6、再び首都へ
アレンは主寝室で、ニナリアに魔法石が入った巾着を渡した。中には、クリーム色で多角形で不揃いの小さめの石がたくさん入っていた。
「これを渡しておこう。これは、防御の魔法石でお前を守ってくれる。いつも持ち歩くように。1個5回ぐらいは使える」
「はい。どうやって使うんですか?」
「持っていれば、自然発動するようになっている。悪いことをしようとする者には瘴気が発生する。それを感知し防御魔法が攻撃を跳ね返す」
(すごい)
もう一つ巾着を渡した。
「お前にもお金を渡しておく。これはいざというときのためだ。店は子爵家のつけ払いでいい。必ず明細書をもらうように。露店は現金だ。いい身なりをしていると、ボッタくられることもあるから気をつけろ」
「はい!」
ニナリアは侯爵家から出られなかったので、街で買い物をしたことがなかった。故郷の村以外の物価を知らない。ストラルトではまだ街に行ったことがないので、帳簿で何となく把握していた。
(子爵領より首都は物価が高いはずだから、気を付けなきゃ)
袋の中には、金貨と銀貨と銅貨が十枚ずつ入っていた。
(お金を持つのは久しぶりだ! そうだお小遣い帳をつけようっと)
(でも、これは逃走資金にするから使わないで取っておこう)
ニナリアは興奮して、考えをめぐらした。ニナリアの表情を見て、考えていることが手に取るように分かるなとアレンは思った……。
「それから、ダンスの練習だ」
(そうでした)
セルマンから舞踏会の話を聞いた時に、ダンスのことも聞いていた。
『ダンスは領主様が帰宅されてから、奥様にお教えになると言っておりました』
(アレンが、ダンスを踊れるなんて意外だ)
でも、旅の間もマナーができていないニナリアに、
『俺の真似をしろ』
と言って、テーブルマナーを教えてくれた。自分には必要がなかったので、アレンにも「何の教育も受けていない」と言ったけど、このまま社交界に出ればいい笑いものだ。それだとシェイラの言った通りになる。
(だから、やるしかない)
広いスペースの部屋に移動して、二人だけで練習することになった。
「アレンは、なんでもできるんですね」
「お前に教えるために習ったんだ」
「!」
ニナリアはすぐに顔が赤くなった。
(そうだったんだ。なんか納得した。……アレンならやりそうだ)
ニナリアは少し笑った。アレンもそれを見て笑顔になる。
「それに、お前の足を踏みたくない」
(! アレンに踏まれたら、骨が折れちゃうよ)「汗が出てきました……」
「大丈夫だ」
「はい……」
ニナリアは怖かったが、アレンは本当に上手だった。
(他の人を知らないので、本当のところは分からないけど)
むしろ、ニナリアのほうがアレンの足を踏みまくって、慣れないヒールで靴擦れもできて痛かった。でも、シェイラに馬鹿にされるのだけはごめんだと、頑張った。
また馬車に乗り、首都へ出発した。今度は通常の行程で、4泊で行くことになっている。ニナリア用に雇われた、若いメイドも二人連れて行く。二人は荷馬車に乗り、首都は初めてなのではしゃいでいた。一人はメグで20歳。明るい茶色の髪におさげで陽気なジェシーは19歳。二人ともニナリアより年上だ。
荷馬車は前回も同行していた。体調が悪くなった者を運べて、あると何かと便利だ。今回は主に帰りのお土産など、増えた荷物を積むためにある。
ニナリアの服は舞踏会用のドレスと、着替えは前回購入した一着だけを持ってきている。行きは身軽にして、服は先々で買うことになっていた。クローゼットの中の服が三着しかなかったのも、アレンがニナリアの気に入った物を買いたかったからだ。旅の計画の時にアレンは言った。
『お前の欲しいものを何でも買ってやる。それでクローゼットをいっぱいにしよう』
(そんなに買ってもらっても……)
ニナリアはもったいないなと思った。まだ城を出ることを考えているからだ。ニナリアの部屋の隣には衣装室があって、その中は初め空っぽだった。今は、前回買ってもらったドレスが一着だけかかっている。
今回の旅はニナリアも少し気持ちに余裕があり、二回目に訪れる場所で前とは違った見方で観光を楽しむことができた。馬車の中でアレンと向かい合って座っている。外を見るアレンを見て、ニナリアはふと思った。
「アレンは本当は馬に乗りたいんじゃないですか?」
「なぜ分かる?」
「だって、結婚したばかりなのに5日も空けたんですよ」
「ははは! 確かに。体がなまっていたのも気になっていた。あの時、ずっと馬車に乗っていたのは、お前が逃げるんじゃないかと思ったからだ」
「もう……」(旅ではいつも見張られてばかりだわ)「私のことは気にしないで、馬に乗りたいときは乗ってください」
「そうする」
アレンが馬車に乗らないときは、メイドの二人を乗せて楽しくおしゃべりをした。移動中も楽しい旅となった。
舞踏会前日に首都に到着すると、一番豪華なホテルに泊まった。もちろんスイートルームだ。ニナリアはバルコニーから外を眺めた。眼下に首都の美しい街並みが広がる。首都にはずっと住んでいたが、侯爵家の敷地から出られなかったニナリアにとっては、首都の景色も珍しかった。




