35、首都へ
今日は、グレーテがニナリアのもとに寄って、刺繍を教えてくれていた。アレンの分はもう作ってしまったので、今はグレーテ夫妻に送る、家紋の刺繍をハンカチにしている。夫婦仲は良いそうで安心した。
「今度、ストラルトにも来てくださいね」
「もちろんよ。旅行に行くのは久しぶりだから、楽しみだわ」
グレーテは、王女宮に泊まっている。王子の妹のトリーシャ王女の教育係もしていた。空いた時間は、ニナリアのところへも、来てくれるようになっていた。今、王子宮に自由に出入りできるのは、グレーテだけだった。弟王子や妹王女も、危険なので近寄れないようになっている。用があるときは、本宮殿で会うか、王子が王女宮に会いに行っていた。
ニナリアの刺繍の腕は上がっている。薬を作っているので、元々手先は器用だった。この後もたくさん作って、感謝祭にみんなにプレゼントするつもりだ。
アンが走ってくる音が聞こえる。ノックして返事を返すと部屋に駆け込んできた。慌てた様子にグレーテが、思わず声を出した。
「あらまあ、どうしたの?」
「ニナリア様、良い知らせです! 王子からの伝言で、シェイラ嬢が帰られました。それから、お母様をリーダー殿が保護したそうです。ストラルトに向かっています」
それを聞いて、ニナリアの顔がパッと明るくなった。多分、母はもうついている頃だろう。アレンも、シェイラを追い出す任務を遂行してくれた。
(お母さんに会える)
ニナリアは、涙を流した。グレーテが優しく抱きしめてくれた。今日も、一人じゃなくて良かったと思った。
(お母さんの分も作らなきゃ)
笑顔で、涙を拭いた。
ストラルトの城に、ジョディとリーダーたちが馬で到着した。ジョディは、カインと相乗りしている馬から城を見て驚いた。
(なんて立派な城なの……)
本当にこんなところに、ニナリアが住んでいるのだろうかと思った。アレンとセルマンが出迎える。
「リーダー、お久しぶりです」
「おう! 元気そうだな」
アレンとリーダーは、昔ながらに気安く挨拶を交わした。リーダーの後ろにいる、こげ茶色の髪の女性がジョディだと分かった。動きやすいようにズボンをはいていた。アレンはジョディに挨拶をする。
「お義母さん、お初にお目にかかります。ニナリアの夫の、アレン・ラディーです」
ジョディはそれを聞いて、うれしそうに微笑んだ。
「ニナリアの母のジョディ・オルトです。よろしくお願いします」
オルトは、ワレントで使っていた偽名だ。目の輝きが、ニナリアに似ているとアレンは思った。リーダーが残念そうに言った。
「お前の嫁さんを見たかったのに、いないなんて残念だ」
「そうだな。でもすぐに会える。中に入ろう。お義母さんもお疲れでしょう。さあ、どうぞ」
ニナリアがいないことは、来てガッカリしないように手紙で先に伝えていた。アレンはジョディを中に案内すると、メイドたちに任せた。それから、傭兵たちを風呂に入れて労をねぎらった。その後、傭兵たちは応接室に集まった。
「いつ来てもここはいいですね」
「本当だ」
風呂に入り用意された服を着て、傭兵たちもさっぱりしていた。アレンはリーダーと、傭兵たちにお礼を言った。
「本当にありがとうございました。リーダー、そして、みんなのおかげだ」
「おう!」
「楽勝だったぜ」
「ジーンのおかげだな」
口々に返した。アレンはリーダーに、お礼の魔法袋を渡した。
「これはお礼です。欲しがってた、魔法袋です」
「お、助かる! ありがとうな」
「じゃあ、昼食にしましょう」
みんなで食事室に向かった。
ジョディの部屋はニナリアの隣に用意された。メグとジェシーがジョディの身支度を整える。手紙でジョディのサイズを聞いて、ドレスを用意していた。ジョディは姿見で、いつもとまったく違う自分を見て驚いた。
「まあ、ドレスを着るのは初めてよ」
「とてもお似合いですよ」
ちょっと気が引けるわねとジョディは思ったが、ありがたく受け入れることにした。それから、ニナリアの部屋に案内されて、中に入った。アレンがニナリアの暮らしを見せて、安心してもらうように言っておいたのだ。
「こちらが、ニナリア様のお部屋です」
「まあ」(お姫様の部屋みたいね)
ピンクが基調のかわいい部屋を見てそう思った。メグはジョディの様子を見ていた。ジョディはどこか遠い目をしている。もしかしたら、クリストファー様が貴族だったから、そのことを重ねて見ているのかもしれないと思った。部屋から出ると、食事室に移動してみんなと合流した。
食事が終わると、アレンは笑みを浮かべて言った。
「俺は、ニナリアを迎えに行く」
「了解だ。その間、俺たちがストラルトを守ろう。久しぶりに騎士団をしごいてやるぜ」
リーダーはうれしそうに言った。リーダーの団から独立した傭兵団はたくさんあった。そこからまた派生した団もある。今は治安が良くなったので引退する団もあり、残っているのは四団ほどだ。団の本体は副団長に任せてきたので、リーダーがここに留まっても問題はなかった。同席していた元傭兵で騎士団長のケビンは、嫌そうな顔をした。
「勘弁してくださいよ」
「アハハハ」
みんなが笑い、ジョディもそれを見て笑った。おいしい料理を食べて、きれいなドレスを着て、こんなに落ち着いて、心から楽しいと思ったのは久しぶりだった。心がほっとして、ニナリアに早く会いたかった。
アレンたちは鎧姿で馬に乗り、みんなに見送られ、首都に向かった。




