表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/40

38、侯爵家の最後

 二日が経ちオーギュストは、ニナリアのことで王宮に呼ばれた。申請が通ったのかは不明だった。騎士が前後に付き、奥にある軍議の間に通された。ここは、秘密の話がされる部屋でもある。中は石造りで中規模の広間だ。ドアから左手にある、正面中央の壇上の壁には、王家の紋章のタペストリーが飾られていた。王の椅子と、左右に王の椅子より背もたれの少し低い椅子が置いてある。

 左側の椅子に王子が座っていた。椅子の右側に執事と護衛が二人立っている。中央に赤い絨毯が敷いてあり、左側にニナリアとアレンが立っていた。ニナリアの今日のドレスは、マリーが選んだものだった。今の自分に一番ふさわしい気がした。

 兵士が両脇に並んでいた。オーギュストは、聖女の話をするのに人が多いと思った。嫌な予感がする。


(ニナリアが聖女ではないということか?)


 一度閉まったドアがまた開いて、マコールと、ローサ、シェイラが入って来た。ドアが閉まり兵が二人ドアの前に立った。そして、四人の後ろにも兵がついた。オーギュストは三人の登場に驚いた。


「どういうことだ⁉」

「分かりません。突然迎えが来て、王宮からの呼び出しだと……」


 オーギュストの問いにマコールが答えた。三人は王宮から来た馬車に乗せられて来た。


「さて、審議を始めよう」


 王子が冷たい声で宣言すると、手を前に出して合図した。


「ニナリアが侯爵を告訴した。傷害罪で捕らえろ」


 オーギュストは、その言葉にギョッとした。兵士がオーギュストを捕らえ、持っていた杖が落ちた。マコール家族はその様子に驚いた。


(くそっ、これは罠だ! ニナリアの奴、クリストファーの娘だからと生かしておくんじゃなかった!!)

(お祖父様が捕まった⁉ これからどうなるの? お父様では侯爵家はもたない)

(やった! 父さんが捕まった。やっと俺の代が来た!)


 それぞれが、思いめぐらした。ローサは両手で口元を抑えて、おろおろした。


「それから、侯爵からニナリアが聖女ではないかとの話があった」


 それを聞いてシェイラは驚いた。


(ニナリアが聖女ですって⁉ なんであの子ばっかり!)

(お祖父様は、それに気が付いて呼び戻したのね)


 マコール夫妻は何のことだか分からないので、ポカンとしていた。オーギュストは、他の人間にも知られてしまったので内心、舌打ちをした。王子は続けた。


「本人に聞いたところ違うそうだ」

「嘘だ! ではなぜクリストファーが長生きしていたんだ」


 オーギュストはすかさず声を荒げた。


(そういうことか!)


 ニナリアは納得して、反論した。


「それは、違います。父が余命少ないのは、嘘だったんです。父は回復していたからです」

「なんだと⁉」


 ニナリアは続けて、祖父に真実を告げた。


「父は、マーゴットに毒を盛られていたことに気が付いて逃げたんです」

「!」


(マーゴットがなぜだ⁉ あの女!)


 オーギュストは初めて聞く事実に驚いた。


「父が薬草を作っていたのは、体調を戻すためでした。そして万が一のために、私に毒の試薬を作って持たせてくれました」


 ニナリアはメイド時代にも、料理の違いでマーゴットに毒を盛られているかもしれないと考えたが、聖女の力で何とかなるだろうと思った。実際、まったく体を壊すことはなかった。少量ずつのため、マーゴットも効いていないことに気付くことはなかった。


「マーゴットに命じたのは、叔父様です」

「! ……なんだいきなり! そんなの出たら目だ!」


 マコールは突然名前を出されて、なんとか声を出した。オーギュストは、激しい怒りがこみ上げた。

 ドアが開き、マーゴットが兵士に連れられてやってきた。後ろ手に縛られている。兵士が報告した。


「マーゴットとマコールの部屋から、毒が見つかりました!」

「私はやっておりません。マコール様助けてください!」


 マーゴットが叫ぶ。マコールはまずい顔をして焦った。


(俺の名前を呼ぶな! メイドの分際で)


 マーゴットはニナリアを見つけて、睨みつける。


(ニナリアめ、やはり殺さなければならなかった。私の存在を脅かす者!)


 マーゴットはニナリアが侯爵邸に来た時、自分が殺そうと思った男の娘が戻ってきたことに驚愕して、不吉なものを感じていた。マーゴットは、ニナリアのほうを向いて叫んだ。


「あの女は嘘付きです!!」


 その言葉にニナリアは眉をピクッと動かした。


(最後まで腹の立つ。お父さんを苦しめた張本人のくせに!)


 だが、ニナリアは誰も恨んでいなかった。父が最後まで誰も恨んでいなかったからだ。王子は淡々と命じた。


「連れて行け。牢に入れろ」


 マーゴットは両脇を抱えられても、振り返りながら無実を叫んでいた。オーギュストは下を向いてつぶやいた。


「お前が、クリストファーを……」

「父さんあいつの言うことを信じるのか?」


 マコールはニナリアを存在しない者として、あいつとしか呼ばなかった。


「お祖父様が体を壊したのも恐らく、叔父様が毒を盛ったからです」

『!!』


 ニナリアの言葉に、全員が驚いた。王子もそれは初耳だった。


「お前……」


 オーギュストはマコールを睨みつけた。マコールは、オーギュストが捕らえられているので安心していた。確かに、自分を後継者にしないことにイラだって、マーゴットに毒を盛らせ、少し体を弱らせることにした。

 王子が手を顔の横に上げると、兵士が用意していた剣を、オーギュストに柄を向けて差し出した。オーギュストは、自分がもう終わりなのを分かっていた。剣の柄を握って鞘から引き抜くと、マコールのほうを向いた。マコールはギョッとした。オーギュストは杖がいるとは思えないほど、しっかりとした足取りで近づいた。


「待ってくれ、父さん! 俺は父さんに似ているだろ。兄さんは父さんの子供じゃなかったんだ。だからあいつも関係ない」

「! その噂もお前が流したんだな……」


 マコールはニナリアを指差したが、父の言葉にギクッとした。そうだ、学生の時に級友にその話をしたのはマコールだった。オーギュストは、マコールが自分に似ていると言われるのが心底嫌いだった。


「お前にはもう、うんざりだ!!」


 そう言うと、マコールの腹を一突きした。引き抜くとマコールは大量の血を流して倒れた。オーギュストは今まで自分の手を汚したことはなかったが、ここにはもう自分しかいない。ローサとシェイラが悲鳴を上げる。オーギュストはローサのほうを向いた。


「お前は何もしなかった。マコールにも、シェイラにも」


 ローサは悲鳴を上げて逃げようと後ろを向いた。後ろに立っていた兵士は、さっとよけた。オーギュストは背中を斜めに切りつけた。ローサは倒れた。シェイラは倒れて動かない父と母を見て絶望した。涙を流し両手を合わせて震えた。もうこの場にいる誰も、自分を助けてはくれない……。


「やめてください。お祖父様!」

「お前は役立たずだった」


 オーギュストは前からシェイラを切りつけた。


「きゃーあぁぁぁ!」


 シェイラの悲鳴が室内に響き渡った。シェイラは倒れ、目は開いたままだった。オーギュストはフーと肩で息をする。

 王子が再び手を上げると、槍を持った兵士が三方向から、オーギュストを串刺しにした。オーギュストはこと切れた。全てが終わり、辺りは静寂に包まれた。


 ニナリアは血だまりを避けて、シェイラのところまで歩いていった。シェイラの目は恐怖で見開き、涙の痕があった。きれいな顔は血が少し飛んだだけだった。ニナリアはかわいそうに思い、しゃがんで目を閉じさせた。

 ニナリアは静かにアレンのもとに戻る。祖父の見せた最後に言葉がなかった。アレンはニナリアの両腕に手を置いて支えた。王子は口を開いて宣言した。


「ニナリアを、バートン家の当主に任命する」


 アレンとニナリアはそれを聞いて驚いた! もう侯爵家には自分しかいない。ニナリアは目線を下に向け、貴族の礼をした。


「謹んでお受けします……」


 ニナリアの返事を受けると、王子は次の命令を下した。


「これよりバートン侯爵邸と侯爵領を制圧する!」


 兵士がそれぞれ持ち場に移動し始めた。アレンがニナリアに言った。


「俺たちも侯爵邸に行こう。すでに領のほうも包囲されている。ストラルトの騎士はニナリアを補佐する」

「分かりました」


 国の兵士とストラルトの騎士は、すでに配置についていた。二人も急いで広間を出た。


(またあの、場所に戻る……)


 ニナリアは、早足で歩きながら思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ