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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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37/40

37、父の過去

 王子からすぐに会うと返事が来た。今日のドレスは、アンが選んだドレスにした。フリルで飾られた花柄のかわいいドレスは、子供の頃に戻ったような気がした。いい服を着たことはなかったけど。アンはその姿を見て、「かわいいです!」と喜んだ。

 ニナリアはアンの後に付いて、応接室に入った。丸テーブルのほうに座って待つと、王子と王女が入ってきて席に着いた。


(今日は、私が話す番だわ……)


 ニナリアは決心して顔を上げた。


「すぐに時間を取っていただき、ありがとうございます」

「ああ。アレンもじきに着くからね。大事な話ということだから、早いほうがいいと思ったんだ」


 王子も少し緊張していた。ニナリアは視線を落として、話し始めた。王子の反応を見るのが辛かった。


「これは誰にも話さなかったことです。母から聞いた父のことを話します。父がなぜ侯爵邸を出たのか、それは、叔父が父を毒殺しようとしたからです」

『!』


 二人は驚いた。王女は口を押さえた。ニナリアはそのまま続けた。


「父が毒に気が付いたのは、料理長が倒れたからでした。父の体はすでに弱っていました」


 父は、他の料理人に話を聞きました。


「料理長は何か入れてなかったかい?」

「ああ、そういえばマーゴットから、クリストファー様のために滋養剤を入れるように頼まれてたよ。


『量の調節が難しいんだ。入れすぎると味が変わるからな』


 って言ってたな」

「それはどこにある?」

「マーゴットが取りに来て持って行ったよ」


(マーゴットが自分からそんなことをするはずがない。毒を入手するのも、お金を用意することもできないだろう。マコールに指示されたんだ)


 気が付いた時にはすでに、自分も足に力が入らないほど毒を飲んでいた。自分が弱るまでは、マーゴット自身が毒を入れて、その後は料理長に入れさせていたんだ!


 それから父は念のため、食事をお粥にしてもらい、食べたふりをしてボロ布に包むと、ゴミ箱に捨てて焼却処分していました。人が少ない時間を狙っては、調理場で食べられるものをもらって食べていました。その時に見つけたんです。滋養剤の瓶を。マーゴットはまた他の料理人に毒を渡していたんです。父はそこから少量の毒を取り出すと、主治医以外の医者に何の毒か見てもらいました。毒は、少量ずつ摂取することで弱っていくものでした。父は、料理人に滋養剤の量を指定して、入れてからは絶対に味見をしてはならないと言いつけました。

 その後も、父は誰にも言わずにその生活を続けました。外でも食事をしていました。そこで、母と出会ったんです。

 父の体は回復していきましたが、侯爵邸では弱ったふりを続けました。この生活を続けられるはずもないので、父は家を出る計画を母に相談しました。母は田舎から出てきて、旅をしたことがあったので母に旅の案内を頼みました。

 主治医にも頼んで、自分が余命が少ないと祖父に言ってもらいました。診療所に場所も借りて、旅の相談を続けて、そして旅ができるぐらいに回復した頃に出て行ったのです。


「父は、最後まで叔父を突き出すことはできませんでした。それでも、自分の弟だからです。自分も祖母と同じように家から出たかった。それなら自分が消えたほうがいいだろうと思ったんです。叔父がいれば祖父も諦めるだろうと考えていました。でもそうではなかった。

 叔父の嫉妬は子供のころからで、祖母がいくらかわいがっても、それが消えることはなかったそうです」


 マコールが物心ついたころから、いつも注目されるのは兄のクリストファーだった。それをずっと面白く思っていなかった。クリストファーもそれに気が付いていて、自分のせいだと思っていた。


「メイドたちの話によると、メイド長のマーゴットはマコールの最初の女性だという話です。マーゴットが結婚してないのは、叔母に何かあったときに、自分が内縁の妻になるつもりじゃないかと、みんなが言っていました」


 マコールにとって、メイド長はただのメイドでしかなかった。マーゴットもまた、貴族に取り入ることを考えている平民でしかなかった。二人の縁は毒で結びついている。ブレンダもそれに気が付いていた。


「二人はまだ毒を持っています」


 ニナリアは自分が狙われたことで、確信があった。話し終わると、魔法袋から父の日記を取り出して、王子に渡した。


「父の日記です。ワレントに着いてから書いたものです」


 王子は黙って目を通し、クリストファーの過去を(さかのぼ)った。時間が経ち王子は日記を閉じると、額に手を当てて目を隠し、涙を流した。王女は王子の背中と腕に手を添えた。その姿を見てニナリアは席を立とうとした。


「私は席を外します」

「いや、ここにいてくれ」


 王子がそれを、手で制した。王子は嗚咽を漏らしたが、何とかこらえようとしていた。王子は落ち着くと涙をハンカチで拭いた。


「……クリスは悪くない。悪いのは、おぞましいことを考えた者たちだ」


 そして、力強い目でニナリアを見て静かに言った。


「もうこんなことは終わらせよう。君が侯爵を告訴してくれたら侯爵を捕らえることができる。これで終わりにするんだ」

「!」


 それを聞いてニナリアは驚いた。法律では、貴族の無用なお家騒動を防ぐために、家族間であっても危害を加えようとしたものは罰せられる。


「君の背中の傷は治っているが、ブレンダや知っている使用人が証言してくれるだろう。それ以外の不正の証拠も、すべては侯爵家にある。侯爵を抑えることで、それらも暴くことができる」


 背中の傷のことは、侯爵がした聖女の話から聞いていた。


(私が、父のできなかったことを代わりにする)


 ニナリアは決心し、目は強い光を放っていた。


「分かりました。祖父を告訴します。父の日記は王子に預けます」

「ありがとう」



 午後にアレンが到着した。アレンは鎧姿のまま、王子宮から少し離れて、前の通路で一人で待っていた。

 ニナリアは廊下を走った。後から、マリーとアンが息を切らしながら走ってついてくる。ニナリアは玄関を出ると、横にある庭を見ていたアレンに手を振った。


「アーレーン!」


 アレンはニナリアに気が付いて、笑顔を見せた。


(アレンは、いつ見ても素敵だ)


 ニナリアは遠くから見て、そう思った。ヒールは低めだが、ニナリアは転ばないようにゆっくり走った。アレンの前で止まる。王宮なので飛びつくのを我慢した。アレンにもニナリアが、うずうずしているのが分かる。


(まるで、リスみたいに飛びつきそうだ)


 アレンはそう思って笑った。ニナリアのドレス姿を眺める。


「ニナリア、またきれいになったんじゃないか?」

「もう、何言ってるんですか」(今日は子供っぽいと思ったのに、お世辞かしら)


 アレンはどんな姿でもそう言いそうなので、ニナリアはちょっと頬を膨らませた。ニナリアは相変わらずだなと思って、アレンは優しく微笑んだ。


「元気そうで良かった」

「アレンも。シェイラを追い出す任務、ありがとうございます」

「問題ない」


 アレンに任せっぱなしだったので、悪いなと思った。

 二人は2週間近く会っていなかった。メイド二人は、その様子を玄関のほうからドキドキしながら見守っていた。


「お義母さんがストラルトに到着した。無事で問題ない。元気にしている」

「良かった!」


 ニナリアは安心して泣いた。アレンは優しくニナリアを抱きしめた。


「一生分泣いたというのは嘘でしたね」


 先日も泣いたし、涙はまた出てくる。アレンがハンカチで、ニナリアの涙を優しく拭いた。アレンが少し悲しい顔をしていたので、ニナリアはあっと思った。


「俺の問題だ」


 アレンは、きまりが悪そうに前と同じことを言った。


「お母さんはどうでした?」

「ああ、お前に目の輝きが似ていた」

「輝きだけ? それれって似てないってことじゃないですか。お母さんは美人なのに」


 ニナリアは残念に思って、プンプンと頬を膨らませた。アレンは笑った。


「父が言うには、私は祖母に似ているそうです。私は父に少し似ているから」


 父も祖母に似ているそうだ。だから私はお祖母さん似だろう。


「髪の質は母に似たんですけどね」


 ニナリアの髪はくせっ毛でフワフワしていた。


「お義母さんに、ニナリアの部屋を見せた。いい暮らしをさせているのを見せて、安心してもらいたかったんだ」

「そうなんですか。ちょっと恥ずかしいですね。でも、ありがとうございます」


 シェイラに見られるのは絶対嫌だが、お母さんなら大歓迎だ。


「俺は、お義母さんに気に入ってもらえただろうか?」

「——! そうに決まってるじゃないですか。アレンを気に入らない人がいるはずないですよ」

「そうか?」


(なんか嫁バカな気もするが……)


「リーダーも来ている。お前に会いたがっていた」

「おお~、最強のリーダー。私も会ってみたいです」


 リーダーはアレンのお父さんだ。そしてお母さんもできた。アレンの家族がまた増えて、ニナリアはうれしかった。


「アレンにも、お母さんができました。大事にしてくださいね」

「ああ、もちろんだ」


 二人はしばらく抱き合った。


「さて、俺は王子から新たな作戦があるとのことで呼ばれている。まだ一緒にはいられない」

「はい」


 二人は顔を見合わせる。ニナリアも予定は聞いているが、詳しいことは聞かされていなかった。


「私も参加します」

「心強いな」


 アレンは微笑んだ。ニナリアはちょっとムッとした。


「本当にそう思ってます?」

「え?」


 アレンは、ニナリアの反応が予想外で、少し焦った。束の間の逢瀬が終わった。ニナリアがメイドのもとに戻ると、二人の目はキラキラして頬を赤く染めていた。二人は胸の前で両手を握り、口々に言った。


「アレン様って素敵ですね」

「メイドたちの間でも、王子に継ぐ人気なんですよ。平民から貴族になった逸材ですものね♡」

(ほらね……)


 ニナリアはアレンの人気ぶりに、目を細くしてちょっと呆れた……。


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