「だったら、逃げなくてもいいんです」


「でも......」


「怖いですか?」


「......うん」


「大丈夫」


リリがセシリアの手を握る。


「私がいます。いつでも、そばにいます」


「......」


「だから、一歩ずつ、進んでいきましょう」


「......うん」


涙が溢れる。でも、今度は嬉しい涙。


「ありがとう、リリ」


「どういたしまして」


二人、笑い合う。


窓の外、月が優しく照らしている。


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、セシリアの部屋。

抱き合うセシリアとリリ。


「......」


田村が涙を拭いている。


「田村さん、泣いてるんですか?」


美咲が言う。


「泣いてない」


でも、目が赤い。


「泣いてますよ」


「......ちょっとだけ」


田村がハンカチで目を拭く。


「だって、やっと気づいたのよ」


「そうですね」


「これが、本物の世界だって。

 筋書きじゃないって」


画面のセシリア。

笑っている。リリと一緒に。


「良かった......」


田村が囁く。


「これからどうなりますか?」


「わからない」


田村がコーヒーを飲む。


「もう、決められたシナリオ通りじゃない」


「え?」


「セシリアが気づいた時点で、

 物語は変わった」


「......」


「これからは、彼女が選ぶ。

 彼女の未来を」


画面を見る。

セシリアとリリ、笑い合っている。


「頑張って、セシリア」


田村が微笑む。


「あなたなら、きっと、

 自分だけの幸せを見つけられる」


翌朝、セシリアの部屋


窓から朝日が差し込む。


セシリアが目が覚める。

ベッドに座る。


隣にリリが寝ている。

昨夜、一緒に寝た。


セシリアはリリを見る。

穏やかな寝顔。


「......ありがとう」


囁く。


窓の外を見る。

青い空。白い雲。


「今日から......」


深呼吸。


「本当の自分として、生きる」


立ち上がる。


机の上のノート。

【バッドエンド回避作戦】


手に取る。

しばらく見つめる。


そして、最後のページを開く。

ペンを取る。


書く。


【作戦終了】


これからは、自分の気持ちに従う。

怖いけど、一歩ずつ。

リリと一緒に。


ノートを閉じる。

本棚にしまう。


窓の外を見る。

新しい朝。新しい始まり。


「頑張ろう」


静かに微笑む。


その時、リリが目を覚ます。


「おはようございます、セシリア様」


「おはよう、リリ」


笑顔。本物の笑顔。


「いい顔ですね」


「そう?」


「はい。昨日より、ずっと」


「......ありがとう」


「今日から、どうします?」


「うーん......」


セシリアが考える。


「まず、みんなに、ちゃんと向き合う」


「いいですね」


「逃げない。怖いけど」


「大丈夫。私がいますから」


「うん」


二人、笑い合う。


窓の外、鳥が飛んでいく。

青い空へ。自由に。


第7部 終わり


第8部:新しい始まり


翌日、教室


授業前。

生徒たちがざわざわ話している。


セシリアが席に座っている。

リリが隣。


「セシリア様、緊張してますか?」


「うん......ちょっと」


「大丈夫ですよ」


リリが手を握る。


「一緒ですから」


「......ありがとう」


深呼吸。


その時、教室の扉が開く。


エドワードが入ってくる。

セシリアを見つけて、笑顔。


「おはよう、リア」


近づいてくる。


セシリアは——


今までなら、逃げていた。

でも、今日は違う。


「おはよう、エディ」


笑顔で返す。


「!」


エドワードが驚く。


「今日は......逃げないんだね」


「うん」


セシリアが頷く。


「もう、逃げない」


「......」


エドワードの顔が赤くなる。

嬉しそう。


「そっか」


嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、今度の休日、

 二人でゆっくり話そう」


「うん」


「本当に?」


「本当」


エドワードが目を輝かせる。


「約束だよ」


「約束」


二人、笑い合う。


その様子を、リリが微笑んで見ている。


昼休み、中庭


ベンチに座るセシリアとリリ。

お弁当を食べている。


「セシリア様、今日は別人みたいですね」


「そう?」


「はい。すごく、自然です」


「......」


セシリアが微笑む。


「昨日、リリが言ってくれたから」


「え?」


「これは、ゲームじゃないって。

 本物の世界だって」


「......」


「だから、本物の自分として、

 生きようと思って」


リリが嬉しそうに微笑む。


「良かったです」


二人、笑い合う。


その時。


「やあ」


声がかかる。


振り返ると、リオン王子が立っている。


「!」


(王子......!)


でも、今日は逃げない。


「こんにちは、王子様」


落ち着いて挨拶。


「......」


リオンが少し驚く。


「今日は逃げないんだね」


「はい」


セシリアが頷く。


「逃げるのは、やめました」


「そうか」


リオンが微笑む。


「なら、質問してもいいかな」


「はい」


「君は、なぜ魔法を学んでいるんだ?」


「え?」


突然の質問。


でも、セシリアは考える。


なぜ、魔法を?


前世の知識が答えを探る。


(バッドエンドを避けるため......?)

(いや、違う)


もっと深いところ。


「......自由になりたいから」


口にする。


「自由?」


「はい」


セシリアが空を見上げる。

青い空。


「前は......閉じ込められていて」


「......」


「外に出られなくて、

 何もできなくて」


リオンが真剣に聞いている。


「でも、今は違う」


セシリアが微笑む。


「魔法を使えば、空を飛べる。

 世界を旅できる。

 どこへでも行ける」


「......」


「だから、魔法を学んでるんです」


リオンが頷く。


「そうか」


「君は、災禍の魔女なんかじゃない」


「え?」


「自由を求める、一人の魔法使いだ」


セシリアの目から涙が溢れそうになる。


「......ありがとうございます」


リオンが微笑む。


「これから、一緒に学ぼう」


「はい」


二人、握手する。


リリが隣で微笑んでいる。


午後、図書館


セシリアが本を探している。

魔法の本。第5階梯の研究資料。


本棚の前。上を見上げる。


「あった......」


でも、高い棚。手が届かない。


その時。


「これか?」


声がかかる。


振り返ると、カイルが立っている。

本を手に取ってくれる。


「カイル様......」


「君が探していたのは、これだろう?」


本を差し出す。

【禁術魔法陣の応用理論】


「ありがとうございます」


受け取る。


「......」


カイルがセシリアを見つめる。


「君、変わったな」


「え?」


「今まで、僕を見ると逃げていたのに」


「......」


セシリアの顔が赤くなる。


「すみません......」


「いや、謝らなくていい」


カイルが微笑む。


「むしろ、嬉しい」


「......」


「君が、やっと心を開いてくれた」


セシリアの胸が熱くなる。


「カイル様......」


「好きだと言った。覚えているか?」


「はい......」


顔が真っ赤。


「今でも、変わらない」


カイルが一歩近づく。


「だから、これからも、

 君を見守る」


「......」


「無理はしなくていい。

 君のペースで」


セシリアが頷く。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


カイルが去っていく。


セシリアは一人残される。


本を抱きしめる。

胸が高鳴る。


「カイル様......」


囁く。


「優しい......」


でも、すぐに首を振る。


「ダメダメ」


顔が熱い。


「でも......嬉しい......」


笑顔。本物の笑顔。


夕方、教室


授業が終わった。

生徒たちが片付けている。


セシリアも荷物をまとめている。


その時、教室の前を通りかかる人影。


ヴィクター・フォン・エルドリッジ。

魔法学の教師。


黒髪。眼鏡。整った顔立ち。

でも、どこか冷たい印象。


30代前半。


彼は教室を覗き込む。

セシリアを見る。


「セシリア・ド・モンブラン」


低い声。


「はい?」


セシリアが振り向く。


「職員室に来てもらえるか」


「え?」


「君の魔法の研究について、

 話がある」


「......はい」


セシリアがリリを見る。

リリが頷く。


「行ってきます」


「気をつけて」


セシリアはヴィクターについていく。


廊下


ヴィクターが前を歩いている。

セシリアが後ろを歩く。


「先生、何の話ですか?」


「職員室で話す」


「......」


沈黙。


セシリアは緊張している。


前世の知識が警告する。


╔══════════════════════╗

【キャラクター確認】

ヴィクター・フォン・エルドリッジ

攻略対象No.4

属性:教師、クール

╚══════════════════════╝


でも、今は違う。


(逃げない)


深呼吸。


(大丈夫。リリが言った通り、

 これは本物の世界)


(だから、怖がらなくていい)


職員室


扉を開ける。中に入る。


でも、誰もいない。

他の教師たちは帰宅した後。


ヴィクターとセシリアだけ。


「座りなさい」


ヴィクターが椅子を指す。


セシリアは座る。


ヴィクターは机に向かって立つ。


「君の魔法の研究を見せてもらった」


「え?」


「第5階梯。精神支配術式の無害化」


「......」


「危険な研究だ」


「はい......」


「なぜ、そんな研究を?」


ヴィクターの目が鋭い。


セシリアは考える。


(なぜ......?)


前世の答えなら——


(バッドエンドで精神支配されるから)


でも、それは違う。


もっと本当の理由。


「......自由を守るため」


口にする。


「自由?」


「はい」


セシリアが頷く。


「精神支配されたら、

 自分の意志がなくなる」


「......」


「自由に考えられない。

 自由に選べない」


「だから、無害化したい。

 誰も、そんな目に遭わないように」


ヴィクターが眼鏡を外す。

セシリアを見る。


「......そうか」


少し微笑む。


「君は、本当に優しいんだな」


「え?」


「災禍の魔女と呼ばれているが、

 本当は、誰よりも人を思っている」


セシリアの顔が赤くなる。


「そ、そんなこと......」


「いいや」


ヴィクターが近づく。


「だから、手伝わせてもらえないか」


「え?」


「君の研究。

 私も興味がある」


「本当ですか?」


「ああ」


ヴィクターが微笑む。


「一緒に、世界を変えよう」


セシリアの目が輝く。


「はい!」


二人、握手する。


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、職員室のセシリアとヴィクター。


「......」


「ヴィクター先生も接触しましたね」


美咲が言う。


「ええ」


田村がコーヒーをすする。


「セシリア、もう逃げてない」


「そうですね」


「全員と、ちゃんと向き合ってる」


画面を見る。

笑顔のセシリア。


「良かった......」


田村が静かに微笑む。


「これで、攻略対象は4人」


「残りは、レイだけですね」


「ええ。転校生」


「いつ来るんですか?」


「来週」


田村が言う。


「そこで、セシリアの本当の試練が始まる」


「試練?」


「レイは......特別だから」


「......」


「でも、今のセシリアなら、

 きっと乗り越えられる」


画面を見つめる。


「頑張って、セシリア」


夜、セシリアの部屋


ベッドに座る。


今日のことを思い出す。


エドワード、リオン、カイル、ヴィクター。

全員と話した。

逃げなかった。


「疲れた......」


でも、嬉しい。


ノックの音。


「はい」


リリが入ってくる。


「お疲れ様です」


「ありがとう」


リリが隣に座る。


「今日、どうでした?」


「うん......」


セシリアが微笑む。


「すごく、良かった」


「そうですか」


「みんな、優しかった」


「......」


「エドワードも、王子様も、

 カイル様も、ヴィクター先生も」


「良かったですね」


リリが嬉しそう。


「でも、これから......どうなるんだろう」


「わかりません」


リリが微笑む。


「でも、それがいいんです」


「え?」


「決められた未来じゃなくて、

 自分で選ぶ未来」


「......」


「怖いですか?」


「......うん、ちょっと」


「大丈夫」


リリがセシリアの手を握る。


「私がいます」


「......ありがとう」


二人、抱き合う。


窓の外、月が優しく照らしている。


「リリ」


「はい?」


「明日も、頑張る」


「はい」


「一緒に」


「はい」


笑い合う。


温かい時間。


翌朝


セシリアが目を覚ます。

窓から朝日が差し込む。


立ち上がる。窓を開ける。


新鮮な空気。鳥の鳴き声。


「いい天気」


深呼吸。


「今日も、頑張ろう」


笑顔。


そして、窓の外を見る。

学園の校庭。

生徒たちが歩いている。


その中に、見慣れない人影。


銀髪の少年。

見たことのない顔。


「......誰?」


でも、すぐにわかる。


前世の知識が答える。


╔══════════════════════╗

【キャラクター確認】

レイ

攻略対象No.5

属性:転校生、ミステリアス

╚══════════════════════╝


「転校生......」


囁く。


「いよいよ、5人目......」


でも、今は怖くない。


深呼吸。


「大丈夫」


拳を握る。


「私は、もう逃げない」


窓の外、レイが学園の門をくぐる。


新しい出会い。

新しい物語。


セシリアの、本当の人生が、

動き始めようとしていた。


第8部 終わり


第9部:転校生レイ


1週間後、教室


朝のホームルーム。

生徒たちがざわざわ話している。


セシリアとリリも席に座っている。


「今日、転校生が来るらしいですよ」


リリが言う。


「そうなんだ」


セシリアは落ち着いている。


前世の知識で、既に知っている。


╔══════════════════════╗

【キャラクター確認】

レイ

攻略対象No.5(最後)

属性:転校生、ミステリアス

特徴:正体不明

╚══════════════════════╗


「でも、大丈夫」


囁く。


「もう、逃げない」


その時、扉が開く。


担任教師が入ってくる。

後ろに、一人の少年。


銀髪。深い青の瞳。

整った顔立ち。

学園の制服。


でも、どこか——

この世界の人間ではないような、

不思議な雰囲気。


「みんな、静かに」


担任が言う。


「今日から、新しい仲間が加わる」


少年が前に出る。


「レイ・アストラルだ」


低い声。穏やか。


「よろしく頼む」


お辞儀。


教室がざわつく。


「レイ・アストラル?」

「どこの家の......?」

「初めて聞く名前ね」


レイは教室を見渡す。


そして、セシリアに目が止まる。


「......」


二人、目が合う。


セシリアの胸が高鳴る。


でも、今は逃げない。


視線を外さず、微笑む。


レイも小さく微笑む。


そして、席へ向かう。

セシリアの隣の席。


(え......?)


「よろしく、セシリア・ド・モンブラン」


レイが言う。


「あ、はい......よろしく」


「......」


レイがセシリアを見つめる。

興味深そうな目。


でも、何も言わない。


授業が始まる。


昼休み、中庭


セシリアとリリがベンチに座っている。

お弁当を食べながら。


「セシリア様、レイさん、

 隣の席になりましたね」


「うん......」


「偶然ですかね?」


「どうだろう......」


セシリアは考える。


転生者の思考で状況を分析。


(レイ......攻略対象の最後)

(でも、ゲームでは、

 レイの正体は明かされなかった)


(ミステリアスキャラ)

(本当の目的は......?)


その時。


「失礼」


声がかかる。


振り返ると、レイが立っている。


「隣、いいかな?」


「あ、はい」


セシリアが頷く。


レイがベンチに座る。

セシリアの隣。


リリは反対側。


「君たち、仲がいいね」


レイが言う。


「はい。親友です」


リリが微笑む。


「そうか」


レイがセシリアを見る。


「セシリア、君は災禍の魔女と呼ばれているそうだね」


「!」


直球。


「はい......」


「怖くないのか?」


「え?」


「そう呼ばれることが」


「......」


セシリアは考える。


怖い?


前なら、怖かった。

災禍の魔女=バッドエンド。


でも、今は——


「怖くない」


口にする。


「なぜ?」


「それは......私の一部だから」


「......」


「魔法が強いから、そう呼ばれる。

 でも、それは私が頑張った証拠」


レイが微笑む。


「そうか」


「だから、怖くないです」


セシリアが真っ直ぐレイを見る。


「むしろ、誇り」


「......」


レイの目が優しくなる。


「君は、強いんだね」


「いえ......」


セシリアが首を横に振る。


「一人じゃ、弱いです」


リリを見る。


「でも、リリがいる。

 エドワードも、王子様も、

 カイル様も、ヴィクター先生も」


「......」


「みんながいるから、強くなれる」


レイが頷く。


「なるほど」


「レイさんは?」


セシリアが聞く。


「え?」


「どうして、この学園に?」


「......」


レイが少し考える。


「君に会いたかったから」


「え?」


「災禍の魔女。

 噂を聞いて、興味が湧いた」


「......」


「でも、会ってみたら、

 噂とは全然違った」


レイが微笑む。


「優しくて、強くて、

 でも、一人じゃない」


「......」


「いいね」


セシリアの顔が赤くなる。


「あ、ありがとうございます......」


リリが隣で微笑んでいる。


レイの視点


昼休みが終わり、教室へ戻る。


レイは一人、廊下を歩いている。


(セシリア・ド・モンブラン)


思い出す。

彼女の笑顔。真っ直ぐな目。


(変わったな)


レイの正体——


彼は、異世界演出部の観察員。


田村と同じ組織。

セシリアの成長を見守る役割。


でも、転校生として潜入した。


(最初に会った時は......)


回想


3ヶ月前。

レイは水晶玉でセシリアを見ていた。


入学式の日。

逃げるセシリア。

パニック状態。


「この子、大丈夫かな......」


心配だった。


でも、田村が言った。


「大丈夫。リリがいるから」


「リリ?」


「ええ。彼女が、セシリアを変える」


そして、今——


現在


(田村の言う通りだった)


レイが微笑む。


(セシリア、本当に変わった)


(もう、逃げてない)

(自分の意志で、生きている)


(良かった)


廊下の窓から外を見る。

青い空。白い雲。


(これなら......もう、見守るだけでいい)


(彼女は、自分の道を歩ける)


夕方、図書館


セシリアが一人で本を読んでいる。

魔法の本。第5階梯の研究資料。


真剣な顔。


その時。


「勉強熱心だね」


声がかかる。


レイが立っている。


「あ、レイさん」


「隣、いいかな?」


「はい」


レイが隣に座る。


セシリアの本を覗き込む。


「第5階梯か。難しいね」


「でも、面白いです」


セシリアが目を輝かせる。


「この術式、応用すれば、

 もっと色々できるんです」


「......」


レイが微笑む。


(本当に、魔法が好きなんだな)


「セシリア」


「はい?」


「君の夢は何?」


「夢......?」


セシリアが考える。


前なら、答えは——


(バッドエンド回避)


でも、今は違う。


「自由になること」


口にする。


「自由?」


「はい」


セシリアが窓の外を見る。

夕日が沈む。オレンジ色の空。


「魔法を使って、空を飛んで、

 世界中を旅したい」


「......」


「色んな場所を見て、

 色んな人と会って、

 色んなことを経験したい」


目が輝いている。


「それが、私の夢」


レイが頷く。


「いい夢だ」


「レイさんの夢は?」


「僕?」


レイが少し考える。


「......君たちを見守ること」


「え?」


「この世界の人たちが、

 幸せになるのを見届けること」


「......」


「それが、僕の役割だから」


セシリアが首を傾げる。


「変わった夢ですね」


「そうかな?」


「でも......優しいですね」


セシリアが微笑む。


「レイさん、優しい人なんですね」


「......」


レイの顔が少し赤くなる。


「そうでもない」


「いいえ、優しいです」


二人、笑い合う。


窓の外、夕日が沈む。

静かな時間。


レイの心の声


(セシリア......)


(君は、本当に強くなった)


(もう、筋書き通りじゃない)


(自分の意志で、選んで、

 自分の人生を生きている)


(良かった)


(これで、僕の役割も......)


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、図書館のセシリアとレイ。


「......」


「レイ、潜入成功ですね」


美咲が言う。


「ええ」


田村がコーヒーをすする。


「セシリアと良い関係を築いてる」


「でも、いつまで観察を?」


「もうすぐ終わり」


「え?」


「セシリア、もう大丈夫」


田村が微笑む。


「自分の意志で生きてる。

 もう、見守るだけでいい」


画面を見る。

笑顔のセシリアとレイ。


「レイも、そろそろ帰還」


「そうですか......」


「ええ。彼の役割は終わった」


「......」


「でも、最後に一つ」


「何ですか?」


「セシリアに、真実を伝える」


「真実?」


「この世界のこと。

 私たちのこと」


「......いいんですか?」


「ええ」


田村が頷く。


「彼女なら、受け入れられる」


画面を見つめる。


「頑張って、セシリア」


翌日、屋上


昼休み。


レイがセシリアを呼び出した。


「話したいことがある」


二人、屋上に立っている。


風が吹く。髪が揺れる。


「何ですか?」


「セシリア」


レイが真剣な顔。


「君に、伝えたいことがある」


「......」


「僕の正体」


「正体......?」


レイが深呼吸。


「僕は......この世界の人間じゃない」


「え?」


「異世界から来た、観察員だ」


「......!」


セシリアが驚く。


「君を見守る役割を、与えられた」


「私を......?」


「ああ」


レイが頷く。


「君が、この世界で、

 どう生きるかを、見届けるために」


「......」


「でも、もう大丈夫」


レイが微笑む。


「君は、自分の意志で生きてる」


「......」


「だから、僕の役割は終わった」


セシリアの目から涙が溢れる。


「レイさん......帰っちゃうんですか......?」


「ああ」


「いつ......?」


「今週末」


「......」


涙が止まらない。


「でも、寂しくないよ」


レイがセシリアの頭を撫でる。


「君には、たくさんの仲間がいる」


「......」


「リリ、エドワード、リオン王子、

 カイル、ヴィクター先生」


「みんなが、君を支えてくれる」


「でも......」


「大丈夫」


レイが微笑む。


「君なら、きっと、

 幸せになれる」


セシリアが泣きながら頷く。


「......ありがとうございます」


二人、抱き合う。


風が吹く。優しく。


週末、学園の門


レイが立っている。

荷物を持って。


セシリア、リリ、エドワード、

リオン、カイル、ヴィクター。


全員が見送りに来ている。


「みんな、ありがとう」


レイが微笑む。


「短い間だったけど、楽しかった」


「レイ......」


セシリアが涙を流す。


「泣かないで」


レイがセシリアを抱きしめる。


「また会える」


「本当?」


「ああ。約束する」


「......」


「だから、笑顔で」


セシリアが涙を拭う。

笑顔を作る。


「......うん」


「いい顔だ」


レイが微笑む。


そして、全員を見渡す。


「セシリアを、よろしく頼む」


「任せろ」


エドワードが言う。


「当然だ」


リオンが言う。


「......当たり前だ」


カイルが言う。


「大切にします」


ヴィクターが言う。


「私がいます」


リリが言う。


レイが頷く。


「ありがとう」


そして、門をくぐる。


振り返り、手を振る。


「さようなら、みんな」


「さようなら......」


全員、手を振る。


レイの姿が、光の中に消える。


「......」


セシリアが涙を流す。


でも、リリが手を握る。


「大丈夫ですよ」


「......うん」


「みんな、いますから」


セシリアが周りを見る。


エドワード、リオン、カイル、

ヴィクター、リリ。


みんな、優しい目で見ている。


「......ありがとう」


セシリアが微笑む。


「みんな、大好き」


全員、笑顔。


異世界演出部、田村のオフィス


レイが帰還する。

光の中から現れる。


「お疲れ様」


田村が微笑む。


「ただいま」


「どうだった?」


「......最高だった」


レイが微笑む。


「セシリア、本当に強くなった」


「そうね」


田村が水晶玉を見る。

画面には、笑顔のセシリア。


「もう、大丈夫ね」


「ええ」


レイが頷く。


「彼女なら、きっと、

 幸せになれる」


二人、画面を見つめる。


「頑張って、セシリア」


第9部 終わり


第10部:本当の気持ち


レイが去った翌週

セシリアの部屋、夜


ベッドに座っている。

窓の外を見る。星が輝いている。


「レイ......」


囁く。


レイが去ってから、1週間。

寂しい。でも、前に進まなきゃ。


コンコン。


ノックの音。


「はい」


リリが入ってくる。


「セシリア様、まだ起きてたんですか」


「うん......」


リリが隣に座る。


「レイさんのこと、考えてました?」


「......うん」


「寂しいですよね」


「うん......」


でも、セシリアが微笑む。


「でも、大丈夫」


「......」


「レイが言ってた。

 また会えるって」


「そうですね」


二人、しばらく黙って座っている。


「セシリア様」


「ん?」


「聞いてもいいですか」


「何?」


リリが真剣な顔。


「エドワード様たちのこと、

 どう思ってますか?」


「え?」


「王子様も、カイル様も、

 ヴィクター先生も」


「......」


セシリアが考える。


どう思ってる?


「優しい人たち......」


「それだけですか?」


「......」


「好きですか?」


「!」


セシリアの顔が真っ赤。


「す、好きって......!」


「恋愛的な意味で」


「......」


セシリアは答えられない。


好き?


確かに、みんな優しい。

一緒にいると楽しい。

話していると、胸が高鳴る。


でも、それは——


「わからない......」


口にする。


「恋って、どんな感じなのか......」


リリが微笑む。


「じゃあ、一緒に考えましょう」


「え?」


「一人ずつ、思い出してみてください」


「......」


エドワードのこと


「まず、エドワード様」


リリが言う。


「......」


セシリアが目を閉じる。


エドワードの顔が浮かぶ。


優しい笑顔。茶色の髪。


「リア」


という呼び方。


幼い頃の思い出。

一緒に魔法の練習。

事故の日。


「一緒に戦おう」


という言葉。


「......」


セシリアの胸が温かくなる。


「エドワードは......」


「はい」


「大切な人」


「......」


「幼い頃から、ずっと一緒だった。

 私が傷ついた時も、

 エドワードは側にいてくれた」


涙が溢れる。


「でも、私は逃げた。

 迷惑をかけたくなくて」


「......」


「それでも、エドワードは、

 また受け入れてくれた」


「優しいですね」


「うん......」


セシリアが涙を拭う。


「エドワードといると、安心する」


「それって......」


リリが微笑む。


「恋かもしれませんよ」


「え......?」


セシリアの顔が真っ赤。


リオン王子のこと


「次、王子様」


リリが言う。


「......」


セシリアが目を閉じる。


リオンの顔が浮かぶ。


金髪。青い瞳。整った顔立ち。


「君は強くなった」


という言葉。


「災禍の魔女なんかじゃない」


という言葉。


「......」


セシリアの胸が高鳴る。


「王子様は......」


「はい」


「私を認めてくれた人」


「......」


「災禍の魔女って呼ばれて、

 怖がられて、避けられて」


「でも、王子様は違った」


涙が溢れる。


「私を、一人の魔法使いとして、

 見てくれた」


「......」


「王子様といると、

 自分に自信が持てる」


リリが頷く。


「それも、恋かもしれませんね」


「え......?」


セシリアの顔がさらに赤くなる。


カイルのこと


「次、カイル様」


リリが言う。


「......」


セシリアが目を閉じる。


カイルの顔が浮かぶ。


銀髪。鋭い目。でも、優しい笑顔。


花束。


「君のために選んだ」


「好きだ」


という言葉。


「......」


セシリアの鼓動が速まる。


「カイル様は......」


「はい」


「私を、選んでくれた人」


「......」


「災禍の魔女って呼ばれて、

 みんなが避けてる中で」


「カイル様は、真っ直ぐに、

 『好きだ』って言ってくれた」


涙が溢れる。


「逃げた私を、

 何度も追いかけてくれた」


「......」


「カイル様といると、

 胸が苦しくなる」


リリが微笑む。


「それ、完全に恋ですよ」


「え......?」


セシリアの顔が真っ赤。


ヴィクターのこと


「最後、ヴィクター先生」


リリが言う。


「......」


セシリアが目を閉じる。


ヴィクターの顔が浮かぶ。


黒髪。眼鏡。クールな表情。

でも、時々見せる優しい笑顔。


「一緒に、世界を変えよう」


という言葉。


「......」


セシリアの胸が温かくなる。


「ヴィクター先生は......」


「はい」


「私の研究を、認めてくれた人」


「......」


「第5階梯。危険だって言われて、

 やめろって言われて」


「でも、先生は違った」


涙が溢れる。


「『手伝わせてもらえないか』って、

 言ってくれた」


「......」


「先生といると、

 もっと頑張ろうって思える」


リリが頷く。


「それも、恋ですね」


「え......?」


セシリアの顔が真っ赤。


混乱


「ま、ま、待って!」


セシリアが慌てる。


「全員......恋......?」


「そうみたいですね」


リリが微笑む。


「そ、そんな......!」


「でも、セシリア様の話を聞いてると、

 みんなのこと、好きみたいですよ」


「......」


セシリアが頭を抱える。


「どうしよう......」


「どうしましょう」


リリが笑っている。


「笑わないで!」


「すみません」


でも、リリはまだ笑っている。


「でも、セシリア様」


「ん?」


「今、選ばなくてもいいんですよ」


「え?」


「ゆっくり考えて、

 自分の気持ちを確かめて」


「......」


「それから、決めればいいんです」


セシリアが頷く。


「......そうだね」


「はい」


二人、笑い合う。


「ありがとう、リリ」


「どういたしまして」


でも、セシリアの心の中は混乱している。


(みんな......好き......?)

(本当に......?)


翌日、中庭


昼休み。


セシリアが一人でベンチに座っている。

考え事。


(エドワード、王子様、カイル様、先生......)


(みんな、優しい)

(みんな、大切)


(でも......恋......?)


その時。


「やあ、リア」


声がかかる。


エドワードが来る。


「あ、エディ」


「一人?」


「うん......」


「隣、いい?」


「うん」


エドワードが座る。


しばらく沈黙。


でも、心地よい沈黙。


「リア」


「ん?」


「最近、楽しそうだね」


「そう?」


「うん。レイが去って、

 寂しいと思ったけど」


「......」


「でも、君は前を向いてる」


エドワードが微笑む。


「強くなったね」


「......」


セシリアの胸が温かくなる。


「ありがとう、エディ」


「どういたしまして」


二人、笑い合う。


その時、セシリアは気づく。


(この温かさ......)

(これが......恋......?)


でも、まだわからない。


夕方、図書館


セシリアが本を読んでいる。


その時。


「セシリア」


声がかかる。


リオン王子が来る。


「王子様」


「一緒にいいか?」


「はい」


リオンが隣に座る。


「何を読んでいるんだ?」


「魔法の本です」


「......」


リオンがセシリアの本を覗き込む。


「難しいな」


「でも、面白いです」


セシリアが目を輝かせる。


リオンが微笑む。


「君は、本当に魔法が好きなんだな」


「はい」


「......」


「僕も、魔法を学びたい」


「え?」


「君から」


セシリアの顔が赤くなる。


「わ、私なんかが......」


「いや、君がいい」


リオンが真っ直ぐセシリアを見る。


「君の魔法は、教科書にない。

 自由で、創造的で」


「......」


「だから、学びたい」


セシリアの胸が高鳴る。


(この鼓動......)

(これが......恋......?)


でも、まだわからない。


夜、廊下


セシリアが部屋に戻る途中。


「セシリア」


声がかかる。


振り返ると、カイルが立っている。


「カイル様」


「少し、話せるか?」


「はい」


二人、窓辺に立つ。

月が見える。


「セシリア」


「はい」


「以前、好きだと言った」


「......」


セシリアの顔が赤くなる。


「今でも、変わらない」


「......」


「だから、待つ」


カイルが微笑む。


「君が、自分の気持ちを

 確かめるまで」


「......」


「急がなくていい。

 君のペースで」


セシリアの目から涙が溢れる。


「カイル様......」


「泣かないで」


カイルがセシリアの涙を拭う。


優しい手。温かい。


「......ありがとうございます」


二人、しばらく月を見ている。


セシリアの胸が苦しい。


(この苦しさ......)

(これが......恋......?)


でも、まだわからない。


翌日、研究室


ヴィクターの研究室。


セシリアが魔法陣の研究をしている。

ヴィクターが隣で見守っている。


「ここの術式、どうですか?」


「いいね。でも、

 もう少し魔力密度を上げた方がいい」


「なるほど......」


セシリアが修正する。


「よし、これで試してみよう」


魔法陣が光る。

成功。


「やった!」


セシリアが笑顔。


ヴィクターも微笑む。


「よくできた」


「ありがとうございます、先生」


「君の成長は、早い」


「......」


「このまま行けば、

 第6階梯も見えてくる」


「本当ですか?」


「ああ」


ヴィクターがセシリアの頭を撫でる。


「頑張れ、セシリア」


「......」


セシリアの胸が温かくなる。


(この温かさ......)

(これが......恋......?)


でも、まだわからない。


夜、セシリアの部屋


ベッドに座る。


今日のことを思い出す。


エドワード。リオン。カイル。ヴィクター。


みんなの顔。みんなの言葉。


「......」


胸が苦しい。


「みんな......好き......」


口にする。


「でも......誰を......?」


涙が溢れる。


「わからない......」


コンコン。


ノックの音。


「はい」


リリが入ってくる。


「セシリア様、泣いてます?」


「うん......」


リリが隣に座る。


「どうしたんですか?」


「みんなのこと、考えてた」


「......」


「みんな、好き。

 みんな、大切」


涙が止まらない。


「でも、誰を選べばいいのか、

 わからない......」


リリがセシリアを抱きしめる。


「大丈夫ですよ」


「......」


「今、決めなくてもいいんです」


「でも......」


「みんな、待ってくれます」


「......」


「だから、焦らないで」


セシリアが頷く。


「......ありがとう、リリ」


「どういたしまして」


二人、抱き合う。


窓の外、月が優しく照らしている。


異世界演出部、田村のオフィス


監視用水晶玉を見ている。

画面には、セシリアとリリ。


「......」


「セシリアちゃん、混乱してますね」


美咲が言う。


「ええ」


田村がコーヒーをすする。


「全員を好きになっちゃった」


「どうなるんでしょう」


「わからない」


田村が微笑む。


「でも、それがいい」


「......」


「彼女が選ぶ。自分の意志で」


画面を見る。

泣いているセシリア。

でも、リリが支えている。


「大丈夫」


田村が囁く。


「あなたなら、きっと、

 自分の答えを見つけられる」


翌朝


セシリアが目を覚ます。


窓から朝日が差し込む。


立ち上がる。窓を開ける。


新鮮な空気。鳥の鳴き声。


「......」


深呼吸。


「今日も、頑張ろう」


でも、心の中で、まだ答えは出ていない。


(エドワード、王子様、カイル様、先生......)


(みんな、大好き)


(でも......)


窓の外を見る。

青い空。白い雲。


(いつか、答えが見つかるかな......)


拳を握る。


「きっと、見つける」


口にする。


「自分の、本当の気持ち」


朝日が、セシリアを優しく照らしている。


第10部 終わり


エピローグ:新しい物語


数週間後、夜

セシリアの部屋


窓から月明かりが差し込む。

セシリアとリリがベッドに座っている。


「セシリア様」


「ん?」


「決まりましたか?」


「え?」


「誰を選ぶか」


「......」


セシリアが首を横に振る。


「まだ......」


「そうですか」


リリが微笑む。


「でも、いいんですよ。

 焦らなくて」


「......ありがとう」


二人、しばらく黙って座っている。


「リリ」


「はい?」


「私、変わったかな?」


「え?」


「入学した時と比べて」


「......」


リリが考える。


「変わりましたね」


「そう?」


「はい。すごく」


リリがセシリアを見る。


「入学した時のセシリア様は、

 いつも怯えてました」


「......」


「バッドエンドを恐れて、

 みんなから逃げて」


「うん......」


「でも、今は違います」


リリが微笑む。


「自分の意志で、生きてます」


「......」


「怖がらずに、みんなと向き合って」


セシリアの目から涙が溢れる。


「ありがとう、リリ」


「え?」


「リリがいてくれたから」


セシリアがリリの手を握る。


「リリが、教えてくれた。

 これは、ゲームじゃないって。

 本物の世界だって」


「......」


「だから、変われた」


リリも涙を流す。


「セシリア様......」


二人、抱き合う。


「これからも、一緒にいてね」


「はい。ずっと」


笑い合う。


窓の外、月が優しく照らしている。


「セシリア様」


「ん?」


「明日から、どうします?」


「うーん......」


セシリアが考える。


「まず、魔法の研究を続ける」


「はい」


「第5階梯を完成させて、

 第6階梯に挑戦する」


「すごいですね」


「それから......」


セシリアが窓の外を見る。

星が輝いている。


「みんなと、もっと話す」


「......」


「エドワード、王子様、カイル様、先生」


「自分の気持ちを、確かめたい」


リリが頷く。


「いいですね」


「うん」


セシリアが微笑む。


「怖いけど、でも、

 一歩ずつ進む」


「私も、一緒です」


「ありがとう」


二人、笑い合う。


そして、セシリアが立ち上がる。

窓に向かう。


窓を開ける。


夜風が入ってくる。

冷たくて、でも心地よい。


空を見上げる。

満天の星。


「綺麗......」


囁く。


「前世では、見られなかった景色」


リリが隣に来る。


「今は、見られますね」


「うん」


セシリアが深呼吸。


「生きてる......」


「自由に、生きてる......」


涙が溢れる。嬉し涙。


「ありがとう、この世界」


リリがセシリアの肩を抱く。


「これから、どんな物語が

 待ってるんでしょうね」


「わからない」


セシリアが微笑む。


「でも、それがいい」


「......」


「決められた結末じゃなくて、

 自分で選ぶ未来」


拳を握る。


「私の、物語」


空に向かって、手を伸ばす。


「始まったばかり」


リリが微笑む。


「頑張りましょう、セシリア様」


「うん」


二人、星空を見上げる。


新しい未来が、そこにある。


---


異世界演出部、田村のオフィス

数日後


田村麻衣が椅子に座っている。

机の上には、分厚い報告書。


表紙に書かれた文字。


【案件No.8534:最終報告書】

転生者:高橋はるか→セシリア・ド・モンブラン

観察期間:入学前〜現在(6ヶ月)

担当:田村麻衣、田中美咲、レイ・アストラル


田村はゆっくりとページをめくる。


最初のページ。

3歳のセシリアの写真。

大門の前で立ち尽くしている少女。


田村は静かに微笑む。


「よく、ここまで来たわね......」


後輩の田中美咲が入ってくる。


「田村先輩、報告書、完成しましたか?」


「ええ」


田村が報告書を閉じる。


「セシリアの観察記録。

 全部、まとめたわ」


美咲が報告書を手に取る。

パラパラとめくる。


3歳の脱走未遂。

入学式での混乱。

図書館でのリオンとの出会い。

中庭でのエドワードとの再会。

カイルの花束事件。

集団デート。

リリの告白。

レイとの別れ。


すべての記録。


「......すごい」


美咲が呟く。


「たった6ヶ月で、

 こんなに変わったんですね」


「そうね」


田村が監視用水晶玉を見る。

画面には、現在のセシリア。


図書館で本を読んでいる。

笑顔。リリと一緒に。


「最初は、ゲーム攻略しか

 考えてなかった」


「はい」


「でも、今は違う」


田村が微笑む。


「自分の意志で、生きてる」


美咲が頷く。


「リリさんの功績ですね」


「ええ。リリが、

 セシリアの心を開いた」


画面を見つめる。


「これは、ゲームじゃない。

 本物の世界だって」


「......」


「それを伝えてくれた」


田村がコーヒーを飲む。


「でも、田村先輩」


「ん?」


「これから、どうなるんですか?」


「どうなる......?」


田村が少し考える。


「わからないわ」


「え?」


「だって、もう決められた

 シナリオ通りじゃないもの」


美咲が首を傾げる。


「でも、バッドエンドは?」


「ないわ」


田村が断言する。


「セシリアが気づいた時点で、

 物語は変わった」


「......」


「これからは、彼女が選ぶ。

 彼女の未来を」


画面のセシリア。

リリと笑い合っている。


「恋愛も、友情も、夢も」


「全部、自分で決める」


田村が微笑む。


「それが、本当の自由」


美咲も微笑む。


「良かったですね」


「ええ」


二人、しばらく水晶玉を見守る。


画面のセシリアが立ち上がる。

リリと一緒に図書館を出る。


廊下を歩く。

笑顔。


その時、エドワードが現れる。

声をかける。


セシリアは、もう逃げない。

笑顔で応える。


三人で歩き出す。


「......」


田村が涙を拭く。


「泣いてるんですか?」


美咲が言う。


「泣いてない」


でも、目が赤い。


「......ちょっとだけ」


ハンカチで目を拭う。


「だって、嬉しいのよ」


「......」


「セシリアが、やっと、

 本当の幸せを見つけたから」


美咲も目が潤む。


「そうですね」


二人、また水晶玉を見る。


画面のセシリア。

エドワード、リリと一緒に

中庭のベンチに座る。


そこに、リオン王子も来る。

カイルも。

ヴィクターも。


みんな、セシリアの周りに集まる。


笑い声。楽しそうな会話。


セシリアは、みんなに囲まれて、

心から笑っている。


「......完璧」


田村が囁く。


「これが、本当の

 ハッピーエンド」


美咲が頷く。


「決められた結末じゃなくて」


「自分で掴んだ幸せ」


田村が立ち上がる。

報告書を手に取る。


「さて、これを本部に提出しましょう」


「はい」


「案件No.8534は、

 正式に終了」


報告書の最後のページを開く。

ペンを取る。


書き込む。


【最終評価:大成功】

転生者は、自己の意志で

バッドエンドを回避。

本物の人生を歩み始めた。

今後の観察は不要。


田村がペンを置く。


「おめでとう、セシリア」


呟く。


「あなたは、自由になった」


美咲も微笑む。


「頑張りましたね、

 セシリアちゃん」


二人、最後にもう一度、

水晶玉を見る。


画面のセシリア。

笑顔。


本物の笑顔。


田村が水晶玉の電源を切る。

画面が暗くなる。


「さようなら、セシリア」


静かに微笑む。


「これから、あなたの物語を、

 思いっきり楽しんで」


部屋に静寂が訪れる。


でも、温かい静寂。


田村は窓の外を見る。

夕日が沈む。オレンジ色の空。


「次の案件は......」


美咲が資料を開く。


「案件No.8535ですね」


「どんな子?」


「転生者、男性、

 悪役令息に転生」


「あら、今度は男の子」


田村が興味深そう。


「面白そうね」


「でも、この子も

 頑張ってるみたいです」


「そう」


田村が微笑む。


「じゃあ、見守りましょう」


「はい」


二人、新しい水晶玉の前に座る。


画面には、新しい転生者。

必死に生きている姿。


「頑張って」


田村が呟く。


「あなたも、きっと、

 幸せになれるから」


部屋に、また温かい時間が流れる。


異世界演出部の仕事は、続く。

転生者たちを見守る。

幸せを願って。


でも、田村の心の中で、

セシリアはいつまでも、

特別な存在として残る。


最初は怯えていた少女が、

自分の意志で、

自由を掴んだ物語。


「さようなら、セシリア」


もう一度、囁く。


「幸せにね」


夕日が沈む。

新しい夜が始まる。


そして、どこかで——


セシリアの新しい朝も、

始まろうとしている。


---


王立魔法学園、翌朝


朝日が昇る。

新しい一日。


セシリアが目を覚ます。

窓を開ける。


新鮮な空気。鳥の鳴き声。


「いい天気」


深呼吸。


制服に着替える。

鏡を見る。


長い銀髪。深緑の瞳。


「行ってきます」


鏡の自分に向かって言う。


部屋を出る。廊下を歩く。


階段を降りる。


玄関で、リリが待っている。


「おはようございます、セシリア様」


「おはよう、リリ」


笑顔。


「今日も、いい天気ですね」


「うん」


二人で学園の門をくぐる。


校庭には、生徒たちが集まっている。

ざわざわ。


その中に、エドワードの姿。


「おはよう、リア」


「おはよう、エディ」


リオン王子も来る。


「おはよう、セシリア」


「おはようございます、王子様」


カイルも来る。


「おはよう」


「おはようございます、カイル様」


ヴィクター先生も通りかかる。


「おはよう、セシリア」


「おはようございます、先生」


みんな、セシリアの周りに集まる。


笑顔。楽しそうな会話。


セシリアは、心から笑っている。


もう、逃げない。

もう、怯えない。


これは、ゲームじゃない。

本物の世界。


だから——


「みんな、今日も頑張ろうね!」


セシリアが言う。


「おう!」


みんなが答える。


朝日が、みんなを優しく照らす。


新しい一日。

新しい物語。


セシリア・ド・モンブラン、15歳。


災禍の魔女と呼ばれた少女は、

今、自分の意志で、

自分の未来を歩き始めた。


どんな結末が待っているのか、

誰にもわからない。


でも、それがいい。


決められた運命じゃない。

自分で選ぶ未来。


それこそが——


本当の自由。


空を見上げる。

青い空。白い雲。


「今日も、いい日になりそう」


セシリアが微笑む。


そして、みんなと一緒に、

教室へ向かう。


新しい一日が、始まる。


セシリアの物語は、

これからも続く。


永遠に。


エピローグ 終わり



【完】

後書き


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


セシリアの物語、いかがでしたか?


この物語を書き始めたとき、

私が一番描きたかったのは、

「気づき」の瞬間でした。


セシリアが、リリの言葉で、

「これは本物の世界だ」と気づく、あの場面。


脳内のゲーム画面が消えて、

初めて周りの人たちの「心」が見える瞬間。


あの転換点を、どうしても書きたかったんです。


私たちも、日常の中で、

つい人を「役割」や「機能」で見てしまうことがあります。


「あの人は先生」

「この人は店員さん」

「あいつは面倒な奴」


でも、その向こうに、

一人ひとりの「本物の心」がある。


セシリアがゲーム攻略視点を捨てたように、

私たちも時々、

「本当に大切なもの」を思い出す必要があるのかもしれません。


さて、登場人物たちについて。


リリは、この物語の影の主人公です。

セシリアを変えたのは、間違いなく彼女。

親友の力って、本当にすごい。


エドワード、リオン、カイル、ヴィクター、レイ。

みんな、セシリアを想う気持ちは本物でした。


そして、異世界演出部の田村さんと美咲さん。

彼女たちの優しい視点が、

この物語を見守ってくれました。


最後に——


セシリアは、まだ誰を選ぶか決めていません。


それでいいと思うんです。


15歳の彼女には、まだ時間がある。

ゆっくり、自分の気持ちを確かめて、

いつか、自分だけの答えを見つけるでしょう。


それが、「本当の自由」ですから。


あなたも、

あなただけの「自由」を見つけてください。


誰かに決められた道じゃなく、

自分で選んだ道を。


それでは、またどこかの物語で。


読んでくださって、本当にありがとうございました。



追伸:

セシリアの「その後」が気になる方、

ぜひ感想をお聞かせください。

もしかしたら、続編が生まれるかもしれません。


彼女が第6階梯に挑戦する姿、

見てみたくないですか?

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