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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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35/40

35、首都へ

 今日は、グレーテがニナリアのもとに寄って、刺繍を教えてくれていた。アレンの分はもう作ってしまったので、今はグレーテ夫妻に送る、家紋の刺繍をハンカチにしている。夫婦仲は良いそうで安心した。


「今度、ストラルトにも来てくださいね」

「もちろんよ。旅行に行くのは久しぶりだから、楽しみだわ」


 グレーテは、王女宮に泊まっている。王子の妹のトリーシャ王女の教育係もしていた。空いた時間は、ニナリアのところへも、来てくれるようになっていた。今、王子宮に自由に出入りできるのは、グレーテだけだった。弟王子や妹王女も、危険なので近寄れないようになっている。用があるときは、本宮殿で会うか、王子が王女宮に会いに行っていた。


 ニナリアの刺繍の腕は上がっている。薬を作っているので、元々手先は器用だった。この後もたくさん作って、感謝祭にみんなにプレゼントするつもりだ。

 アンが走ってくる音が聞こえる。ノックして返事を返すと部屋に駆け込んできた。慌てた様子にグレーテが、思わず声を出した。


「あらまあ、どうしたの?」

「ニナリア様、良い知らせです! 王子からの伝言で、シェイラ嬢が帰られました。それから、お母様をリーダー殿が保護したそうです。ストラルトに向かっています」


 それを聞いて、ニナリアの顔がパッと明るくなった。多分、母はもうついている頃だろう。アレンも、シェイラを追い出す任務を遂行してくれた。


(お母さんに会える)


 ニナリアは、涙を流した。グレーテが優しく抱きしめてくれた。今日も、一人じゃなくて良かったと思った。


(お母さんの分も作らなきゃ)


 笑顔で、涙を拭いた。



 ストラルトの城に、ジョディとリーダーたちが馬で到着した。ジョディは、カインと相乗りしている馬から城を見て驚いた。


(なんて立派な城なの……)


 本当にこんなところに、ニナリアが住んでいるのだろうかと思った。アレンとセルマンが出迎える。


「リーダー、お久しぶりです」

「おう! 元気そうだな」


 アレンとリーダーは、昔ながらに気安く挨拶を交わした。リーダーの後ろにいる、こげ茶色の髪の女性がジョディだと分かった。動きやすいようにズボンをはいていた。アレンはジョディに挨拶をする。


「お義母さん、お初にお目にかかります。ニナリアの夫の、アレン・ラディーです」


 ジョディはそれを聞いて、うれしそうに微笑んだ。


「ニナリアの母のジョディ・オルトです。よろしくお願いします」


 オルトは、ワレントで使っていた偽名だ。目の輝きが、ニナリアに似ているとアレンは思った。リーダーが残念そうに言った。


「お前の嫁さんを見たかったのに、いないなんて残念だ」

「そうだな。でもすぐに会える。中に入ろう。お義母さんもお疲れでしょう。さあ、どうぞ」


 ニナリアがいないことは、来てガッカリしないように手紙で先に伝えていた。アレンはジョディを中に案内すると、メイドたちに任せた。それから、傭兵たちを風呂に入れて労をねぎらった。その後、傭兵たちは応接室に集まった。


「いつ来てもここはいいですね」

「本当だ」


 風呂に入り用意された服を着て、傭兵たちもさっぱりしていた。アレンはリーダーと、傭兵たちにお礼を言った。


「本当にありがとうございました。リーダー、そして、みんなのおかげだ」

「おう!」

「楽勝だったぜ」

「ジーンのおかげだな」


 口々に返した。アレンはリーダーに、お礼の魔法袋を渡した。


「これはお礼です。欲しがってた、魔法袋です」

「お、助かる! ありがとうな」

「じゃあ、昼食にしましょう」


 みんなで食事室に向かった。

 ジョディの部屋はニナリアの隣に用意された。メグとジェシーがジョディの身支度を整える。手紙でジョディのサイズを聞いて、ドレスを用意していた。ジョディは姿見で、いつもとまったく違う自分を見て驚いた。


「まあ、ドレスを着るのは初めてよ」

「とてもお似合いですよ」


 ちょっと気が引けるわねとジョディは思ったが、ありがたく受け入れることにした。それから、ニナリアの部屋に案内されて、中に入った。アレンがニナリアの暮らしを見せて、安心してもらうように言っておいたのだ。


「こちらが、ニナリア様のお部屋です」

「まあ」(お姫様の部屋みたいね)


 ピンクが基調のかわいい部屋を見てそう思った。メグはジョディの様子を見ていた。ジョディはどこか遠い目をしている。もしかしたら、クリストファー様が貴族だったから、そのことを重ねて見ているのかもしれないと思った。部屋から出ると、食事室に移動してみんなと合流した。

 食事が終わると、アレンは笑みを浮かべて言った。


「俺は、ニナリアを迎えに行く」

「了解だ。その間、俺たちがストラルトを守ろう。久しぶりに騎士団をしごいてやるぜ」


 リーダーはうれしそうに言った。リーダーの団から独立した傭兵団はたくさんあった。そこからまた派生した団もある。今は治安が良くなったので引退する団もあり、残っているのは四団ほどだ。団の本体は副団長に任せてきたので、リーダーがここに留まっても問題はなかった。同席していた元傭兵で騎士団長のケビンは、嫌そうな顔をした。


「勘弁してくださいよ」

「アハハハ」


 みんなが笑い、ジョディもそれを見て笑った。おいしい料理を食べて、きれいなドレスを着て、こんなに落ち着いて、心から楽しいと思ったのは久しぶりだった。心がほっとして、ニナリアに早く会いたかった。

 アレンたちは鎧姿で馬に乗り、みんなに見送られ、首都に向かった。


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