37、父の過去
王子からすぐに会うと返事が来た。今日のドレスは、アンが選んだドレスにした。フリルで飾られた花柄のかわいいドレスは、子供の頃に戻ったような気がした。いい服を着たことはなかったけど。アンはその姿を見て、「かわいいです!」と喜んだ。
ニナリアはアンの後に付いて、応接室に入った。丸テーブルのほうに座って待つと、王子と王女が入ってきて席に着いた。
(今日は、私が話す番だわ……)
ニナリアは決心して顔を上げた。
「すぐに時間を取っていただき、ありがとうございます」
「ああ。アレンもじきに着くからね。大事な話ということだから、早いほうがいいと思ったんだ」
王子も少し緊張していた。ニナリアは視線を落として、話し始めた。王子の反応を見るのが辛かった。
「これは誰にも話さなかったことです。母から聞いた父のことを話します。父がなぜ侯爵邸を出たのか、それは、叔父が父を毒殺しようとしたからです」
『!』
二人は驚いた。王女は口を押さえた。ニナリアはそのまま続けた。
「父が毒に気が付いたのは、料理長が倒れたからでした。父の体はすでに弱っていました」
父は、他の料理人に話を聞きました。
「料理長は何か入れてなかったかい?」
「ああ、そういえばマーゴットから、クリストファー様のために滋養剤を入れるように頼まれてたよ。
『量の調節が難しいんだ。入れすぎると味が変わるからな』
って言ってたな」
「それはどこにある?」
「マーゴットが取りに来て持って行ったよ」
(マーゴットが自分からそんなことをするはずがない。毒を入手するのも、お金を用意することもできないだろう。マコールに指示されたんだ)
気が付いた時にはすでに、自分も足に力が入らないほど毒を飲んでいた。自分が弱るまでは、マーゴット自身が毒を入れて、その後は料理長に入れさせていたんだ!
それから父は念のため、食事をお粥にしてもらい、食べたふりをしてボロ布に包むと、ゴミ箱に捨てて焼却処分していました。人が少ない時間を狙っては、調理場で食べられるものをもらって食べていました。その時に見つけたんです。滋養剤の瓶を。マーゴットはまた他の料理人に毒を渡していたんです。父はそこから少量の毒を取り出すと、主治医以外の医者に何の毒か見てもらいました。毒は、少量ずつ摂取することで弱っていくものでした。父は、料理人に滋養剤の量を指定して、入れてからは絶対に味見をしてはならないと言いつけました。
その後も、父は誰にも言わずにその生活を続けました。外でも食事をしていました。そこで、母と出会ったんです。
父の体は回復していきましたが、侯爵邸では弱ったふりを続けました。この生活を続けられるはずもないので、父は家を出る計画を母に相談しました。母は田舎から出てきて、旅をしたことがあったので母に旅の案内を頼みました。
主治医にも頼んで、自分が余命が少ないと祖父に言ってもらいました。診療所に場所も借りて、旅の相談を続けて、そして旅ができるぐらいに回復した頃に出て行ったのです。
「父は、最後まで叔父を突き出すことはできませんでした。それでも、自分の弟だからです。自分も祖母と同じように家から出たかった。それなら自分が消えたほうがいいだろうと思ったんです。叔父がいれば祖父も諦めるだろうと考えていました。でもそうではなかった。
叔父の嫉妬は子供のころからで、祖母がいくらかわいがっても、それが消えることはなかったそうです」
マコールが物心ついたころから、いつも注目されるのは兄のクリストファーだった。それをずっと面白く思っていなかった。クリストファーもそれに気が付いていて、自分のせいだと思っていた。
「メイドたちの話によると、メイド長のマーゴットはマコールの最初の女性だという話です。マーゴットが結婚してないのは、叔母に何かあったときに、自分が内縁の妻になるつもりじゃないかと、みんなが言っていました」
マコールにとって、メイド長はただのメイドでしかなかった。マーゴットもまた、貴族に取り入ることを考えている平民でしかなかった。二人の縁は毒で結びついている。ブレンダもそれに気が付いていた。
「二人はまだ毒を持っています」
ニナリアは自分が狙われたことで、確信があった。話し終わると、魔法袋から父の日記を取り出して、王子に渡した。
「父の日記です。ワレントに着いてから書いたものです」
王子は黙って目を通し、クリストファーの過去を遡った。時間が経ち王子は日記を閉じると、額に手を当てて目を隠し、涙を流した。王女は王子の背中と腕に手を添えた。その姿を見てニナリアは席を立とうとした。
「私は席を外します」
「いや、ここにいてくれ」
王子がそれを、手で制した。王子は嗚咽を漏らしたが、何とかこらえようとしていた。王子は落ち着くと涙をハンカチで拭いた。
「……クリスは悪くない。悪いのは、おぞましいことを考えた者たちだ」
そして、力強い目でニナリアを見て静かに言った。
「もうこんなことは終わらせよう。君が侯爵を告訴してくれたら侯爵を捕らえることができる。これで終わりにするんだ」
「!」
それを聞いてニナリアは驚いた。法律では、貴族の無用なお家騒動を防ぐために、家族間であっても危害を加えようとしたものは罰せられる。
「君の背中の傷は治っているが、ブレンダや知っている使用人が証言してくれるだろう。それ以外の不正の証拠も、すべては侯爵家にある。侯爵を抑えることで、それらも暴くことができる」
背中の傷のことは、侯爵がした聖女の話から聞いていた。
(私が、父のできなかったことを代わりにする)
ニナリアは決心し、目は強い光を放っていた。
「分かりました。祖父を告訴します。父の日記は王子に預けます」
「ありがとう」
午後にアレンが到着した。アレンは鎧姿のまま、王子宮から少し離れて、前の通路で一人で待っていた。
ニナリアは廊下を走った。後から、マリーとアンが息を切らしながら走ってついてくる。ニナリアは玄関を出ると、横にある庭を見ていたアレンに手を振った。
「アーレーン!」
アレンはニナリアに気が付いて、笑顔を見せた。
(アレンは、いつ見ても素敵だ)
ニナリアは遠くから見て、そう思った。ヒールは低めだが、ニナリアは転ばないようにゆっくり走った。アレンの前で止まる。王宮なので飛びつくのを我慢した。アレンにもニナリアが、うずうずしているのが分かる。
(まるで、リスみたいに飛びつきそうだ)
アレンはそう思って笑った。ニナリアのドレス姿を眺める。
「ニナリア、またきれいになったんじゃないか?」
「もう、何言ってるんですか」(今日は子供っぽいと思ったのに、お世辞かしら)
アレンはどんな姿でもそう言いそうなので、ニナリアはちょっと頬を膨らませた。ニナリアは相変わらずだなと思って、アレンは優しく微笑んだ。
「元気そうで良かった」
「アレンも。シェイラを追い出す任務、ありがとうございます」
「問題ない」
アレンに任せっぱなしだったので、悪いなと思った。
二人は2週間近く会っていなかった。メイド二人は、その様子を玄関のほうからドキドキしながら見守っていた。
「お義母さんがストラルトに到着した。無事で問題ない。元気にしている」
「良かった!」
ニナリアは安心して泣いた。アレンは優しくニナリアを抱きしめた。
「一生分泣いたというのは嘘でしたね」
先日も泣いたし、涙はまた出てくる。アレンがハンカチで、ニナリアの涙を優しく拭いた。アレンが少し悲しい顔をしていたので、ニナリアはあっと思った。
「俺の問題だ」
アレンは、きまりが悪そうに前と同じことを言った。
「お母さんはどうでした?」
「ああ、お前に目の輝きが似ていた」
「輝きだけ? それれって似てないってことじゃないですか。お母さんは美人なのに」
ニナリアは残念に思って、プンプンと頬を膨らませた。アレンは笑った。
「父が言うには、私は祖母に似ているそうです。私は父に少し似ているから」
父も祖母に似ているそうだ。だから私はお祖母さん似だろう。
「髪の質は母に似たんですけどね」
ニナリアの髪はくせっ毛でフワフワしていた。
「お義母さんに、ニナリアの部屋を見せた。いい暮らしをさせているのを見せて、安心してもらいたかったんだ」
「そうなんですか。ちょっと恥ずかしいですね。でも、ありがとうございます」
シェイラに見られるのは絶対嫌だが、お母さんなら大歓迎だ。
「俺は、お義母さんに気に入ってもらえただろうか?」
「——! そうに決まってるじゃないですか。アレンを気に入らない人がいるはずないですよ」
「そうか?」
(なんか嫁バカな気もするが……)
「リーダーも来ている。お前に会いたがっていた」
「おお~、最強のリーダー。私も会ってみたいです」
リーダーはアレンのお父さんだ。そしてお母さんもできた。アレンの家族がまた増えて、ニナリアはうれしかった。
「アレンにも、お母さんができました。大事にしてくださいね」
「ああ、もちろんだ」
二人はしばらく抱き合った。
「さて、俺は王子から新たな作戦があるとのことで呼ばれている。まだ一緒にはいられない」
「はい」
二人は顔を見合わせる。ニナリアも予定は聞いているが、詳しいことは聞かされていなかった。
「私も参加します」
「心強いな」
アレンは微笑んだ。ニナリアはちょっとムッとした。
「本当にそう思ってます?」
「え?」
アレンは、ニナリアの反応が予想外で、少し焦った。束の間の逢瀬が終わった。ニナリアがメイドのもとに戻ると、二人の目はキラキラして頬を赤く染めていた。二人は胸の前で両手を握り、口々に言った。
「アレン様って素敵ですね」
「メイドたちの間でも、王子に継ぐ人気なんですよ。平民から貴族になった逸材ですものね♡」
(ほらね……)
ニナリアはアレンの人気ぶりに、目を細くしてちょっと呆れた……。




