36、侯爵邸の駆け引き
シェイラが侯爵邸に帰って来た。連絡をよこさず帰って来たので、オーギュストは驚いてシェイラを執務室に呼びつけた。
「なぜ帰って来た」
「子爵が首都に向かうので、先に帰るように言われました」
文句を言われたくないので少し端折ったが、嘘は言っていないと、シェイラは涼しい顔をしてみせた。
「そうか」
オーギュストは、いないのに残っても仕方ないなと思った。
(恐らく、ニナリアに会いに行くのだろう)
「お祖父様、どうしてニナリアは、召喚されたのでしょうか」
「ああ、お前が動きやすいように、子爵から引き離したのだ。国王にニナリアが薬を作っている話をしたら、王女の件で興味を持ったのだ」
オーギュストはスーザンの報告で、ニナリアが薬を作っているのは知っていた。適当な理由に使うにはちょうど良かった。
(ニナリアが作っている薬なんか、首都でも手に入るでしょう?)
おかしな理由だとシェイラは思った。オーギュストはすでに他のことを考えていた。
(シェイラも子爵から聞いて、ニナリアが王子宮にいるのを知っているのだろう。事件以来、王子宮の警備が厳しくなって、何も情報が入ってこない)
(もし王子が気に入らなくても、ニナリアが聖女なら使い道はある。間違いはないだろうが、確かめるためにも、一度会う必要があるな)
その前にシェイラを黙らせる必要がある。
「安心しろ、子爵と上手くいかなくても、お前を王子と結婚させてやる」
「!」
シェイラの表情は明るくなった。自分がその言葉に喜んでいるのが分かる。
(やっぱり私の結婚相手は王子よ! それ以外考えられないわ)
「分かりました」
「ああ、下がっていいぞ」
シェイラは安心して、執務室を出て行った。
(ニナリアが聖女なら、むしろ王子と結婚しなくてもいい。まず、この足を治してもらおう。それから私の寿命を延ばせれば、長期戦でもなんとかなるだろう)
オーギュストは期待を持った。
捜索人がやって来て、裏口から入った。表から入れるのは貴族と商人だけだ。オーギュストに来客のことを伝えてから、ブレンダが執務室に案内した。
(この男、捜索人だわ。クリストファー様がいなくなってから、たまに見かけたことがある。誰を捜しているの?)
ブレンダはベニーから、ニナリアが国に召喚された話を聞いていた。それと関係がある気がした。
(……それなら、ニナリアの母親を捜しに?)
ブレンダは執務室のドアをノックした。
「お客様をお連れしました」
「入れ」
ドアを開けて捜索人を通すと、オーギュストはブレンダを下がらせた。
「お前は下がれ」
「はい」
捜索人がここに来たのは、子爵の隊に捜索中止の連絡があったので、依頼料をもらいに来たのだ。ドアが閉まると、簡単に報告をして謝罪した。
「申し訳ありません。ジョディは見つかりませんでした」
「そうだな。捜索はここまでとする」
「はい」
オーギュストは小切手を捜索人に渡した。その額を見て捜索人は満足した。今回もそれなりに長い捜索期間だった。
(見つからなかったが、やった甲斐があった)
「ではこれで」
「ああ、また頼む」
「はい」
捜索人がドアを開けると、使用人の男が待っていた。裏口まで案内する。外に幌馬車が止まっていた。
「どうぞ、ついでに街まで送ります」
「分かった」
捜索人が中に入ると大きな男が一人乗っていた。
馬車が揺れると幌から外へ手が出て、使用人の男に紙を渡す。馬車は屋敷を出て行った。紙は捜索人に渡した小切手だった。
ブレンダは建物の陰でそれを見ていた。
(……恐らく、捜索は失敗したのね)
馬車の中で、何が起こったのかを考えるのはやめた。別の使用人に案内を代えたので、おかしいと思ったのだ。
使用人はまたオーギュストのもとに戻り、小切手を渡した。オーギュストはそれを見て確認すると、使用人を下がらせた。
「失敗したのに、報酬がもらえる訳がないだろう」
ニヤリと笑って、小切手をゴミ箱に破り捨てた。新しい小切手に、少し上乗せした金額を書く。ガルバ子爵に払う捜索対価だ。それを封筒に入れて送った。
捜索人の死体は、狼が出る森まで運ばれた。くるんだ布から出されると、布と一緒に捨てられた。遺体が発見されることはなかった。
夜、王子宮の客間でニナリアは考えていた。
(お父さんに何があったのか、王子にすべて話そう)
翌日、ニナリアはアンに、「王子に大事な話があるから時間を取ってほしい」とお願いした。王女も一緒にと言っておいた。




