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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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36/40

36、侯爵邸の駆け引き

 シェイラが侯爵邸に帰って来た。連絡をよこさず帰って来たので、オーギュストは驚いてシェイラを執務室に呼びつけた。


「なぜ帰って来た」

「子爵が首都に向かうので、先に帰るように言われました」


 文句を言われたくないので少し端折ったが、嘘は言っていないと、シェイラは涼しい顔をしてみせた。


「そうか」


 オーギュストは、いないのに残っても仕方ないなと思った。


(恐らく、ニナリアに会いに行くのだろう)


「お祖父様、どうしてニナリアは、召喚されたのでしょうか」

「ああ、お前が動きやすいように、子爵から引き離したのだ。国王にニナリアが薬を作っている話をしたら、王女の件で興味を持ったのだ」


 オーギュストはスーザンの報告で、ニナリアが薬を作っているのは知っていた。適当な理由に使うにはちょうど良かった。


(ニナリアが作っている薬なんか、首都でも手に入るでしょう?)


 おかしな理由だとシェイラは思った。オーギュストはすでに他のことを考えていた。


(シェイラも子爵から聞いて、ニナリアが王子宮にいるのを知っているのだろう。事件以来、王子宮の警備が厳しくなって、何も情報が入ってこない)

(もし王子が気に入らなくても、ニナリアが聖女なら使い道はある。間違いはないだろうが、確かめるためにも、一度会う必要があるな)


 その前にシェイラを黙らせる必要がある。


「安心しろ、子爵と上手くいかなくても、お前を王子と結婚させてやる」

「!」


 シェイラの表情は明るくなった。自分がその言葉に喜んでいるのが分かる。


(やっぱり私の結婚相手は王子よ! それ以外考えられないわ)


「分かりました」

「ああ、下がっていいぞ」


 シェイラは安心して、執務室を出て行った。


(ニナリアが聖女なら、むしろ王子と結婚しなくてもいい。まず、この足を治してもらおう。それから私の寿命を延ばせれば、長期戦でもなんとかなるだろう)


 オーギュストは期待を持った。


 捜索人がやって来て、裏口から入った。表から入れるのは貴族と商人だけだ。オーギュストに来客のことを伝えてから、ブレンダが執務室に案内した。


(この男、捜索人だわ。クリストファー様がいなくなってから、たまに見かけたことがある。誰を捜しているの?)


 ブレンダはベニーから、ニナリアが国に召喚された話を聞いていた。それと関係がある気がした。


(……それなら、ニナリアの母親を捜しに?)


 ブレンダは執務室のドアをノックした。


「お客様をお連れしました」

「入れ」


 ドアを開けて捜索人を通すと、オーギュストはブレンダを下がらせた。


「お前は下がれ」

「はい」


 捜索人がここに来たのは、子爵の隊に捜索中止の連絡があったので、依頼料をもらいに来たのだ。ドアが閉まると、簡単に報告をして謝罪した。


「申し訳ありません。ジョディは見つかりませんでした」

「そうだな。捜索はここまでとする」

「はい」


 オーギュストは小切手を捜索人に渡した。その額を見て捜索人は満足した。今回もそれなりに長い捜索期間だった。


(見つからなかったが、やった甲斐があった)


「ではこれで」

「ああ、また頼む」

「はい」


 捜索人がドアを開けると、使用人の男が待っていた。裏口まで案内する。外に幌馬車が止まっていた。


「どうぞ、ついでに街まで送ります」

「分かった」


 捜索人が中に入ると大きな男が一人乗っていた。

 馬車が揺れると幌から外へ手が出て、使用人の男に紙を渡す。馬車は屋敷を出て行った。紙は捜索人に渡した小切手だった。

 ブレンダは建物の陰でそれを見ていた。


(……恐らく、捜索は失敗したのね)


 馬車の中で、何が起こったのかを考えるのはやめた。別の使用人に案内を代えたので、おかしいと思ったのだ。

 使用人はまたオーギュストのもとに戻り、小切手を渡した。オーギュストはそれを見て確認すると、使用人を下がらせた。


「失敗したのに、報酬がもらえる訳がないだろう」


 ニヤリと笑って、小切手をゴミ箱に破り捨てた。新しい小切手に、少し上乗せした金額を書く。ガルバ子爵に払う捜索対価だ。それを封筒に入れて送った。

 捜索人の死体は、狼が出る森まで運ばれた。くるんだ布から出されると、布と一緒に捨てられた。遺体が発見されることはなかった。



 夜、王子宮の客間でニナリアは考えていた。


(お父さんに何があったのか、王子にすべて話そう)


 翌日、ニナリアはアンに、「王子に大事な話があるから時間を取ってほしい」とお願いした。王女も一緒にと言っておいた。


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