34、王子の思い出
数日後、ニナリアのもとに、仕上がったドレスが次々と届いた。エキゾチックなドレスは王女、フォーマルなドレスは王子、ファンシー系がマリー、かわいい系がアンの選んだドレスだった。
今日はフォーマルなドレスを着ることになった。気品があって大人っぽかった。王女様みたいかなと思った。アンが今日の予定を告げた。
「今日は、ヒース王子とアーシャ王女との面会です」
(やはり)
ニナリアはドレスで何となく分かったので、ちょっと笑った。
今日も温室だった。テーブルがセットされていた。待つと二人が腕を組んでやってきた。それを見て、おお~とニナリアは思った。
(仲がとてもいいんだ)
王女は、今日もフードをかぶっていた。二人が席に着くと、王子がにこやかに話し始めた。
「時間が取れて、やっと君とゆっくり話せるよ」
「はい、お招きいただきありがとうございます」
ニナリアが返すと、王子は真剣な顔になった。
「まずは、王女の毒殺未遂事件の話からだ」
(そうだ、結局どういうことだったのか説明がなかった)
ニナリアは緊張した。
「毒は防御の魔法石のおかげで、事前に気が付いたんだ」
(なるほど! 王女も持っていたのね)
王女はその時、料理が少し光っているのが分かった。それで、食べたふりをして机の上にうつ伏せになったのだ。そのほうが、続けて狙われにくいと思ったからだ。それで、今も回復していないことにしている。王子宮は部外者の出入りを禁止しているが、念のため部屋を出るときはフードをかぶっていた。
「ちょっと待ってください。光ったのは少しだけですか?」
「ええそうよ」
(どういうこと?)
ニナリアのときは、メイドにも分かるぐらい光っていた。もしかして、毒の量かもしれない!! と気が付いた。
(メイド長め……)
ニナリアはいやな顔をした。王女は頬に手を当てて、その時のことを思い出していた。
「あの時の侍女には悪いことをしたけど、あなたのお祖父様に狙われているから仕方ないわね」
「彼女は、幽閉塔に匿っていて、今はだいぶ落ち着いている」
新聞には侍女が毒を持っていたと書いてあった。幽閉塔は身分の高い者の牢屋で、中は普通の部屋になっている。最初は泣いて弱っていた侍女も、事情を説明されて今では普通に戻った。まだ表に出すわけにはいかないので、留まってもらっている。
「手紙から情報が漏れないように、アレンには容態は悪いとしか伝えていないが、アレンなら無事だという予測が付いただろう」
(アレンならそう言うかも……)
はっきりしたことが分からないから、何も言わなかったのかとやっと分かった。
「ここの使用人を調べたが、怪しい者はいなかった。どうやら本宮殿から部外者が入り込んだようだ。僕は侯爵が怪しいと思っている。侯爵のおかげで、僕の結婚相手はこの国にいなくなったからね」
(なんか、二人に申し訳ない……)
ニナリアは肩を狭めた。オーギュストは、王子の結婚相手になりそうな令嬢に、ならず者を送ったり脅しをかけて、候補者全員を退かせていた。
「そのおかげで、私も結婚相手を見つけることができたけど」
王女は、王子の手の上に自分の手を重ねた。二人は見つめ合った。アーシャ王女は、王女という立場から敬遠されて国内に結婚相手がいなかった。そこで、他国から相手を探そうと、噂を流した。「賢くて美しい姫が結婚相手を探している」と。
「それを聞きつけて、国内にいなければ、外国に行けばいいのかと思って、メリフィ国に留学名目で会いに行ったのさ」
(なるほど!)
「ちょっと、大げさに流したのだけど。オホホホ」
アーシャ王女は、口元に手を当ててニッコリと笑った。二人はお互いを優しげに見つめ合い、それを見てニナリアはとてもお似合いだと思った。
「侯爵は、グレーテ王女のときから王家との婚姻に執着していた。叔母様には悪かったが、その結婚だけは阻止しなければならなかった。なぜなら、侯爵の狙いは王家を乗っ取ることだからだ。結婚すれば、父と僕が狙われる。
君の父がいなくなったのを機に、ローリス公爵にお願いして、急いで叔母様を後妻で嫁がせたんだ。だから、シェイラとは絶対に結婚したくなかった」
(そうだったんだ……)
祖父のせいでたくさんの人が巻き込まれていると思って、ニナリアは顔を曇らせた。
「君のことは、ブレンダから手紙をもらって知ったんだ」
(ブレンダが!)
「ブレンダは、クリスの死を僕に知らせてくれた。そして君が連れてこられたことも。だから、絶対に君を助け出したかった。
時間がかかってしまって申し訳なかった……」
王子はニナリアをまっすぐ見た。その言葉に、ニナリアはジーンとした。誰も知り合いのいないところに来て、ずっと一人だと思っていたのに、自分の知らないところで、みんなが気にしてくれていた。
ブレンダが、祖母や父のメイドだったということは聞いていた。王子が父に似ている話をしたのも、ブレンダだった。
「ありがとうございます。すごくうれしいです。私は今、みなさんのおかげで幸せです」
ニナリアは、うれしくて微笑んだ。自分がアレンのもとに嫁げたのは、みんなのおかげだった。そのことに、とても感謝した。
二人も遠慮がちに微笑んだ。王子は、ニナリアが侯爵邸に来たあとに、使用人に協力者を作っていたが、それは秘密にしておいた。
「そういえば、アレンは君のことを何と呼んでいるんだい?」
「ニアです。猫みたいだからと」
二人は目を丸くした。それから頬を染めて顔を見合わせた。
「まあ、惚気ですわね」
「なるほど、僕もニアにしようかな。——でも、きっと嫌がるだろうね」
王女は恥ずかしそうに視線を上にそらし、王子は手を口元に当てていたずらっぽく笑った。
「アレンも初めて会った時は、君のようにかわいかったけどな」
(おお~、アレンの昔の話)「どんな感じでした?」
「僕より背が低くて、君のようにほっそりとした少年だった。当時から、剣の腕は凄かったよ」
(アレンの知らない話、新鮮!)
ニナリアは当時を想像して喜んだ。想像つかないけど……、きっとかわいかっただろう。
「君に僕の宝物を見せるよ」
王子がそう言って席を立ったので、ニナリアも立った。王子は王女とまた腕を組んで温室を出た。ニナリアも後に付いて行く。王子の執務室に着いて、中に入った。壁にクリストファーと幼い王子の肖像画が飾ってあった。それを見てニナリアは驚いた。祖父の執務室にも異常にでかい肖像画が飾ってあって衝撃を受けたが、その後自分の結婚の話を聞いてショックでそれどころではなかった。
王子に促されて、正面に立った。貴族の父の姿をゆっくりと眺めた。父は優しい表情を浮かべ、王子は緊張して顔がこわばっていた。4、5歳ぐらいだろうか。
父はいつも優しく、怒るのは母の役目だった。それは、家族との時間が短いと分かっていたからかもしれない。父は長い髪を一つに束ねて、前に垂らしていた。その姿は優雅だった。
「私の知っている父は、髪が短かったです」
髪が長いということは、それだけ日々の生活に余裕があったということだろう。その生活を捨ててまで父は母と旅をし、そして家族三人で一緒にいた。
「僕がクリスと会ったのは3歳の時だった。その時のことは覚えていないけど、当時クリスは、叔母様の婚約者候補として叔母様によく会いに来ていたんだ。クリスは優しくてきれいで僕は大好きだった。ボクはいつもクリスに会いたがったから、僕の臨時の教育係として、時間があるときに来てもらうことになったんだ。侯爵にとっては都合が良かっただろうけど。その肖像画は、クリスがいないときでも僕が習い事をさぼらないように、母が描かせたんだ。
でもある日、クリスは体を壊して、来れなくなった。僕はその肖像画を見ながらずっと待った。クリスが戻ってきたときに、僕は立派な王子になっていようと思いながら」
(でも父は、帰ってこなかった……)
たくさんの人が、父を心配して待っていた……。グレーテ王女、ヒース王子、ブレンダ、そして、どこかで息子を心配してる祖母も。生活は大変だったけど、私たちはそんなこと気にしていなかった。ニナリアは涙を抑えて、絵を見ながら笑顔で言った。
「父は、幸せでした」
王子は、ニナリアの言葉に涙を浮かべ、笑顔を見せた。王女が王子の腕に触れて、心配そうに寄り添った。王子はつぶやいた。
「ありがとう」
(その言葉で、救われた気がした)
王子の心はやっと、解放された。
ニナリアは執務室を出た。アンの後ろから付いて行く。王子が父を、親しみを込めてクリスと呼んでいたのが印象的だった。
(父に対する気持ちは、王子が一番ね。子供には、ご婦人たちもかなわないだろう)
とニナリアは思った。




